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X・x・R(ゼノ・クロス・リアリティ)  作者: 描々云々
【第1章】【Sensation】入隊試験
22/25

実技試験:第三項 その1 『星蘭瓢堂』

 高級ホテルというだけあり、朝食は豪華なバイキング形式だった。

 食堂にはチームごとにテーブルが割り振られており、俺はその中の一つ。『チームS』の書かれたテーブルの椅子に腰を下ろす。


「どうだった?……てのは、聞くまでもねえか」


 すでにチームメイトである械動攻機(かいどうこうき)阿知波由意(あちはゆい)が席に着いており、その表情はとても深刻だ。


「…すいません」


 無言の攻機に、申し訳なさそうに謝る由意。

 言うまでもなく、俺と同様に攻撃側と防衛側で二連敗を期したのだろう。

 元々械動が攻撃型でないのは分かっていたし、由意も戦闘が得意なタイプではなさそうだなと予想はしていた。俺も言い訳のしようもなく負けてるし、誰が誰を責められるわけでもなくチーム全体の負債だ。

 これで俺達のチーム……否、俺は、筆記試験赤点に加え実技試験第一項最下位。第二項もポイント無しとなった。

 もはや記念受験待ったなしの状況に病みかけながらも、しかしお腹は空いているので飯を取りに行く。その途中、


「はーい、諸君。昨夜はぐっすり眠れたかな?」


 朝食の真っ最中である食堂に、大仰に声を張り上げた人物が1人。

 ピシッとしたスーツにピカピカとした装飾を取り付け、チョロンと巻かれたヒゲに小太り且つ少しふてぶてしい顔。成金と呼ぶにふさわしい男が、そこに立っていた。


「ふーむ、気持ちの良い朝だというのに皆元気がないときた。仕方ない、我が直々にその眠気を吹き飛ばしてやろう。

 我の名はサイゲツ、次の試験の監督を担当する者だ。今からこの第20期【Sensation】入隊試験の最後を飾る、実技試験:第三項の説明に入る」


 第一項の時同様、食堂中にザワッとどよめきが満ちた。薄々試験説明だとは感じていたが、それが最終試験だという事にだ。

 かく言う俺もどよめきとは少し違うが、底知れない焦りに駆られていた。


(これで最後…)


 つまり、今回の第三項で今まで全てのマイナスを取り返すほどの成績を収めないと、合格はできない。

 次に紡がれるであろう試験内容に全意識を鼓膜に集中させ待つと、サイゲツは徐に喋り出した。


「第三項の試験内容は、実戦形式を踏まえチームでとあるダンジョンに入ってもらう。

 試験の合格条件はただ一つ、何でも良い。ダンジョン内で獲得したアイテムでも、宝でも、モンスターの素材でも、好きな物を持ち帰り我に提出すること。

 その『物』の入手難易度や希少度、需要性などあらゆる観点から査定しそのランクに応じて評価するものとする」


 そこで、サイゲツは受験者全員を舐めるように見回し、さらに続ける。


「つまり、極論もう受かってるだろうなと自信がある者は、ダンジョン入ってすぐの石ころを提出しても良いという事だ。それでも評価はする。

 この試験で評価がマイナスになるのは、何も持って帰って来なかった時だけだ。いいな?」


 終始偉そうな態度で説明を終えたサイゲツは受験者達からの質問も受け付けずそのまま何処かに消え、しばらくして場は元の朝食の空気へと戻る。

 しかしおそらく、その後誰一人として折角の高級ホテルである朝食バイキングの味を覚えている者はいなかっただろう。


 *****


 【星蘭瓢堂(せいらんひょうどう)

 そこは、道導(みちしるべ)となる輝かしき()が無数に浮かぶ国:【スターライト】、始まりの街【インセプション】内に存在するダンジョンの一つ。

 中に棲息(せいそく)するモンスター、経路などが比較的簡単で最も攻略しやすいこのダンジョンは、主に【Another(アナザー)Vista(ヴィスタ)】を始めたばかりの初心者やレベリングのプレイヤー達が多く訪れていた。

 というのが、2年前のゲーム内での話。


 そして今、朝食を終えホテルをチェックアウトした俺達第20期【Sensation】入隊試験受験者一行は、【星蘭瓢堂】の前に集い実技試験:第三項開始の合図を待っていた。

 その間、俺達は今回の試験についての作戦会を考える。


「正直言って、もう俺達には後がない。ここは絶対ダンジョンクリア報酬か、レアアイテムを持ち帰って一発逆転するしかない」


「ソレニハ賛成ダガ、俺達ノ総合戦闘力デダンジョン攻略ガ可能ナノカ?」


 俺の意見に、攻機がそんな疑問を返す。

 残念な事に、全くもってその通りだと思う。

 比較的簡単だと言っても、それはまともに戦闘する事ができたゲーム内での話。このチームの場合、クリアできるかできないか以前にその前段階のダンジョンボスまで辿り着けるかが問題だ。


「じゃあクソ出現率の低いレアアイテムでも探すか?それとも隠し宝箱か」


「マアソレモ、現実的デハナイナ」


 作戦会議は振出しに戻り、場は沈黙に包まれる。そうして少し考えたのち、俺は意を決して切り出した。


「一個、俺に良い案がある」


 あまり褒められた作戦ではないので直前までどうしようか迷ってはいたが、もう形振り構ってられないと俺は2人を寄せ耳打ちした。




「…時間だ」


 そこで、成金が静かに声を鳴らす。


「制限時間は今日の日没、17時までだ。それまでに何かしらのアイテム一つを持って、此処に戻って来ること。

 そして最後に一つ、試験説明の時にも言ったが、これは実戦を想定した試験だ。くれぐれも自分の身はしっかり自分で守り、ぽっくり死なない様に細心の注意を払う事をお勧めする。

 では、試験開始だ!」


 開始の合図と共に各種のチーム達がダンジョン内へと入っていく中、俺達が真っ先に向かったのはこの中で最も注目を浴びるチーム、マスターソード・G(ゴールド)・フリージアチームだ。


「おはようございます、フリージアさん!」


 快哉な由意の挨拶で、フリージアがこちらに気が付く。


「あら由意さん」


 いつの間にか由意とフリージアは友達になっていたらしく、話のタネはなんとか掴めた。

 フリージアの右斜め後ろで構えているルーチェに若干気を取られつつ、あとはどうやってさきの作戦について切り出そうか考えていると、


「そうだ!折角だから、ご一緒にダンジョンに行きませんか?」


 あろう事か、向こうからそんな提案をしてきた。


「え、良いんですか?」


 思わず疑問系で返してしまう俺。


「別に他のチームと協力しちゃダメとは言われてませんでしたし、私も由意さんともっと親交を深めたいです。……それに、私達以外にも深い関係の人達がいるっぽいので」


 そう茶化すように言って、フリージアは俺とルーチェを交互に見た。

 別に、深い関係ではない。ただ一晩を一緒に過ごしたというだけだ。

 ルーチェの方を見てみると、変わらずのニヤケ笑い。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 少し腑に落ちないところはあるが、フリージアチームと一緒にダンジョン攻略できるとなれば、成功確率は大きく上昇する。


「では、早速行きましょう」


 他の受験者達の恨めしい視線を一身に浴びながら、俺達はダンジョン内へと入っていった。


 *****


 ダンジョン内はなんとも静かで、とても冷たい空気が漂っていた。

 石レンガ調の廊下を歩きながら、俺達はいつ襲って来るか分からないモンスター、あるいわギミックを警戒しながら慎重に進む。………なんて事はなく、


「そうなんですか!?」


「ええ、すごいでしょう」


 前方では由意とフリージアが楽しそうにお喋りしていた。

 どうやらお姫様としての城での数奇な出来事を、田舎っこの娘に語っているらしい。

 なんという緊張感のなさだと眺めていると、俺の方にも声が掛けられる。


「何が狙いですか?」


 背後からヒョコっと顔を出し、ルーチェがしたり顔で尋ねる。


「別に、狙い何かねえよ。ただアンタ達と組んだ方が成功率が高くなると思っただけだ」


 そう言って、俺は顔を逸らした。


 しかし実際には、当初俺が提案とは作戦とは少し違う。

 俺が出した作戦は、自分達の戦力に自信を持っているフリージアチームなら、当然一番ティアの高いアイテムを狙いに行くだろう。そう踏んだ俺は、まさに第一項でのクソ狐野郎共:狐疑怪虎達に習い奴らを尾行してレアアイテムがドロップしたタイミングで横取り、ようは漁夫の利を狙った作戦を提案した。

 すると、フリージアのような強者に俺達のような素人の尾行が通じるのかという攻機の疑問に、さらには友達であるフリージアにそんな卑怯な真似はしたくないと由意からの却下。

 こうして仕方なく、真っ向からの共闘を依頼し今に至るという訳だ。


 まあこいつらのハイパーキャリーであれば最低限のアイテムは担保されるし、今更何かを企てようとも思っていない。


「アンタらこそ、俺達と一緒に行動するメリットが無いように思うけど?」


「いえいえそんな事ないですよ、前を見てください」


 促され前を見ると、そこには先と変わらぬ楽しそうな会話の光景がある。


「フリージア様は8人兄妹の五児に当たる子ですが、女の子としては末っ子。下は全て弟様なので、妹というのがいないのです。加えて、私達も立場上フリージア様の家臣なので、実際の『友人』というのにはなれません。おそらく由意様は城以外で初めての、心が許せるお友達なのでしょう」


「ふーん」


 つまり友達の頼みなら断る理由はなく、家臣も主人の意向ならそれに従うと、そう言う理屈なのだろう。俺にはよく分からないが、人と人との関係なんて意外と簡単なのかもしれない。


「それに、私達だって、もうただの知り合いって関係じゃないじゃありませんか」


 それはもしかしなくても、昨晩の事を言っているのだろうか。いや、実際には何もなかっただろ…。


「もういいって、それは」


 いつまでも擦られると、やり遂げなれなかった自分が惨めに思えてくるのでやめて欲しい。

 そんなダンジョン内とは思えないほどの軽い雰囲気で俺達6人は進んでくと、目の前に突如として現れたのはヘビ・コウモリ・ゴブリンといったモンスターの群れ。


「っと、雑談はここまでだな」


 通路を塞ぎ威嚇するモンスター達に、俺達も臨戦態勢の構えで正体。

 そうして戦闘が始まろうとした直後、「任せてください」と、金色(こんじき)の一閃が唸った。

 刹那、目の前にいた数体のモンスターはまるで最初からいなかったかのように、一瞬にして霧散。モンスターを瞬く間に蹴散らしたフリージアは、手にしていたソードを一払いし振り返ると、


「先を急ぎましょう」


 そう言って、ニコリと微笑んだ。


「嘘だろ……」


 十分分かっていたつもりだったが、想像を遥かに上回るその強さに俺は脱帽する他なかった。


 *****


 その後も襲い来るモンスター達を主にフリージアが片付け、存分にそのキャリー力を見せつけていた。

 このレベルならもはや今回の試験も楽勝だったのだろうが、その謙虚で決して驕らない性格もやはり人が出来すぎてると感服する。


 こすい漁夫の利ではなく、今回合法的にフリージア達と組めたことを大いに喜び、このまま楽勝でダンジョン攻略・試験合格。するはずが………、


 ガコンッ


 とそんな音が、ダンジョン内通路に響き渡る。


「なんですか、今の音は?」


 ルーチェが気になって音の発生源の方を覗き込みと、それは有頂天気味に歩いていた俺の足が丁度通路に隠されていたスイッチを踏んだように一部だけ沈んでいた。

 すると程なくして、俺達一向の遥か後方。今度はズシンッといういかにも重そうな嫌な予感の音。

 俺達6人が揃って振り向いたその先には、通路の横幅ピッタリに収まる巨大な『玉』がゆっくりとこちらに近づいていた。

 次第にそのスピードを加加速させていき、


「「「うわああああぁぁぁっっっ!!!!!」」」


 摺り潰さんとばかりにこちらに迫る。


「どうやら、トラップに引っ掛かったようですね」


勇鳳(ハヤタカ)、オ前……」


「床にスイッチが隠されてたんだからしょうがねえだろっ!」


 玉から逃げながらやれやれとジト目を向けてくるルーチェと攻機に、俺は不慮の事故だと訴える。

 その間にも玉はどんどん加速していきこの中で一番遅い由意………ではなく、俺のすぐ背後まで押し寄せる。


「うわああぁあぁあ、助けてぇえぇぇーーー」


 すぐ後ろに迫る恐怖に無様に助けを乞う俺。しかし、その距離はさらに離れていき置いて行かれる。かに思えたが、前を走っていたフリージア達は突如としてその足を止めた。

 一瞬俺と足並みを揃えて一緒のスピードで逃げてくれるのかと思ったが、違う。

 段々と追い付いたことによりさらに前方を伺うと、そこには通路を塞ぐようにして立ち塞がる壁が存在しこれ以上前に進むことが出来なかった。

 しかし当然、前方が行き止まりだからといって、玉が俺達と同じように進みを止めてくれるなんて事はない。このままではもれなく全員、ペシャンコに潰されておしまいだ。

 一体この現状をどう打破するのか、必死に逃げながら前の様子を凝視する俺。すると一行は俺が追い付くほんのわずか直前に、次の一手を決断。

 逃げる俺と正面に立つようにフリージアが仁王立ちすると、


「フリージア様は下がっていてください」


 主人を庇うようにしてその前をスパーダが制した。そして、


「伏せて」


 短く、そして小さく呟くと同時、目にも止まらぬ一太刀。


「うおっ!」


 間一髪で俺の頭上スレスレを滑った刃は、そのまま後ろの玉へ突き刺さる。刹那、『パンッ』と凄まじい破裂音をたてて玉は風船のように割れた。

 静まり返った一帯で、最初に動き出したのはスパーダだった。彼女の一撃を避けた事で尻もちを突いた俺の方に歩み寄り、手を貸してくれるのかと思いきや、そのまま俺を過ぎ去ると後方で何かを拾い上げる。

 それはおそらく割れた玉の中にあった、『鍵』のようなものだ。


「本当に鍵がありましたね」


「球体ノ内側カラ微カニ、金属ラシイ反応ガアッタカラナ。ソレニ、アノ球体ハ質量ガ全ク感ジラレナカッタ」


「すごい!ロボットさん、そんな事も分かるんですね」


 鍵を手に関心を示すスパーダに、興奮気味のフリージア。なんだかよく分からないが、俺が必必死こいて玉から逃げている間に、この現状を打開したのは攻機のようだ。

 しかもその口ぶりからして、最初からあの玉が人を圧し潰すほどの危険性が無いことが分かっていたようだ。


「大丈夫ですか?」


 唯一気に懸けてくれた由意に「ありがとう、大丈夫」と告げ立ち上がると通路を塞ぐ壁、いや鍵があるなら扉か?の前に立つ。ブロック状の頑丈そうな石がパズルのように連結し織り成され、その中央にはおそらく鍵穴と思しき窪みが一つ。

 スパーダが持っていた鍵を差し込むと、ブロックの連結部分に光の筋が走り、(たて)(よこ)とスライドし開かれていく。


 扉が開かれた先は、後ろの狭い通路とは比べ物にならない程の六角形の大広間。


「もしかして、もうボス戦か?」


 このような仰々しい部屋は、大体がボス戦と相場は決まっている。


「いえ、こんなに早いはずは無いと思いますが…」


 緊張な面持ちで尋ねた俺に、同じく周囲を警戒しながらフリージアが答える。とそこで、


「あれ、不知火(しらぬい)やないか!」


 胡散臭い関西弁にムカつく狐顔のノッポ、狐疑怪虎(こぎかいと)が現れた。


「お知合いですか?」


「いえ、知りません」


 尋ねて来たフリージアに、キッパリと答える俺。

 もうこれ以上関わりたくないというのもそうだが、本音を言ってしまえばこんな性根の腐りきったクソ野郎とフリージアを合わせない方が良いと思ったからだ。


「そんな寂しい事言うなや、裸の付き合いをした仲やないか」


 しかしこの(くず)、また性懲りもなく俺達に近づいて来る。その目的は十中八九、今行動を共にしているフリージア達だろう。


「裸の付き合いですか?じゃあ友達じゃないですか!」


「せやな」


 すると何故か、『裸の付き合い』に反応するフリージア。飄々とした口調で狐疑が乗っかり2人が意気投合しかけたその時、


「離れてください」


 今までに見た事ない、怒気の籠った声で由意割って入る。


「よお、おチビちゃん。久しぶりやな、元気してたか?」


「あなたが私達に何をしたか、忘れたわけじゃないですよね?」


 キッと睨み付け、由意は問う。


「ああ、当の本人やししっかり覚えてんで。でもよくよく考えてみ?あんなもんあの試験だけちゃう、この【Another(アナザー)Vista(ヴィスタ)】っちゅうゲームと混同したイカれた世界でならよくある話やで。

 皆必死なんや。生きてく上で騙し騙される。今回はいい経験になったな。ここは一つ事前授業やと思って、前の事はキレイさっぱり水に流してくれへんか?それを許せる器の広さがないと、この先も相当苦労するで」


 と口の達者な関西化け狐は、それらしい事をベラベラと並べ始めた。


「で、でも……」


 純粋で優しい由意は、今の一見理に適っているような弁舌を聞けば当然言い返せなくなってしまう。そんな由意に代わって、


「なら、前回のアンタらの貴重な講義を参考にさせてもらう。今回は痛い目を見ない様にテメエらとは一切関わる気はねえ、とっとと失せろ」


 中指を立て俺は断言する。


「ほんまに言ってるんかそれ?人数は多いに越したことないやろ、ねえフリージアさん?」


「残念ですが、話を聞いている限り私の友人に何か粗相(そそう)をされたようですので、私達もあなた達との交流は断らせていただきます」


 フリージアからもキッパリそう告げられ、さすがの狐疑も能面のような薄ら笑いをやめ鋭い目つきへと変えて言う。


「そうかい。なら、もうどうなっても知らんでえぇ」


 すると突如、視界に霧のようなモヤが掛かり、視界が急に朧げになる。最初また狐疑(コイツ)が何かやらかす気かと身構えるが、違う。


「来よったか」


 狐疑が小さく言い、隣に居たフリージア・由意、その他面々が前方を一身に凝視する。

 そこに現れたのは、まるで闇夜のように深い黒の体毛に、一等星の如く光る眼光。全長3メートル程の狼だった。


「おいおい、ちょー強そうじゃん」


「《星狼(せいろう):グリヴァルツ》。星蘭瓢堂の中層ボスです」


「中ボス!?」


 ルーチェの言葉に俺は思わず叫んだ。

 俺も【A(アナザー)V(ヴィスタ)】時代何回かこの星蘭瓢堂に入った事があるが、こんな奴には一度たりとも会った事がない。て言う事はつまり、俺はあの時から中層にすら行けてなかったという事か。


「へっ、こんなんに一々ビビってる奴連れてたら、命がいくつあっても足らんで。どうや、今からでも俺らと手組まんか?」


「それ以上私の仲間を愚弄するのであれば、あなた達の方から先に仕留めます」


「へいへい。全く、頭の凝り固まったお嬢様も難儀なモンやで」


 キッとフリージアに鋭い刃の切っ先を向けられ、降参のポーズで身を引く狐疑。最後の余計な一言がルーチェとスパーダ、二人の(かん)に障り動き出す前に、


「ほなっ」


 と俺目掛けて狐疑が何かを放ってきた。

 俺の上半身に見事に着弾したそれは、凄まじい異臭を放つ少しベタベタとしたスライムのようなピンク色の液体。


注標剤(ちゅうひょうざい)!」


 自分以外の別の何かに注意を向けさせたい時、囮を駆使する時などによく使われる敵の注意を引かせる液剤アイテムだ。

 これにより、グリヴァルツのターゲットは俺となる。


「金聖の女騎士(デイム)さんが華麗に屠ってくれるのを、影ながら見守りますわ」


 自分達は〈葉隠れのヴェール〉でしっかり身を隠し、戦闘が終わるまで安全地帯に居るつもりの狐疑達。


「くそっ!」


 必死にこびり付いた液体を拭おうとするが、一度付いた注標剤は効果時間が切れるまで取れる事は無い。


「グオオオオオオオオオォォォォォオォォーーーーーーッッッ」


 焦った俺と目が合った瞬間、グリヴァルツは吠えると同時身体を地面スレスレで傾け半円を描くように疾駆する。そのまま遠心力を活かした、尻尾での回転薙ぎ払い。

 仕方なく回避しようとしたその刹那、閃光の刃が俺とグリヴァルツの間に割って入った。さらに、


「ヴァイオレ・ディ・ラヴィア!」


 ルーチェの叫びに起因し、その掌から放出された光線がグリヴァルツに直撃。鈍い声を上げ態勢をよろめかした狼のHPは、一気に2割ほど減る。


「マッジョ・ピオッチョ・ディ・ラメ」


 すかさずスパーダも続いた。その様はまさに、剣の雨のようにけたたましい手数と荒々しさ。

 もはや俺などを狙っている余裕はなくなり標的をスパーダへと変えたグリヴァルツは、しかしその速さと次々に繰り出される攻撃に翻弄される。


「アオオオオォォーーーーーーン」


 グリヴァルツの攻撃は幾度となく空を切り、次第にその心身には憤怒が満ち渾身の遠吠え。すると赤い煙のようなエフェクトと共に、グリヴァルツは『怒り状態』へと変化した。

 しかし、グリヴァルツが咆哮のモーションに入り動きを止めたほんの一瞬、


「ブリンク・コンヴィクション」


 いつの間にか、あっけなく、瞬く間に星狼:グリヴァルツは真っ二つに両断されていた。

 速さとかそういうのではない。ほんの僅か視界が光に覆われたと思ったら、もうすでに目の前の敵を断ち切っていたフリージアの一撃。


「……すげえぇ」


 これこそ、まさに圧倒的力。

 個々の戦闘能力はさる事ながら、その連携力、敵の僅かな隙を見逃さない洞察力にすぐさまそこを突く判断力まで、もはや全てが完璧と言えた。

 これが………、否これ以上が、俺が目指さなければならない場所。

 あまりの力量さにしばらく圧巻していると、


 パチパチパチッ


 何処からともなくそんな拍手が鳴り響く。


「あの星狼を瞬殺、やっぱ見事なものやな」


 バトルが終わった事でのうのうと姿を現した狐疑だ。

 なんと抜かりない事か、もうすでに中ボスを倒したことで開いたダンジョンの奥へ進めるルートを陣取っている。


「ほんまに残念やで。その力に俺らの頭があれば、もはやこのダンジョンも楽勝やったのに」


 そう言い大袈裟に、やれやれと残念のそうに溜息を突く狐疑。


「けど、お前らが悪いんやで。俺は忠告したからな」


 俺達にあてがって安全に道を確保し用は済んだのだから早く先を行けばいいのに、何故かどうでも良い事をペチャクチャと話し続ける狐疑。


「なにを……」


 一体何が狙いだと問いただそうとした直後、言うか速いか俺が巨大玉のトラップを起動させた時と同じように狐疑が何かのスイッチを押した。

 瞬間、俺達が立っていた大広間の床にヒビが走り、地盤が歪んだ。


「まさか……!」


 嫌な予感にいち早く気づいたスパーダ・ルーチェ・フリージアの3人がすぐさま駆け出し狐疑へと迫ろうとしたが、少し遅かった。

 直前で六角形のステージが余すことなく崩壊し、俺達は身体を支える地面を失う。


「地獄で後悔するんやなぁ。キャーッヒャッヒャッヒャッヒャ」


 狐疑の奇怪な高笑いを最後に、俺達6人は暗く深いダンジョンの底へと落とされたのだった。

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