【プロローグ】 全焼戦(ぜんしょうせん) その2
これは仮想か?それとも現実か!?
突如として現実世界に姿を現した【Virtual・Vision】三大ダンジョン【魔戒裂境】の第100層ラスボス《破壊の魔人:ディアベルク》に続いて、俺が何年も追い続けファンだった配信者《アイポイニクスch》の正体が、まさかの義妹:不知火愛凰だったという事実。
もはや何処からどう突っ込んで良いかも分からず、完全に状況に置いていかれる俺。
「正直、私もよく分かんない」
そんな混乱で身動きが取れない俺に、ゲーム内とまったく変わらないビジュアルの《アイポイ》からそんな声が掛かった。
「けど安心して、アンタは私が絶対守るから」
身長や容姿、性格、口調など何から何まで全く違えど、改めて聞けばそれは何故気づかなかったんだと言わんばかりの、配信者:アイポイニクスの声であり、義妹:不知火愛凰の声色でもあった。
そして気づけば、それは数時間前に見たあの第100層《破壊への頂戦》ラスボスステージでの一戦の続き。
アイポイ(愛凰)VS破壊の魔人:ディアベルクの対面。
「話が早くて助かるナ。……だガ」
刹那、勢いよくディアベルクへと肉薄する愛凰。
……だが、それは一瞬の出来事だった。
グチャッという微かに鈍い音がした次の瞬間、愛凰の肘から下の右腕が見事に切断される。
「アアァァァアアァァーーーーーーッッッ!!!」
吹き出す真っ赤な鮮血と、愛凰の悲痛の叫び。
「悪いが現実とゲームは、全く違うゾ」
嘘だ……。と、俺は驚愕に身を震わせる。
たしかにディアベルクの強さは、数多く存在する【V・V】内のモンスターの中でもトップクラスと謳われ、その危険度は[SSS]を誇る。
がしかし、かたや鳳凰巫女アイポイは、【V・V】の初期ベータテスター人口のうち0.01%しか到達する事を許されない絶対の領域。最高ランク:[黒曜石]だ。
彼女もまた実力も知識も運も全てを兼ね備えた、トップクラスのプレイヤー。加えて、ゲーム内では一度ディアベルクに勝ちあの難攻不落の【魔戒裂境】を完全攻略している。
だが一方でそれは魔人が今口にしたように、あくまであのフルダイブ型オンラインVRゲームである【V・V】内での話。
仮想世界内でなら、まさに現実ではありえないような超人的なプレイで圧倒的な戦闘能力を誇る愛凰も、現実では喧嘩もした事ないようなただの15歳の女子中学生だ。
こんなイカつい見た目の魔人相手に、勝てる筈は毛頭なかった。
そしてそれは、今目の前で起こっている到底ありえない状況が紛れもない現実であることを、これ以上ないくらいに如実に語っている。
おそらく人生で初めて味わうであろう骨から腕を断絶された激痛に、堪らず膝を付きへたり込んでしまう愛凰。だが逆に、まだほんの14・5歳かそこらの少女が腕を切られ、その痛みに耐えながら意識を保っていられるその精神力は驚異的とも言えた。
とその時、愛凰のすぐ横。側頭部辺りに一つのウィンドウが展開される。
一番上にはデッカく〈アバターネーム:不知火愛凰〉と、その下に緑ゲージや白ゲージ、青ゲージらの3本の線が続いて表示されている。それは【V・V】でもお馴染みの、所謂『UI』というやつだ。
その中の一つ、HPを示す緑色のゲージがおそらく先の腕を切断されたダメージにより3分の2減少。かなりの深傷だ。
俺はそこでふと、何とも恐ろしい事が不意に頭をよぎる。
ゲーム内のモンスターが突如として現実に現れ、自分達のAAをも顕現。喰らったダメージが直に痛みある傷となって身体に影響し、それを示す一本のゲージ。
もしあのゲージが全てなくなってしまったら、その時は一体どうなってしまうのか………。
「逃げ…て」
そんな想像もしたくない可能性に頭を巡らせていると、それは激痛に顔を歪ませた愛凰から耳打ちするように小さく漏れた。
「私が時間を稼ぐから、……早く!」
散々憎み歪み合ってきた来たはずが、自分の命より俺の安否を優先しようとする義妹。
否、………できる訳がない。
例え血が繋がってなくとも、ずっと喧嘩し不仲だったとしても、愛凰は紛れもなく俺の大切な義妹だ。
ここで見捨ててせこせこと逃げればそれこそ、本当に人間の底辺に落ちてしまう。
とその時俺の中で先程見た『夢』、アイポイニクス(愛凰だったのだが)と話していたあの時の光景が、突如としてフラッシュバックした。
『………でも、そういうのっていつか本当にやらなきゃいけない時が来ると思います。その時、絶対的な信念を持って逃げずに立ち向かう事が出来れば、それでいいと思います』
やらなければいけない時。『それは、今だ!』と、俺は確信する。
頭の中は未だぐちゃぐちゃで状況は半分も理解していないが、やるべき事は明確だった。
ディアベルクを倒す。そして俺は義妹もとい、アイポイに今までの謝罪と感謝を伝える。
___何故だか、不思議と恐怖は感じなくなった。現実味がなさすぎるからだろうか。今までとは明らかに違う、湧き出てくるような勇気に高揚しているからだろうか。
脚の震えはもうない。大丈夫、可能性はある。こんなイカれた状況なら、俺が愛凰と同じようにこの現実世界でVAへと変身できてもおかしくない。
これでもしできなければ、恥ずかしいだけでは済まないと頭で苦笑しつつ、俺は静かに一唱した。
「DIVE・IN」
すると先程の愛凰の時と同様リビングには光が差し込み、今度顕現したのは火の鳥:フェニックス。
荒々しい焔へとその姿を変異させ俺の全身を覆うと、やがて弾けるように爆散。愛凰の『DIVE・IN』を静とするなら、俺のは動と言ったところか。
次いでそこに現れたのは不摂生に伸ばれた髪や髭、やさぐれた顔面、不健康そうな四肢ではなく、中性的な顔立ちに細マッチョの体躯、紅い髪をセンターで分けた俺のVA《鳳凰戦士》だった。
「………無理よ」
愛凰が、擦り切れるような声で言う。
たしかに、俺なんかが到底敵う相手ではないのかもしれない。しかし、ここで立ち上がらなければ、一歩を踏み出さなければ、それは一生後悔するだろう。
アイポイに言われた『絶対的信念』を持って、俺は破壊の魔人:ディアベルクの前に立ちはだかる。
「ダメ!」
そんな制止も受け入れず静かな闘志を持った俺は、ディアベルクに対しその身を一心に振るう。
「………ぇえ?」
………事すらできず、気づけば無様にリビングの床へと突っ伏していた。
「誰ダ、貴様ハ?悪いガ今は心躍る最高の瞬間なんだ。雑魚は退いとけ」
見れば、いつの間にか腹部にでっかい穴が開いており、息がうまくできない。
痛みはほとんど感じないが、その身体の自由はすでに効かず、さながら3分という短い活動限界のその間際に迫られたヒーローのような、ヤバ目の危険信号が警鐘を鳴らしていた。
(あぁ、やっぱダメかよ…)
一歩踏み出した今ならワンチャンスくらいはあると思ったが、やはり劣等種は何をやってもダメだと、上手くいかないのだと、改めて突き付けられる。
視界は明滅し、意識は朦朧。荒くなる息遣いに、やたらと激しくうるさい脈拍。
俺のすぐ横にも存在するUIを霞む視界で拝めば、残り僅かな体力が容赦なくミリ単位で減少しており、HPゲージの隣には《出血》の異常状態を知らせるアイコンが表示されている。
自分が自分でなくなってしまうような感覚に襲われるそんな最中、辛うじて機能していたその鼓膜にか細い少女の声が届いた。
「……だ。……いやだ」
顔を思いっきりぐちゃぐちゃにさせ、切断されていない方の右手を必死に俺へと伸ばしていた。
俺とは違う、整った顔が台無しだ。
「いつも酷い事言ってごめん。喧嘩ばっかでごめん。本当は、あんな事思ってない。これからは素直に生きるから、また前みたいに仲良しになりたいから、一緒に生きていたから。だから………死なないで、お兄ちゃん!」
もうすでに燃えカスのような瀕死状態の俺は、無意識のうちに自分の左手も伸ばす。
「もう大切な人が死ぬのは、…イヤだっ!!」
そうして徐々に、しかし確実に近づいていく二つの手。その二つが重ろうとした、その瞬間、
「ッッゥッッ!!!!!」
今度は俺の右腕が勢いよく弾け飛び、愛凰の手を握る事はできなかった。鋭利な痛みに襲われたが、もはや痛みを伝える声すら出ない。
完全なるオーバーキルをお見舞いされ、今はただ全身が燃えるように熱かった。
「美しい兄妹愛カ?そういうのは嫌いではナイ。ダガ、残念。貴様にはもっと絶望し恐怖し、全てを失った状態で死んでもらうゾ、アイポイ二クスゥ。
ソウだなぁ、次ハ貴様の家族カ?」
自分に唯一泥を付けたアイポイを相当恨んでいるのか、タダでは死なせまいと高らかな笑みを浮かべ挑発する魔人。
「ディアベルクゥゥゥーーーーーーーーーッッッ!!!」
それに対し目が飛び出さんほどに睥睨する愛凰は、その憤怒から溢れ返ったアドレナリンが未だ治らない激痛を凌駕し再度立ち上がった。
「神の宴火で、風よ舞えっ!炎風・聖天神楽!」
【V・V】の全プレイヤーに与えられ、盤面を一気に覆し一発逆転の勝利へと導く事ができる最後の切り札。《必殺奥義》。
詠唱と同起し発動した途端、家のリビングに燃え盛る業火と、凄絶に荒れ狂う旋風。
愛凰のザ・アルカナ:〈炎風・聖天神楽〉は、使用者の体力の減り幅に比例して、その攻撃力とスピードが増幅するという効果だ。
3分の1程しかなかったHPはさらにみるみる減っていき、残ったのはタバコの火種ほどしかない赤いラインのみ。
今までの5倍の攻撃力とスピードで勢いよく駆け出した愛凰はしかし、元々の数値が低ければ所詮5をかけたところで大した力にはなり得ず、その指1本もディアベルクに触れる事は出来なかった。
到底人間の眼では追えないディアベルクの攻撃によって、瞬く間にその喉元を穿通。そのまま動かなくなってしまう。
愛凰の瞳からは光が消え、体力ゲージもゼロ。完全に死亡したことを確認すると、ディアベルクはまるでゴミを投げ捨てるかのように地面に放り捨てた。
「ああ…、あ、ぉ…」
こんな事が…、あって良いのだろうか。
こんなことが………。
俺、《不知火勇鳳》は、ブラインドしたかのような眩い視界に、燃え滾るような身体の熱さ。
愛凰のあまりにも凄惨な死にこれ以上ない哀傷、計り知れない程の憎悪と復讐心を胸に宿したまま、その約16年間の人生に終わりを迎えたのだった。
*****
プーッ、プーッ、プーッ。と、一定間隔で鳴り響く電子音の目覚ましで、俺はゆっくりとその瞼を開けた。
朦朧とし視界の中で意識が覚醒するのを待っていると、なんだか体のあたりが無性に擽ったい感覚するのに気がつき、首をやや下に持っていくと、
身包みを剥がされ半裸状態の俺の体を、弄っている女がそこにいた。
「あgねインフィ絵rん意にgねいにッッゥツッ!!!」
言語にもならない悲鳴で飛び起き、近くにあった毛布でその身を隠す。
「あっ!やっと起きた!このお寝坊さん」
そんな俺に気づいた女は、一瞬驚きを見せたのち平然とした様子でそう言った。
コイツ、今自分が何をしていたか分かっていないのか?
「……ッ!!!」
とそこで、俺は急激な頭痛に襲われ、此処に来る前の最後の記憶が途端に脳裏に蘇る。
いきなり現実世界へと現れた《破壊の魔人:ディアベルク》によって、俺と愛凰は手も足も出ずに見事に殺された。……はずが、
「………生きて、る?」
切断された右腕はしっかりとくっ付いているし、毛布の中を覗いて見れば開けられた腹部の穴もない。意を決しバッと横を見てもそこには、自身の体力を表したUIも存在しなかった。
ならばやはり、あれは最高にタチの悪い悪夢だったのかと。そう一瞬考えたが、そこでさらなる疑問が浮かんでくる。
(どこだ、此処?)
そこは、白一色に塗られた見覚えのない天井と壁に、同じく見知らぬベッド。その周囲に仰々しい機器達が置かれカーテンで区切られた、病院の一室のような場所だ。
あれが夢ならば、引き籠りニートである俺がこんな見知らぬ病室で目覚めるはずがない。
『何かがおかしい』。と、俺の第6感がざわめきながら辺りを警戒するように見渡すと、やはり行き着く先は今俺の傍に座り身体を弄っていた女だ。
「落ち着いた?」
すると女は、俺が話の聞ける状態になるのを待っていたのか、優しい口調でそう尋ねてくる。
「確かに意味不明な状況でパニックになる気持ちもわかるけど、私の格好をよく見て、私は『ナース』。あなたに危害を加える気はないの。
ね?分かったら大人しく私の話聞いてくれる?」
何が「ね?」なのか、全くもって分からないが、よくよく見れば確かに女はナースの格好をしていた。やはり此処は、どこぞやの病院らしい。
病院にナースがいるのは当たり前で、右腕切断、腹部大穴の致命傷瀕死患者を看病するのも当たり前。
それに彼女の言った話とやらはおそらく、今のこの現状について、もっと言えばあのディアベルクや鳳凰巫女の顕現についても詳しく教えてくれる重要な話なのだろう。と、勝手に俺は解釈する。
とそこで、もう一つの重要な事を思い出す。
「愛凰は!?」
俺と一緒にあの場に居た義妹は無事なのか。俺がこうして生きているのなら、愛凰も生きてるのではないかと、そんな希望を持ってナースを見れば……、
彼女はそっと目を瞑り、黙って首を横に振った。
「……嘘、だろ」
じゃあ何で、俺は生きている?。優秀な義妹ではなく、何の取り柄もない俺の方が……。
その心の疑問を汲み取ったナースは、悄然とする俺を尻目に独りでに告げる。
「君、不知火勇鳳と不知火愛凰があの家で《破壊の魔人:ディアベルク》に殺されてから、実に2年という月日が経った」
その言葉を聞いて、俺はさらなる衝撃に襲われる。
(2年!?)
体感では俺達がアイツに殺されたのなどつい先日のように感じるし、もっと言えばあの光景を、あの憎き形相を数分・数秒前のように鮮明に思い出す事ができる。
「嘘だ」と否定する前に、女はさらに続けて言う。
「おそらく、実感は湧かないと思う。なんせ君はこの2年もの間、成長もしていなければ、この世で生きてすらいなかったから。
死体だった君はたった今、この世に蘇った」
それは、『生きていた』という言葉とは似てまったく比なるもの。
俺はあの襲撃を受け生きていたのではなく、死んで蘇ったというわけだ。それならば、愛凰ではなく俺が生きていたことにも納得がいく。
おそらくゲームでよくあるHPがゼロになり『ゲームオーバー』となってリスポーンしたのではなく、俺の【V・V】で与えられたAA:鳳凰戦士による能力。
〈赫生・∧・覺命〉
発動時一度だけ灼熱の焔に包まれた不死身の身体を手に入れ、HPがゼロになっても死なずに蘇る、まさに不死鳥の名に相応しい俺の必殺奥義だ。
「これも、何度でも蘇る不死鳥の恩恵なのかな。……とにかく、蘇ってくれて本当に良かった」
そう口にしたナースの表情はしかし、嬉しさや安堵の中に少し沈痛めいたものも含んでいるように思えた。
それにしても……、まさかあの時偶発的にアルカナが発動し、奇しくも2年越しに蘇ったという事なのか、、、。
何とも言えな心情を置いてけぼりにナースは話を続け、歩みを窓際まで向けると薄桃色のカーテンに手を掛けた。
「今は、西暦2045年7月22日。すべてはあの日、【V・V】が1周年を迎えた2043年の8月20日から始まった。
現実の世界と仮想の世界が接合……、いや交差っていう言い方の方が正しいかな」
そこで徐に一息溜め、振り向き様に少女は言う。
「ようこそ、現実と仮想か交差的にに入り混じった、異常な世界へ!」
同時、バッと開け放たれるカーテン。
それはまるで、【V・V】へと『DIVE・IN』する時と同じような虹色の光が視界一杯に広がった。
次いで、その瞳孔に焼き付いた光景は何とも広大無辺な何処か見た事あるようで、それでいて無いような、もう一つのの世界だった。




