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X・x・R(ゼノ・クロス・リアリティ)  作者: 描々云々
【第1章】【Sensation】入隊試験
12/25

始まりの街【インセプション】

 あのハーピー事件からおよそ3週間程が経過した、西暦2033年8月10日。

 色んな意味で今世間を騒がせているフルダイブ型のオープンワールドVRMMORPG:【Another(アナザー)Vista(ヴィスタ)】は、あと10日で記念すべき5周年を迎えようとしていた。

 すなわち、この現実世界とゲームである【A・V(アナザーヴィスタ)】の世界が混同(コンヒューズ)してからもう2年が経過した。という事になる。


 そんな超重要な一大イベントを間近に控えた俺達はしかし、その前に【Sensation(センセーション)】入隊試験という自分の今後の人生が懸かったもっと大事なイベントが待ち受けていた。

 開催場所は、東京湾とちょうど隣接するように混同で地図に追加された、プレイヤー達の旅の始まりを煌々(こうこう)と照らし、輝かしい活躍を願う未来の国:【スターライト】。

 その首都とも言われる始まりの街:【インセプション】だ。


 始まりの街と(うた)うだけあり、【A・V】プレイヤーは一部の《シークレットアカウント》を除いて例外なく初回ログイン時にこの街からスタートさせられ、ゲームのあれこれを余すことなくたっぷりと叩き込まれたのち、広大な世界へと旅立っていく。

 つまり、ほぼ全ての【A・V】プレイヤーが一度は訪れたことのある、代表的な街の一つと言える場所だ。

 開催日時は今日、8月10日の午前9時開始。

 そして今の時刻は、丁度午前1時を回ったところだ。

 今俺らが拠点としてるのは、元千葉県の最南端であった旧房総半島が混同により地形変形し、【A・V】ワールド内の【海花犬山(かいかけんざん)】:《ガスタ村》と名前を変えた地。

 此処から【インセプション】までの道のりは車で速くても2時間掛かるらしく、9時開始ということはその前にはすでに到着し準備しておかねばならず、加えてそれより早く起きなければならない。

 よって、起床時間は午前6時。

 生粋の夜行性であり生活リズムが終っている俺が、そんな朝早くから起きれるなんて絶対無理に決まっているため、寝ないでオールするという選択を選んだ。


 この試験までの残された時間は、まさに受験生で言うところの最後の悪あがきの時間だ。

 この約3週間、注木射恋(そそのきいこい)指導のもと入隊試験に受かるための猛特訓をしてきたが、結局俺は初級技である〈炎の拳(バーニングナックル)〉でさえ3回に1回成功すれば良い程の練度。

 〈不滅の一撃(イモータルドライヴ)〉もあれ以降発動する事がきでず、まさに実技は壊滅的と言えた。それならば、筆記の方でカバーするしかないと、寝る間も惜しんで自身のステータス、現代世界のシステムや成り立ちやらを必死に勉強した。


「ふい~」


 もはや何回目かの復習をして、俺は椅子の背もたれに寄りかかり盛大に背伸びをする。

 この《ガスタ村‐エリア75》に小ぢんまりと佇む診療所《憩いの場クリニック》には現代社会ではもはや欠かせないネット環境が備わっており、それに伴って俺はその次に必需品と言えるであろうパソコンをなんと無料で提供してもらった。

 最新の高スペックとまではいかないが、ある程度の解像度の高いオンラインゲームもストレスなくできる程度。

 もはや俺の部屋と化した診療所の病室の一室で、俺はデスクやモニター、キーボード・マウスから何までデバイス類を一式揃え、生前の引き籠り時代の自室に続いて第二の根城を築いていた。


 勉強の息抜きがてらにチョロっとSNSを覗いてみると、やはり世間は10日後に控えた【A・V】5周年の話題で持ちきりだ。


 『いったい何が起きるのか?』


 この世界を生きる今の人々がひたすらに思うことは、満場一致でこれだろう。

 このVRゲームは混同しても尚、現在でもアップデートと称して地形変動、新モンスターの追加などなど、様々な新要素が加えられている。

 『3周年』を迎えた2年前が、この現実世界との混同。

 もしやそれ以上のことが起きるかは不明だが、『5周年』となれば何かしらのアップデートがあるのは間違いなかった。


 それが何なのかは、まさしくこの世界を混同という超常現象に導いた『何者か』しか存じえないところだ。


 その後も俺は寝ないようにゲームと勉強、たまの技モーションで体を動かし時刻はあっという間に午前6時となる。


「あら、今朝はずいぶんと早起きじゃね」


「あっ、、、おはようございます」


 診療所一階のリビングに降りると、もうすでに《床寺扈博(しょうじこはく)》さんが朝食の準備をしており、俺は軽い挨拶で返す。

 この診療所の院長である扈博さんは、小生意気そうな相好に髪は地面に垂れんばかりの長いポニーテール。着飾った白衣はダボダボで、その見た目は一見小学校高学年に見えるほどのロリータのような容姿をしているが、実はかなり長い事生きている医療のエキスパートらしい。

 俄かには信じがたいが、まあなんか口調はおばあちゃんっぽいし、たまに大怪我をして帰って来た時の治療技術も確かにすごい。所謂、ロリババアというヤツだ。


「まさか、寝てないんじゃなかろうね?」


「そんな。快眠でしたよ」


 冗談交じりに尋ねてきた扈博さんに、俺は反射的に嘘をついてしまう。こんな大事な日にオールして寝てませんなんて、口が裂けても言えない。


「もう少しでご飯できるから待ってな」


「…はい」


 そう短く返し、俺は診療所裏口の玄関に向かい靴を履く。

 俺が自室を出て二階から降りてきたのは、実は朝食を食べるためではない。

 夜行性という生物は不思議なことに、空が明るくなっていくにつれ急激に瞼と体が重くなり何もしたくなくなるという特性を持っている。

 そうなってしまった場合残された道は、自分の楽園であるベッドにダイブし深い眠りにつくのみ。ベット(そこ)はどんな蟻地獄や監獄よりも、抜け出すことが困難だ。

 それを未然に防ぐ方法が、俺の経験則からいって体を動かすことただ一つ。

 空がおぼろげに青みを帯びスズメが鳴き始めたのを見計らって、俺は眠くなる前にと朝のラジオ体操をする。


「よしっ!」


 澄み切った清々しい空気を吸いながらほどよい汗を流し眠気を吹き飛ばしたあとは一つ、顔の前で指パッチンをする。


 ◆◆◆◆◆

 〈不知火勇鳳〉:Lv5 ランク___

 Role:《鳳凰戦士フェニックスウォリアー

 HP62/62

 SP48/48

 MP18/18


 攻撃力:G

 防御力:G

 素早さ:F

 賢さ :G

 運  :Z


 権能オーソリティー :飛火の翔進(ひびのしょうじん)

 技巧スキル     :なし

 必殺奥義ザ・アルカナ赫生・∧・覺命バーン・アンド・バース

 ◆◆◆◆◆


 そのステータスにほとんどの変化はないが、レベルは5となり多少の体力やスタミナは上がっている。

 やるべき事はやった。あとは試験に臨むのみだ。

 改めて気を引き締めると、俺はリビングに戻って優雅な朝食をいただく。

 今日の朝食は、どこぞやの映画で出てきそうなベーコンエッグとふわっふわな食パン。生ハムサラダに加えて、香ばしい芳香(ほうこう)を漂わせるブラックコーヒーだ。


「いただきます」


 早速ベーコンエッグを食パンの上に乗せ一気に二口ほど頬張ると、サクッという食パンの心地よい食感に、次いで丁度良く塩コショウの効いたベーコンのしょっぱさ。そこにまろやかな黄身が流れ込み、口内は朝の優雅な一時に相応しい静謐(せいひつ)なる調和(ハーモニー)を奏でる。

 一拍置いて異なる旋律(ブラックコーヒー)を挟むことで、それはさらなる回旋曲(ロンド)を生み出す。

 もしやこれこそが噂に聞く、『早起きは三文の徳』と言われる(ことわざ)か。……素晴らしい。

 と、いっぱしの指揮者になった気分で完美なる朝食を堪能していると、


「お〜は〜」


 程なくして注木が起床してくる。

 注木は金髪ボブに黒色の瞳とAAではなく現実の姿だ。

 眠たそうな目を擦りながら現れた注木は次いで、俺の姿を見てギョッとした表情へと変わる。


「………何だよ」


 その視線を一身に浴びた俺は、バツが悪そうに尋ねた。


「はやタカが、起きてる!」


 絶句したように、注木は言った。

 しかし、まあこれは当然の反応とも言える。

 俺が朝に滅法弱いというのは、この診療所内ではもはや有名な話で、蘇ってから今日までで朝食を食べた事はおろか、午前中に起きてきた事すら皆無だった。

 つまり、『起きた』という表現は少し違うが、俺がこの時間帯にこの場所にいるのは銀箔に塗りたくれた鉄製のデッかいスライムに遭遇するくらい珍しい。

 俺が逆の立場でも、失礼を承知で今の注木達と同じ顔をする。


「もしかしたら、今日は本当に合格できるかも…」


「おい!」


 注木(コイツ)、『私が教えれば受かる事間違いなし!』みたいな事言っておいて、もしや俺が入隊試験に合格するのを早々に諦めてるんじゃなかろうか。

 最悪もし不合格になったとしてもずっとこの診療所に居候して、実家暮らしの一生働かないニートのような嫌がらせしてやる。

 という風に、敢えて合格しないでその未来もありだなと考えていると、注木も席に着き朝食を食べ始める。

 朝食後は皆それぞれ身支度を済ませ、気づけば時刻は6時半。いつの間にか械動も診療所に現れ、これで全員集合。


「それじゃあ、出発じゃ!」


 扈博さんの合図で、一同は扈博さん自家用車のワンボックスカーに乗り込む。

 当然、成人はしているし免許も持っている扈博さんが自然な流れで運転席へと座るのだが、低い身長は辛うじて前方が見える程度で、短い脚が踏むアクセルもかなりギリギリだ。

 本当に運転できるのかと心配で見守っていると、それは突然ウィーンと運転席が変形し始めた。

 座布団を何枚も重ねたようにお尻の部分が持ち上がり、それに合わせてアクセル・ブレーキも上がっていく。

 これなら、身長が低く脚が短い人でも問題なく運転できる。

 「すげぇ」と現代の進化に感嘆する俺を尻目に、車はヌルっと動き始めた。

 そしてほどなくして、俺はシートに身体を預けゆっくりと瞼を閉じる。

 いくら引き籠りニート時代たまに二徹をしていたと言っても、それが単にゲームやアニメなどの娯楽に費やす為ならまだいいが、こと今回のような大事な試験では話は別だ。

 さすがに一睡もしていなければ、集中力やその他諸々のパフォーマンスが落ちてしまうかもしれない。

 かと言って自分のベットで寝れば注木や扈博さんもいるため寝過ごすという事はあり得ないが、『起きたくない』『もうちょっと寝ていたい』という俺の腐った性根が爆発するとも限らない。

 そこで思い至った最善策が、移動中の2時間。その移動時間中に仮眠をとるという選択。ベットほど疲れをとることはできないが、それが逆にさっき言った起きたくないなどの感情を抱かせにくく、素直に起きれるというわけだ。

 少しだけシートを倒し、夢の世界へと旅立つ準備は万全。


「いよいよ試験だね、調子はどう?」



 そんな明らかに話し掛けるなムードを漂わせている俺に、空気の読めないナースは話し掛けて来る。

 いやもしかしたら械動に聞いたのかもしれないとそちらを見てみると、ノイズキャンセリング付きイヤホンを付け音楽を聴いていた。コイツは最初から会話をする気がなかったらしい。仕方なく俺が答える。


「………まあまあ」


「あっそ。じゃあこの辺で、もう一回試験の概要をおさらいしとこう!」


「………いいって、もう死ぬほど復習した」


「まあまあ、何回聞いても損は無いって。今回の試験は、記念すべき第20期【Sensation】入隊試験。参加条件は、AAであるなら誰でも参加可能!」


「………知ってる」


「試験内容はやっぱり書いてないっぽいけど、私の時はモンスターとの戦闘面に力を入れてた感じかな」


「………」


「まあ、先輩であるこのお姉さんからアドバイスをさせて貰うと、やっぱり何時如何なる時も諦めない事が肝心かな。

 どうしても予想外のトラブルは起こるし、全部が全部思い通りには進まない。そんな時でもめげずに鋼のメンタルで挑めば必ず合格できる!

 私の時なんかは………」


 と、思い出話に浸る様に永遠と話す注木。


 正直全く聞く気はないし、うるさくて寝れない。

 ………おかしい。

 こんな雑音など気にならない程眠いはずなのに、身体は疲れているはずなのに、何故か寝る事が出来ない。

 もしかしたら、今朝飲んだブラックコーヒーのカフェインが効いているのかもしれない。


(……まずいな)


 移動と考えれば長いが、睡眠と捉えれば短いと感じる貴重な2時間。

 この時間を何としても無駄にすることはできず、考えることをやめ睡眠に意識を集中される俺。

 しかし、人間というのはなんとも不思議な生き物で、考えないようにすればするほど、別のくだらない事が頭の中に無限に湧き出てくる。


 ていうか今更ながら今回の試験、注木はすでに【Sensation】ライセンスを持っている《レイダー》なのに、何故か【インセプション】まで一緒に同行するらしい。

 しかし俗に此処は、何もない『田舎』と呼ばれるガスタ村だ。

 俺は元々東京生まれ、東京育ちの都会民なので分からないが、田舎民のたまの都会へのお出かけというのは、別に目的があるわけでもないが何となく行きたくなるものらしい。


 ……って、そんな事はどうでもいい。早く寝なければ。

 しかしその後も俺は、どうでも良い事ばかりを頭の中で何回も巡らせ、それを尻目に車は高速道路へと入っていくのだった。


 *****


 駐車場に停まった車から強制的に降ろされた俺の身体はとても重く、倦怠感(けんたいかん)に満ち満ちている。


 ………結局、一睡もすることが出来なかった。


 疲れ切った眼球はショボショボとしており、太陽の日差しがやたら眩しい。ああ、一歩も歩きたくねえぇ。

 それでもやたら元気な注木、感情の読み取れない械動に重い身体を引きづる様に付いて行くと、少しして俺達はその門の前へと訪れた。


 円形のメカメカしいフレームに、その中心部は白と七色のエフェクトがランダムに発光したワープゲートのような歪みがある。

 この混同した世界で蘇ってまだ1ヶ月も経っておらず、コチラでは訪れたことはまだ一度もないが確信できる。

 あの中を潜ったその先が、始まりの街:【インセプション】だ。


「じゃあ、行くよ」


 注木のそんな言葉に、何故か緊張する俺。

 気分はまるであの日初めてダイブハードを手にし、【A・V】に初ログインしようとするあの時と同じ。

 期待と不安がひしめき合った最高の状態で、俺達一同はその門に足を踏み入れた。


 刹那、視界は真っ白な世界へと一変。七色のライトエフェクトが目まぐるしく目の前を通り過ぎていき、やがてまばゆい閃光が視界一杯に広がった次の瞬間、さらに景色は変化し俺達はもうすでに入って来た門を後ろにした広場の一角に立っていた。


「ここは……」


 呟きながら辺りを見渡すと、意識の覚醒と共に状況を理解し始める。

 変な形の建物に空飛ぶ乗り物達、華々しいデザインにうるさいほどのネオン発光輝くデジタルチックな近未来の街並み。

 思い出す。誰もが夢に見、「これだっ!」と歓喜しテンションを爆上げした【A・V】へ初めてログインしたあの時の感動を。


 バーチャルワールドの金字塔、始まりの街:【インセプション】が、目の前に健在していた。

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