感無量のハニーフレンチトースト
シスター:オーグレス・プラックの人生は、他の一般的な人間に比べれば幾分か窮屈と言える人生だっただろう。
生まれ育った地域の信仰している宗教上、流れるように教会の修道女として神に仕え。恋愛も趣味も自由も、全てを生贄に神に祈りを捧げ続けた。
やがて教会は孤児院と合併し、やりたくないガキ供の世話を一人で見る羽目になる。
人生において何の幸福も祝福もなく、ただただ疲労とストレスだけが溜まり過ぎていく毎日に、プラックの唯一の娯楽は運良く手に入れひっそりとプレイしていた最新VRMMO【Another・Vista】というゲームだった。
彼女は修道女以外の人生を送れる『もう一つの景色』にとても魅了され、その世界へと入り浸るようになる。
近年のゲームでのハーピーの肖像というのは、従来の醜く汚いというイメージから少しずつ払拭されてきており、ゲームによっては美形のモンスター美女たる枠組みで一定層のファンに人気を博したりもするらしい。
【A・V】でもその要素を取り得れており、まさしくゲーム内のプラックは一部のコアなファンから根強く支持されるような少し萌えを匂わせつつ、鳥部という特殊部位、所謂『フェチ』を強調させるセクシー美女であった。
この自由奔放なオープンワールド世界でプラックは、現実では諦めていた人生の謳歌というやつが味わえる。文字通り『なんでもできる』と、そう思った。
そして、今までの神への奉仕がまさに見返りとなって降ってきたかのように、ハーピーの強大な権能を持ってしての、【A・V】の現実世界との混同。
全てがうまくいき、そしてこれからもうまくいくはずが、そこで一つ誤算が生まれてしまう。
今までは清楚で慈悲深いシスターを演じてた反面、その裏には醜悪で意地汚い性格を隠し持っていたプラック。
それが『ハーピー』というAAを与えられた要因とも言えたのだが、混同によってそのうまく使い分けていた性格の表裏までもが入り混じりうまく区別できなくなってしまう。
気づけば何人もの人々を攫い捕食し、虐殺するという悪事に手を染めてしまっていたのだった……。
*****
不滅の一撃をもろに喰らったプラックは、右半身も焼失するまでには至らず、奇跡的にHPが1ミリほど残った。
盛大に吹き飛んだ先は、奇しくも神に祈りを捧げる祭壇。
「嗚呼、神よ。救われない私に聖なる慈悲を……、どうか、ご慈悲を………」
この期に及んでまだ神からの助けを乞うプラックは、そのまま壊れたbotのように何度か囁いたあと、次第に口すらも開けなくなり黙ってしまう。
プラックを倒してすぐ、注木はみるくの『解毒薬ミルク』で解毒し、械動も自動修復の特性で回復。
かなり危なかったものの、子供達も全員無事。俺たちは誰一人死なずに、今回の戦いで勝利を収めたのだ。
「ふうぅ〜」
さすがに全身に縛り付いていた緊張が解け、地面に座り込む俺。しかし不思議なことに、意外と身体的な疲れは感じていない。
すると……、
『テレレレレレレ、テッテテーーーーン』
なんともポップな効果音が、それぞれ5箇所から同時に鳴り響く。
急な音楽にビビる俺をよそに、耳馴染みなのか特に慌てる様子もなく皆その音が鳴るやいなやステータスウィンドウを開き始めた。俺も便乗して開いてみると、
「うおっぉおっっ!!?」
レベル1のど初心者だった俺が、なんとレベル2にレベルアップしていた。やっぱりレベル上がった瞬間というのは、やたらとテンションが上がる。
これがそれぞれ5つということは、おそらくプラックに敵意を抱き闘っと見なされたこの場にいる5人がみな、レベルアップしたということだろう。
どれどれとステータスの詳細を確認してみると、
◆◆◆◆◆
〈不知火勇鳳〉:Lv2 ランク___
Role:《鳳凰戦士》
HP23→32
SP19→27
MP5→8
攻撃力:F→G
防御力:G→G
素早さ:F→F
賢さ :G→G
運 :Z→Z
権能 :飛火の翔進
スキル :なし
ザ・アルカナ:赫生・∧・覺命
◆◆◆◆◆
まあレベル1上昇の上がり幅としてはこんなものか。
攻撃や防御の項目は細かい数値が見えない分強くなった実感が湧かないなと感じつつ、表記されていたらいたで試験の時に暗記するのが面倒なので難しいところだ。
何だかこういう時、無性に他の人のステータスも見たくなる精神で、チラリと械動のステータスを覗き見ると、
「うそっ!?」
俺は思わず声を張って叫んでしまった。
なんとコイツ、レベル10だった。
「参考までに聞くけど、お前此処に来る前レベル幾つだった?」
「5ダ」
しかも、その上がり幅は5レベ。俺はもう一回自身のステータスを確認する。20じゃないよな、2だよなぁ。
(経験値の差か?)
もしかしたら配置順とか、最低限一回は戦闘に出さなきゃみたいなノリで、戦闘の貢献度なんかに応じて貰える経験値の量は異なるのだろうか。
他の人のも見せてもらうと思ったが、注木のはあまり参考にならなそうだ。そうなれば、次いで俺の血走った眼光が指し示した先は、2人の幼女。
…いやしかし、万が一でも彼女らよりレベルが上がってなかったなんてことがあったら、まるでチャンピオン目前にしてそれまで一切役に立っていなかった男が、最後の最後だけキルパクしたかのような、良いとこ取りだけが取り柄の男として認定されてしまう。
それだけは……、それだけは認めたくない。と、俺の心中の葛藤も虚しく、
「やったー!レベルが3も上がったよ、みるくちゃん!」
「グハッ!」
俺の心は木っ端微塵に打ち砕かれた。
「どれどれ。あーコレ、完全に晩熟型だわ」
そんな俺のステータスを覗き見て、「あちゃー」というポーズで嘆く注木。
「はあぁ?こんなのバグだろっ!」
確かに俺は多少呑み込みが遅いし、一度言われたことも中々できない方だけど、それにしたってレベル1の男があんな格上相手に最後のトドメを頑張って刺したのに不公平すぎる。たとえ良いとこ取りだったとしても、その『トドメを刺した』って結果は、もう少し評価されても良いのではないだろうか。
「まあまあ、レベルは個人の特訓でも上がるし、晩熟はのちにみんなが苦しんでる時に逆に陽の眼を浴びる尻上がりタイプだから、これからだって」
流石のナース力で、今回もこんなどうしようもない俺の心のケアをしてくれる注木。ほんとに、AAでも反映されるくらいだからそれが根っからの性分なのだろうが、よくやる。
そしてそんな俺と同じく、この場で浮かない表情をしている人間がもう一人。
「どうしたの?みるくちゃん」
佐藤みるくであった。
自分達を散々苦しめ縛ってきた諸悪の根源がいなくなったというのに、その顔はまだ深い雲が被ったままで晴れていないといった様子だ。
みるくは少し考え込んだ後はちみつにはにかんで笑うと、次いで脇腹を抑えながらこちらに近づいてくる。
「シスターは、倒れました。これからみるく達……、いや、みるくはどうなるんですか?」
真っ直ぐ注木を見て、みるくは言う。少し間を置いて言い直したのには、おそらくそこに質問の真意があるからだろう。
すなわち、これから保護してくれる人間がいなくなった子供達はどうなるのか?ではない。
プラックに脅されてたとはいえ、これまで沢山の人間を攫い所謂共犯、間接的に人殺しとなってしまった自分だけはどうなるのか?という意味の質問だ。
言い換えればそれは、この悪事に加担していたのは自分のみだ。他の子供達は一切関係ないと、責任は全部自分が背負いはちみつ達を庇う行為と言える。
そんなこれから起こる良くはないであろう未来を憂う、他の子らとなんら変わらない1人の子供に、注木は満面の笑みで笑って見せる。
「なーに暗い顔してんの?………んっ」
そうしてみるくの前でしゃがむと、徐に手を差し伸べた。
握手、ではない。もう少し手の形を窄めた、何か物を要求する手だ。
「牛乳、頂戴。勝利の乾杯しないと」
「え?」
不思議そうに首をかしげるみるく。
仮にも1回、そしてはちみつにも毒を盛られ、その所為で死目前まで追いやられたのにも関わらず、3杯めのおかわりをしようとしてる注木に驚きを隠せないようだ。
「確かに、沢山の人が死んじゃって、それに関わってきたもっと沢山の人が悲しむ。
けど、そのちっちゃい身体で、それら全てが自分の責任だって背追い込む必要なんてまったくない。
大体、悪いのは全部あの醜いバケモンじゃん!みるくん達はただ脅されて、言う通りにしてただけ。そりゃあ自分の命が危険に晒されたら、助かるためになんだってするよ。その行動を当事者じゃなかった部外者達が責める事なんて、これっぽっちもできやしない」
注木が言葉を紡ぐ最中、その手には恐る恐るに牛乳が手渡され、みるくも注木に促され自分用の牛乳を手にする。
「悪いと思う気持ち、ごめんなさいと思う気持ちが胸の中にちゃんとあるんなら、それを決して忘れないこと。決して忘れず胸に刻んで生きること。それが、今まで死んでいった人々へのせめてもの償い。その小さな身体に見合った、小さな贖罪だから。
難しいことはお姉ちゃん達大人に任せて、子供は思いっきり笑って泣いて、よく食べそしてよく寝る!
今は、あれこれ考えず、無事シスター撃破!子供達の安全を祝して乾杯しよーーーっっっ!!!」
精一杯腕を天に向かって伸ばし、少し遠慮しがちにみるくもそれに倣う。もうそこに、暗い顔の幼女はいなかった。
そうして2つの哺乳瓶が重なり、祝杯の合図が鳴った。
と言っても、こんなボロボロでしっけた教会で大宴会を開くわけもなく、皆それぞれ一杯づつ牛乳を飲んで勝利への余韻か、生への実感に浸る程度でお開きとなる。
あとは、今回の事件はそこそこの規模なので【Sensation】本部直轄の部隊にプラックの身柄、子供達の保護と今後の生活についてを一任し、その際怪我をしているみるく・はちみつは第五小隊《Sour》本拠点。もとい、我らが診療所に連れて行くことになった。
【A・V】では基本、ダメージによる傷や怪我は発生せず、アイテムの回復キットなどを使えばHPはすぐ元通りだったのだが、やはり現実での負傷はそうはいかないらしい。
注木が持っていた回復キット(中)では、HPは回復したものの身体に刻まれた傷は治らなかった。そこら辺に関しては現実同様に、骨が折れればしっかりとしたギプスを付け安静にし、時間を掛けて直していくしかないようだ。
「…ごめんなさい」
【A・V】でのアイテムではHPが回復。身体への外傷は時間経過。そこすらも混同しているのかと少しややこしい仕組みに考え込んでいると、俺の背中におぶられたはちみつが不意に謝ってきた。
「ん?」
もっと安心させるような声音を出したかったのだが、子供とあんま話したことない俺ではこれが精一杯だ。
「おんぶしてもらって……」
どうやらジャンケンで負け骨折した自分をおぶってる俺に対し、申し訳なさを感じているらしい。
「全然こんなの、大した事じゃないよ。それなら俺達の方こそ助けてもらったからな。命の恩人をおぶれて光栄だ」
最初図書館で出会った時、あそこではちみつがプラックに告げ口していたら、注木もいない状態で俺達はあそこで全滅していただろう。
こういう時は謝罪するよりも感謝を述べる方が良いと、アイポイ………いや、愛凰ならそうするだろう。
「ありがとう。はちみつも、こういう時は『ごめんなさい』って謝罪するより『ありがとう』って感謝する方が良いよ。その方がお互い嬉しいでしょ」
柄にもなく口調を和らげ、努めて優しく言う俺。
正直、それではちみつがどう思ったかは分からないが、
「…ありがとう」
そう言って俺の背中に小さな身体を預けて来る。
何だかはちみつのとの距離が、ちょっとだけ縮んだような気がした。
*****
ガスタ村:エリア75に位置する小さな診療所、通称『憩いの場クリニック』は、村の住民の病気などを看病する普通の診療所としの運営と並行して、【Sensation】第五小隊《Sour》の基地としても活動している。
そこの院長であり、噂によるところの歴戦練磨である名医:《床寺扈博》先生の診察によれば、みるくの方は軽い腹部の打撲程度で済んだが、はちみつの方は両足骨折の重傷だった。
治るまでは車椅子での生活を余儀なくされ大変だろうが、はちみつは生きてるだけで幸せだと嬉しそうに笑った。
育ててくれた保護者代わりがあんなに心が歪み醜さの権化だったにも関わらず、まったくなんて真っ直ぐで良い子に育ったんだと一人勝手に涙ぐむ俺。
「んじゃ、『はちみつん』の世話はこの診療所でみるとして、3時のおやつにしよ!おやつに」
注木の急な提案にあてられ時計を見ると、時刻は4時ちょっと過ぎ。3時ではないが、まあそこら辺はあの大雑把な女からしたら誤差の範囲なのだろう。
それにしても、俺達が攫われたのが確か昼飯を食べようとしていた12時頃だったから、実際にあの聖寵学園に居たのは4時間程度ということになる。もっと長時間滞在していたように思えたが、元々昼夜関係ない引き籠りニートの体内時計が宛になる筈もないか。
そんな事を考えている間に、もうすっかり幼女2人に懐かれた注木ははちみつには『はちみつん』。みるくには『みるくん』と命名し、そのネーミングセンスの無さを遺憾なく発揮している。
本人達はさほど嫌がっている様子もなく、楽しそうにそのまま注木と何処かに消えていった。
手持ち無沙汰となった俺は、近くのKOKINTVを見てこの間に友好関係でも築いておこうかと考えたが、いやいやと被りを振る。
実技に希望が持てない以上筆記で稼ぐしかないと、受験生のごとく合間を縫って入隊試験の勉強に励むことにした。
10分後くらいにやかましい注木の声が戻ってくると、それは目を見張るような豪華なフレンチトーストを人数分持っていた。
「うまそ!」
やっぱ頭の回転には糖分だよなと、眼を輝かせる俺。
「でしょ。これはなんと、みるくんのミルクとはちみつんのハチミツで作った。名付けて『感無量ハニーフレンチトースト』!冷めないうちにお上がりよっ!」
ご丁寧にパセリや生クリームまで添えられ、無駄に洒落た皿に載せられた店顔負けのフレンチトーストは、どうやらみるくとはちみつ2人の権能をふんだんに使った合作らしい。
だから、3人で一緒に何処かへ消えていったのか。
その出来栄えは、口の中でとろけるようなふわとろと丁度良い甘さ。これでコーヒーがあれば申し分ないと、『佐藤こーひー』なる新たな登場人物を本気で望む俺だが、まあそんな奴は都合よく現れない。
と思いきや、気を利かせて床寺さんが珈琲やら牛乳やらの飲み物を持ってきてくれた。
さすがの械動も、これがただのお茶会などではなくさきの祝杯の二次会、あるいはみるく達の歓迎会だと察しハニーフレンチトーストを素直にいただいている。って……、
「誰だお前っ!?」
そこにいたのは全身金属装甲のアンドロイドではなく、鋭い目つきに整った顔立ち、少し灰色がかった黒髪をハーフアップバングにしたイケメン風の人間がそこにいた。
「わざと言っているのか?俺は械動攻機だが」
まあ、俺を除いてこの場に男は一人しかいないから薄々そうだとは思ったが、現実姿のコイツ、こんなカッコ良かったのか…。
なんともいえない敗北感と劣等感に駆られそうになったが、しかし俺ももう以前の不知火勇鳳ではない。こんなことで一々ヘラりったりはしないのだ。
そんな半分冗談で半分本気の軽い会話を械動と取りつつ他の人間の様子を窺ってみると、皆各々談笑しながら満足そうにフレンチトーストを食していた。
こうやってみんなで食卓を囲むのなんていつぶりだろうと、俺の腐りきった心も不思議とほっこりしてしまう。
そんな幸せな空間に包まれながら俺は、珍しく良い命名を授かった『感無量のハニーフレンチトースト』を、もう一口頂いた。
*****
その夜、俺は無性にトイレに行きたくなり目が覚めた。
住む家がない俺は結局、この憩いの場クリニックに居候させてもらう事となり、病室のドアを開けて真っ暗闇の廊下を歩く。
夜の診療所はとても暗く、行ったことは無いが体感夜の学校・病院に勝るとも劣らない程怖い。
そんな中なんとか用を足し、ついでに喉が渇いたので水を飲もうとしたが、一体何処に水道があるのか分からず、挙げ句の果てに適当に彷徨っていたら迷子になってしまった。
(小さいからって油断した。クソ)
そうして真っ暗闇を歩いていると、一つの病室を見つける。
「よかった、戻って来れた」
正直喉は渇いたが、またあの廊下を彷徨うのは勘弁だったので、ここは大人しく寝ることにし中へ入ると、
「ん?」
俺の知っている自分の病室と、物の配置などのレイアウトが少し違うことに気が付いた。
「これ、俺の部屋じゃない」と気が付くのと同時、部屋の最奥。置かれたベットに、誰かが横になっているのを発見する。
「なーにしてんの?」
「うおっ!」
すると突然、油断していた背後から声を掛けられ俺は盛大に飛び上がる。首を急旋回させそちらを見ると、そこにはAAのナース姿ではない、金髪ボブ、薄着な寝巻き姿の注木が立っていた。
(勘弁してくれ…)
どこぞのホラーゲームよりよっぽど怖い。トイレ直後で良かったと、俺は本気で思った。
「何でここにいんの?」
勢いあまって、質問を質問で返してしまう。
「何でって、ここが私の部屋だからだよ。はやタカこそ、深夜に乙女の部屋に密かに忍び込むなんて言い訳できないけど」
何となく投げた質問で、まさかコイツが此処に住んでいるという初耳の事実に驚きつつ、確かに改めてこの状況を整理してみると、間違えって入ったとはいえ深夜に女子の部屋に勝手に入ったという確固たる証拠が提示されているこの現状に、恐怖は段々と焦りに変わっていく。
目の前の女のニタアァというウザ可愛い表情から、本気で俺が夜這いなるものをしに来たとは思ってなさそうだが、ここで正直に迷って間違えて入ったと言っても苦し紛れの言い訳としか捉えなれなそうで嫌だな。
どうしようかと、変な汗を流しながら思考を必死に巡らせているとそこで、俺は何かに打たれたように後ろのベットへ踵を返す。
「そんなことより、そこで寝てんの誰?」
俺のとった選択は、まさしく話題転換。
布団に隠れて良く顔までは見えないが、少し離れたあのベットで誰かが寝てるのは確かだ。ここが注木の部屋で今目の前にその本人がいるのなら、この部屋には俺達以外の第三者がいることになる。
注木と同じ部屋で暮らしてる《Sour》のメンバーかもしれないし、ワンチャン彼氏かもしれない。それこそ械動だったりして…。
そして、一番最高にして最悪のパターンが、注木も知らないよもや本当に夜這いしてきた不審者だったパターン。
何でも良いがソイツに話題を逸らせれば、どさくさに紛れて逃れられる。
すると注木は揶揄うような顔を真剣なものに変え、少し上目遣いで訪ねてきた。
「知りたい?」
(…何だ、それ?)
……どういう意味だ?たかが話を逸らすために振った話題だが、何だか想像以上に重そうだ。
「いや、俺眠いし、またの機会ってことで」
「私の弟なんだ」
そう言って立ち去ろうとする俺に、注木は静かに言い放った。
「小さい時から身体が弱くてね、ずっと病院暮らしだった。友達と思いっきり外で遊ぶこともできないし、遠くにお出掛けすることもできない。
私には有り余るくらいの元気があるのに、分けてあげれるなら分けてあげたいって何度も思った」
止まらず話し続けるその声音には、何だか自虐にも似た哀愁がある。
「そんな時、身体を動かさなくてもできる遊びがある事を知ったの。それが、『もう一つの美しい気色』【A・V】。
あの世界でならカン勝は……、あ、患勝っていうのは弟の名前ね。あの世界でならカン勝は友達と好きな時に好きな場所に行ける。そう思って勧めたの。
………けど、それが間違いだった。
『混同』。カン勝の身体は、あの日の現実とゲームの混同の負荷に耐えきれなくて、あの日から植物状態になっちゃった」
そう語る彼女の声は、とてつもなく弱く今にも消え入りそうだ。
今日初めて出会って1日、まだたったの1日だが、彼女について分かった事がある。
とても元気潑剌で溢れんばかりの快活さがあり時には優しく愛嬌を見せ、械動とは正反対に感情に富んでいる注木だが、逆にそれは怒りや不安・恐怖といった負の感情にも左右されやすい。
俺は、今日の出来事を反芻しながら思う。その元気さや愛嬌は他人に寄り添い癒し安らげることができるが、それがこと自分自身になると滅法弱い。
他人の看病をするのはお手のものだが、自身の看病は苦手。というか、自身より他人を優先してしまう優しくも少し不器用なナースだと思う。
「全部、私が悪いんだ。私がカン勝に【A・V】を勧めなければ、カン勝はこんな風にはならなかった。
だからね、はやタカが妹さんの仇を討つように、私はカン勝を治すために、このゲームを攻略する」
俺は、何も言わない。……言えない。だってこんなの、俺なんかが口を出していいようなものじゃない。
「大丈夫、絶対目を覚ますよ。だってまだ生きてるもん。死んでない。そうでしょ?
奇跡は起こる。この変な世界では、死んだ人間だって蘇るんだからっ!」
俺は、目をかっ開いて瞠目した。
振り返ると、肩を震わす少女が一人。
『どんなに辛い状況でも覆せる奇跡』
いつしか彼女が口にしていた意味を、俺は真に理解する。
目覚める可能性が極めて薄い、しかしごく僅かに希望の残された俺を看病し復活させることで、自分の目標が決して骨董無稽な話ではないと、実現できるのだと信じたかったのかも知れない。
そして、注木が異様に子供や年下、お姉さんなどに固執する理由も分かった気がする。
自分がお姉ちゃんとして何もできなかった事への、責任と義務。そしておそらく、償いだ。
「そうやってお姉さんぶって元気でいられるのは良いけど、全部自分で背負い込まないでたまには肩の荷下ろして、もっと他人に寄り掛かっても良いんだぞ。
………もっと、自分を大切にしろよ」
そんなこと、こんな元引き籠りのダメ人間に言われたところで「何言ってんだコイツ」としか思わないだろうが、何故だか無性にその難儀な生き様を手助けしたくなった。
直後、今の二枚目のような痒すぎる台詞に急に恥ずかしくなり、俺は逃げるように病室を出る。その捨て台詞として、
「要するに、自分すら看病できないナースは二流って事だ!
じゃ、また明日」
そう言って、注木の部屋を後にした。
_____
気休めでも、少々頼りなくとも、説得力が無かったとしても、今のその言葉がどれだけ注木の心と体を救ったかを、この時の勇鳳はまだ知らないのであった。
序章 完!!!




