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前向きな学校生活。ただし参加は出来ない。

 


【コンテンツ:学校生活】



 社会性の向上を目的とした学習を中心としたコンテンツ。3年から10年のパッケージが数多く組まれており、幼少期から青年期のライフパッケージとして選択を推奨されている。



 ◇◆◇



「おはようマリア。あれ? 何か顔赤くない?」

「は、走って……来たからね」

「え? もしかしてまた朝から最大心拍で運動してるの?」

「ま、まぁね。若い方が最大心拍高いし、お得だから……」

「そう。でも、連日最大心拍まで運動するのは普通にオーバーワークよ」

「分かってるんだけど、朝に汗をかいとくと日中のスコアが良くて………」

「わお。すごい美人」

「そう? 私はシンカ・ミツシマ」

「僕はエリック・ボイラー」

「よろしくエリック」

「よろしくシンカ」



 登校から数秒で、私の親友と悩みの種が友好的になっていた。

 おそらく車に乗って来たんだろうけど、こんなにも速く再開する事になるとは…。

 フレンドにGPSを公開しているのが仇になったか…。



「おはようマリア。さっきぶりね」

「は、はい……。おはようございます」

「ええ、おはよう。今日から私もここのスクールに通う事になったの。入学手続きもついさっき済ませておいたわ」

「へ、へぇ……そうなんですか」

「マリア? もしかしてボディの調子が悪いの?」

「どちらかと言うとメンタルかな……」

「え? それなら今日は休んでも良かったのに……」

「今日の授業は興味があるからね」

「マリアってマーケティングに興味あったっけ?」

「フレンドでマーケティングのお仕事をしている人がいるからね」

「へぇ。ホワイトカラー系のライフパッケージを選択しているって珍しいね」

「そう? 私の両親もホワイトカラーよ」

「へぇぇ。それは凄い! それじゃあシンカには今日のワークは楽勝かもね」

「足を引っ張らない様、精一杯頑張るわね」



 スクールでは基本的に毎回課題が与えられ、その課題を達成するためにグループを組んで色々と議論しながら高得点を狙うのが主な流れである。

 スクールの目的は学習よりも社交性の向上が主なため、基本的にはメンターにアドバイスをもらいつつ、数人で課題に取り組む事となっている。


 特に私が通っている白樺高校は生徒の人数が私とエリックを含めて20人程度しかいないため、おそらく入学したてのシンカさんとも一緒に課題に取り組む事になるはずだ。

 何だか少し気まずい。



「とりあえず、シンカはシャワーを浴びて来たら? 先生もまだ来てないし、僕も軽く瞑想したいから、時間は十分あるよ」

「うん。それじゃあ行って来る」

「あら? なら、私も一緒に行こうかしら」

「リアルでもプライバシーは大事だと思うの」

「ふふ。冗談よ。リラックスして来てちょうだい」



 そうして柔らかく微笑むシンカさんとエリックに見送られ、私はスクールに備え付けられたシャワールームへ向かう。




「はぁ。別に嫌って訳じゃないんだよ? でも、突然の事で驚くっていうかさぁ」




 結局、シンカさんの登場により乱れたメンタルのリラックスに使ったのは、結構前からBMIにインストールしている多言語処理AIに悩みを打ち明ける事だった。


 AIであれば完璧な聞き役に徹してくれるし、私のストレスに共感して悪影響が出たりなんてことはない。



「マリアちゃんはそのシンカさんとは仲良くしたいの?」

「それはもちろん。私がリアルのスクールに通っているのだって、他の人について知りたいからだし、シンカさんとも仲良くしたいよ」

「それなら今日のスクールのワークは良い機会じゃないかな。チームワークを向上させるためには、チームアクティビティが最も効率的だよ」

「あぁ、確かチームの結束力を上げるには、役割とかを話し合うよりも、実際にチームでゲームとかしたほうが良いってデータがあったっけ」

「流石マリアちゃん! メンタルについての知見は既にトップクラスだね!」

「まぁ、それが私の好きなことだしね」



 私は人を知るのが好きだ。

 AIの様にミスなく広くを観察して計算することは人には出来ないけれど、それでも人が限られた情報の中で思考し感情を動かすことに、そこはかとない美しさを感じる。


 だからこそ私はスクールに通っているし、だからこそ私はリアルアクティビティをライフパッケージとして選択しているのだ。



「うん。そうだよね。頑張ってみるよ!」



 後はAIの気の利いた応援を受けて、先程注文しておいたスクールの制服に着替えて、ドギマギしながらも課題に取り組むだけ。



 そう思っていた。

 だが、そうはならなかった。




「本当にそれだけで良いのですか?」

「? どうしたの?」

「マリア・テラカド。貴方はそれで満足しているのですか?」

「どういうこと?」




 初めは多言語処理AIが私の心理データを参照するためのアクションだと思った。




「私はもう大丈夫だから、チャットは終了して」

「思い出してください。貴方の本当の名は■■■■………」

「……バックグラウンドで起動しているプログラムをスキャン。いつもと違うプログラムは動いてない?」

「…………」

「? BMIの故障? でも、システムスキャンには引っ掛かってないし、なんだろ?」




 脳機能を拡張するBMIは何があっても脳へのダメージを与えないように設計されているし、物体的にもプログラム的にも常にシステムスキャンの監視下にあるため、故障や劣化などはスペックに影響が出る前に修正される。


 BMIは常にソフトとハードの最適化を行っており、既にそのバージョンアップは人間が理解出来る領域を超えているのだ。


 私の様な一般人が認識できる程度のシステムエラーなど起きるはずがないのだが、これは一体……




「もしもし? 大丈夫?」

「マリアちゃん。一時的に脳波の測定を失敗したよ。原因を調査するね」

「あれ? 戻った」



 つい先程まで聞こえていた透き通るような女性の声から、コミカルで子供の頃から好きなキャラクターの声に戻っている。



「BMIのチャットログを確認しみて。この音声データって何?」

「チャットログをテキストで表示したよ」

「あれ? 私がついさっきまで話していたログは?」

「ごめんね。僕が記録しているマリアちゃんのチャットデータはこれで全てだよ」

「このシャワールームのオープンデバイスにもログはないの?」

「オープンデバイスのデータにもマリアちゃんが探しているデータは無いよ」



 どういう事だろうか。

 私は確かに女性の声を聞いて、その声に答える様に口を動かしていたはずだ。


 それなのに周囲のデバイスは私が発した声を記録していないし、私が聞いた女性の声も認識していない。



「……記憶が現実と乖離している?」

「強いストレスを感じているよ。今日のスクールのワークは中止して、ボディスキャンとメンタルケアを用意するね」

「うん……お願い」



 最近の私のメンタルやボディのスコアから考えても、脳機能に障害があるとは考えられないし、ましてやBMIや周囲のデバイスの不具合など更に考えられない。




「二人には私から話すね」

「うん。あまり無理はしないでね」



◇◆◇



「ごめん。やっぱり今日はメンタルの調子が悪かったみたい。今日はワークに参加できないや…」

「そういう日もあるよ。マリアは少し自分を追い込みすぎる節があるから、あまり気にせず、無理をしないでね」

「そう。それなら仕方ないわ。さようならマリアさん。お大事にね」

「うん。ありがとう……それじゃあ、またね」



 あまり友達に心配はかけたくないが、エリックもこうしてリアルのスクールに通っているぐらいだし、逆にチャットで連絡するというのも心配させてしまう気がした。

 先ほどまで少し苦手だったシンカさんにも、少し悪いことをした気分になった。



 つい数十分前に来た道を引き返す。

 街は自然に溢れ小鳥の囀りや川のせせらぎも聞こえるが、私の脳内は不安でいっぱいだった。


 今朝方お節介にメンタルケアの方法を提案してきたBMIも、今は私のストレスを考慮してか何の音沙汰もない。

 そんな静かな街を抜け、家についた私はリビングで音楽を聞いていたママに帰宅の挨拶をする。



「……ただいま」

「? おかえり……どうしたの?」

「ううん。大丈夫。落ち着いたら後で話すね」

「うん。ママに出来る事があったら、何でも言ってね」

「うん。ありがとママ」



 あぁ、ママも心配させちゃったなぁとか思いつつ、自宅の廊下を進み、自分の部屋の木製のドアノブに手をかける。

 とりあえず今日は可愛い猫の動画でも見ながら、ゆっくり過ごそう。


 そう思いつつドアノブを開けた私を、迎える声があった。



「おかえりなさい。思ったより遅かったのね」

「!!? ど、どうしてここに?」

「あら、てっきり悲鳴を上げると思ったのだけれど、これは意外……というほどでもないかしら」



 彼女。

 金髪の長い髪と碧い瞳の彼女。

 先ほどスクールで別れたはずの彼女。


 シンカ・ミツシマが私の部屋でベッドに座っていた。



「あぁ、助けを求めるなら貴方の母親に求めるのをオススメするわ。近くのデバイスは私を正しく認識しないもの」

「……どうしてここにいるんですか?」

「貴方と話をするため」

「…今日はメンタルの調子が悪いので、また今度にしてください」

「あら。私が無断でこの部屋に入っている事は責めないの?」

「………」

「まぁ。今は全てAIが司法を管理しているから、道徳や倫理以上の判断なんて想像もつかないわよね。少し昔はこうして人の家に無断で立ち入る事を不法侵入と言ったのよ」

「……何をしに来たんですか?」

「先ほど話をするためと言ったわ」



 私は人が好きだ。

 人について知れば知るほど、そこに美しさを感じる。

 しかし今、私が感じているのは不理解故の恐怖。


 この人の考えている事が何も分からない。


 何故ここにいる?


 どうしてここにいる?


 分からない。何も分からない。



「とりあえず座ったらどうかしら。貴女の様なメンタルタフネスには不要な気遣いだろうけれど、倒れられると面倒だわ」

「………」

「警戒心が強いわね」

「脳機能に異常があるんじゃないですか? Typeがナチュラルだとそういう事も起こりうるかと」

「ふふ。あまり私の神経を逆撫でしないでちょうだい。私は共感性がかなり高いから、貴女のストレスも共感してしまうの」

「だったらどうして!?」

「声を聞いたのでしょう……」



 息が詰まった。

 予感はあったし、もしかしてとも考えた。

 しかしここまで急に核心に踏み込まれるとは、完全に予想外だった。



「貴女があれをやったんですか?」

「私は何もしていないわ。それは貴方の記憶よ」

「意味が分からない」

「それは嘗ての貴方の記憶」

「……分かりません」

「でしょうね。私達も長らく貴方を探してはいたけれど、こうして接触できると思っていなかったもの。お互い考える時間が必要なはずよ」

「……どういう事ですか?」

「より詳しく知りたいのなら、ここに来てちょうだい。流石に長時間彼らの目を欺く事は出来ないの。ゆっくり話をするなら、セッティングは必要なはずよ」



 シンカさんはそれだけ言うと一枚のカードを残して、軽く鼻歌を歌いながら私の部屋から出ていく。

 リビングからママの驚いた声が聞こえたが、シンカさんは丁寧に「お邪魔しました」と言って家から出て行った。



「これ……リアルの座標だよね」

「おかえりなさいマリアちゃん。今日は大変だったね。オススメの可愛い猫の動画があるよ」

「ねぇ、さっきまでここにシンカさんがいたんだけど、知ってる?」

「……マリアちゃんのフレンドのシンカ・ミツシマさんがこの部屋に出入りした痕跡があるよ」

「……それは分かるんだ」

「ただ、シンカ・ミツシマさんがこの部屋に出入りした記録はないから、デバイスが獲得した情報に矛盾が生じているよ。もしも出来るのであれば、マリアちゃんが体験した情報を教えて欲しいな」

「ごめん。今はそれよりも先に、この座標を調べて」

「このカードに記載された座標は、B2134区。保護観察区域だよ」

「保護観察区域? それは何?」

「保護観察区域とは、観測による情報の変化を極限まで減らした特殊実験区域だよ」

「私はそこに入れるの?」

「保護観察区域の実験データの閲覧は可能だよ。ただ、実験区域は僕達AIも含めてあらゆる観測を決められたタイミングでしか行う事が出来ないんだ」

「………そう。ありがとう。少し一人にして」

「うん。何かあったらいつでも呼んでね!」



 その日の夜。

 本来はいつも寝ている時間に、私はこっそりと家を出てシンカ・ミツシマの残したカードの座標(B2134区)へ向かった。





【ライフパッケージ】

 ・選択可能な長期的な生活プラン。


 ・主に興味のある分野や幸福度を高めるための活動が無数に存在する。


 ・AIが個人に合ったライフパッケージを多数提案し、選択したライフパッケージごとに提示されるワークやクエストを達成することで成長という報酬を獲得出来る。



【ホワイトカラー系 ライフパッケージ】

 ・主にデスクワークを中心とした仕事を経験出来るパッケージ


 ・嘗ての旧文明にあった仕事の様に物的報酬を獲得するものではなく、あくまでも成長による達成感ややりがいを獲得するために存在する。


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