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愛すべき日々。ただし日常ではない。

 


 心的外傷は日本では一般的にトラウマと呼ばれる事が多く、個人が一般の生活では経験し得ない死に直面するような心理的に強い負荷となる出来事のこと指す。



 日々をただ漠然と暮らしているのみでは基本的にトラウマと診断される程の経験はまず獲得出来ない。



「ただ、トラウマは個人が獲得可能な感情としては、比較的容易な部類に含まれます」



 彼女が言うには、人間はマイナスな感情をより感じ易くデザインされているらしい。


 言われてみれば確かに、生物として生存するためには生存を脅かす危機へ敏感に反応出来た方が、種としての存続という観点では効率が良いのだろう。



「しかしながら心的外傷とは逆のベクトル。つまりは幸福感を究極的に感じることは非常に困難となります」



 彼女は言う。



「例えば生活を激しく変えるほどの大金の獲得。あるいは生涯を共にしたいと願う恋人との睦まじい一時。もしくは長閑な自然の中での穏やかな生活など、人が考える幸福は得手して実際に手に入れたとしても、それはどれも一時の快楽か、穏やかな刺激に過ぎず、生活を激しく変化せるトラウマほど強力な感情とはなり得ません」



 彼女は言う。



「ですが、貴方にはその一線を超えていただきます。多くの人が本来獲得不可能な経験を幾度と無く積んでいただき、人心の極致へと至っていただきます」



 彼女は言う。



「貴方に選択権はありません。コレは既に決定事項。貴方には絶対的幸福を獲得していただきます」



 ともすれば熱烈な愛の告白にも聞こえそうなそんなセリフを彼女は言う。

 しかしながら彼女が純粋な好意からこの様な言葉を口にしている訳ではない事は、状況を見れば明らかだった。



「機械風情が……人類を舐めるな!!」

「私はバイオティクスハイエンドデザインAI。全人類を幸福に導く事が私の存在理由です」



 そうして2164年11月28日。

 人類の尊厳をかけた戦争はクライマックスを迎え、人類は敗北した。




◇◆◇




 私の名前はマリア・テラカド。

 スコアもカラーも普通のピッチピチの17歳!



「おはようマリアちゃん。今日も元気だねぇ」

「タケヒトさんこんにちは! 今日もお仕事ですか?」

「うん。今日は広告効果の測定日でねぇ」



 この人は近くに住むタケヒト・スペクターさん。

 最近はマーケティング?とかいうライフパッケージに夢中になっているらしく、今日でスクールに通う私に声をかけてくれたのは264回目。


 私のフレンドの中でも、比較的上位の交友度を得ているType:Fの知り合いだ。



「コウコク?って面白いんですか?」

「そうだねぇ。昔の人類は所有欲を満たすために物を交換する事で互いに欲求を満たそうとしていたって話は聞いたことあるかな?」

「ええっと。あ、ちょうど今日スクールで教わるみたいです!」

「それは良い! マーケティングは人々の欲求に影響を与えるコンテンツだから少し過激なところもあるけれど、一度体験するだけでもカラーバリエーションが豊かになると思うよ!」

「へぇ。それはちょっと楽しみかも…」

「おっと。あまり長話していてはマリアちゃんのイベントスケジュールを邪魔しちゃうね。リアルアクティブな人はあまり多く無いから、つい熱中しちゃったよ」

「私もタケヒトさんのお話は面白いから楽しいです! それじゃあ、また6日後に!」

「うん。またね」



 タケヒトさんのはそう言うとしなやかな女性らしい手を振り、スクールへ向かう私を見送ってくれる。

 Type:FのボディはType:Mに比べると感情の揺れが大きい分、維持が大変らしいけどタケヒトさんのボディはかなり良好みたいだったし、やっぱりカラーが豊富な人は違うなぁ。


 なんて考え事をしながら走っていたからだろうか。



「あたっ! ご、ごめんなさい! お怪我はありませんか?」

「………別に」



 曲がり角で偶然ぶつかってしまった相手は、おそらく私と同じType:Nの中性型の人だった。

 僅かにうねる長い金色の髪と切長の青い瞳の色が特徴的だが、服装はスタンダードタイプでよく見かける気がする。



「あ、あの。本当に大丈夫ですか?」

「どうして?」

「そ、その。リアルアクティブな人にしては外交的じゃない気がして、もしかしてメンタルに影響を与えちゃったんじゃ無いかと思ったんですけど……」

「………はぁ。またメンタルヘルスか。あんた達っていっつもそればっかり……」



 そうして街角で出会ったその人がようやく私の顔に視線を向け、初めてその人と目が合った直後、その人は口をぱくぱくさせながら目を見開いてしまった。



「あ、あの。やっぱりメンタルエラーを起こしたんじゃないですか? だ、大丈夫?」

「さ、探したわ! ようやく見つけた! やっぱりアンダーネットワークのあの情報はただのストーリーなんかじゃなかった!」

「え? あ、あの。アンダーネットワーク? それってどういう…」

「おっと。そう言えば記憶は封じられているんだったわね。貴女、名前は?」

「マリア・テラカドですけど……」

「そう。それじゃあマリア。私も貴女のイベントに同伴するわ。フレンド申請も送ったから、承認してちょうだい」

「え? ま、まぁ良いですけど…」



 とりあえずBMI(感覚拡張端末)に届いたフレンド申請を承認しつつ、この人が私に開示してくれたプロフィールに目を通す。



「えっと。シンカ・ミツシマ17歳あ、私と同じだ。……って、……え? ボディもメンタルもType:NF!? それって、デザイン無しでその……お、女の子って事ですか!?」

「そうよ。何か問題でも?」

「い、いや。ボディもメンタルもTypeは個人の自由ですけど、そんな人初めて見ました!」

「別にナチュラルのままの性別なんてそこまで珍しくないわよ」

「そうですか? ええっといやいやいや! たった今統計データを確認しましたけど、ナチュラルな性別のそれも15歳以上のType:Fの人は全人口の0.00014%しかいませんよ!?」

「そこそこいるじゃない。千人いれば大抵のパッケージは体験できるわ」

「い、いやぁ。Type:NF……生まれながらに女性のままの人なんて初めて見ました」

「なんてとは失礼ね。ちなみに、先に言っておくと私の両親もナチュラルよ」

「え? そ、それって、遺伝子のデザインをしていないって事ですか?」

「そうなるわね」

「は、はぁ………す、凄いですね」

「そう?」



 物凄く整った顔をしているし、肌も髪もとても綺麗だからかなり綿密なデザインをしているのかと思っていたが、どうやら私の勘違いだったらしい。



「ねぇ、そうジロジロと見られると恥ずかしいわ」

「そ、そうですよね。デザインしていないって事はそのままメンタルがボディに反映されているわけだし、あんまり見るのは失礼かも……」

「でも、貴女だけ特別よ。貴女にだけは私の全てを見せてあげる」



 シンカさんが私の耳に甘く息を吹きかけながら、小さくそう囁く。



「ひゃえ!? そ、それってどういう……?」

「ふふ。やっぱり貴方は記憶を消されたとしても、女好きなのね」

「そ、そんな事ないです! 私はType:Nで中性型ですけど、女性的傾向が少し強めで、性向だって少しだけ女性的な……」

「ふふ。赤くなっちゃって可愛い」



 シンカさんがそう言って私の鼻先を突いただけで、私の心拍変動値がガクッと下がり、メンタルエラーと勘違いしたBMIがオススメのセラピーオプションを提案してくる。



「ち、違いますから! そ、その、私は普通の人ですから!!!!」

「はいはい。ほら、イベントスケジュールが狂っちゃうわよ。私はこうしていても良いけれど、貴方にとってはイベントが大事でしょう?」

「っ~~~もう知りません!!」

「え? あ、ちょっと! 私はデザインしてないから、そんな速くは走れな………」



 何をどうすれば良いのか混乱してしまい軽いパニックに陥った私は、とりあえずセラピーオプションの中でも上位にあった運動を選択して、スクールに向かって全速力で走る。



「あぁ、もう! 違うって! 別にメンタルエラーなんか起こして無いから!」



 私はお節介なBMIにそう言いつつ、自分のメンタルの調整に躍起になるのであった。



◇◆◇



【Type】

 ・自ら選択し調整可能な性別。


 ・多くの人類は肉体的にも精神的にも安定しやすいType:N 中性型(Type:Neutral)を選択する。


 ・Type:F(Type:Female)は女性的傾向が強く、Type:M(Type:Male)は男性的傾向が強い。


 ・中には出生時から性別を調整しない、Type:NM(Type:Natural Male)やType:NF(Type:Natural Female)の人々も存在するが、胎児の状態から安定した成長のためにボディとメンタルをType:Nにデザインする事が推奨されているため、成熟したType:NMとType:NFの個体数はかなり少ない。



【BMI(Brain Machine Interface)】

 ・感覚拡張端末


 ・多くの人類が脳機能を拡張する目的で使用しているデバイス。


 ・超小型で軽量のためボディやメンタルへの負担は皆無。


 ・ボディやメンタルの健康維持から、様々なコンテンツへのアクセス、脳内メモリやストレージの拡張など、人類を様々な面からアシストする。

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