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水裏理々

 二十四時間営業だからといって油断してはならない。終電を逃し、だったら、とファミレスで形ばかりの夜食を摂り、そのまま始発まで居座ろうと目論んでドリンクバーまで注文したのだが――

『当店は二時間制となっております』

 言い忘れだか何だかしらんけど、後出しはちょっとずるくないか? ともかく、結果として深夜三時に新宿の街に放り出された俺は途方に暮れるしかなかった。

 もちろん、付近にはホテルもあれば、漫喫もある。だが、始発まであと二時間足らずだ。そんな隙間時間のためにこれ以上の出費は控えたい。

 とはいえ――たかが二時間、されど二時間。隙間と呼ぶにはいささか広すぎた。日の出前の夜風は涼しいが、日本の夏らしく湿度は高い。こうして外をブラついているだけで俺の肌にまとわりつく不快指数はじわじわと上昇していく。

 たまたま見かけたコンビニのイートインコーナーは閉鎖されているし、雑誌も当然紐で対策済み。店内を二周三周と巡ってみたものの、こちとらファミレスでしっかり飲み食いしてきた直後だ。追い夜食という気分にもなれない。

 だが、幸いにもこの街には無数のコンビニが存在する。一軒一軒の滞在時間は短くとも、つないでいけば二時間くらい稼げないか? などと企んでみるも……三軒四軒と立ち寄っているとさすがに飽きてくる。これだけ建ち並んでいるのに、そのラインナップに変化がない。おいおいどうした自由競争。そんなことじゃ商売敵に駆逐されるぞー……なんて心配がないくらいに、この街の来客は潤沢なのだろう。

 蒸した夜からの逃避行という目的はあるとはいえ、早くも厳しくなってきた感は否めない。あまり考えなしに徘徊していると駅からも遠くなるし。コンビニ以外に二十四時間やっている店舗はないものか。ただし、飲食店は除く。もう一度そこへ入ろうものなら、敗北感が半端ない。

 そんなことを考えながら五軒目のコンビニを出て、次のコンビニを探して右を向き、左を向き、上を向く。すると……あー……スポーツジム、かー……。二十四時間の――ってコレだ!

 ジムなら俺もひとつ会員になっている。残念ながら見上げた店舗とは別のチェーンだが、ここは新宿である。きっとありとあらゆるフランチャイズが集っていることだろう。早速スマホで調べてみると……うむ、あった。あるにはあった、が――おいおい、新宿からどんだけ離れてるんだよ。というか、最寄り駅どこだよ。徒歩十五分のところに……かろうじて初台。この辺の地価が高いのはわかるけど、もう少し利便性にも配慮してくれ。

 言いたいことは色々あるけれど、涼しく過ごせるのであれば贅沢は言えない。ここまで運良くそっち方向に歩いていたこともあり、徒歩五分でジムへ到着。

 持ち歩いていたセキュリティキーで扉を開けると……ああ……涼しい……! 汗ばんだ身体から続々と熱気が吸い上げられていく。そういえば、今日は夜食という形で余計なカロリーを溜め込んでしまったし、ここで健全な汗を流すのも悪くないだろう。

 こんな勝手の悪い立地だけに他の客は誰もいない。トレーニングウェアまでは持ち合わせていないので……とりあえず、ズボンやナンやくらいは脱いで、シャツとパンツ姿に。これならギリギリウェアに見えなくもないだろう。

 それじゃ、ストレッチでも……と、マットスペースを覗き込んでみたところ――


「……あ」


 どうやら、無人ではなかったらしい。しかも、そこにいたのはよりにもよって女性客……! しかし、悲鳴は上がらない。むしろ彼女は、バツが悪そうに目を逸らす。大きく足を開いたまま。女性の股の間の割れ目を――毛までしっかりと開かしたまま――

 あまりにも衝撃的だったので思わずそちらばかりに目を奪われていたが、上の方――胸の方もしっかりと――乳首まで、しっかりと――左右へのストレッチの最中だったのか、逸らされた肋骨の上にたゆんと湛えられている。

 こ、これはどういう状況なんだ……? 思わず放心して――それでも彼女から目が離せず――ズルンという下腹部の感触で我に返る。俺自身は何ひとつ、指一本動かせなかった。けれど、勝手に動いた場所がある。持ち主の意思とは無関係に――ビクン、ビクン、ズルン、のような感じで。大人しくしていてくれれば大人しいのだが、ひとたび猛ると――重力に対して水平に力強く形を変えたそれは、器用に穴から這い出して――!

「……あらら♪」

 状況に反して、女性の顔が少し綻ぶ。客観的に見て……その本能的な動きは馬鹿馬鹿しくも、ちょっと面白かったかもしれない。ただし、異性を見慣れているのなら、だが。

 その表情で、本当に唐突ではあるのだが――俺の緊張が解れたのか、ようやく目を見て話せるようになったからか。それで気づく。さすがに。

「り……リリちゃん……?」

 タレントの……((水裏||みずうら))((理々||りり))ちゃん……じゃないか……? ちょっと前までは深夜番組の常連で、よくテレビにも出演していて……他人の空似だったら申し訳ないのだけれど。だが、その一言で彼女は……照れながら軽く会釈をする。股割りの姿勢のまま。

「え、えーと……いまはオフでして……」

「あっ、失礼しました」

 隠すものも隠さず、俺は会釈を返すが。

「あ、いえいえっ、話しかけるなって意味じゃなくて……」

 リリちゃん……いや、リリさんはマットからゆっくりと立ち上がる。その両手はいまさら隠すべきか、どうしたものかと悩ましげに――右手は胸と胸の間に、左手はおヘソの少し下辺りに。そんなポジショニングをされては、余計に目がいってしまうのだが……っ!

 そんな視線に臆することなく……むしろ、俺の方もリリさんからの視線を感じている。仕舞うに仕舞えない、俺のソコに。多分、リリさんも同じ気持ちなのだろう。

 気不味さの中でお互い何も言い出せないまま少しの間見つめ合っていたが――目と目ではなく、目と恥部を、だが――リリさんは一歩、また一歩と近寄り――指先で軽く、摘むように俺を握り――

「このことは、秘密にしておいてほしいんですけど……」

 当然、この場合は交換条件が付加されることになる。もし、ここでのことを黙っていてくれるのなら――


       ***


 まさか、このような形でトレーニングをすることになろうとは。ジムのシャワールームはひとり用ではあるものの、俺たちはふたりで汗を流している。

「す、すいません……。リリ、明るくなる前に帰らなきゃなので……」

「い、いえ……こちらこそタオルをお借りする立場ですから……」

「そもそも、汗を掻くことになったのはリリの所為ですし……えへへ♥」

 照れてはにかむリリさんは、画面を通して見るよりずっと可愛らしい。そんなリリさんの湯浴み姿をこんな間近で見ることができるとは……間違いなく最初で最後のことだろう。

 リリさんが予備のタオルを持っているというので、それを借りれば俺もシャワーを浴びられる……とはいえ、どうやらリリさんはそろそろ帰らなくてはならない、ということで、ならば一緒に、と誘われてしまった。

 シャワールームは男女別にひとつずつあるのだが、話したいこともあるので……と。すでにすっかり裸のつき合いをしてきたばかりなので、むしろ俺は喜んで承諾した。

 さて、何故リリさんが帰りを急いでいるかと言うと――

「実はリリ、劇場の企画で全裸生活、というものに挑戦中でして……」

 一ヶ月間全裸で生活――しかも、できるだけ日常通りに――女性にそんな無茶苦茶な……とも思ったが、テレビに出ていた頃のリリさんもかなり無茶な企画をやらされていたので、少し驚いた後、何となく納得もできた。外に人が増えてくる前に戻っておきたい、とか、このジムなら深夜は誰もいないので、とか、そういう気の使い方にも妙な説得力がある。

 それよりも、俺は<<そちら>>について尋ねたい。

「<<劇場>>……というのは……?」

 少し前、リリさんは突如テレビから姿を消した。どうやら業界の闇に触れたらしく、どの番組でもその件について一切触れられていない。なので結局謎のままだったが、その『劇場』というのがいまのリリさんの活動場所なのだろう。

 確かにかつての俺は、リリさんがテレビから消えたことに関して別段興味はなかった。けれど……いまとなってはそのままじゃいられない。リリさんにすっかり夢中になっている。その劇場とやらで応援したいほどに。そして、その劇場とは――

「えーとですね、リリ、TRK26というアイドルグループに所属しておりまして、その劇場で……」

 そういえば、リリさんは昔アイドルをしていたはずだ。それを思い出したところで、リリさんはすかさず訂正を加える。

「あっ、アイドルグループといってもですねっ、ストリッパーによるアイドル、といいますか……」

 慌てて言い直す必要のあるところだったのかはわからないが……とにかく、リリさん的には重要なことのようだ。

「り、リリはこんなですけれど……他のみんなは若くて可愛いコばかりですから……」

 そんなことを言う目の前の可愛らしい女のコは、肩をすぼめてシュンとする。どうやら歳の差を気にしているらしい。確かに、テレビでのリリさんは若作りをイジられるキャラで笑いを取っており、実際、こうして裸になると……アイドルグループとして一緒にステージに上がっているのなら、リリさん自身が最もよくわかっているのだろう。それこそ、肌身にしみる形で。

 けれど、それでも。

「リリさんは、いまでも綺麗ですよ」

 それは、俺の身体が証明している。改めて見下ろす彼女の胸は……いまでもしっかりと張りを保っており、いますぐ抱きしめたいくらいだ。

 すると――その胸の向こう側で――再びきゅっと俺に指が添えられたのを感じる。

「ほ、ホントは、こういうのは……ファンクラブ会員への特別サービスで……だから、劇場の外では、あまりシないように、と劇場からも言われているんですけど……」

 モジモジしながら頬を染めているのは、シャワーのお湯に当てられたから――だけではないだろう。

「あ、あと一回分くらいなら時間もありますし、も、もし、秘密にしていてくれるのなら……」

 リリさんが口止めしたがる理由はその内容というより、劇場の規則によるものなのだろう。だから俺は……リリさんのファンクラブに入会することを決めていた。今度はちゃんと、正規の手続きを踏んでリリさんと抱き合うために。

 とはいえ、それはそれとして……いまは最後に、もう一度だけリリさんの誘いに甘えさせてほしい。


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