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宮條桃

 そんなウワサを信じていたわけじゃない。とはいえ、減るものでもないし――軽い気持ちでやってきた暇潰しの結果は、ウワサをはるかに超えるものだった。

「困ったなー。できるだけ自然に過ごすよう言われてたんだけどねー」

 と、本人は言っているが……ハンバーガー屋に全裸の女のコが座っていればあまりに不自然極まりない。本当に、下から上まで――だからこそ露わになっているその両胸のサイズは紛れもない本物――公証どおりのJカップ――! それをあの小柄で支えているのだからそのアンバランスさは尋常ではない。

 彼女は宮條(みやじょう)(もも)――ストリップアイドルユニット『TRK26』のメンバーのひとりである。この新歌舞伎町(まち)では時折女性のストリーキングが目撃されるとのことらしいが、僕も実物は初めて見る。

 とはいえ、ウワサというのはそっちではなく――本来はもう少し穏やかなものだった。このハンバーガー屋の前の通りは駅から劇場をつないでいるため、窓際席で待機していると桃ちゃんに会える――ファンでなくとも、リアルJカップと聞けば一度は見てみたくもなるものだ。それでも、直接話しかけては迷惑になる、とのことで、普段はガラス一枚隔てた客席からそのお姿を――というか、その巨乳を拝むだけ、ということらしい。

 だが、今日は――

「それがさー、カラオケのシフト、ちょっとだけ入ってほしいって言われたんだけどねー」

 これまでは店の中から眺めているだけだったようだが、今日は例外ということで――主賓の座る四人席はもとより、両隣に加えて通路を挟んだ向こう側、さらには背後の席に至るまで男子学生がぎっしり詰めかけている。なるほど、うかつに応対してるとこうなるので、普段は窓越し限定なのだろう。

 だが、この状況を遠目で見ると……全裸の桃ちゃんより男子の集団として他の客には映るだろう。だが、その中心には全裸の女のコ――これには事件の匂いしかしない。が、あまりの不自然さに一周回って平穏なバランスを保っている。……男子たちの熱気を察すると、危ういバランスにも見えるが。

「ちょっとだけでもアウトー、って止められちゃった。やっぱ昼間は難しかったかもー」

 桃ちゃんは軽い口調でそう言うものの、夜でも難しい気がする。オーダーしたドリンクを持ってくるのが全裸の女のコ――メンズの集団ならともかく、女子――しかも、オバチャン集団だったら激おこでは済まされない。……いや、深夜のノリを考えると、むしろメンズの集団を相手する方がより危険ではなかろうか。

 ともかく、全裸で接客しようとしたところ、店の他の人に止められたらしい。常識的な判断だと思うし、むしろ、ちょっとだけ入ってほしいと打診する方がどうかしている。

「まー、リハの時間まで控室でのんびりしてても良かったんだけどー」

 せっかくバイトのために急いで下校してきたにも関わらず中途半端に時間が空いてしまったようだ。それで、この店に立ち寄ったらしい。何故か全裸で。本人は先程から困ったような素振りを見せていたが、普段からファンがこの店でたむろしていたのは知っているはずだ。そこに堂々と入ってきたのだから、むしろ確信犯な気がする。

「今月は全裸生活月間ってことで劇場の許可も下りてるしー」

 その一言に、自分を含めた男子たちがソワソワし始めた。『月間』――ならば、彼女はずっとその姿で――?

「ふっふっふー、学校も全裸で登校してるよん。いやー、すごいよね、霞さんの交渉術」

 全裸で登校……だと……!? そこの男子は何て幸せな……ッ!

「あ、ちなみに、うち女子校だから」

 その補足情報により、我々も少々落ち着いた。……桃ちゃんが全裸で生活している、という事実には変わりないけれど。

 桃ちゃんは卓上のスマホに目を落とすと、コーヒーのカップに蓋をした。どうやら、そろそろ店を出る時間らしい。それを察すると、桃ちゃんがスマホをスクールバッグにしまっている間に、囲んでいた男子たちも速やかに道を空ける。何とも訓練されたファンたちだ。

「それじゃー、今日も劇場で……あ」

 桃ちゃんは口にしかかった言葉を慌てて飲み込む。そして、言い直した。

「当選した人は、また劇場で会おうね♪」

 これに対する男子たちの反応は――あからさまにションボリしている者――苦笑いを浮かべている者――どうやら、誰もがチケットを手にできるわけではないらしい。こんな場所で自分が当選者であると公言するのは落選者にケンカを売る挑発も同然だ。誰もが何も言うことはなく――ただ、ハーメルンの笛吹きに同行する子どもたちのように――ぷりんぷりんと揺れる桃ちゃんのお尻に、少し離れてついていく。とりあえず現地まで同行した後、チケットのある者はそのまま中へ、ない者は帰路に就くのだろう。

 誰もが桃ちゃん目当てであったため、店のフロアは一気に閑散としてしまった。けれど――桃ちゃん、トレイ置きっぱなしだよー……。まあ、いいものを拝ませてもらったし、そのくらいは僕が代わりに片付けておこう。そう思って手をかけたところ――ん? 下から出てきたのは……?


       ***


 夜の新歌舞伎町――ただでさえ物騒なところで僕は、さらにとんでもないことをしようとしている……!

 夕方のハンバーガー屋でトレーを片付けようと持ち上げたところ、その下から現れたのは一枚の名刺。そして、その裏側には――『今夜25時、全裸で待っててくれたらセフレになってあげる♡』――そんな怪しい誘いに乗るなんて、我ながらどうかしているとしか思えない。けれど――桃ちゃん自身ああして全裸で出歩いていたのだから現実味がある。それに、記されていたのは紛れもなく桃ちゃん自身の名刺だったし――ただ、それを拾って赤の他人が悪戯で書き込んだメッセージだったら、僕はおしまいなのだが。

 なのに、こうして……! 指定された場所が劇場の裏口前、というところがまた信憑性を高めている。待ち合わせ時間まであと一分を切ったところで……僕は、桃ちゃんの名刺の指示通りにいそいそと……。

 現着したのは一時間前だが、ちょくちょく外の様子は覗いていた。表通りと比べれば静かとはいえ、そこに人通りがないとはいえない。五分か一〇分に一度は人影があったし、先程もスーツ姿のサラリーマンが駅の方へと歩いていったばかりだ。

 一方、僕が待機しているビルの方は……何なんだろう? 細く暗い階段は古いマンションのような雰囲気だけれど、何かの事務所のようでもある。幸い、こちらに人の出入りはなかった。とはいえ、万が一の際には助けを……呼べる気がしない。もし誰かが住んでいたとしても、下手に騒げばむしろものすごい剣幕で僕の方が暴行を受けそうだ。

 もはや不安しかなく、その先の希望のことも考えられない。なのに、僕は、その姿のままで建物から外に出て――新歌舞伎町の路地裏で全裸直立――何分、いや、何秒耐えられるか、というチキンレースも同然である。僕にできることは、おそらく彼女が出てくるであろう劇場の裏扉を凝視することだけ。

 だがそこに……足音……ッ!? 死ぬ! 死ぬ……ッ! すぐさま、せめてマンション内に隠れようとしたところで……相手が、彼女で良かった。そのシルエットだけで、他の誰とも間違えようがない。ふわっと大きなツインテールに、小さい背丈からはみ出さんばかりの巨乳――その姿をもう一度拝めることを願いながら堪えていたのだから、その姿が現れればすぐにわかる。

 そして彼女は言った。カラカラと笑いながら。

「うわ、ホントに全裸で来てる!」


       ***


 こうして、僕は桃ちゃんからセフレとして認めてもらえたわけだが――もちろん、外で一夜過ごすことは難しいため、僕たちはホテルに向かっている。全裸で。

「ね、ね? チンチン立ってるってことはぁ~……やっぱ、興奮してるっ?」

 桃ちゃん曰く、男は全裸で外を出歩くとどんな気分なのか、とのこと。これまで桃ちゃん自身はいろんなところで脱がされてきたが、男の方は脱ぐことがなかったので、それが気になっていたようだ。

 しかし、当の男である僕の方は……こんな状況では思考もまとまらない。終電の過ぎた深夜とはいえ新歌舞伎町ともなれば未だ人々は少なからず行き来している。そんな中、全裸で歩いているのだから、みんなからジロジロと見られているし……こんなの、いつ通報されてもおかしくない。むしろ、堂々としていられる桃ちゃんの肝の座り方がすごいと思う。例え、見られる仕事であるストリッパーだったとしても。

 桃ちゃんから話を聞くまで、ストリッパーというのは舞台上で踊りながら脱ぐ仕事だと思っていた。しかし実際は――ショーの一環として、そのー……本番まで行うようで……だからこそ、劇場の外では自重するようには言われているらしい。が、プライベートまで制限することはできず……だからこそ、このような条件を課したとのことだ。

「男の人って、何かと都合いいウソつくからねー」

 桃ちゃんくらいになれば、逆ナンくらいは難しくない。というより、男の方から寄ってくる。だが――仮に、一緒に脱いでくれるならー、と事前に約束しても、男がそれを守るとは限らない。守ってもらえなければただのセフレであって、劇場から自粛要請されている関係そのものだ。それを無下にすることは桃ちゃん自身も望んでおらず……それで、先に脱いでくれるくらいの人なら、と考えたらしい。

「あたしの代わりにトレー片付けてくれてありがとうね♪」

 もちろん、お店で置きっぱなしにしたのもわざとだ。そのくらい気の利く男なら、という意味で。けど……お礼と言わんばかりにぎゅっと腕を絡められると……胸が……! 桃ちゃんの胸はあまりにも大きすぎる……っ!

 そんな僕の胸の内は、桃ちゃんの胸くらい大きく膨れ上がっていたらしい。それは、傍から見ても明らかなほど。

「もしかして……おっぱい触りたすぎる?」

 桃ちゃんは絡めていた腕を下ろして僕の手を取ると、無造作に自身の胸に手を当てた。僕の手を胸に触らせているといってもいい。そこはどこまでも柔らかく、ふわりと飲み込まれてしまった。この感触は……あまりにも魅惑的すぎる……っ!

 だが、そこまでされてしまったら……! そもそも、“その”ために来ているのだし……ッ!

 そして、桃ちゃんもまた、僕が堪えているものを理解した。

「あ、そんじゃ先にシとこっか」

 あまりにあっさりと口にするので、僕は少し混乱する。だが、桃ちゃんが僕から一歩離れてお尻を突き出してきたところで……これは……理解せざるを得ない……!?

 とはいえ……え、え? まさか……ここで……? まだ人も歩いてるのに……! そんなところをこの姿で歩いてきている時点でどうかと思うけれど……!

 そして、だからこそ……!

「もー、いまさら気にしても遅いって。ほら、ヌくもんヌかなきゃちゃんとお話できなさそうだし」

 思えば、今日は驚愕の連続だった。巨乳を見物に来たつもりが相手は全裸で、僕まで全裸で、大通りでも全裸で――もはや、常識の境界がわからなくなってくる。

 そして、その一言がトドメとなった。

「あたしたち……セフレでしょ?」

 セフレだから当然のこと……僕にはもう、その誘惑に抗えそうになかった――


       ***


 結局、ホテルに着いてからは本来の目的より……一緒にスマホでゲームをしている時間の方が長かったような気がする。

「ふーん、男子もフルチンはさすがに恥ずかしいかー」

 それを確認できたことで、桃ちゃんは一先ず満足してくれたようだ。

 連絡先も交換して、ゲームのIDも交換して、名実ともに――セックスフレンド――セックスを伴うフレンド――桃ちゃんの中ではそういう定義になっているらしい。

 だから、当然セックス以外のこともする。けれど、ふとゲームから気が逸れると――隣には裸の女のコがいるわけで……!

「……んん~……? そんじゃ、ちょっとさっきの続きやろっかー」

 桃ちゃんは、はっきりいってゲームも強い。それも、こちらの様子を逐一窺いながらで。そのため、僕の変化はしっかりと視認されており、ひと区切りついたところで彼女は当然のようにスマホを置く。こっちがメインでしょ? と言いたげに。そして、こちらの方ににじり寄り……大きな胸を押し付けるように……! そして、そんな柔らかさに抱きしめられては、僕の方も抑えきれず……!

 しかし。

「ね、今度は上になってよ。舞台じゃあたし、上ばっかだからさー」

 本来、桃ちゃんとこのようなことをするためには高額なファンクラブに入会して、さらに抽選に当たらなければならない。けれど、僕はこうして桃ちゃんとセックスフレンド――友達になることができた。きっと、これからもこうしてこうして劇場の外で会うこともできるだろう。

 だとしても……僕は、ファンクラブ会員としても桃ちゃんを支えたい――そう思えた。桃ちゃんには、ずっとアイドルとして輝いていてほしいから。


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