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姫方紫希

 誰にも信じてもらえなくてもいい。釣りだと思われても構わない。だが俺は本当に……新歌舞伎町で、痴女に出会ったのだ。

 とはいえ……正直なところ、自分の中でもまだ混乱している。実際のところ、夢か現か自信もない。ということで、改めて状況を整理してみようと思う。


       ***


 その日俺は……少々足を伸ばして、新歌舞伎町のゲーセンへと向かっていた。大学も午後からで、ちょうどいいから空いている間に連コしようと思って。家や大学の近くだと知り合いに会ってしまうかもしれないし。

 で、いつもの大通りを、少々急ぎ足で歩いていた。ちょっと、コンビニに寄るために。ゲーセンの自販機とはいえバカ高いわけではないが、安いPB(プライベートブランド)のお茶で済ませられればそれに越したことはない。

 いまから思えば、何故遠目で“ソレ”に気づかなかったのか、と自分でも不思議だ。しゃがんでいたため、白い置物、と認識していたのかもしれない。ともかく、俺が最初に気づいたのは、コンビニの店内に入ろうとして進路少し曲げたときだった。ただ、何気なく。本当に何気なく、地面の方に視線を下ろしただけ。

 そこで、目が合ったのである。そして、足を止めてしまった。なので、もう見なかったフリはできないな――などと、よくわからない言い訳を考えていたことを覚えている。ともかく、そこに座っていたのである――全裸の女のコが。

 それはいわゆる、ウンコ座りというやつで。無思慮に開いた両膝を肘掛けにしていた。幸か不幸か――といっても、あとにガン見することになるのだが――角度的に股の間は見ていない。その時点では。しかし、上から見ただけでも胸はすこぶる大きく――隠す気があっても隠すのは容易ではないだろう。彼女が身に着けているのはパンプスと――強いていうなら、肩から掛けられたスマホだけ。長いストラップが大きな脂肪の山と山の間を斜めに横切っていた。

 そんな女性が、俺の方を見上げていたのである。そして、目が合うとニコリと微笑んだ。全裸で。安心してください、穿いてますよ……という可能性を検討する間もなく、その女性は立ち上がった。なので、もはやその可能性を検討する必要もない。検討するまでもなく――全裸である。胸の先の乳首と乳輪から、下の割れ目とそれを覆うふわふわの毛まで、すべて。

 そして、彼女はこう言った。

「ちんぽ見せてっ!」

 おそらく――最初に目が合ってからここまで、一〇秒もかからなかっただろう。その短い間に、俺の性器(カラダ)はすっかり反応してしまっていた。加えて――あまりの急転――あまりの現実離れ――理性と本能が相反して一歩も動けず、指一本動かせず――股間に伸ばされる手から逃れるすべもなく――


       ***


 彼女は自分のことを『シキ』と名乗った。というより、一人称がシキだった。

「そんなにビビらなくってもいいのにー。シキなんて下だけでなく上も裸なんだからー」

 言う通り、シキさんは全裸である。全裸のまま、俺と共に新歌舞伎町のゲーセンへと向かっている。そして、ちんぽ見せて、と言われた後、なんやかんやあって……俺は下半裸にさせられてしまった。幸いなことに――俺のムスコは完全に力尽きている。アレだけされれば当然だが。おかげで、こうしてシキさんの裸を前にしてもそれなりに平常心で接することができる。

 シキさんの言動は全般的に幼い――そもそも、一人称が自分の名前という時点で。しかし、身長は女子にしては結構高めだ。俺とてそう背が低いわけではないが、紫希さんはそれとほとんど変わらない。そして、その長身に見合う肉付きも――胸はしっかりと張り出し、お尻もどっしりと膨らんでいる。こういうのを……モデル体型というのだろうか。そのプロポーションに裏付けされた自信もあるようで、全裸だというのに物怖じしない。周囲の視線どころか、法的な問題にさえ物怖じしない。その、あまりに堂々とした立ち振舞いに――俺はついさん付けで呼んでしまう。

「シキさんは大丈夫かもしれませんけど……」

 あまりにも平然としているのでついそんな気がしてしまうが、そこに根拠はない。むしろ、女のコが胸どころか股間まで顕わにしているのだから、男どころか女性からの視線さえ釘付けにしている。おかげで……こっちの股間は周囲からの注目について多少は避けられているようだ。こちらの左腕を温かく柔らかい右腕に絡め取られていることもあるが……ちんぽ見せて、というシキさんの命令に逆らえず、ブラブラしているところに手で覆うこともできない。

 シキさんは――純粋に俺のソコを見ていたいようだ。歩きスマホならぬ、歩きちんぽ見――むしろ、俺の顔や目ではなく、俺の股間と会話しているかのようでもある。

「うんうん、やっぱいいちんぽだよねー。ゲーセンでもちょくちょく見かけてたし、いいちんぽの予感あったんだよー」

 何故自分に話しかけたのか――その問いに『いいちんぽっぽかったから』と即答されたが――どうやら、以前から俺に気をかけてくれていたらしい。けど、こんな姿の女性がゲーセンのような場所にいたらすぐに気づくと思うのだが――その疑問に、シキさんは自ら答えてくれる。まるで、俺の心を読むかのように。

「あー……シキ、今月は裸で出歩いていいんだよー」

「え?」

 シキさんの言っていることがよくわからないので訊き返してみるも。

「いつもは霞さんに怒られるから服着てるけどさ、今月は着なくていいんだよー」

 何のことだかわからないが……シキさんは、今月いっぱいこの姿で生活している……? それを意識してしまい……勝手に反応を始めたムスコを抑えきれない。こ、これは恥ずかしいぞ……!? 人前で、いままさに勃起していくところを見られるなんて……! けれど、一番間近で見ているシキさんは嬉しそうに。

「あ、ちんぽ入れたがってる!」

 どこに、とはあえて言うまい。シキさんは俺の腕を解くと、くるりとお尻をこちらに向ける。その誘惑に俺は……やはり抗えそうになかった……。


       ***


 その光景はあまりに異様と言うしかない。全裸の女と下半裸の男がゲーセンに入店――他の客どころか、店員さえもぎょっとする。けれど……何も言わない。店員さえも、何も言わない。もしかして、何か店長の弱みでも握ってるのではなかろうか。とはいえ……実際、自分が相手の立場でも何も言えないかもしれない。

 ただ、俺はシキさんほど肝が太くないし、そもそも、彼女から離れたら本当にただの露出魔だ。……うーん、せっかく練習のために来たんだけど、これじゃあひとりでプレイなんてできそうにない。ちなみに、シキさんは言っていたとおりのゲーセン常連で、ダンスゲーから格ゲーから麻雀に至るまで異様に強い。支払いはすべてスマホで。便利な世の中になったものだ。スマホひとつあれば、裸一貫でも困らないのだから。

 しかし、そのスマホがジャジャンと鳴り出す。この曲は……家庭用RPGのものだ。本当にいろんなジャンルに精通しているらしい。

 電話が来ても、シキさんは落ち物パズルのプレイを続けている。だが、応じる意志はあるようだ。

「ちんぽー、ちんぽー、ちょっとスマホ出てー」

 ち、ちんぽって……俺のことか? 確かに、ちんぽ目当てで一緒にいるとは言われたけれど、さすがにちんぽ扱いは――と少し不満に感じるも――多分俺は、すっかりシキさんに魅入られてしまっているのだと思う。言われるがままに通話フリックをして、端末をシキさんの耳元に。

「もしもーし、んー……いまゲーセンー。……そーそー、近所のー。ウンウン、覚えてるってー。大丈夫、これ負けたら行くからー」

 どうやら誰かに呼び出されているのだろう。そして、パズルが上まで積み上がればそこへ赴かなくてはならないらしい。俺はシキさんを応援すべきか、否か。シキさんが負けてくれれば――この痴女から開放されて、ようやくズボンを穿くこともできる。けれど――

「……ひぇっ!? わーったわーったって! すぐ終わりにするから! もー……シキ、捨てゲーとかあんま好きじゃ……わーったってば、もーっ!」

 プレイに関わらなく終わることが確定し、俺も心の内で寂しさを自認する。やはり……俺は、すっかりシキさんに魅入られてしまったようだ。

 そしてシキさんも、それなりに。

「むーん……ちんぽとも対戦したかったけど……すぐ行かないと霞さんに怒られるから」

 どうやら、シキさんは霞さんという人に頭があがらないらしい。名残押しそうに、隣に立つ俺に向かって――立ち位置的にも股間に向かって。

「シキ、捨てゲーとかしたくないし……代わりに続けといてくんない?」

 それは頬にキスをするかのような気軽さで。しかし――急なことだったので、俺は――

「……わっ♪ ……これなら捨てゲーも致し方ないかなー?」

 まだゲームの途中だったが、シキさんは隣の筐体から空いていた椅子を引き寄せた。そして、身体をコチラに向けると引いてきた椅子に背中を預けるようにごろりと横になり――


       ***


 送っていくよ、とも、送っていく、とも言うことなく、俺は成り行きのままにシキさんと連れ添っている。相変わらずシキさんの視線は俺の股間に下りたままだ。

「今度対戦するときは、シキがちんぽんちの近所のゲーセンに行ってあげるよ」

 自宅のことは伝えた覚えはないのだが――

「……ちんぽ、ホントはこのゲーセン来るの、遠いでしょ」

 それを聞いて、俺はドキリとする。どうして、そのことを……?

「大学のお友だちとは勝っても負けても気不味い……わからなくもないけど、勝ったり負けたりするのがゲームだからさー」

「!? シキさん、貴女は一体……?」

 何故俺のことをそんなに知って……?

 これにシキさんは一言だけ。

「だって、ちんぽがそー言ってたから」

 このときシキさんは、初めて俺の目を見て話してくれた。

 そして、彼女は足を止める。

「あ、連絡先交換しよ」

 スマホを差し出されて……俺はホッとする。

「今度は……はい、対戦しましょう」

 もう俺は恐れない。シキさんに勝つことも、負けることも。

 だが。

「それと、またちんぽシキに入れてねー♡」

 シキさんにそんなことを言われてしまうと……また、反応して……! だが、意外なことにシキさんは食いついてこない。

「……おっと、劇場の外であんまちんぽ入れるなって言われてたっけ。けど……いいちんぽは我慢できないから。……こっそりね♪」

 さっき、股間にしていたような軽いキスを俺の唇に――そして、軽い足取りでくるりと翻ると、シキさんはその建物に入っていく。そこは――劇場だった。彼女のお尻が見えなくなったところで、俺はカバンにしまっていたズボンを穿く。それで、ようやく我に返ったようだ。そして、わからなくなる。ここまで現実だったのか、それとも俺の妄想だったのか――と。


       ***


 彼女を見送ってすぐに、俺はスマホで調べてみた。日本に何軒あるかは知らないが、真っ先に当たったのがここ――TRK劇場であり――キャスト――というか、メンバーの一覧に彼女はいた。『姫方(ひめかた)紫希(しき)』――全裸のまま楽しそうな笑顔でカメラに向かってダブルピース――やはり、彼女そのものだ。短い間だったけれども、共に過ごした、彼女である。

 劇場の外ではあんまり……ということは、劇場の中にてそのような行為に及んでいるのだろう。けれど、シキさんはこっそり会ってくれると言っている。ならば、本来俺が劇場に金を払う必要はないのだが……俺は迷うことなく紫希さんのファンクラブに加入していた。例え、劇場の外で会えるとしても、劇場の中での紫希さんも応援したい。

 紫希さんと新歌舞伎町で過ごして以来、どうも足元がふわふわしている。何事に対しても現実味がない。だから俺は――紫希さんに連絡を取ってみようと思う。明日、対戦しましょう、と。それですべてがわかるはずだ。


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