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水裏理々3

 自分は担当じゃないのであっちのスタジオに用はないけれど……きっと盛り上がっているんだろうなぁ。何しろ、今日はあのリリちゃんが収録に来てるらしいから。いいタイミングでこっちもスタジオ収録が重なったのであわよくば、と思ったんだけど……まあ、そんな余裕はないか。場所も離れてるし。

 さて、リリちゃん――水裏(みずうら)理々(りり)といえば、ちょっと前に芸能界を引退してストリッパーに転向したことで少なからず話題になった。が、こういうのもナンだけど、まったくの別業種というわけでもない。現在は劇場を中心に活動しているとはいえ、あくまで中心というだけのこと。その後もテレビの仕事や……AVなんかにも出演している。てっきりバラエティ色の強い企画モノかと思ったら、わりとしっかりとドラマしている題材ばかりで、僕だけでなく誰もが驚かされたものだ。

 お笑いは嫌々やっていた、との噂はあったけど――今日のリリちゃんの収録は『オトナの健康診断』である。……いや、こんな話題の直後で『オトナの』なんていったら怪しい響きにしかならないが、本当に普通の医療番組だ。遅くまで労働に勤しむ社会人をターゲットとしており、日頃如何に不健康な生活を送っているかを笑い話として展開し、それについて医師が医療的観点からマジレスする、という趣旨である。

 医療とはいえコメディ色の強い番組ではあるけど――まさかの全裸出演とは。いくら深夜番組だからとはいえ、一応地上波である。ということで、身体にはモザイクがかかっており――せっかくだからとマンモグラフィ関連の話題になるらしい。『何で全裸なんですかーッ!』と絶叫するリリちゃんの姿がありありと想像できるが――そもそも何故全裸なのか、というと――本当に驚きの連続なのだが、リリちゃんが活動している劇場にて『一ヶ月全裸生活』という企画が執り行われているらしいのだ。

 この『全裸生活』というのはただ全裸で過ごすだけでなく、なるべく日常通りの生活を送ることを良しとしている。噂では普通に全裸で買い物に出たりもしているようだが……本当にそんなことをしたら芸能活動どころではないだろうし、ある程度尾びれは付いているのだろう。ただ、今現在全裸で撮影していることは確かなようで……はぁ、僕がそっちのスタッフだったら……と思うと正直悔しい。

 さて、こちらのお昼の情報番組が終わったところで、夕方までごっそり時間が空いてしまった。……もう少し前にズレてくれれば良かったのに。ダメ元で第三スタジオの方を覗いてみたが、すでに次の番組の準備が始まっていた。まあ、当然だろう。ワイドショーのスタッフたちが忙しそうにセットを組み立てているので、巻き込まれないうちにそそくさと退散しておいた。

 あー……うまく噛み合えばリリちゃんの全裸を拝めたかもしれないのに。もちろん、AVでは観ている。けど、ナマリリちゃんのナマ全裸――そんな機会はなかなかないだろう。先月見かけたときは普通に着衣で来てたし。

 そんなことを考えながらとぼとぼと俯いていたので――

 ――廊下に陰毛が落ちてる!?

 いや、常識的に考えてそんなはずはないし、冷静に見直してみれば、おそらくどこかの番組で使用していた衣装の一部とかだろう。だが、如何わしい目で見れば陰毛以外の何物でもない。

 拾い上げてみると――裏面がベトベトしている。明らかにテープの跡であり、小道具のひとつだと確信できた。この付近だとどの部屋か……と少し思案していると――

「ぎゃーーーっ!? すいませんすいません!」

 その賑やかな声に振り向くと――リリリ……リリちゃん……ッ!? リリちゃんだ……全裸のリリちゃんがおっぱいを揺らしながら小走りで――けれど、アレ? 陰毛を拾ったばかりだったので、つい下の毛が気になってしまったが……生えて……ない……?

 リリちゃんは僕の視線に気づいたようで。

「それっ、私の付け毛……といいますか……」

「は……はぁ……」

 よくわからないが、返せるものなら返した方が良いのだろう、と毛を差し出してみると、リリちゃんはそれを受け取ってくれた。

 うん、確かにAVのリリちゃんには毛が生えていたと記憶している。けれど、いまのリリちゃんは……?

 あまりにも気になりすぎて、ついジロジロと凝視してしまっていたらしい。パッと両手で隠されたことで申し訳なくなったが――リリちゃんは自らそっと隠しを解く。まるで、見てもいいですよ、と言わんばかりに。

「えーと、このことはあまり他言しないでいただきたいのですが……」

「このこと、というのは……」

「それは、まあ、リリが……そのー……本当はパイパンだってことですねー」

 リリちゃんは埃の付いたテープをペリペリと剥がしていく。その上で――ひょいと自分の股間にふわふわのそれを充てがった。

「えー……芸能生活を続けていくには色々ありまして……逐一整えるのが面倒になったので、脱毛しちゃったんですよねー……ははは」

 リリちゃんは乾いた自虐をこぼす。カメラの前では笑顔を絶やさなかったリリちゃんだが、舞台裏では本当に苦労を積んでいたようだ。

「昨今は、まー……撮影もありますので。そこでパイパンだと変な方向に属性ついちゃいますから」

「なるほど」

 思わず強く納得する僕。実際、パイパンはひとつのジャンルとしてAVのパッケージにも大きく記載されるレベルだ。売りのひとつとしてプッシュされる反面、他の売りがあれば競合して魅せどころが散ってしまう。現に、前にリリちゃんが出演したのはオフィスモノである。OLというオトナの色気を魅せなくてはならないのに、パイパンでは違和感しかない。

「全裸生活は色々スレスレ……いや、完全にアウトですよね、本来は」

 ははは、と誤魔化し笑いを浮かべながら頬を掻くリリちゃんはどこまでも自然体だ。全裸で、パイパンの割れ目も魅せたままで。ここはテレビ局の廊下で、少なからず人々が行き交っているのに。その中で完全に浮いた存在――どこまでも異様で、ゆえに目を惹き、だからといって色気を損なうことはなく――むしろ逆に際立っているといえる。

 それでも人柄としての気さくさというか――こうして立ち話の機会をもらえたのなら話してみたいこともある。

「ところで、これって劇場の企画で……?」

「あー……はい。本当はあまり大っぴらにすることじゃないんですが」

 一ヶ月間全裸生活――その噂は本当だったらしい。だからこそ。

「あっ、今回のお仕事はちゃんと局の許可を取ってますんでっ」

 それは、全裸で出演するだけに留まらず、そのまま局内を往来するところまで含んでいるのだろう。

 とはいえ、それはあくまで局内だけのはずだ。

「これから……どうされるんです?」

 まさか公共の交通機関を使えるはずもなく、関係者の車が迎えに来るのか、と思ったが。

「タクシーを呼ぼうかと。……あっ、女性のドライバーさんで、懇意にしてもらってるんですー」

 なるほど。何度もこういう企画をこなしているのなら、そういうコネクションもあるのだろう。けれど、その人が他の仕事中だったり、遠い場所にいたりしたら――そのタクシー運転手は専属ドライバーではないのだろうから。

 ならば。

「もももっ、もしよろしければ――」


       ***


 助手席に全裸の女性を乗せてドライブとは……。いまのところ誰かに気づかれた様子はなさそうだが、もしバレたら……むしろ、全裸に気を取られて、乗っているのがリリさんであることには気づかれないかもしれない……とかそんなことを思ったり。

 それにしても……胸の谷間にシートベルトを通されると……これ見よがしに色っぽく、つい隣が気になってしまう。

「けど……よく乗ってくれましたね……」

 ダメ元で、僕が送っていきましょうか、と進言したところ、わずかに思案した後、わりと簡単にOKしてくれた。

「うーんと……まー……」

 リリさんは、僕が局で誘ったときより少し長めに考えて。

「……無茶はしないかな、と」

 視線を窓に逸らしたまま、ほんのりとはにかむ。そんなリリさんが可愛くて――危うく青信号の波に遅れかけてしまった。が、何とか安全運転を維持している。

 しかし、リリさんは唐突に。

「……ありがとうございました。このへんで大丈夫ですよ」

「えっ、えっ?」

 リリさんが大丈夫と言ってるこの場所はいまだ新宿通りの真っ只中である。新歌舞伎町はホコ天になっているので車では入れないとはいえ、もう少し近づいた方がいいのでは……?

 まあ、迎えか何かが来てるのかもしれないし――次の赤信号で停まった隙に、リリさんはひょいと車を降りる。平日の昼間だけに歩道は往来人で賑わっており――けれど、リリさんの登場によって見事なまでに道が拓けた。

「お騒がせしてすいませーん」

 周囲に向けて軽く頭を下げつつ――こちらに頭を下げたのは詫びではなく礼なのだろう。そのまま腰を低くして、リリさんは人ごみの中に溶け込んで――ってのは無理か。誰もが避ける全裸だし。

 信号が変わり、ゆっくりと車が流れ始めたので、僕にはこれ以上リリさんを追うことはできない。が、繁華街の方に入っていったように見えた。劇場は新歌舞伎町にあるとぼんやり聞いたことがあるので、そこへ向かったのだろう。

 さて、僕はこの後仕事があるので再び局に戻ることになるが――今度は、劇場でのリリさんを観に行こうと思っている。けど、倍率高いんだろうなぁ……。


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