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崎乃平花子3

 俺がこの街に家を借りたのは、ひとえに通学の都合である。ったく、こんな都心に大学なんぞおっ建てやがって……! 新宿まで通うためには、都心の高い家賃を払うか、郊外から長時間電車に揺られるか――この地獄の二択に対して、俺は高い家賃の方を選んだ。せっかく上京してきたのだし、ここは東京の生活を満喫したいだろ。

 だが……チクショウ、嫌な感じで噛み合うなぁ! この街は家賃だけでなく食費も高ぇし、何をするにも金がかかる。これはもうゴリゴリ働くしかねぇ、と思ったらバイトも見渡す限りで募集してやがんのな。なんかもう、金欠を狙われてるとしか思えねぇ。

 ただ、その時給は……う、うーん……? そりゃー、地元よかいくらか色くらいはついてる感あるけどよ。それでも都心の物価高に追いついてる気がしねぇ。一応、新歌舞伎町ってだけに高収入と引き換えにヤバそうな店ならちらほらあるが。ポスターに描かれてるのはセクシーな女性のシルエットなのに、『男性スタッフ募集』とか。間違いなく裏方だろうが、どんなトラブルに巻き込まれるかわかったもんじゃねぇ。

 ……ああ、うん、まあ、そういうことだ。俺が都心住みを選んだのは通学時間の短縮って目的が一番だけれど……決め手になったのは、新歌舞伎町ってゆー日本唯一の風俗街の存在にある。地元でもデリ嬢をホテルに呼ぶことはできた。だが、本格的な設備のある部屋で至れり尽くせりってのはここでしかできねぇ……!

 ……って期待してたんだけどな。こんな貧乏生活じゃ指を咥えて眺めるばかり。それでも少しずつ金を貯めて……途中、大学の連中との飲み会だの何だのと浪費もあったりで一進一退だったが……一年かけてついに貯めたぜ! これだけあればこの街の最上級ソープにも入れる……!

 だが、俺はまだ店には行っていない。一世一代の大勝負だから慎重になっている、ということもある。だがそれより――俺にはもっと気になる店があった。

 それは――コンビニである。ただし、いわゆるオトナのコンビニ――ようするに、アダルトグッズの店だ。


       ***


 ちょうどいまから半年ほど前――夏休みに大学の連中とうっかり北海道旅行になど繰り出してしまったため、俺の高級ソープ計画が三歩くらい遠のいてしまった。その慰めもあり――せめて手淫くらいは充実させたい、ということで、そのプレジャーグッズの店に行ってみたのである。新歌舞伎町だけに、この手の店には困らない。だから、そこを選んだのは本当に偶然だった。

 実家では通販に頼るしかなかったものを、まさにコンビニ感覚で買いに行けるとは、すげぇ場所に越してきたもんだぜ、などと感慨深く――念のため、出陣前にはヌイてから。これからエロスの巣窟に踏み込むのである。余計なモノを溜めて行って、余計な浪費を重ねては本末転倒だ。

 さて、店に到着してみると――店舗の面積は狭いが地上五階に地下一階。入ってすぐには何故か過去の名作的な映画が並んでいる。一説によると、一定数の全年齢ビデオを置いておくと、アダルト関係の様々な規制を回避できるらしい。一世紀以上続く不毛な法律である。それでも、大した足枷になっていないのか、普通の映画も普通に売れるのかは知らないが、いまでもその風習は細々と続いているようだ。

 そして、オナホール関連は需要があるのか地下一階。最も入りやすいフロアである。が……う、うーん……? 正直、ネットの方がラインナップ豊富じゃないか……? とはいえ逆に、ここの店長の選りすぐりが取り揃えられてるわけで……なんて、末期の本屋の言い訳のようなフォローを入れてみたり。

 となると、この店舗もいずれは滅んじまうのかなぁ……なんて思ってみたりもする。だが、それは少々もったいない。確かに、同じものはネットでも買える。だが……見てほしい、この一面に並ぶ箱々を。パッケージもエロに全振りしてることもあって、全裸のネーチャンがところ狭しと跋扈してやがる。モニタ上で並んでもここまでの迫力は出せねぇ。この文化は失わせるにはちょっと惜しくないか。

 例え滅ぶ宿命(さだめ)にあったとしても、せめてこの胸に刻み込んでおきたい。ということで、せっかくだから俺は買い物前にこの店を隅々まで見て回ることにした。階段をふたつ上がって、地上二階へ。すると、ここからが本領発揮といわんばかりの成人向け動画の数々が。

 ……おおっ、この表情はそそる……! この女優、いい仕事してんじゃねーか……っ! 不覚にもパケを手に取り、裏面も拝見……おおおおお……っ、これは……俺好みの美熟女モノ……! だが……ふぅ、あぶねぇ、熟女と呼ぶには少々歳若かったようだな……! それに……なーんか、昔ブイブイ遊んでた女が結婚して落ち着きましたー……って雰囲気だし。そういうのはいいんだけど。

 ただ、それは作品のコンセプトじゃねぇ。純粋に、この女優から醸し出される雰囲気だ。もちろん、そういうタイプが好きな男もいるから、俺からそれ以上言うことはない。

 うん、やはりヌイてから来たのは正解だった。もし溜まっていたら……いまの誘惑に抗えなかったかもしれねぇ。だからこそ、これは良い機会だと三階、四階とフロアを覗いて――そして、最上階の五階――ここまで来ても、売り場の様子は変わらない。いや、ジャンルは変わっているのだが、ピンク&肌色に埋め尽くされてるという点については。

 ここまで色んなAVと出会い、ヌイたばかりにも関わらず帰ったら早速オナホールが捗りそうだぜ……っ、なんて昂ぶらせながらやってきたわけだが――

 ここで俺は、これまでにない衝撃と出会った。

 アレは……売り物じゃねぇ……パッケージでもねぇ……! 小さなレジカウンターに座っているのは――まさかの――!

 いや、信じられるか? こういうところに座ってるのって、大抵つまんねーオッサンだろ。それが……まさかのオバチャン……っ!?

 い、いや、オバチャンと呼ぶには若い。乳も垂れてねぇし。……そ、そうなんだよ。オバチャンが上半裸で……おっぱい丸出しで……! 台に座ってるから、下半身は見えねぇ。けど、上は……!

 それも、何かのキャンペーンって雰囲気でもねぇ。眼鏡をかけたほんわかしたオバチャンが――

 どうやら、俺は少しの間彼女に釘付けになっていたらしい。少しして我に返ったとき、彼女は俺にニコリと微笑みかけ――

 そのとき俺は、無我夢中で逃げ出していた。何が起きたのか、何を目にしたのかもわからずに。

 そして、帰ってヌイた。脳裏に焼き付いている記憶をオカズに。素手で。


       ***


 俺が目にしたのは妄想か、それとも錯覚か――後日、再びあの店に赴いてみたが、上半裸どころか、女子の姿さえなかった。きっと、何かの見間違いだったのだろう――そう思い込みたいが、俺にはどうしても忘れることができない。

 だから、高級ソープへ赴く前に、最後に一度だけ――俺は、あの店に足を運んだ。

 ひしめくおっぱいのパッケージにもポスターにも目もくれず――けれど、階段を上がる足は重い。それはおそらく、この気持ちを抱えたままソープへ行ったら、何か大切なものを失うような気がするから。

 そして、ついに五階に辿り着いたとき――!


 これは――奇跡か――!


 もう二度と会えないと思っていた彼女が、またあのレジ台に――!

 さすがに初めてではなかったので、俺は正気を失うことなく――けれども、意識は外せず、どうにか凝視だけはしないようにして――とりあえず、棚の後ろに隠れた。そして、棚板とパッケージの隙間から覗き込むと――裸だ――おっぱいだ――! 決してピチピチというわけではない。けれども、いい感じに落ち着いている。素朴で、質素で――眼鏡をかけてるところも、変な企画による作り物って感じがしなくてそれも良い。ああ、頭に高く結ったお団子ヘアも似合うなぁ……。

 俺は、ソープに行くために備えていた――オナ禁して。そんな俺に、そのおっぱいは耐えきれなかった。他に客もいないし、俺はフロアでゴソゴソとズボンを緩め――

 けれど、ここで――彼女と目が合った。何しろ、俺はフロア唯一の客である。店員として、その動向は気にしていたのだろう。とはいえ、良からぬことをしないかと監視していた――という刺々しさはない。相変わらずのふわっとした雰囲気のまま――彼女はレジ台から立ち上がり、売り場の方へ――

 そこで、全身がお目見えして――握ったまま固まっていた俺の右手は再び熱い摩擦を再開させる。俺が期待した通り、彼女は――下にも何も着ていなかった。全裸である。雑でもなく、整いすぎてもいない自然なヘアが……あぁ……オクから込み上げてくるモノを感じながら、ようやく自覚していた。あの人こそ、俺の好みの女性だったのだと。この店内に並んでいるどの女優よりも、レジ台の彼女こそが。

 だから、俺が覗いているこちらへと歩み寄ってきても、俺はしまうどころか手を止めることさえできず――けれどこのまま、こんな簡単に果ててしまうのはもったいなくて少し焦らしながら――まるで、彼女の到来を待ちわびるかのように。

 いままさに、彼女が俺のいる通路を覗き込もうとしている。来客の男が放り出した股間を握っていることを知ってか知らずか。いずれにせよ、やって来るのは店員である。こんな所業がバレたら、もう二度とこの店の敷居を跨ぐことはできないだろう。

 それでも、彼女が全裸だからか――俺は愚息をしまうことなく――ついに、彼女と対面して――


「あンらあら、こんなところでダメだべよぉ」


 軽く咎めながらも、決して厳しい様子はない。

 ゆるりとした歩調は変えず――下半裸と全裸――ふたりのそんな異様な状況を感じさせずに、彼女は俺の前へ――互いの吐息が届くほど近くに――そして、俺の右手に温かな両手を添えて――


「……若い子種を無駄にしちゃあ♡」


 そして、彼女はその場でくるりと踵を返した。けれども、それは用が済んだからではない。


       ***


 彼女の名は崎乃平(さきのひら)花子(はなこ)――この店でレジ打ちをしていたのはあくまで副業であり、本業は――アイドル――それも、ストリップ・アイドル――様々な店舗型風俗に紛れて見落としていたが――ストリップ劇場――そこで踊り子をしているようだ。

 その劇場では色々と過激な企画を催しているようで、そのひとつが『一ヶ月間全裸生活』――それも、ただ全裸で過ごすだけならともかく、なるべく日常と変わらないように――ただ、花子さんがこれに参加するのは三度目で――新歌舞伎町では半ば恒例行事になっているらしく、二度目に続いて三度目もこの店から就労のオファーを受けたようだ。半年前、俺が出会ったのは二回目のときだったのだろう。

 花子さんと初めて言葉を交わし――狂ったように――他の客が覗いては驚いて引き返していくのを何度か申し訳なく見送った後――当然、俺はソープになど行っていない。むしろ、ここまで行かずに貯めこんできたのは、彼女のため――彼女のファンクラブに入会するためだったのだと思える。

 しかし……月額費、結構重いぞ……? つまり、俺のバイト生活はまだまだ終わらない、ということだ。これからずっと、花子さんのファンを続けていくために。


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