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乙比野杏佳2

 さすがに二度目ともなれば慣れる。俺たちも、本人も。

「――よって、xイコールyとなり……えーと……」

 午前最後の数学の授業――課題をたどたどしく読み上げるのは乙比野(おつひの)杏佳(きょうか)――今日も堂々と全裸である。

 乙比野が全裸で登校してくるのは今回が初めてではない。前の夏休み明けにも同じことをやらかしており――その際には緊張のあまり倒れて、保健室へと運ばれていった。そしてそのまま通学謹慎――他の生徒と通学時間をズラして、別室で授業を受けさせられるというものだ。

 乙比野本人としては、『何も悪いことをしていないのにそのような処分は納得できない』と言っていたようだが――制服を着てこないのは校則違反ではなかろうか。というか、全裸登校はもはや日本の法律の方にも引っかかるだろ。

 この件について、真っ向から問い詰める生徒はさすがにいない。てか、乙比野って友達いないんだよ。嫌われ者というわけではないのだが、ダンサー志望のアイツは、それ以外のことには興味ありません、みたいな空気を出してるから。近づきがたいというより、近づくな、という雰囲気で。ヤツの名前でググってみると、いろんなところで受賞したり活躍したりしてるから、ただアブナいヤツってことでもないみたいなのだが。

 そして、その活躍の中でも最も目立っているのが、『TRK26』というアイドル・グループである。

 あの乙比野がアイドルを……? というのもなかなか信じがたいものだが、これはどうやらストリップ・アイドルらしい。ストリッパーというのならまだわかるかな……と納得してしまうのはいささか失礼かもしれないが。あくまで、踊り中心という意味で。

 と思っていたのだが――このTRKというグループは意外と唄うのな。もちろん、踊りも、乙比野が納得するくらいにはしっかりしている。それでもって、裸になる。ストリッパーだから。俺は、アイドルとかそういうのはあまり詳しくない。が、クラスのみんなで劇場に観に行ったとき、最初普通に唄ってたと思ったら、一番終わったあたりで脱ぎ始めて――下着で続行してたのにはさすがに度肝を抜かれたわ。ちなみに、ここで精神的にも覚悟を完了してくれたらしく、そこからさらに全裸にまでなった際には……むしろ『待ってました!』って感じだったな。

 で、乙比野は、というと――まさかバックダンサー――とはいえ、公式サイトによるとTRK内の『シャドウステップ』というダンサーグループで――決してオマケということはなく、TRKの一員だけにしっかり脱ぐ。当然、最前列で唄っているボーカルが一番目を引くのだが――やはり、顔見知りが脱いでいく、というのは強烈だ。

 しかも、アイツら唄わない分何度も出てくるのな。……ああ、アイツ『ら』というのは、シャドウステップってグループのことで。全部で五人だか六人だかいるようだが、その全員が一斉に出てくることはあまりないらしい。大体そのうち三人くらいだが、乙比野だけは必ず出てくる。曲風に合わせて学生服だったりメイド服だったり水着だったり、いろいろな格好で。しかも、どうやら他のメンバーは乙比野を目印にしているというか、合図をもらっているのか、ともかく、明らかに乙比野が中心だ。まさに指揮者である。……あの乙比野がなぁ。教室では浮きまくってるのに。

 正直、俺は――俺たち同級生一同は、男子も女子も含めて乙比野のことをよく知らない。休み時間は次の授業の用意をしてるし、昼休みは部室の方で――ダンス部はとっくに廃部になっており、いまは軽音楽部の部室になっている。が、放課後しか使わないということで、それ以外は練習に使わせてもらっているらしい。飯も基本的にそっちで食う。ひとりで。だから、俺たちは乙比野のことを知る機会もないのだ。

 そんな乙比野が、突然の全裸登校――しかも、これで二度目である。職業差別とも受け取られかねないのであまり言いたくはないが――ストリッパーって、やっぱ痴女なのか?

 あくまでウワサだが……どうやらTRKという事務所はものすごくヤバイところらしい。警察さえ手を出せない権力を持ってるとかで。そんな連中ゆえに校長も逆らうことができず――一度ならず二度も全裸登校を認めさせられているとのこと。……一度目については、認めさせたうえで通学謹慎に変更しているあたり、何がしたかったのかよくわからないが。

 そして、この二度目である。乙比野は――正直、可愛い。可愛らしいというべきかもしれない。それに気付かされたのは最近のことだけど。何しろ、これまでこんな表情は見せたことがなかった。数学的証明を読み上げて――すまし顔を作ろうとしているが、ものの見事に真っ赤に染まっており――強がっているのは明らかで、そこが可愛い。もちろん、胸も、お尻も――何しろ下の毛の生えているところまで全裸なのだ。可愛らしくないはずがない。だが、恥ずかしいのに『全然恥ずかしくないですケド!? これでも私、ストリップ・アイドルなんで!』と言いたげな乙比野は――これまでになく可愛く見えてしまったのだった。


 相手は全裸の女子ゆえに、下手に近づいては下心丸出しにしか見えない。いや、下心は否定できないとしても、下世話な意味ではないつもりなのだが。間違いなく、俺以外の男子もその多くが乙比野のことが気になっていることだろう。だが、ここでコクったり、妙な親切心を見せただけでも――あからさますぎんだろ、って話で逆に手が出せない。

 だから――授業が終わり昼休みに入ると、俺は、まあ、廊下をフラフラと。傍から見れば、自分の教室に戻るようでもあり、どこかに用事があるようでもあり。あえて遠回りをした上で――南校舎に来ると、こちらは職員室や特別教室ばかりになるので生徒もまばらになる。だから、ここからは開き直って真っすぐに。目指すは現・軽音部の部室――

 目的地の前へと到着すると――中に人の気配がある。扉は閉まっているが――やはり、室内が気になって仕方がない。バレたらアウトだよなぁ、という懸念はあるけれど――前後を見回したが誰もいない。このチャンスを逃したら……この幸運を逃したらもったいない気がして――ドアノブに手をかけると、ちょっとだけ――ほんの少し隙間を開けただけで――

「……ッ!!」

 思いっきり目が合ってしまった。中で――モクモクと昼飯を食っている乙比野と。当然全裸である。……いや、当然というべきなのだろうか? しかし、状況が状況なら――乙比野が登校時から全裸だと知らない者が見たら――着替え中を覗いているに等しいわけで――

 違う! 俺は乙比野の裸を覗きに来たわけではなく――ならなんだ、という話だが――ともかく――俺に後ろめたい事情はない――ッ!

 もはや勢い任せで、俺は扉を全部開くと――

「……何?」

 この反応をもらえただけで、俺は何だか救われた気がした。叫ぶでも逃げるでもなく――堂々と食事中の乙比野――どうやら今日はカレーらしい。備品のレンジで白米とルウを一緒に温めたのだろう。なので、俺は。

「いや、カレーの匂いがしたから」

 本当に、自然に。何も考えずに。口に出してみてから考えたが、軽音部の部室からカレーの匂いが漂ってきたら気になるよなー……と一応の辻褄は合っていると俺は納得できたつもりだったのだけど。

「で? カレーに何か問題でもっ!?」

 ……ああ、そーいえば、乙比野ってのはこういうヤツだった。何かにつけて喧嘩腰なんだよ。しかし――こういってしまうのも厭らしいが――女のコが全裸ってだけで、この刺々しさも不思議なくらい許せてしまう。だから、俺に動揺はない。そもそも、胸や色んなところは教室でずっと見てたしな。目のやり場に困ることはなく、ちょっと部屋を見回して……空箱発見。

「お、辛さ0・5倍、初めて見たぞ」

 最近ちょっと流行っていた『辛さ何倍シリーズ』――だが、やりすぎたのか単調になってきたからか、ここに来て急に辛さ半分という本末転倒な商品が現れたものの、そもそもユーザーから求められていなかったゆえにすぐ消えた――と思われていた。が、ここにあったのだから驚きである。

 俺としては、ただレアなものにお目にかかっただけのつもりだったが……

「たっ、たまたま見かけただけよっ」

「そんなわけないだろっ」

 もはや探す方が大変な代物だ。言い訳にしてはあまりに拙い。思わずノータイムでツッコんでしまったが……おおっ、乙比野の顔色がまた一段と赤くなって……どうやら、この不自然な甘口カレーを食べているところは見られたくなかったようだ。

 そんな乙比野が可愛くて、つい。

「乙比野って結構子供なんだな」

 面白半分に憎まれ口を。これに黙っている乙比野ではないと知りながら。とはいえ。

「私のどこが子供よっ」

 俺は味覚のことを言ったつもりだったのだが。乙比野は俺の方へ一歩踏み出し、胸を張り――ずっと見てきた乙比野ではあるが、こうして見せつけられると、さすがに怯むぞ。

 だが、それがちょっと悔しくて、俺も負けじとベルトに手をかける。

「身体ならこっちだって大人だっての!」

 ちょっとした挑発のつもりだったのだが。

「……フッ、脱ぐんじゃないの?」

 ぐ、ぐ、ぐ……ッ!? 何で勝ち誇った顔してんだよ、お前……ッ!

「見たいのかよ。痴女か?」

「自分から見せようとして日和ってるの?」

 そこまで言われたらこっちだって引っ込みがつかねぇ。お前が挑発したんだからな、後悔すんなよ……ッ!?


       ***


 休み時間終了のチャイムが鳴り、カレーはすでに冷めている。

「……私のお昼、どうしてくれんのよ」

 部屋にはふたつの裸体が。にも関わらず散らかった制服が一組だけというのがどことなく違和感を禁じ得ない。

「教室に戻ったら、俺のパンやるから」

 それなら授業の合間に軽く食えるだろ――と思ったのだが。

「じゃなくてっ、せっかく温めたカレーが勿体ないでしょ!?」

 それももっともである。

「なら、俺が代わりに食っとくよ」

 昼飯の交換という形になるしな。しかし、乙比野は納得してくれない。

「いまから食べる気? 授業に遅れるじゃない」

 だろうな。けど、理系の俺に地理の授業は必要じゃねーんだわ。

「サボる。体調悪くて保健室で休んでた、ってことにして」

 これですべて丸く収まるだろ。だが、そこは乙比野である。

「なら、私も休む」

 まったく意味がわからないが……乙比野の視線はジッとカレーに。……ああ、どうしても食いたいんだな。けれど、俺がそれを口にする前に。

「……さっきの、どっちが勝ったかよくわからなかったし」

 女のコの方から再戦のお誘い――これに乗らない男子はいないだろ。

 カレーはとっくに冷めている。だから――

「ちょ、ちょっとっ、カレーっ!」

 そんな乙比野からの抗議に。

「俺に勝ったら食わせてやるよ」

 そういうと――俺の下で乙比野の瞳が爛々と輝く。やっぱり乙比野ってやつは……どこまでも可愛いヤツだ。


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