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天菊まこ3

 猫カフェに行ったら、猫が交尾中だった。いや、そんなことあるわけない、と皆は思うだろう。そもそも、カフェ猫は去勢済みだし。

 つまり、厳密には猫同士ではない。一方は確かに猫だが、もう一方は――猫耳こそ着けているが、人である。しかも、全裸の女のコ。全裸というだけでもヤバイのに、そこに猫耳まで着けているので違和感がすごい。つまりそこでは、全裸の女のコに、オスと思われる猫が後ろから覆いかぶさっていたのである。まさかの獣姦? と、いいたいところだが、このような位置関係ではそれとも事情が少々異なる。バター犬だって挿入はしないだろ。

 う、うーん……一体これはどういう状況なんだ?

 俺の入店に気づいて、女のコの方が気不味そうにこちらへ振り向く。それに対して、猫の方は引き続き構わずフンフンしていたが――突然興味を失ったのか、何事もなくスッとどこかへ行ってしまった。それでも女のコは相変わらず気不味そうにこっちをチラ見しつつ床に丸まったままなので――うーむ……? 入ったばかりだけれど、この状況はなかなかに居づらい。一旦二重扉の向こう側へ――猫カフェは猫スタッフの現場放棄を防止するため二重扉になっている――部屋の外と中の扉の間で待機していようと踵を返したが――

「あっ、待って! 待って!」

 女のコの方から呼び止めてきたので、俺はひとまず留まっておく。

 立ち上がり、駆け寄ってきた女のコは――後ろから見たとおりの全裸であった。強いていうなら、肩から長いストラップを掛けて、スマホをぶら下げている。そこにも猫の小さなストラップを付けているので、よほどの猫好きなのだろう。猫と交尾するくらいの。

 全裸の女のコは全裸であることを感じさせないほど自然に――だから、こちらもつい普通に応対してしまう。

「え、えーと……大丈夫ですか?」

「うん、あ、はい。猫と遊んでただけだから」

「あー……」

 なるほど、遊びというのなら納得できる。猫スタッフは原則として去勢済みだ。やはり、本気の交尾ではなかったらしい。

 ということは。

「遊んでたというか、遊ばれていたというか……」

「むぐぅ」

 女のコはちょっとショックを受けている。

「さっきも甘咬みされちゃって……。ほら、ここ、ここ」

 そう言って、右足首のあたりを豪快に持ち上げて俺に見せようとしてくる。が、相手が全裸の女のコとなると、つい視線は別のところにいってしまうわけで。

 見せているところを見てもらっていないことに、女のコの方も気づいたようだ。

「あっ、あたし全裸だったっけ」

 どうやら本人も思い出してくれたらしい。しかし、そうなると……俺は何と声をかければ良いのだろう? 服を着るよう促すべきかもしれないが、見ての通り手荷物はなく、部屋に脱ぎ散らかした形跡もない。

 少しキョロキョロと見回すと――天井には監視カメラもある。記録されているのを承知した上でその格好なのか。

 という疑問を女のコは察することなく。

「あたしのことは気にしないで。こーいうの、慣れてるからっ」

 手を腰に当て、堂々と胸を張る。裸の胸を。本人の自信とは裏腹に、その丸みは極めて控えめなものだが――ともかく、どうやら俺が目のやり場に困っているものと思ったのだろう。いや、実際に困ってはいるのだが。とはいえ、性的な意味より奇異なものという意味合いの方が強い。

 それに、女のコから慣れていると言われても、こちらの方が慣れてない。いや、それは異性の裸体ということではなく――うーん、ただの裸体といえども、時と場所が違うと見え方も変わってくるものだな。

 ともかく、彼女の状況が特殊であることは疑いようもなく、その上で彼女自身はこの状況を肯定的に捉えている。なので、服を着ることを勧めることも難しいし、ましてや意味を問うことすら否定的に受け止められない。

 なので、最大限当たり障りなく。

「“それ”は……ポリシーで……?」

 また話が食い違ってしまったらどうしようかと思ったが、俺の言う“それ”が“素っ裸であること”にはつながってくれたようだ。

「ちっ、ちがっ! 劇場の企画で仕方なくっ!」

「劇場?」

 ここに来て新たなワードが現れたが――彼女はただの痴女ではなかったようだ。あ、いや、こんな場所で平然と全裸になっている時点で痴女ではありそうだが。それでも、個人的な性癖で脱いでいる、というわけではないらしい。

 そして、そんな彼女が裸である理由とは。

「あたし、天菊(あまぎく)まこ! 劇場でアイドルやってるんだよっ」

「え、えぇ……?」

 あまりに突拍子もないことを言い出されると、こちらもどう返していいやら困惑してしまう。ただ、まこさん本人も突拍子もないことであると自覚しているようで――すぐさまスマホを開き、俺に向けて突きつけてくる。

「ほらっ、これっ!」

 この手際の良さ、多分ホーム画面にリンク張ってるんだろうな、名刺代わりにいつでも出せるよう。じゃあなんだ、アイドルとしての営業活動のために全裸であちこち出回り、その度にこんなことしてるのか。

 劇場――見せられたサイトによると、そこは『TRK劇場』という名前で――『あえる! ヤれる!! ストリップ・アイドル・ユニット』――『あえる』の方はともかく『ヤれる』の方はキャッチにしていいものなのか……?

 アイドル・“ユニット”とあるし、おそらく何人かいる中のひとりなのだろう。まこさん個人の紹介ページの方にも衣装でポーズを取ったり、ステージで唄っていると思われる写真もあるが――こっちは画像がぼかされているものの、間違いなく全裸なのだろう。ぼかされる前の状態がいままさに俺の目の前にあるのだけれど。……そう考えると、ちょっと意識してしまうな。

 けれど、まこさんの方は意識することなく相変わらずの調子で。

「そんでねー……一ヶ月全裸生活って企画に巻き込まれちゃって」

「はぁ」

 もはや何を聞いても驚かなくなりつつある。

「そういうことなら、家でじっとしていた方がいい気もするのだけれど……」

 思わずこぼれてしまった本音にまこさんは――

「それじゃネタにならないでしょっ」

 どうやら、この一ヶ月にどんなことがあったか報告する場があるらしい。まー……自宅で全裸ってことならそれほど珍しい習慣でもないしな。

 とはいえ、こうして外を出歩くのはマズイだろ。ただ、同じ出歩くのなら、新歌舞伎町がいいというのは頷ける。アダルト関連の商売が多いというのもあるが――この街ほど無人化が進んでいる地域もなかなかない。この猫カフェだってスマホでタッチ決済である。他の街の店舗に全裸で赴こうものなら、有人の受け付けで門前払いされてしまうことだろう。

「まあ、こんなんだから、暖かい室内で過ごせそうな場所、ってことで来てみたってわけ」

 一応、一通りの納得はできた。根本的なところで納得できていないけれど。

「そんなわけだから、あたしのことは気にしないで、猫と遊んでいってね」

 などと店員のようなことを言うまこさん。しかし……

「ん? ん? どうしたのー?」

 まるで肩を叩かれたかのような雰囲気で足元に対応しているけど……多分それ、ふくらはぎに猫パンチ食らってるんだろうな。それに――逆サイドからは別の猫が頬ずりしていたかと思えば、さり気なく口を大きく開けて――さすがに痛そうなので横から俺がスッと足を近づけると、不貞腐れながらその猫は去っていく。

 猫は代わる代わるやって来るので、嫌われているわけではなさそうだけど――

「……まこさん、過ごすにしても猫カフェはやめといた方が」

「えっ、なんで?」

「生傷が絶えないでしょう……」

 さっきも噛まれたばかりのようだし。

「まあ、猫ってそういうものじゃん?」

 違うと思う。

「さっきも“マウンティング”されてましたし」

「……ぎぇっ!? じゃれてきてるだけだと思ってたのにー」

 言葉は選んだが、交尾の動作を模して遊ばれてたことは伝わったようだ。

 それでも。

「むーぅ……もしかして、猫にもあたしの魅力が伝わってる?」

 どこまでも前向きなコだな。嬉々としてその場に座り込むと――猫と視線を合わせて何やらにゃんにゃんゆっている。しかし、その横っ面に容赦なく猫パンチが。何かと攻撃されるコである。

 それにしても、このまこさんという人は――全裸だというのに卑猥さがない。こういうのを健全な色気、というのだろうか。これはプロポーションの問題ではなく――まあ、胸は控えめだし腰もストンとしているけど。だからといって、決して色気がないわけではなく――どことなく無防備な感じが自然であり――卑猥さがない、というのはそういうところなのだろう。

 だからこそ。

「にゃーにゃー、あたし、魅力的かにゃー?」

 まこさんは猫に向かって問いかけているが……やはり、人間のメスの魅力は人間のオスにしか伝わらない。そんなにお尻を突き出されたら――!

 卑猥さがないというのは、罪悪感も和らげるものらしい。まるで、ここではこうするのが当然かのように身体の方も反応してしまっている。 監視カメラのことはわかっているけど、それをいったらまこさんはずっと全裸だったわけだし、それに、新歌舞伎町ってのはそういう街だし――

 俺はつい……猫に夢中なまこさんの後ろでゴソゴソと良からぬものを取り出して――

「え、え、ちょ、ま……っ!?」

 後ろからマウンティングしたところで、まこさんはようやく慌て始める。だが、本気で嫌がってるのならもっと強く抵抗するよな……? そんな都合のいいことを考えながら、本物の猫たちに囲まれて俺たちは――


       ***


 フロアの隅の方のソファにふたりで座り――俺は服を着ているが、まこさんに着る服はいまもない。

「猫好きに悪い人はいないと思ってたのに……」

「面目ないです……」

 人格を分類するのに猫好きという要素は大雑把すぎるが、ともかく……俺は悪い人判定されてしまった。それでも、こうして肩を並べて傍にいてくれるのだから、嫌われたわけではないのだろう。こうしている間にも、まこさんにイタズラしようとする猫をさり気なく追い払ってるわけだし。

 少し疲れて、それでいてむくれながらまこさんはぽつんと独り言のように呟く。

「このこと、“お風呂行進曲”でネタにさせてもらうから」

「あ、はい……」

 どうやら、それが先程話に出ていた報告の場のことらしい。ネタということなら俺が訴えられるということはないと思うが――

「……お手柔らかにお願いします……」

 実際以上に酷い男のように言われる危険性はあるので、そこには留意しておきたい。

 そのフォローのためにも。

「え、えーと……何とお詫びすれば良いものやら……」

 そういえば、まこさんは『あえる』だけでなく『ヤれる』アイドル・ユニットである。正規料金を請求されれば、それは仕事中のネタということになるわけで。

 だが、俺が何を言っても、まこさんは仏頂面のまま。

「それじゃあ、約束して」

 けれど、少しだけはにかんで。

「今度、あたしのライブを観に来て。劇場に」

「それは必ず……はい」

 言われなくとも観に行くつもりだ。こんなまこさんが、ステージではどんなパフォーマンスを魅せてくれるのか――そんなの気にならないはずがない。

 俺からの力強い返事で、まこさんも笑顔に戻ってくれた。それも、ちょっと照れくさそうに。

「あっ、ちなみに……そのー……まな板ショーっていってね、ステージで“さっきみたいなこと”するサービスがあって、そのー……」

 それって……うん、『ヤれる』アイドルだもんな。

「そのためには、ファンクラブに入ってもらう必要があって……」

 劇場に観に行くだけでなく、どっぷり応援してくれ、ということか。けれど――

「……あたしとの……良かった……?」

 そんなふうに訊かれてしまったら……入会するしかないだろ、そのファンクラブとやらに。


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