表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/27

沖道春奈

 桜峰高校――来年度――来月から、ボクはここに通い始める。不本意ながら。

 というか、書類の提出を忘れていて合格取り消しだなんてあまりに理不尽すぎる! こっちは引っ越しの準備とかで忙しかったんだから!

 ……と、抗議したところで決定が覆ることはなく……こんな学校、滑り止めの滑り止めの滑り止め……というか、ネタで受けたようなものだ。受かるに決まってる。だが……その滑り止めすら……危なかった。まさか、送った書類に漏れがあったなんて。……まあ、気が緩んでいたというか、乗らなかったというか、そういうところはあるけれど。

 ただ、入学式までに間に合えばいい、ということなので……わざわざ紙切れ一枚のために実家からリニアで届けに行くのも馬鹿馬鹿しい。そこで、こっちに引っ越してから……と思っていたら、これまたギリギリ。何しろ、最初は全然違う高校に行く予定だったわけで。アレコレ大慌てで別の進学先を決めて、しばらくゲンナリしてて、引っ越しキャンセルとか新規申し込みとかしなきゃ、って三月後半で気がついて。

 時期や予算の都合とかから近くには住めず、見つけた住居はバスとか電車とか乗り継いで片道三〇分……ただし、朝は道も込むので一時間近くかかることもあるという。……はぁ、絶望的だ。ボクの高校生活、始まる前から絶望的すぎる。両親もガッカリしてるし、何というか……もう、大学進学を頑張ろう。

 ただ……この三年間を無為にすごすわけにはいかない。今回の事故での唯一怪我の功名といえるのは……都会の学校に通うようになった、ということ。だったら……彼女を作らなければ……!

 けど、女子なら誰でもいい、というわけではない。恋人にするなら、やっぱりとびっきりオシャレで可愛くて――それに見合う男になるため、自分なりに色々と頑張っている。ブレザーの着崩しの研究とか。校則で認められてる範囲のアクセサリーとか。

 そんなボクを、妹は冷めた目で見てたなぁ……。女のコに夢見すぎだって。それでも、ボクは夢を見たい。何故なら……アイドルだって、実在する女のコなのだから。

 ボクの理想が高すぎるのは、アイドルにハマりすぎた所為――とは妹談。曰く、気遣いはできるのだから、あとは身の丈にあった相手を見繕えばカノジョもできなくないのでは、とのこと。けれど……やっぱりボクは可愛い女のコが好きだ。こればっかりは譲れない。

 ところで、この学校を受けたネタ、というのが……まあ、いわゆるネット動画? この学校の去年の新入生歓迎祭の舞台での、軽音楽部の出し物が……まさかの水着バンド。なにやら部員が三人しかいなかったらしく、四月中にもうひとり新入部員を見繕わないと廃部とのこと。そのため、手段を選んでいられなかったらしい。ちなみに、先日新入生向けの部活一覧を確認したところ、軽音楽部の名前はなかったので……健闘むなしくダメだったらしい。あんな際どいビキニにさえなったのに。

 けど……確かに、可愛かった。特に、ボーカルのコが。ショートカットで、恥ずかしそうで……胸も大きかったなぁ。そして、歌も上手い。何かこう……まさにアイドル……って感じだった。デビューしていないのがもったいないくらい。いまは何部に入ってるんだろう。もし出会えたら……あの人のためだけにどこであっても入部してしまいそうだ。……できれば楽なところであってほしいものだけど。

 そんな思いもあって……あと、はるばる往復一時間の学校まで来て、書類一枚だけ出して帰るのももったいない。それに、運が良ければ……あの人に会えるかもしれないし。そこで、ちょっと校内の様子を探索してみるつもりだ。そのためにわざわざ新品の制服に袖を通してきたのだし。

 上履きも持参してきたから、まさに気分は一足先に高校生だ。クラス分けについては入学式の際に告知されるようなので、ボクが何組になるかはまだわからない。

 春休みの校舎内を少しフラフラしてみたけれど……別に面白いことは何もなかった。そもそも授業はやってないし、グラウンドや校庭で部活もしていない。部室の並ぶ北校舎二階もしんと静まり返っている。ちなみに、音楽室や美術室も鍵がかかっていた。当然、屋上への扉も。購買なんかもやってないし……ああ、本当に休みだ。残り少ない休み期間を全力で休み尽くしているって感じだ。当然、目当ての女のコも休んでいるのだろう。……つまらん。まるで、ボクの高校生活を暗示しているようで、入学前から陰鬱としてくる。

 もういいや。とっとと書類を提出して……代わりに学校の周辺を歩いてみるか。デートスポットみたいなところもあるかもしれないし。

 一応、コースの最後に職員室が来るようにルートは決めていた。なので、これで校舎内は一通り歩いたことになる。文字通り無駄足だったけれど。

 ただ……職員室ってのは、どの学校であっても緊張するなぁ。もう入学は決まっているのだから恐れることは何もないのだけれど。

 大きく深呼吸して……拳を握りしめる。ノックひとつでここまで畏まる必要もないか。よし、自然に。

 気を取り直して、ボクは右手を振りかざす。その甲が扉に触れるか触れないか、その直前――


 ――ガラリ。


 扉は勝手に開いた。いや、自動ドアではないのだけれど。室内側から誰かが開いただけで。

 けど、ボクは、ここで、生まれて初めて――


 女のコのおっぱいに――触ってしまった――それも、直に――


 ふに、というか、ぽよん、というか……とにかく、とんでもない柔らかさだ。それに、温かい。人工物の類ではなく――紛れもなく、本物の女のコである。本物の女のコの――全裸の女のコが、そこにいた。

 初めて見る異性の身体――もちろん、ネットでは見たことはあるけれど――それを目の当たりにすると――眩しすぎて――心臓が――爆発しそうだ――!

 けど……なんで……そもそも……どうして学校で……しかも、事もあろうに職員室から……!?

 ボクはどうしていいかわからず……思わず逃げようとしてしまった。けど。

「あ、ちょっと待って!」

 女のコは呼び止めようとする。そのとき、手を伸ばした先に丁度あったからか。


 ――ブチィッ!


 ズボンが強く引っ張られたのがわかった。それは、ポケットの財布とベルトループを繋いでいたシルバーチェーン――女のコはそれを掴んでしまったらしい。

 入学早々――いや、入学を待たずに制服を破ってしまうとは。これには女のコも大慌て。

「ごっ、ごめんなさい! 私、お裁縫とか得意だから……っ」

 直してくれると彼女は言っている。それだけならとても女のコらしいのだけど……いや、これ以上に女のコらしい姿はない。何しろ、女のコとしてのすべてを魅せてくれているのだから。

 あまりに自然な仕草で――なのに、現実離れした美術品のような姿――あまりの異常事態に、ボクの意識はふらりと遠のいていく。それを現実に縛り付けてくれたのは、呑気なオバチャンの声だった。

沖道(おきみち)さんー、事情は貴女から説明しといてくれるー?」

「あ、はーい」

 室内から叫んでいたようなので顔は見えなかったが、そのまま扉は閉められる。多分先生で、どうやらすべての責任を女子生徒にぶん投げてしまったらしい。教員の立場としてどうかと思う。それに平然と応じる女のコの方もアレだけど。

 そう、この女のコ――沖道さん、といったか――ん? 沖道……? その珍しい苗字がボクの記憶に電流を走らせる。

「沖道……さんって……去年の新歓祭で……」

 ステージ中央で、ビキニの水着をぽよんぽよんさせて……その動画をボクは何度も観た。そしてヌいた。この中はどんなになっているんだろう――それを想像して。

 けれど、もう想像する必要はない。水着の中身がここにあるのだから。その大きさは動画で見たとおり。張りもあって、水着で支えなくてもたわわに実っている。そして、隠れていた乳首は――ちっちゃくて可愛い。元々肌の色が薄いからか、乳輪のピンク色も控えめで――まさに桜よりも桜色だ。

 さらには――予想外に下半身まで――ふわっとした毛の山の先が、こちらに向けてスっと伸びている。決して濃すぎず、可愛らしく――そして、艶めかしい。

 ボクは下着の中の自己主張が収まらず、思わず腰が引けてしまった。そんな厭らしい男子と相対しても、沖道先輩は嫌な顔ひとつしない。

「えーと……びっくりさせちゃったよね。これも仕事で……」

「仕事?」

「うん、劇場の方の……って知らない?」

「う、うん……」

 劇場の仕事――どうやらこの学校では周知のことだったらしく、それを知らずに入学してきたボクは恥じる。だが、沖道先輩も同じように恥ずかしそうだ。

「ひぇ~……私ってば有名人みたいな顔して……恥ずかしい……」

 恥ずかしがるのはそこなんだな……。全裸の女のコはちょっと頭を抱えて――けれど、胸もアソコも隠すことなく――少し身を屈めていたけど、またすぐに背筋を伸ばす。

「えーとね、私、ストリップ劇場でアイドルやってるの」

「ストリップ……アイドル……?」

「そう、ストリップ・アイドル」

 アイドルについては詳しいつもりだったけれど、そういうジャンルは初めて聞いた。

「で、その劇場の企画で、一ヶ月全裸生活ってのをやらされちゃって」

「ぜ……っ!?」

 大丈夫なのか、その劇場!? それを承諾する学校も大丈夫なのか!? と何から何まで不安になるも――

「先生たちも、私がみんなと一緒に授業受けてると男子がソワソワするとか何とかで、ずっと隔離したかったらしく……」

 そりゃ、同じ教室にストリップ・アイドルがいたら……例え制服を着ていてもドキドキしちゃうだろうな。

「……その期間、謹慎ってことになっちゃったの」

 とはいえ、自宅謹慎ではなく登校謹慎。授業時間をずらしたり教室を別にする形で一ヶ月過ごしたらしい。期末試験から月末にかけて春休みが入るのも都合が良かった、とのこと。

 ただ……どうやら元々成績はあまり良くなかったらしい。補習として課題を与えられ、今日はその提出に来たようだ。

 そして、ボクと鉢合わせて――

「けど、ホントにごめんなさい。お裁縫セットなら部屋にあるんだけど……」

「いえっ、本当に大丈夫なんで……」

 ベルト通しひとつ外れたところでさほど困ることはないし。多分、コンビニのキットですぐに直せる。けど、沖道先輩はどこまでも律儀で。

「だったら、他の形でお詫びできないかな? このままだと、私も落ち着かないし」

 そのとき――悪魔がボクに囁いた。

「な、なら……ボクの……」

 ボクの――彼女に――相手の善意につけ込んで――

 けど。

「あ、ごめんなさい。私、その、一応、アイドルだから……」

 あっさりあしらわれて、内心ホッとしている。ボクみたいなことを考える人はボクだけじゃなくて……それを断るのも慣れてるんだって。

 けど――

「恋人とかはダメでも……ほら、私、アイドルはアイドルでもストリップアイドル、だから……」

 そう言って――彼女はそっと視線を落とす。ボクが――股間を隠している両手の上に。

「本当は、劇場に来てくれなきゃダメなんだけど……内緒にしてくれるのなら――」


 ――後から思い返してみれば、これは順序が逆になっていただけなのかもしれない。このあとボクは――沖道(おきみち)春奈(はるな)ちゃんのファンとして劇場の常連になっていたのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ