渋長優2
お疲れ様、渋長優よ。先月、ランキング企画において二六人中二五位という不名誉な結果となってしまったため、今月は全裸で生活することになったわ。毎月恒例の全裸生活、というやつね。
とはいえ、十二月もこの時期ともなると大学も正月休みに入っているわ。そうなると、日常的にこれといって出掛ける理由もないでしょ。全裸でなくとも出掛ける気が失せるほど外は寒い季節なのだから。食事については崎乃平さんが用意してくれるし――用意はなくとも、カラオケ店ともなれば食糧に困ることはないし。レッスンについては十階のミニステージを使っているから。この建物内で日常のすべてが成立するのが大学のない時期の私の生活よ。
もちろん、劇場で仕事があることもあるけど。ただ――私は冒頭で述べた通り、不名誉な順位だから。そんな私に、精力的に出番が巡ってくるようなこともないわ。それでも基本的には優雅な生活を送らせてもらっているんで不満はないけど。
ただ、ここで問題が起きたわ。そんな私の暮らしぶりに懸念を示した高林秘書が……まさか、あんな露骨に、カラオケボックスの私の部屋に刺客を送り込んでくるなんて。
それは、松畑朱美。
松畑とは前職が同じだったこともあり、何かと絡んでて。まあ、一方的に絡まれている感はあるけれど。それは今回の件も同様で。
この松畑という女の露出狂のケについては……まあ、メンバーやファンの間では周知のことね。と、全裸の私がいっても説得力がないかもしれないけど、ともかく松畑は全裸生活でなくても全裸になりたがっていて。それどころか、相手まで脱がしたがるのがヤバイ。どうやら、スキンシップが好きらしいわ。悪い意味での。
本来、松畑は徒歩一〇分のところにあるマンション――社宅に住んでいるのだけど。なのに、今日からカラオケボックスにも部屋を用意されたって。ひとつ屋根の下で松畑との全裸生活――事あるごとに抱きつき魔の目が光っているなど、地獄以外の何物でもないわ。つまり、全裸生活分の特別報酬を支給しているのだから、それ相応に話のネタになるよう行動を起こせ――それが高林秘書の意向ということね。
こんなことなら、大学に行っている間に何かレポートを用意しておけば良かったかも、なんて思ったりもしたけれど、全裸生活が始まって一週間程度で大学は正月休みに入っちゃったから。いまから思えば、黒塗りの高級車で送迎してもらえたんだから贅沢なことだったわ。
そんなことを思いながら、私は外に出たのよ。全裸で。まだ明るい時間だけに、バス通りは今日も賑わっていて――私が姿を現しただけで、視界に映る人々の間に動揺が走るのがちょっと面白いわ。こんな街なのだから、そろそろ慣れてもらいたいのだけれど。人の循環も激しい環境だから仕方がないところもあるのかしらね。
さて、このような季節でなければ無料で時間を潰せる場所もあるけれど、この寒さの中で野外は厳しすぎるわ。なのに、屋内はどこもかしこも金を取るのよね。そんな中、無料で過ごせる場所を考えると、真っ先に思いついたのは……劇場、ということで。今日の出演はないけれど、出番がなければ赴いてはならないという理由はないでしょ。高林秘書の思惑とは少々ずれてるかもしれないけど、カラオケボックスから劇場まで徒歩五分……いや、一〇分弱、といったところかしら。それだけ歩けばネタとも出会えるかもしれない、という期待もあって。ネタができれば松畑も帰ってくれるかもしれないし。
それにしても……普通に着衣が許可されていても上着に厚着を重ねるような季節に全裸で踏破するのってどんだけ無茶苦茶な企画よ。コンビニやスーパーでのバイト経験のある人は、冷蔵庫の中に全裸で放り込まれたと思ってくれればいいわ。この罰ゲームが如何に厳しいものか、よりリアルに想像できるでしょ。
なお、全裸で歩かされていることについては、罰というか、別に……って感じで。そもそも、私たちストリッパーだから。裸を見られることを恥じらっていては成り立たないし。いくら自分の身体は商売道具だといっても宣伝は必要でしょ。特別報酬を受け取りながら宣伝活動をしていると思えば、これもまた無駄のない仕事の一環よね。何より、出番があればこのまま衣装を着ればいいのだし。だったら、私服を脱ぐ手間が省けるというものよ。無駄な工程がひとつ取り除かれたと思えば、むしろこっちのテンションも上がるわ。ま、今日は私の出番なんてないのだけれど。
さて、新歌舞伎町という街は相変わらず平常運転でね。年末年始だから特別な催しがあるわけでもないし。いや、何らかのイベントにかこつけて年中派手にしたがる、という方が適切かも。歓楽街であり、客商売なのだから外に向けて売り込むのは当然のことともいえるでしょうけど。だから、一つひとつのイベント自体に深い意味はないんでしょうね。何らかの理由で金を落としてくれ、というだけのことで。気持ちはわかるわ。
そんな中を、私は全裸で歩いていく。このときの数少ない被服については、同僚であり先月の全裸生活担当だった天菊が示してくれたわ。帽子やマフラーは許可されているからそれに倣い、あとは――アオズミライン――肩から外側と膝から下のみということで、膝丈ブーツと袖袋――なお、袖袋についてはプロデューサーに経費で買わせた――そんな装い。身体の中心から冷えていくから焼け石に水かもしれないけど、天菊は『次はカイロも仕込む!』などと意気込んでたわ。また最下位になるつもりかしらね。
と、いろんな工夫はしてみたところで……季節柄、結局寒空の下には一秒でも長く居たくないわけで。これはもう、走り出したいところだわ。激しい運動を課せば身体も温まりそうだし。けど、それは推奨されてないのよね。何しろ、この格好だから。中途半端に走れば何かの事件を疑われるかもしれないとか何とか。園内のようにきっちりしたフォームでランニングでもしていればまだしも。
なので腹を括って、私はしっかりと地に足を着けて歩かせてもらったわ。身体の芯から冷えきって、震えが止まらないっての。劇場には浴室もあって……毎週雑談の収録に使われているアレね。何故あんな音響の悪い部屋を使うのかはわからないけど、もちろん入浴料は無料。有料のスパなど使ってたまるか――そんな強い思いで、私は劇場に到着。
風呂にもゆっくり浸かって温まった後は、控室の方で自主練をさせてもらったわ。マットが敷かれている一角があって、そこで……まあ、場所が場所だけにガッツリ練習ってよりは本番前の確認で使われるところだけど。で、その控室ではプロデューサーや高林秘書が事務仕事をしてることが多いのよね。今日もその例に漏れることなく――私の姿を見るなり、高林秘書は『何故来た』と言いたげな顔をしていたわ。こちらに非はないので、淡々と自主練に努めていたけど。
そんな中でも、高林秘書秘書から鋭い意識が飛んで来てたわね。自主練を積むのはむしろ推奨すべきでしょうに。ま、高林秘書の目は『違う、そうじゃない』と言っているような気がしたけど。
とはいえ、結局ここはある意味全裸であっても問題ない場所だから。話のネタになるようなことなど起こりようもなくて。とっとと別の場所へ行ってレポートしてこい、と言わんばかりに暖房の設定温度を下げる高林秘書。彼女が席に戻ると入れ替わりで操作パネルの温度を上げる私。むしろ、元の温度より上げてやったかも。こちらは暇なのでそんなバトルを繰り返しても良かったけど、事務職ふたりの方が忙しいのですぐ諦めた模様。
とはいえ、高林秘書の気持ちもわからなくもないけどね。この全裸生活は法的にも完全にアウトだから。フィクションだけど。ともかくそのため、高林秘書が裏で色々と手を回してくれているっぽいのよね。それをこのように無駄に浪費されては苦労が台無し、という思いはあるんでしょ。
けど、実はそれだけじゃないのでは、と私は踏んでいて。
ここだけの話、高林秘書はプロデューサーとのふたりきりでの事務仕事を何気に楽しみにしているフシがない? あの人、いわゆるワーカホリックだから。仕事をすることで人生が充実するんでしょ。それがプロデューサーとふたりきりならばなおさらで。他に人がいないとき、こっそりプロデューサーを“食っている”のでは、という噂もあるし。見たところ、今日の衣服に乱れはなかったけど。年末進行で余計なことをしている暇もないだけかもだけど。閑散期に全裸生活になった人は、試しに覗きに来てもらいたいものね。
さて。
適宜休みを入れながら夕方五時くらいになったかしら。檜に出演予定が入っていれば、そろそろやってきて劇場の台所で夕飯を作る頃合いだけど――残念ながら今日はオフだったわ。ということは、夕飯は社宅の方。いや、カラオケボックスに戻れば崎乃平さんの夕飯があるけど、せっかく外に出たのにいつも通り、というのも外出損な気がして。それに、徒歩一〇分でタダ飯を食べられるのなら寒さも耐えられるから。あと、マンションには雪見の部屋もあったはず。転がり込めば相手をしてもらえるかもしれない、という狙いもあって。けど、同建物内には松畑の部屋もある。雪見が留守の場合、それを理由に引きずり込まれるかもしれない。松畑の挙動は読めないのよね。いまどっちにいるのか。
そんなことを考えながら本日二度目の冬空の下を歩いていると――とある男と目が合ったわ。ただの通行人とここまでしっかり目が合うのは珍しくない? 普通は、こんなにガン見することはないでしょ。
おそらく――この街の初心者なのかしらね。ネルシャツにリュック――歳も若いし、買い物を終えてこれから帰ろうとしている大学生、といったところかしら。
男は突然のことに放心していていたみたいで――私が近づいてもまだ放心したままで――声を掛けたところでようやく我に返ったみたい。
お兄さん、いま、時間ある? ――その問いに、『あっ、はい』なんて間抜けた返事が。せっかくアイドルが逆ナンしてるのに、未だ状況が飲み込めてなかったみたい。私たちの知名度なんて、街の中でもこの程度なのね。
だから、私は堂々と言ってやったわ。美味しいお店を紹介してほしいんだけど、って。裸一貫で。金を持ってないのは明らかなのに。
その状況を把握した上で――男は『そ、それなら』と案内してくれたわ。口頭で伝えるのではなく、自ら先導して。思ったより頭の回る男で助かったわ。
その間、色々と説明はしたわよ。自分はストリップ・アイドルであり、全裸生活の企画中で露頭に迷っている、と。そして、金は払えないが他に払えるものもある、とか意味深なことも。
これで、お互い誤解の余地はなくなったわけで。劇場外での行為は控えるように、と言われてはいるけれど、このような企画を強いているのだから、この手の接触は想定の範囲内だと私は解釈しているわ。
こんなところで、私からの全裸レポートは以上よ。なお、ここに書かれていることはすべて創作としてのフィクションだから。




