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檜しとれ3

 この間、メイドデリヘルに行ってみた。いや、デリヘルなので呼び出した――もしくは、利用した、と表現するのが適切のかもしれないが。ともかく、俺はホテルでメイドさんとエッチなことをした。しかし、絶望した。何故なら――俺は、メイドさんを愛するご主人さまなのだから――


 エッチなメイドさんからエッチなサービスを――膨らんだ期待は脱いでいくメイド服と共に散っていった。我ながら、そこまで深く考えていなかったことが悔やまれる。メイドさんは――メイド服を脱いだメイドさんは、ただの風俗嬢にすぎなかっただなんて――

 一先ずヌいてはもらったが――心が満たされることはない。そこにいたのは、俺のことを『ご主人さま』と呼ぶだけの風俗嬢である。身体は反応すれこそ心は反応しない。結局のところ――きっと、過大な期待を膨らませすぎただけなのだろう、と諦めた。


 ここで、メイドさんについて改めて考え直そう。先ず、実生活にメイドさんはいない。いや、いるところにはいるかもしれないが、一般人の日常には存在しない。家事手伝いサービスに来てくれたオバチャンにメイド服を着せたところで、それをメイドさんと呼ぶことは難しいだろう。

 つまり、我々が普段目にしているメイドさん――メイドと認識している存在は、空想上の生き物なのである。

 空想上の世界では、メイドさんはメイドさんである。ゆえに、メイド服を脱いでもメイドさんである。そんなメイドさんにエッチなサービスをしてもらう――それは夢見すぎだったということだ。メイドさんとは、エルフや魔法少女のような架空の存在だったのである。

 ――などと諦めることはできない。何故なら、メイドさんはかつて実在し、いまも世界のどこかでは存在しているのだから。もちろん、大富豪となれば雇うことは可能だろう。……ただ、エッチなサービスまで含むとなると日本の法律ではわからないが。そもそも、いまから地道に大富豪を目指していくのも先が長すぎる。

 そこで、俺が次に訪れたのはメイドセクキャバである。性的サービスという意味ではデリヘルより一段劣る。しかし、ここではメイド服を脱ぐことはない。あくまでおっぱいを愛でるだけである。これならば、まだメイドさんを感じることができるかもしれない――そう考えたのだ。


 メイドセクキャバ『メイド・イン・ヘブン』――同じような名前の店舗、および、作品タイトルが世界に一体どれだけあることだろうか。きっと、メイドの歴史と同じ数だけあるのだろう。新歌舞伎町の雑居ビル五階に構えているのも、そんな安直な店のひとつだ。

 飲食店たるもの、必要以上に性を誇張してはならない――と、メイドさんが一度滅ぼされたのが半世紀ほどまえのことか。その後復活して、いまではこうしてメイドセクキャバまで隆盛している。風俗産業を厳罰化したところで結局は地下に潜って半グレの資金源になるだけ。ゆえに、合法化して適切に管理しなくては誰も幸せになれない。禁酒法が二〇世紀のことなので、人類は百年ごとに同じ失敗を繰り返すのだろう。

 それはさておき。

 メイドセクキャバはあくまで飲食店――下半身まで世話しては風俗店としての資格が必要になる。それがたとえ建前であっても、表面上は守らなくてはならない。だが、おっぱいサービスでムラムラした男の股間を、そのままにしておくことなどできようか……っ!

 建前は建前。店としては関知していない。しかし、星印の付いた特別ドリンクを注文すると――!

 グラスの中は精力剤配合なのだから徹底している。ただし、ここから先は客次第、女のコ次第。どうやら、星印メニューの注文が入ると、女のコに臨時ボーナスが入るようだ。ゆえに、先ずは何度か通って仲良くなること――ぶっちゃけ、覆面調査のために潜入するほど警察も暇ではない。ゆえに、警戒すべきはどちらかといえば同業者なのだろう。下半身へのサービスの証拠を掴んで警察にタレ込めば――さすがに警察も動かざるを得ず、ライバル店を営業停止に追い込める。ま、すぐに名前を変えて復活するのだが、それまで積み重ねてきた信頼が崩されることは否めない。

 俺は、メイドさんを愛するご主人さまである。ゆえに、お店のメイドさんともすぐに打ち解け――マミちゃん、リンカちゃん、エイラちゃんあたりは――イクところまでサービスしてくれるようになった。

 ――今日も、長椅子にメイドさんを侍らせながら、俺は思う。やはり、ビジネスホテルにメイドさんを呼んでもダメなのだ。この店内を見よ。中世ヨーロッパを思わせる……壁紙。いや、本物でなくてもいいんだよ。こういうのは雰囲気が大切なのだから。この雰囲気が、メイドさんをメイドさんたらしめてくれる。本職のメイドさんではない彼女たちを、限りなく本職のメイドさんに近づけてくれるのだ。いや、マジで。この雰囲気の中でメイドさんからかしずかれながら――股間にかしずかれたら――

 こうして俺は、ようやく求めていた理想の終着点を見出したのである。

 だがしかし。


『サンタメイド・フェスティバル』


 ――バカな――!

 メイド服に足し引きはいらない。

 メイド服はメイド服としてすでに完成されているのである。

 そこに――サンタ――だと――!?

 ホームページの写真を見て愕然とした。白いふわふわもこもこに真っ赤な生地――これが――メイド――?

 否ッ! これはサンタだ!

 ただのサンタだッ!

 断じてメイドなどではないッ!!

 メイドキャバクラはそこらのコスプレ居酒屋のようにデコレーションするな!

 メイドさんはなぁ……メイドさんは……

 メイドさんなんだよ……ッ!!

 ……と一頻り憤ったところで、俺には『来店拒否』という選択肢しかない。この店に行き着いてから、一度も行かなかった月はなかっただろう。だからこそ、女のコの方からもお誘いのメッセージも送られてくる。

 リンカちゃん――俺が認めたメイドさんともなれば、露骨な営業メッセージを送ってくることはない。『サンタの衣装、初めてなのですがとても可愛らしいです』――と写真つきで。写真は腕ブラ&セルフスカート捲りで。パンツは穿いていない。ちゃんと星印サービスできますよ、というメッセージを込めて。

 だが、俺からの返信は簡素に。

『また来月行きます』

 褒めもしない。あえて、忙しいからとか理由もつけない。俺が好きなのはメイドさんなのだ。サンタコスなどと邪道なイベントに興味はない。

 ただ――店に対して一定の信頼は置いている。別の街のメイド喫茶ではやれ水着だ、やれハロウィンだと浮かれ尽くしていた中、ここだけはしっかりとメイド服を守ってきた。だからこそ、今回の件にはやや驚いている。これはきっと店長の気の迷いだったのだろう。シーズンが終われば……そこからさらに和服メイドなどといい始めることもないはずだ。


 しかし――


 これは……メイド欠乏症とでもいうべきか。それを見越して十一月の終わり――サンタに侵食される直前にメイド納めとしてメイド分を補充していたというのに――今年いっぱいメイドさんに労ってもらえないのか――そう思っただけで、生きる気力が失われていく。できることなら、年明けまで冬眠したい。

 だからこそ――その誘惑に抗えなかった。『三〇〇〇円クーポン』――とにかく来店させてしまえば、あとはなし崩しに――そんな思惑が見え透いている。甘く見られたものだ。他の浮ついた『自称・ご主人さま』ならともかく、俺の心が揺らぐことはない。

 だが――『メイド・イン・ヘブン』――そこは思っていたより、俺の心の天国(拠り所)になっていたようだ。


       ***


 何円引きクーポンには、得てして何円以上お買い上げの場合、と条件がつく。だが――『クーポン分だけ飲んでお出掛けされてもOK』――ああ、『お出掛け』というのは退店のことだ。来店時は『お帰りなさいませ』で、退店時は『行ってらっしゃいませ』――これはメイド界隈では常識の挨拶である。つまり、クーポン分だけ呑んで帰ってもいい、ということだ。もちろん、そうさせてもらうつもりだが――店側の強い自信も感じる。

 しかし、それは俺の買いかぶりだったようだ。店の扉を開けてみると――これには愕然とせざるを得ない。シックな内装が無駄にキラキラしたデコレーションにより侵食され――キンキンしたクリスマスミュージックなんて流されたら、メイド空間が台無しである。

 席で寄り添ってくれるリンカちゃん――クーポンを送ってくれたメイドさんだが――彼女には申し訳ないけれど……やっぱりそんなサンタサンタしい装いではメイドさんと呑んでいる気分にはなれない。

 きっちり三〇〇〇円分呑んだところで――

「あ、ちょっと待っててもらえます?」

 言って、リンカちゃんはさっと席を立つ。だが、これ以上何を注文するつもりもないぞ。リンカちゃんならわかってるだろ。俺のテンションも――股間も全然盛り上がっていないことくらい。

 俺を待たせて何を企んでいるか知らないが、財布の紐をきつく縛って暇潰しにスマホをブチブチといじっていると――

「……こちら、よろしいでしょうか」

 その声で顔を上げると、そこにいたのは――


 メイドさんだった。


 サンタじゃない――メイドさんである。

 サンタを意識した赤い袖袋。

 赤い膝下ブーツ。

 まったくメイドさんらしくない。

 服装にメイドの要素など何もない。

 なのに、メイドのオーラを感じてしまう。

 何故ならば――

 俺の胸は高鳴るどころか停止してしまっているかもしれない。

 そんな天にも昇る気持ちで――ポツリと小さく呼びかける。

「“メイド☆スター”……」

 今宵、メイドキャバクラに舞い降りたのは――

 綺麗に足を揃え、

 背筋を伸ばし、

 両手はお腹に――

 実のところ、メイド喫茶のミニライブなんて邪道だと思っていた。ゆえに、本人と相対するのは初めてのことである。ホームページで写真も見たことはあったが――多少の美人ではあるものの、メイドらしさが足りない分、ステージで唄って踊って補う涙ぐましい小細工だと侮っていた。

 が、しかし――俺の目の前にいるのは――

「……それはもう、昔の名ですよ」

 メイド☆スター・しとれちゃん――いや、しとれさんは少し寂しそうに微笑む。そして、両手をこちらに差し出した。

「さあ、ご主人さま」

 そこにメイドさん要素は何もない。袖袋とブーツだけ――他に着ているものは何もない――ここは、メイドセクキャバ。飲食店であるがゆえに、下半身へのサービスは建前上禁止されているはず。

 なのに――何も着ていない。

 胸に隠す意志はなく、禁じ手となる下の割れ目――毛に覆われた女のコのそこまでありありと――

 俺がメイドデリヘルに期待していた理想がそこにあった。エッチなメイドさんにエッチなことを――しかし、現実はメイド服を脱げばただの女――だったはず。だが、しとれさんは脱いでなお――裸になってなお――メイドさんだった。俺の夢の終着点を、さらに軽々と超えている。それが、メイド☆スターとしての――貫禄――ッ!

 この姿はメイド☆スターがゆえの特例か。もしくは、もはや目の錯覚か――俺は――俺は――!


       ***


 普通の客なら一発で出禁になっていただろう。だが俺は、メイドを愛するご主人さまである。店側から特別クーポンが送られてくるほどの。

 後注文になってしまったが、しとれさんへの星印ドリンクもちゃんと三杯分飲み干した。そして知る。彼女はいわゆる非常勤であり、正式に登録されていない――それが、あのような過剰サービスが許容――看過される理由――もしくは言い訳なのだと。

 これまでメイド☆スターの動向には興味がなく、彼氏とのプライベート動画が流出して引退した、くらいしか聞いていなかった。が、いまではこの店の近所――『TRK劇場』という舞台でストリップ・アイドルをしているらしい。

 そこでの企画――一ヶ月間全裸生活――それこそ警察に摘発されかねないが、だましだましやっているようだ。その期間になると、しとれさんはこのようなサービスに興じるらしい。普通のメイド喫茶に出られない分、セクキャバの方を増やしているようだが……いや、上下全裸はセクキャバでもアウトなんだが、名目上は。

 さて、リンカちゃんが俺にクーポンを送ってでも来店してもらいたかった理由――まあ、キャバ嬢が来てほしい理由なんてひとつしかないのだが――どうやら、このように間が空いてしまうと、それを機にキャバクラ通いを辞めてしまうご主人さまも少なくないようで、俺のような優良客――優良ご主人さまに丸々一ヶ月も足を遠退かせることには店としてそのような懸念があったらしい。それで、クーポンを送り、ついでに、もう少しメイドに対する許容範囲を広げてもらえたら、とメイド☆スターをあてがってみたようだが――その目論見は半分成功して、半分は大失敗だといえよう。

 確かに、許容範囲は広がった。メイドとしての作法を完璧に備えたメイド☆スターであれば、どんな服を着ていてもメイド然とできる――それは認めよう。

 だからこそ――これからはTRK劇場とやらにも足を運ばなくてはならなくなった。すでにしとれさんのファンクラブにも入会している。そこはメイドのための舞台ではない。が、メイド☆スターが出演()るのなら、そこはメイドライブと化す。

 (ひのき)しとれ――彼女こそ日本最後のメイドであり、メイド服を脱いでもメイドさんであり続けられるメイドさん――至上の性的御奉仕実現できる唯一のメイドさん――彼女のご主人さまであり続けられるよう、俺もメイドさんを愛し続けるつもりだ。


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