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天菊まこ2

 最近、この大学では奇妙なことが起きている。

 そしてそれは、今日も起きていた。

 俺は二限目からだったので、のんびりと余裕ある時間に登校している。もちろん、俺に限らず、同じスケジュールで動いている学生ならこの時間帯に集まってくるのだろう。

 登校の基本は徒歩だ。駅から十五分と少々遠いが大学とをつなぐ商店街は賑やかだし、一〇時も過ぎていれば大抵の店は開いている。まあ、授業のことを考えればのんびり買い物をなどしているほどの余裕もないが。それでも、昼飯はどうするかー、などと思いを馳せることくらいはできる。

 そんな中――いるんだよなぁ、車で登校してくるヤツが。とはいえ、この大学に学生用の駐車場などない。ゆえに、そういう連中ってのは得てして彼氏に送ってもらっている女子であり――昨晩もお楽しみだったんだろうなぁ、などと余計な想像に苛まれてため息が絶えない。

 そんな憂鬱をひっくり返してくれたのが彼女である。

「うひぃ~……寒い寒い寒い! ほんとアホじゃないの、この企画考えた人!」

 悪態をつきながら出てきたサイドテールの女のコは――確かに寒そうだ。何しろ――服を着ていない。いや、まったく何ひとつ着ていないわけではない。肘を超えるほど長い手袋と、ヒザ下までのブーツ、それにマフラーはしている。あと、猫耳のついた耳あても。だが、そのくらいだ。他には何も着ていない。今日は車から出てくるところから目撃してしまったため――正面から目撃してしまったため――彼女の胸は、標準よりやや控えめ、といったところか。しかし乳輪はそのサイズに見合った小ささでそこはかとなく可愛く見えるし――女子の乳首って寒いと勃つんだっけ? そういうところもしっかりと自己主張していた。

 下腹部にも何も着けておらず――ふわっとした毛の奥にぶら下がるものは見えないため、確かに女のコであることは間違いない。そんな彼女は通学用の薄いカバンだけを持って――よほど寒いのだろう。せかせかとキャンパスへと駆け込んでいく。俺以外の学生たちも軒並み振り返り――足を止めてガン見している者もいる。とにかく、俺の目がおかしくなったわけではなく――いや、俺の目が何らかの異常をきたしている可能性は拭えきれないが――ともかく、彼女が“道行く人々の視線に留まる容姿”をしていることは間違いないということだ。


 この状況は当然大学側も認知している。先日、公式ページのお知らせが更新されていた。

 ――当大学の敷地内における『服装』について、大学側は一切関知しない。各々過ごしやすい服装で登校するように――

 アレを服装と呼んで良いものか……? というか、本人寒い寒いと震えてたんだが。過ごしやすいとは到底思えない。

 さて、二限目の授業は終えたものの、三限目には何も入っておらず、四限目にはまた講義だ。この虫食いスケジュールはどうにかしてほしいが、単位の都合上仕方がない。

 昼休みまで含めれば一旦帰宅できるほどの猶予はあるが、無駄に二往復するのも忍びない。これも、二限目の縁だろう、ということで、昼は学食で食べることにした。

 すると――

「“まこちん”、三限何の授業?」

「んー、あたし何も入ってないから、一階でレポート進めとこうと思って」

 この時間の学食は当然混む。だからって……全裸の女子がこうも自然に紛れるか!? さすがに、すぐ左隣の席は空いている。が、右隣は友人と思われる女子が座っているし、その正面にも。……普通に話してるぞ、大丈夫か。ああいう態度を取られると自分がおかしくなったようで不安になるが、あの一団以外はやっぱりチラチラとかなり気にしているので、まこちん? の友人らの方がおかしいのだろう。ちなみに、長手袋はそのままだが、マフラーと猫耳は、室内だからか着けていない。寒かろうに。

 まこちんはミートソースのパスタを食べ終えると、トレイを持って女友だちと共に食器返却口の方へと向かっていく。ぷりぷりと振られるお尻が可愛い。

 が、見惚れている場合ではなく――俺は自分のカレーを大急ぎで平らげ――二階の食堂から一階の休憩スペースへ。こっちは売店で買ったり弁当を持参した連中が席だけを確保するためにやってくるフロアだが――おいおい、本当にこの中に全裸の女子がいるのかよ。紛れすぎててわかんねーぞ。お前らもお前らだ。全裸の女子がいるんだからもう少し挙動不審な反応を見せろ。

 昼休みが終わりに近づくに連れて、人も徐々に()けてくる。それで理解したんだが……どうやらまこちんはこの部屋にはいなかったらしい。おい、ここでレポート進めるんじゃなかったのか。どこへ行った、まこちん。

 さらに時間が経つと、席はいよいよガランとしてくる。ほとんどの学生が三限目の講義へと旅立っているのだろう。

 そして、あっという間に寂しくなってしまった。そんな休憩スペースに立ち尽くす俺。何かアホみたいだぞ。とりあえず、温かいものでも飲みながら、休憩スペースで休憩でもするか。どうせやることもないし。

 ということで、自販機で缶のロイヤルミルクティーを購入。もちろんホットの。商品を取って振り向くと――

 ……まこちん!?

 どこ行ってたんだよ、まこちん! さっきまでいなかったじゃねーか! しかも、こんな近くに――た、確かに裸みたいだな……。ふわっと膨らんだ胸にぷくっと膨らんだ乳首――肌の熱気が触れなくても伝わってくるようだ。

 つい乳首に釘付けになってしまった俺に、まこちんは怪訝な目を向ける。……ああ、邪魔だったか。まこちんも飲み物買いに来たんだろうし。ということで速やかに横へ退いて――それでも、ついまこちんの挙動が気になってしまう。まこちんもまた俺と同じロイヤルミルクティーのボタンを押して、スマホ決済――だが――?

「……?」

 商品が出てこないため、もう一度押してスマホをタッチパネルに押し当てる。まこちんは首を傾げているが、俺はここで気がついた。

「……譲りましょうか?」

 売り切れランプ――どうやら俺のが最後の一本だったらしい。それで、まこちんも気づいたようだ。

 が、しかし。

「あっ、いえ、それならココアにするんで」

 別段ロイヤルミルクティーに強いこだわりはなかったようだ。とはいえ……

「冷たっ!?」

 膝を曲げずに屈んだので、後ろから女のコの深いところまで見えてしまった。お尻までつながる割れ目――紐のTバックのようなものさえなく、本当に何も穿いていないらしい。思わず後ろから見惚れてしまったが、そんなまこちんは缶を取り出そうとして、思わず手を引っ込めている。それ、コールド商品だぞ……よく見て買わないから。

「……交換しましょうか?」

 いまならまだ温いし。俺は十分熱をもらったし。

「え、でも……」

 いきなりのことで――予想外のミスもあって少々混乱気味のようなので、俺は、つい。

「その格好で冷たい飲み物は酷でしょう」

 まこちんは――まるで禁忌に触れたかのような反応――王様が裸であることには触れてはならなかったのか――まこちんは急に恥ずかしそうに俺を睨みながら胸と股間を両手で隠したが――胸に当てたココア缶が冷たかったのかすぐに手を胸から離して――

「……ありがたく頂戴します……」

 ガクリと肩を落として手を差し出すまこちん。このミルクティーで少しでも温まってくれれば良いのだが。


 ともあれ、先程の反応によって、本人も全裸であることを自覚していることはわかった。まこちんさん――と呼んでみたところ――

天菊(あまぎく)まこよ。これでもアイドルやってるの」

 と、スマホでホームページを開いて見せつけてきた。

 そんな感じで……俺たちはいま、休憩スペースで椅子を隣り合わせて座っている。天菊さんが見せてくれたサイトは『TRK26』――

「ストリップ・アイドル……?」

 聞いたことないが、サイトはちゃんとしているし、何より、ストリップ・アイドルである証拠として――

「あっ、ストリップ・アイドルだからって、みんな常々全裸で生活してるわけじゃないからね!?」

 どうやら違ったらしい。

「唄って踊って……そんでもって、脱ぐ……それがストリップ・アイドルよ!」

「脱ぐ……?」

 袖袋とブーツをか……?

「ステージに上がるときはちゃんと衣装着るのよ! で、それを脱ぐの! うー……アーカイブ動画見せてやりたいわー……」

 ステージに上がるためにわざわざ衣装を着て、それをステージ上で改めて脱ぐというのも何だかシュールだ。

「いまは……というか、今月は特別なのよ。全裸生活ってゆって、全裸で生活する企画中で」

「まんまだな」

「まんまとかゆーな」

 しかもこの全裸生活とやら、できる限り日常通りの生活を送ることで、そのギャップを報告する、というのが趣旨らしく、このように大学も普通に通っているらしい。

 ……いや、普通か?

「大学側に相談したら、普通に全裸で登校していい、って許可が降りて……」

「すげーな」

 許可というより放任って感じだったが。

「友人らも何か自然に受け入れちゃって……騒ぎにもならないし」

「騒いでほしいのか?」

「いや、大学で騒がれても困るけど」

 とはいえ、複雑な心境なのはわかる。二階の食堂でも無茶苦茶馴染んでたしな。おそらく、講義も普通に受けているのだろう。

「……ねぇ、こういうこと訊くのもセクハラかもだけど……」

 と、全裸の女が妙なことを言いだした。

「……チンチン立ってる?」

 実のところ……いままで寝てた。あまりにも平然としすぎてて。けど、いきなり性を意識するようなことを言い出したもんだから。

「見てみるか?」

「ちょっとだけ」

 机の下でズボンの前をこっそり緩める俺。隣の女は全裸なのに何を気にしてんだ、って感じだが。

「……ほっ、良かった。みんなあまりに無反応だから、心配になってて」

「その心配はいらないと思うぞ」

「え?」

 天菊さんは可愛い――胸の大きさについては好みがあると思うが、俺の価値観では可愛いと思う。そんな気持ちがつい裸になってしまい――頬が熱くなるのが自分でもわかった。

 それは天菊さんも同じようで。

「ふっ、ふんっ、だってあたし、アイドルだからね!」

 その可愛らしい胸を見せつけるように背を反らして誇張してくる。だが――内心俺は複雑な心境だ。天菊さんは確かに可愛いし、ムスコもこうして反応しているものの――別段セックスがしたいかというと……? 天菊さんはそんなことしなくても可愛いと思う。こうして、普通に話しているだけでも。

「……あっ、良かったらあたしのファンクラブに入らない? まな板ショーってゆって、あたしとエッチできるサービスもあるんだけど……?」

 天菊さんはチラチラと照れくさそうにこちらを窺っているけれど……それについてはいま自分の中で決着したばかりだ。

 でも――それとは別に、天菊さんのファンにはなってしまっている気がする。授業が終わったら劇場まで直行せずにはいられないだろうな、こりゃ。


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