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萩名里美

 ぶっちゃけた話、事務職ならどこでも良かった、というのが主な志望動機である。別段アダルトコンテンツに抵抗もなかったので、この会社を選んだ。競争率も低いと思って。……実際のところは期待したほどでもなかったのだけど。

 ただ、女性社員に対する風当たりは非常に穏やかだ。まあ、そんな企業で被害者として声を上げたら致命的な大問題、ということもあって。

 だから、これまで女だから、という理由で仕事を押し付けられたことはなかった。なので、むしろ今回の件には驚かされたといえる。

 ストリップ・アイドル・ユニット『TRK26』――業界の人間として、その名前くらいは聞いている。ストリッパーでありながら、ステージ演出に対して大真面目に取り組んでいるという。ただ、実物は観たことがない。けど、そのような評判が立つのだから、うちで扱っているアイドルモノ――前半で適当に唄った後、後半では何の脈絡もなく普通のAV……のような雑なことはないのだろう、多分。

 で、これまでは山岸先輩がTRK担当として、MVと呼ぶには過激な企画を持ち込んでいたが……まさかの途中降板……というわけではなく、今回の案件だけは私に受け持って欲しい、ということのようだ。

 引き継ぎ資料には目を通している。……いわゆる、典型的なオフィスラブだ。一応MVのような体裁にはなっているが、観る側にとってそれはどうでもいいことだろう。

 ともかく、今日は来週の撮影に向けて最終確認である。ほとんどの大枠は決まっているので、私がいまさらひっくり返す要素もなければ、ひっくり返してまで撮りたいジャンルでもない。

 打ち合わせは十四時からで――その五分前に私の端末に来客ありのメッセージが入った。もちろん、こちらも対応の準備はできている。お待たせすることなく、私は小会議室Bへと向かった。

 ノックをして。

「失礼します」

 扉を開けて中に入ったところで――

「……!?」

 ――私は固まる。

 TRK事務所からお越しの、今回の企画担当である萩名(はぎな)氏の令嬢、里美(さとみ)様は当然先に待っていた。萩名氏といえば、アダルト動画の大手であるライブネットの社長一族のひとり娘であり――萩名嬢は色々あって単身TRK劇場へと移り、そこでその経営手腕を振るっていると聞いていた。

 あくまで、経営手腕を。

 なのに、この様子は――完全に、女優そのものとして――!

 大きな胸――綺麗な乳輪にかかるゲストカードのストラップ――全裸勤務は弊社の人気シリーズではある。とはいえアレは、期間限定の契約社員として籍を置いただけの外部女優であって――というか、萩名嬢が弊社に移籍してきたという話は――いや、今日はTRK事務局との打ち合わせのはずで――!?

 錯乱して頭が追いつかない私を見つめて――萩名嬢は不思議そうに椅子から腰を上げる。小会議室はちょっとした机にふたつの椅子が左右に合計四つだけ。それにホワイトボード。距離が近すぎて心の準備もままならない。

「あら、山岸さまは……?」

「やっ、山岸から引き継ぎましたっ、南と申します……っ」

 ふ、普通に……振る舞っている……全裸なのに……! うわ、うわ、いや、女子の裸なんて会社中にあふれてるけど……ああ、撮影に同伴したことはなかったか。銭湯みたいなものだと思い込もうにも……会議室で全裸って……違和感がスゴすぎる……!

「それでは、改めてご挨拶させていただきますね」

 萩名嬢がハンドバッグから取り出したのは……名刺入れ……! そして、そこから取り出したのは――

「わたくし、TRK劇場にて踊り子兼企画を務めております萩名里美と申します」

 め、名刺――! 本物だ……本物の……萩名里美嬢の名刺だ……! も、もちろんこっちも交換するつもりで持参はしてきてるけど……うわ、うわ、背、ちっちゃ……! なのに、おっぱいはビックリするほど大きくて……乳輪、綺麗……こんなに大きいのに垂れてなくて、張りもあって……下から見上げてくるの……そんな、ニコっと微笑まれたら……可愛い……可愛い……! 全裸だけど……! うわ、どうしよう……っ!

「このような装いで失礼いたしました。実は、劇場の方で、全裸生活という企画を実施中でして」

 装いも何も、靴しか履いてないんですけどーーーッ!?

 というか、全裸生活って何ーーーッ!?


 いきなりのことで大変キョドってしまったけれど――ああ、一歩間違えればコレ、セクハラ事案だったわ。何しろ、性的な企画に女性社員を巻き込んだわけだから。とはいえ、相手が萩名嬢だけに情状酌量の余地はある。全裸の萩名嬢を男性社員がお迎えするなど……うん、無理。嬢本人がいいって言っても、絶対無理だわ。

 しかも、この全裸生活というのは、なんとカメラが回っていない。あとで――これもまた劇場の別の企画で、トークのネタとして報告するのだとか。一ヶ月間全裸のまま、できる限り日常通りの生活を送ったうえで。というか、もう十一月なんだけど。外移動は車だとしても、絶対寒いわ。

 小さな机で向かい合ってふたりきり。萩名嬢は滔々と会議を進めているけれど、いろんな思考がグルグル回っていて……あーもう! おっぱいが気になって話が頭に入ってこない!

「大筋は固まっていると承知しているのですけれど……」

 今回はTRK所属の水裏(みずうら)理々(リリ)さんを軸にしたレンタルオフィスでの撮影と決まっている。ぶっちゃけ、弊社の都合で。

 先日、うちのスタッフが壁に穴をブチ空ける大失態をやらかして……事実上の出禁を食らってしまったものの、あのハコが使えなくなると、様々な撮影で支障を来す。

 で、あの管理人がリリちゃんのファンということで――とりあえず、リリちゃんの撮影なら、ということで許可が下りた。つまり、和解策というか、懐柔策というか、そんな感じである。なので、それ以上の奇抜なことはできない。

 だが――議事録から察するに、萩名嬢が一貫して主張しているのは社内調教――オフィスのセットを組み込んだSMプレイなんて始めたら、今度こそ管理人から永久追放を言い渡されかねない。

 もちろん私は、山岸さんの意向をそのまま引き継ぐつもりだった。しかし、萩名嬢は――担当者が変わったことでワンチャンありそう、という勢いで迫ってくる。

「オフィスだけでなく廊下まで撮影可能なあの設備を活かすには、単純な室内での会話だけに留めず――!」

 と食い入ってくるけど……おっぱいが……おっぱいが気になって……!

 萩名嬢は今回の撮影に思うところがあるようで、やたらとSM調教の素晴らしさを説いてくる。とはいえ……私、そういう特殊なジャンルは……すいません! 

「わたくしが自ら縛られてお見せできれば一番なのですけれど」

「いえっ、いえっ、私、そんなのできませんからっ!」

 というか、恐れ多すぎるっ!

「ご心配なく、わたくしでしたら自分の身体を縛るのにも慣れておりますので」

 そ、そうなんだ……けど、何で?

「ただ……今月は全裸生活月間ですから」

「はい」

「認められているのは肩に掛けるストラップひとつまでで、緊縛は着衣という扱いになってしまうようでして」

「そ、そうなんですか……?」

 ま、まぁ……簀巻きっぽくロープでグルグルに巻いたらある種のボンテージファッションになっちゃう、ということでそういう線引きになってるんだろうけど……全裸の本人にロープは無理、と言われてもある意味納得できない。縛りも全裸も変わらない……というか、縛った方がエロいでしょ!

 このとき私は――とにかく、自分の視線の制御に精一杯で――机に乗ったおっぱいは気になるけれど、おっぱいばかりジロジロ見ているのは失礼だし――そんな葛藤に苛まれていて気づかなかった。何となく、萩名嬢の視線も――エロい。まるで、私の身体を品定めするように。

 そしてこんなとき、同性からの言葉選びには遠慮がない。

「南さま……貴女、いい身体をされておりますね」

「えっ、えっ?」

 話の流れからして……非常にヤバイのでは……? 萩名嬢は再びハンドバッグに手を入れて――取り出したのは、今度は――

「やはり、こういうものは実際にお見せするのが一番お伝えしやすいものですから」

 赤い――荒縄――!? この人、そんなもの持ち歩いてるの……!? いや、最初から自身の提案を持ち込むつもりだったのだから――これは、確信的に――!

「……けれど、ふむ、担当者を急遽女性に変えていただけたのは、こちらにとっても都合が良かったかもしれませんね」

 どうやら萩名嬢からしても、これは予想外の事態だったらしい。それでも、決して物怖じすることなく――!

「心配しないでくださいませ。痛くすることはありませんし、女性同士でもありますし――」

 いや、いや、これ、断れる雰囲気じゃない、というか……けど、え、ちょ、マジで? ひ、ひ……ひぃぃぃぃぃぃぃ!?


       ***


 ともかく、ミーティングは終わった。着衣の乱れも、里美嬢直々のチェックできちんと整えている。そして、前任者である山岸さんにも議事録を送っておいた。すると――先輩は血相を変えてすっ飛んでくる。

「おいおいおいおい! 骨子は変えないように、って言っただろ!」

 確かに、そのようには聞いていた。けれど……現担当者は私である。

「今回の撮影は、こちらの方が水裏さんの魅力を引き出せると思いまして」

 ある意味、今回の撮影に社運が懸かっていることは承知しているつもりだ。次、変なことをやらかしたら、それこそ始末書レベルでは済まないかもしれない。だとしても――

「お任せください。何とかいたします」

 この言葉には何の根拠もない。それは山岸先輩も察しているようで。

「……南に任せたのは失敗だったかなぁ」

 もし自分がしくじれば、前任者であり先輩でもある山岸さんが尻拭いをすることになるのだろう。そこまで迷惑を掛けたくないし、何より――私は、里美嬢の理想を実現したい。何故ならば――

「……まさか、何か弱みを握られてんじゃないだろーな」

 先輩からの当てずっぽうの軽口に、私は思わず頬が熱くなる。よ、弱みなんて握られていません! だって……撮影は、私のスマホで行われたのだから。

 これは……消すには惜しい気がして……けど、絶対誰にも見られるわけにはいかなくて……!

 初めてのことで、私の感情は複雑だ。けど……経営者たる里美嬢が、自らカメラの前に立ちたがる気持ちが、少しだけわかった気がする。


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