園内晴恵
ずっと、噂としては聞いていた。この新歌舞伎町には触れてはならない闇がある――その深淵を――俺はついに目撃してしまった。
いや、俺だけではない。この場にいるすべての男たちが共有している。……ここがシンカブという男の街で良かった。わざわざこんな治安の悪い地域のジムを使う女性は普通いないだろう。
そのベンチプレスの周りには様々なトレーニング機器が並んでいるが、使用者の動きは総じて止まっている。それどころか、ただ突っ立っている者さえも――俺もそのひとりではあるのだが。しかし――それも仕方のないことだろう。よりにもよって――妙齢の女性が全裸ベンチプレスとは……。
程よく足を開いているため、下から割れ目まで覗けてしまう。もちろん、堂々と鎮座した胸の先も。元々厚みはさほどではないようだが色は鮮やかで、白い肌に薄桃色の乳輪がよく映えている。
さて、この新歌舞伎町の闇とは――あの美しい痴女こそがまさに“それ”である。これ見よがしに――それこそ誘ってるのか、と言わんばかりにこのような女子が全裸で出没するという噂がずっとあった。この新歌舞伎町という風俗街で。
しかし、迂闊に理性を失って襲いかかると――彼女たちのバックには危険な連中が控えているため、その女子が一声上げれば簀巻きにされて東京湾に沈められるという。実際、警察さえも見て見ぬ振りをしているのがその証拠といえよう。その絶大なる身の安全に対する自信が、全裸徘徊――というか、全裸ベンチプレスというか、そのような暴挙を引き起こしているのだろう。……その目的はまったくわからないが。
誰もが遠巻きに女体を眺めている中で――ガシャンとバーベルがラックに掛けられた。どうやらトレーニングを終えたらしい。それにしても……見た目は細いのに結構な重量を持ち上げていたな……。裏に黒服がいなくても、格闘技の心得があれば大抵の暴漢は撃退できそうだ。
そして……機材利用のマナーとしてアルコール消毒をしてタオルでひと拭き。……妙なところでマメだな。というか、女子の生尻の跡なら喜んで使いそうな男たちもいそうなものだが。
何とも間抜けたことに、散々乳や尻を堪能した後になって、ようやくそのご尊顔に意識が向くこととなった俺だが――マスク……だと……? な、なんなんだ、コレは。顔を隠していれば恥ずかしくない、とでもいうつもりか……?
それはいわゆるプロレスラーが着けるような――とはいえ、イカツかったり、きらびやかだったりすることはなく……むしろ地味だ。白地のマスクにウサギの顔をマジックで描いたかのような。見れば、頭の横からピョコピョコと耳も立っている。頭頂部分は開いているようで、髪の毛がふわふわとはみ出ている。さほど量もなさそうだし、マスクを取ったらロングヘア、ということもなさそうだ。
どうやら今日のメニューはこれで終わりらしく、彼女はシャワールームへと向かっていく。目当ての女性がいなくなると、男たちは散り散りに去っていった。現金なものである。だがしかし――俺はどうしても彼女が気になっていた。あまり深入りしては危険も伴うが――ジムを闊歩する全裸女性――もう少しだけ、あの浮世離れした光景を眺めていたい……!
しばらくして、彼女は出てきた。入るときと同じようにマスクひとつで。どうやら、トレーニング中だけ全裸ということではないらしい。
おそらくタオルは使い切りのレンタルのものを利用したのだと思われるが……あのマスクからの滴り方は……まさか、かぶったままシャワーを浴びたというのか……? どこまで気に入っているんだ、あのマスクを。
しかし、そのままの姿で出てきたということは――靴も履いている――つまり――!
彼女はジムを出ていく。本当に、平然と。全裸のまま、フロアの外へ。入ってくるところは見ていなかったが、もしかしたら、あの姿のままここまで来たのかもしれない。
この感情は――ただの劣情ではない。焦燥感――危機感――このまま行けば、彼女はどうなってしまうのか――! 想像さえできない未知の領域へ――!
彼女を追って外に出ると――我ながら、まるでストーカーのような所業だと自覚しているが、それでも彼女から険しい気配は感じない。軽く足を伸ばすと――彼女は突然走り出す。走り去っていった、というべきか。闇に触れてはならない――だが――俺は彼女を追って駆け出していた……!
彼女に後ろを気にする素振りはない。ならば、俺から逃げているわけではないのだろう。だとしたら、あんなに急いでどこに行くのか――それも、あのような格好で――見れば、胸を両手で隠している。これまで一切恥じらう様子がなかったというのに、ここにきて――? しかし、そんな女性を追っていると見なされれば、俺の方が黒服に連行されてしまうかもしれない。だが、それでも……!
少し手前で彼女は急に走りを止める。何故なら、信号が赤だったから。別段、急いでいるわけではないらしい。意表を突かれて――俺はつい彼女の隣に並んでしまった。そして至近距離で目が合う。どうやら、彼女は俺の尾行に気づいていなかったわけではなかったようだ。にも関わらず――なんと彼女の方から話しかけてきた。
「お疲れ様ですっ!」
マスクの覗き穴から楽しそうな瞳が覗いている。
「もしかして、コースがご一緒なのでしょうかっ」
「こ、コース……?」
「はいっ! ランニングの!」
ら、ランニング……だと……!?
そうこうしているうちに、信号が青になった。
「では、行きましょうっ!」
そう言って彼女は――再び両手で胸を隠して走り始める。俺も――どうやら同じコースを走っているということになっているので釣られて続いていた。
しかし、そんな格好で並走されると、やはりその胸が気になってしまう……! どうしても視線、もしくは意識を抑えることができず――それは隣を走る彼女にも伝わってしまったようだ。
「あ、こちらはお気になさらずっ。コーチから胸を極端に揺らすようなことは控えるようにと言われているのでっ」
どうやら、胸を隠しているわけではなく、手で乳揺れを押さえている、ということらしい。なのに、ブラを着けることも許されないとはどうかしている。それでも、特訓の後はひとっ走りしないと落ち着かなくて――彼女は屈託なく笑うが、俺が気にしているのはそこではない。
「コーチ、というのは……?」
誰かの指示でこのようなことを行っているのだとすれば、それを指示できるほどの人物とは何者なんだ……? 新歌舞伎町の闇の主か?
「はいっ、私はいま、全裸トレーニングの最中なのですっ!」
走りながら――俺は闇の正体を知ってしまった。TRK26――園内晴恵と名乗る彼女はストリップ・アイドル・ユニットの一員なのだという。つまり、風俗嬢だ。なるほど……そういう仕事であれば、裏にその道の組織があってもおかしくはない。
「そこでですね……一ヶ月全裸で生活するよう指導を受けているのです!」
彼女に何があったのかわからない。しかし、全裸で生活していても警察も手を出せないのだから、闇の噂は本物だったということだ。
また信号待ちであるため、晴恵ちゃんは足を止める。本来のジョギングであれば待機中もステップだけは止めないものだが、胸に負担を掛けないよう――いや、そんなに腕を上げて伸びをされては――俺だけでなく、誰もが彼女を注視してしまう……!
俺もまた、晴恵ちゃんの裸体を舐めるように見ていたからか――逆に晴恵ちゃんからの視線に気づくのが遅れた。
「むむぅ……つかぬことをお尋ねしますが」
それはまるで、俺の股間に話しかけるように。
「殿方のおちんちんは……上下に振り続けても萎えたりしないのでしょうかっ」
風俗嬢だけに淫語に対する抵抗もないようだ。
「そ、それは……そうだな……うん」
晴恵ちゃん自身が気にしているのはクーパー靭帯のことだと思われるが… ずっと、噂としては聞いていた。この新歌舞伎町には触れてはならない闇がある――その深淵を――俺はついに目撃してしまった。
いや、俺だけではない。この場にいるすべての男たちが共有している。……ここが『シンカブ』という男の街で良かった。わざわざこんな治安の悪い地域のジムを使う女性は普通いないだろう。
そのベンチプレスの周りには様々なトレーニング機器が並んでいるが、使用者の動きは総じて止まっている。それどころか、ただ突っ立っている者さえも――俺もそのひとりではあるのだが。しかし――それも仕方のないことだろう。よりにもよって――妙齢の女性が全裸ベンチプレスとは……。
仰向けになって程よく足を開いているため、下から割れ目までいい感じに覗けてしまう。もちろん、堂々と鎮座した胸の先も。元々厚みはさほどではないようだが先端の色は鮮やかで、白い肌に薄桃色の乳輪がよく映えている。
さて、この新歌舞伎町の闇とは――あの美しい痴女こそがまさに“それ”である。これ見よがしに――それこそ誘ってるのか、と言わんばかりに、このような女子が全裸で出没するという噂がずっとあった。この新歌舞伎町という風俗街で。
しかし、理性を失い迂闊に襲いかかると――彼女たちのバックには危険な連中が控えているため、その女子が一声上げれば簀巻きにされて東京湾に沈められるという。実際、警察さえも見て見ぬ振りをしているのがその証拠といえよう。その絶大なる身の安全に対する自信が、全裸徘徊――というか、全裸ベンチプレスというか、そのような暴挙を引き起こしているのだろう。……その目的はまったくわからないが。
誰もが遠巻きに女体を眺めている中で――ガシャンとバーベルがラックに掛けられた。どうやらトレーニングを終えたらしい。それにしても……見た目は細いのに結構な重量を持ち上げていたな……。裏に黒服がいなくても、格闘技の心得があれば大抵の暴漢は撃退できそうだ。
そして……機材利用のマナーとしてアルコール消毒をしてタオルでひと拭き。……妙なところでマメだな。というか、女子の生尻の跡なら喜んで使いそうな男たちもいそうなものだが。
何とも間抜けたことに、散々乳や股間を堪能した後になって、ようやくそのご尊顔に意識が向くこととなった俺だが――マスク……だと……? な、なんなんだ、コレは。顔を隠していれば恥ずかしくない、とでもいうつもりか……?
それはいわゆるプロレスラーが着けるような――とはいえ、イカツかったり、きらびやかだったりすることはなく……むしろ地味だ。白地のマスクに動物の顔をマジックで描いたかのような。見れば、頭の横からピョコピョコと長い耳も立っている。ということは、これは……ウサギか。
頭頂部分は開いているようで、髪の毛がふわふわとはみ出ている。さほど量もなさそうだし、マスクを取ったらロングヘア、というイメチェンは期待できない。
どうやら今日のメニューはこれで終わりらしく、彼女はシャワールームへと向かっていく。目当ての女性がいなくなると、男たちは散り散りに去っていった。現金なものである。だがしかし――俺はどうしても彼女が気になっていた。あまり深入りしては危険も伴うが――ジムを闊歩する全裸女性――もう少しだけ、あの浮世離れした光景を眺めていたい……!
しばらくして、彼女は出てきた。入るときと同じようにマスクひとつで。どうやら、トレーニング中だけ全裸ということではないらしい。
おそらくタオルは使い切りのレンタルのものを利用したのだと思われるが……あのマスクからの滴り方は……まさか、かぶったままシャワーを浴びたというのか……? どこまで気に入っているんだ、あのマスクを。
しかし、そのままの姿で出てきたということは――靴も履いている――つまり――!
彼女はジムを出ていく。本当に、平然と。全裸のまま、フロアの外へ。入ってくるところは見ていなかったが、もしかしたら、あの姿のままここまで来たのかもしれない。
この感情は――単純なる劣情とは異なる。焦燥感――危機感――このまま行けば、彼女はどうなってしまうのか――! 想像さえできない未知の領域へ――!
彼女を追って外に出ると――我ながら、まるでストーカーのような所業だと自覚しているが、それでも彼女から険しい気配は感じない。軽く足を伸ばすと――彼女は突然走り出す。走り去っていった、というべきか。闇に触れてはならない――だが――俺は彼女を追って駆け出していた……!
彼女に後ろを気にする素振りはない。ならば、俺から逃げているわけではないのだろう。だとしたら、あんなに急いでどこに行くのか――それも、あのような格好で――見れば、胸のあたりを両手で隠している。これまで一切恥じらう様子がなかったというのに、ここにきて――? しかし、そんな女性を追い回していると見なされれば、俺は黒服に連行されてしまうかもしれない。だが、それでも……!
少し手前で彼女は急に走りを止める。何故なら、信号が赤だったから。別段、急いでいるわけではないらしい。意表を突かれて――俺はつい彼女の隣に並んでしまった。そして至近距離で目が合う。どうやら、彼女は俺の尾行に気づいていなかったわけではなかったらしい。にも関わらず――なんと彼女の方から話しかけてきた。
「お疲れ様ですっ!」
マスクの覗き穴から楽しそうな瞳が覗いている。
「もしかして、コースがご一緒なのでしょうかっ」
「こ、コース……?」
「はいっ!“ランニング”の!」
ら、ランニング……だと……!?
そうこうしているうちに、信号が青になった。
「では、行きましょうっ!」
そう言って彼女は――再び両手で胸を隠して走り始める。俺も――どうやら同じコースをランニング中ということになっているようなので、彼女に釣られて続いていた。
しかし、そんな格好で並走されると、やはりその胸が気になってしまう……! どうしても視線、もしくは意識を抑えることができず――それは隣を走る彼女にも伝わってしまったようだ。
「あ、こちらはお気になさらずっ。コーチから胸を極端に揺らすようなことは控えるようにと言われているのでっ」
どうやら、胸を隠しているわけではなく、手で乳揺れを押さえている、ということらしい。なのに、ブラを着けることも許されないとはどうかしている。それでも、特訓の後はひとっ走りしないと落ち着かなくて――彼女は屈託なく笑うが、俺が気になるのはそこではない。
「コーチ、というのは……?」
誰かの指示でこのようなことを行っているのだとすれば、それを指示できるほどの人物とは何者なんだ……? 新歌舞伎町の闇の主か?
「はいっ、私はいま、全裸トレーニングの最中なのですっ!」
走りながら――俺は闇の正体を知ってしまった。TRK26――園内晴恵と名乗る彼女はストリップ・アイドル・ユニットの一員なのだという。つまり、風俗嬢だ。なるほど……そういう仕事であれば、裏にその道の組織があってもおかしくはない。
「そこでですね……一ヶ月全裸で生活するよう指導を受けているのです!」
彼女に何があったのかわからない。しかし、全裸で生活していても警察も手を出せないのだから、闇の噂は本物だったということだ。
また信号待ちであるため、晴恵ちゃんは足を止める。本来のジョギングであれば待機中もステップだけは止めないものだが、胸に負担を掛けないよう――いや、そんなに腕を上げて伸びをされては――俺だけでなく、誰もが彼女を注視してしまう……!
俺もまた、晴恵ちゃんの裸体を舐めるように見ていたからか――逆に晴恵ちゃんからの視線に気づくのが遅れた。
「むむぅ……つかぬことをお尋ねしますが」
それはまるで、俺の股間に話しかけるように。
「殿方のおちんちんは……上下に振り続けても折れたりしないのでしょうかっ」
風俗嬢だけに淫語に対する抵抗もないようだ。
「そ、それは……そうだな……うん」
晴恵ちゃん自身が気にしているのはクーパー靭帯のことだと思われるが……風俗嬢にしては男の性器に対して理解が薄い。しかし、興味はあるようだ。恥じることなく、俺の股間を凝視している。こちらも凝視しているのだからお互い様か。それもあって――すっかり雄々しくなってしまっているところを。
そして、晴恵ちゃんは――とんでもないことを言い出した。
「もしよろしければ……一緒にトレーニングいたしませんか!?」
「そ、それは……!?」
裸の女性から誘われることといえば……!
「やはり、開放的な気分で走っていると……清々しいですよ!」
まさか……本気で走るだけ……? いや、しかし……俺にも脱げと言っているのだから、ただ走るだけで済むはずがない。何より、ここは新歌舞伎町――そのような行為が許される唯一の場所だとするならば――
***
あれから俺は毎日ジムに通ってみたが、晴恵ちゃんと再び出会うことはなかった。どうやら、普段はプライベートジムでトレーニングをしており、外のジムを利用したのはほんの気まぐれか、スケジュールの都合か……ともかくレアケースだったらしい。
新歌舞伎町の闇としては、晴恵ちゃんだけでなく他の女のコと遭遇することもあるらしいが――不思議と俺は晴恵ちゃんのことばかりが気になってしまう。それは、一度共にトレーニングを交わしたからだけではなく――あのカラっとした明るい色気に惹かれてしまったのかもしれない。
また偶然出逢えれば――などとケチ臭いことを言える相手ではないのだろう。闇に触れたければ深淵を覗くべし――TRK劇場――そこに彼女はいるのだから。




