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第ニ章Ⅴ

それから、私達の文化祭へ向けての準備の日々が始まった。

やはりというか何というか……最初のLHRの時と同じように、いざこざも何度か起こったりと円滑ではなかったのだが。それでも何とか皆で話し合いで解決し、少しふざけ合って笑い合いながら着々と全員で作業を進めていったのだ。

文化祭前日、完全下校時間ギリギリまでクラス全員で居残り。皆ヘトヘトで帰宅した翌日――ついに、待ちに待った文化祭当日がやって来る。


「――試着の時も思ったけど……」


朝、一年一組メイド喫茶開店前。


「合田さんの執事、メッチャカッコイイ~!!」


メイド服に着替え終えたクラスメイトの女子達が、執事の装いをした私を取り囲んで楽しそうな声で言う。


「メッチャタイプだわ~!」

「ねえねえ! ツーショ撮って!」

「あっ、私も!」

「SNS上げても良い?」


ちやほやされるのにむずがゆさを感じながら、私はぎこちなく皆に了承の返事を返す。

すると、彼女達の奥で着替えを終えた百瀬川さんの姿が見える。やはりというか何というか……予想通り、百瀬川さんのメイド姿は。この上なく美しく、元々上品な雰囲気を纏う彼女をさらに輝かせ。可愛らしいデザインのメイド服が、普段よりも柔らかい印象を与えていたのだ。

いや、もうホントに。一応、同性である私――今は男装しているけど――から見てもメッチャカワイイ。


「合田さーん!」


そんなよこしまなことをよぎらせていると、クラスメイトの女子の一人から。


「ねえねえ、私の彼氏になってよー!」


という声が上がり、私は思わず驚きのあまり「えっ!?」と困惑の声を出してしまう。


「えー、ズルい~!」

「合田さん、私と付き合ってよ!」

「えー! 私と私と!」


それから、他の女子達も悪ノリして言い始める。

反応には困ってしまうが。まあ男装して、無反応だったり冷ややかな態度を取られてしまうよりは全然ありがたいか……と、皆の優しさに感謝の気持ちを抱いていると。再び、百瀬川さんの姿が視界に映る。

彼女は普段からあまり感情を顔に出さず、その優れた相貌は能面のようにいつも同じような表情をしているのだが。今、私が見ている百瀬川さんの顔には。ほんの僅かだが、暗い影が入っているように感じた。

どうしたのだろうか……と、内心思っていると。


「――おーい、女子共! そろそろ入って良いか?」


教室の外から、上原の声が掛かる。


「あっ、男子。忘れてた!」


私は教室内を見回して、女子が全員着替え終わっているのを確認してから。廊下に向かって「どーぞー!」と返す。少ししてから教室の扉が開き、メイド服を着て様々な種類の長髪ウィッグを頭に装着した男子達が入って来た。


「うわぁー……今晩、夢に出そう……」

「うるせーぞ、高石」


開口一番、高石さんが言う。それに対し、上原が怒気交じりで返した。

そんな二人の背後では、他のメイド男子達が。百瀬川さんに目を釘付けにしていたが、彼女に話しかける勇気は誰も持っていないらしく。熱い視線だけを向けるに留めている。


「だって……デカくてガタイの良い男達がっ、フリフリのメイド服着てっ……ブフッ!」

「笑ってんじゃねーよ!!」


ここ数日、何度となくあった高石さんと上原の諍いが始まる。

最初の頃こそは皆で気を揉んでいたのだが、もう見慣れてしまい今となっては「またか……」と微笑みと呆れ混じりに傍観しているだけとなっていた。

とはいっても、本日は文化祭当日なのもあるのか。いつもより和やかな言い争いで、傍観する私達の気持ちも一層穏やかなものである。


「――全員、揃ったわね!」


そんな風に、のんびりと準備時間を過ごしていると。一人の女子生徒の声が響いた。


銭谷ぜにたにさん? どうしたの?」


声の主は、クラスメイトの銭谷さん。


「皆……今年の文化祭。私達はクラス出店しゅってん部門、最優秀賞を狙うわよ!!」


いきなりの宣言に、私達は唖然。


「本当に急にどうした?」


上原の言葉に、銭谷さんは「ムフフッ……!!」と怪しく笑った。


「うちの文化祭は、各出し物ごとに。一般投票、生徒投票、教師投票。そして、集客率と売り上げを加味して優秀賞と最優秀賞が決められるでしょ?」

「それを、私達のクラスが狙うってこと?」


高石さんの質問に、銭谷さんは「そうっ!」と明るく答える。


「えー、けど今から狙うって言われても……」

「今日もう当日だしね~」

「そりゃあ取れたら嬉しいけど、別に取れたらで良いかも」


けれど、テンション高めの銭谷さんに対し。クラスの皆はイマイチ乗り気ではない様子で。私も、『最優秀賞』という栄誉に実感が持てず。あまり積極的な気持ちには傾かなかった。


「銭谷さん、そんな目標掲げなくても。我々はまだ一年生なんだし、皆で楽しく文化祭を楽しむことの方が――」


刹那、そう進言した委員長の頬を白いハリセンが襲う。


「甘ちゃんなこと抜かしてんじゃねェェェ!!」


(ええー!? なっ、殴った……!? てか、どこからハリセンを!?)


クラス一同、勿論唖然。

そして「ぐふっ!!」と、倒れる委員長に構わず。彼をハリセンで殴った銭谷さんは、拳を握りながら。


「目の前にチャンスがあるのに、それを無為にする奴はドブに落ちてねや!」


(いや、恐いよ……!!)

(銭谷さんって、こんなキャラだったっけ!?)

(普段、あんまり話さないし。あんま目立つタイプじゃなかったのに!!)


私もクラスの皆も、銭谷さんに戦々恐々としながら。心の中で同じようなことを思う。


「良い、皆?」


しかし、そんな私達の様子に気が付く様子も無く。銭谷さんは話を続けた。皆、なんか怖くて黙って彼女の声に耳を傾ける。


「私達のクラスには今。イケメン男装執事と、美少女メイドのセットという奇跡が目の前にあるのよ?」


言いながら、銭谷さんは私と百瀬川さんを示唆した。

わっ、私!?


「それを利用しない手はない!!」


(利用って言ったー!! 今、はっきり言ったー!!)


銭谷さんの言葉に、青い顔になる皆を見て。そんな声が自然と私の耳に聞こえてきた気がした。


「私の計画はこう!」


言いながら、銭谷さんは一枚の紙を提示。


「『シフト表』?」


その紙に目を落とした高石さんが、紙に書かれた文字を見て呟く。


「って、コレ!! 最初に決めたシフトと全然違うじゃない!?」


目を剥きながら言う高石さんの言葉に、私達は「えっ!?」と驚きながら『シフト表』へと群がった。


「アレ!? ホントだ!」

「私、接客係のはずなのに調理場も兼任になってる!!」

「私もだ!!」


皆の視線が、一斉に銭谷さんへと向けられる。


「これも収益のためよ!」


彼女は悪びれる様子もなく、力強く続けた。


「調理班の百瀬川さんと合田さんを酷し……いえ、宣伝担当も兼任して貰うなら。他の人達にも調理班の仕事を分担して貰わないと!」


いや、だからって勝手に決めるって……と、皆は思ったが。彼女が肩に担ぐハリセンがなんか怖くて、誰も口にはしなかった。


「百瀬川さん、合田さん!」


突然名前を呼ばれ、私は「はっ、はひっ!!」と慌てて返事をする。

……くっ、噛んだ!!


「私達、一年一組の成功は……あなた達に懸かっているわ!」


なんか、いつの間にか責任重大な立場にされてる!?


「今日は二人で常に行動して、宣伝と接客サービス。よろしくね!」


えっ……ちょっ、そんな勝手にどんどん話を――。


「はい、喜んで」


百瀬川さん!? 喜んで!? えっ、百瀬川さん最優秀賞取りたかったの!?

私が内心、一人驚きながら彼女を見ていると。


「おい……百瀬川さん、今『喜んで』って言ったよな?」

「最優秀賞取りたいのかな、百瀬川さん」


男子達がひそひそと、私と同じ思考に至っていた。


「百瀬川さんが喜んでくれるなら……」

「ああ……俺達のやることは、決まっている!」


男子達は声を揃えて。


「やるぜ、俺達は! 百瀬川さん(最優秀賞)の為に!」


と、一丸となって闘志を燃やすのだった。

しかし、こうなると女子達はあまり面白く無いわけで……。


「ちょっと! 当日にいきなりそんなこと言われて、こんなに変更させられても困るんだけど!?」


やっぱり高石さんが先陣を切って、銭谷さんへと文句を言い始めた。


「大丈夫! 新たに調理班に組み込んだ人達は、皆家庭科の成績優秀者だから!」

「何も大丈夫じゃないし、何であなたが私達の家庭科の成績知ってるのよ!?」


けれど、上手く威圧することも出来ず。高石さんは銭谷さんのペースに巻き込まれてしまう。


「副委員長!」


本人に言っても無意味。クラスのリーダーである委員長はハリセンに敗退……となると、高石さんはナンバー2である副委員長――ずっと現状に全く関心を抱かずにお菓子を食べ続けていた――を振り返る。


「こんなの、急に言われても困るわ! 副委員長から銭谷さんに言って頂戴!」


そう詰め寄るが。


「副委員長ちゃんに言っても無駄だよ」


高石さんに、銭谷さんが告げる。


「銭谷さん、コレ。くれたの」


そう言って、副委員長が掲げたのは。まさに今食べている、大きな袋包装のお菓子であった。


(買収されてるー!?)


一同、再び唖然。


「それに、最優秀賞取ろうとするのは。悪いことじゃないかと」


続けられた副委員長の言葉に、皆息を呑む。また突然に、彼女がまともなことを言ったからだ。


「せやせや! 皆で頑張って、楽しかったらそれでよし……なんて綺麗事やで!!」


(なんで急に関西弁?)


そう思いながら、私達は再び銭谷さんへと視線を戻した。


「これがテストだったと考えてみィ? 『テスト勉強頑張りました。友達と勉強楽しかったです。でも、結果は赤点でした~』なーんて、楽しかった思い出にも何にもならへんやろうがっ!!」


言っていることは分からなくもないが、文化祭とテストを一緒にされてもイマイチ、ピンとこなかった。


「結果が全て……とは言わへんけどなァ。やっぱ、結果は大事や」


そして普段、標準語で話している銭谷さんが関西弁で話していて。私達は半分くらいの内容しか頭に入ってこない。


「今回の結果……クラス出店の最優秀賞取るとな、賞金代わりに学祭の打ち上げ代。全額負担してくれるんやで! これはもう、やるっきゃないやろ!」


その時、クラスの空気がピシリと固まった。


「……オイ、銭谷」


そして、少ししてから上原が口を開き。


「それを先に言いなさいよー!!」


続いて、高石さんの声が轟く。


「良い、皆! 何が何でも、最優秀賞絶対取るわよ!!」

「文句なんか言わねーで、料理得意な奴は全員自分から調理班の手伝いだ!!」


高石さんと上原が、他の生徒達に向かって勢い良く言い放つ。

男女の中心人物である二人に指示をされ、尚且つ『打ち上げ代、全額負担』に目の眩んだ一年一組は。良くも悪くも、一致団結と相成ったのであった。

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