第二章Ⅳ
「へぇ~、お前のクラスはメイド喫茶かよ! ウケるな!」
放課後、部活が終わってから。私は帰り道で鉢合わせた七斗に――家が隣同士なので良くあることだ――クラスで決めた文化祭での出し物の話しをしていた。
「……どうせ、私の似合わないメイド服想像しての言葉だろ。それ」
「良く分かってんじゃん」
「けど残念でした~。私はメイド服回避に成功したのだ!」
「は?」
私の言葉に、七斗は疑問の声を出す。
実は、クラスでの大まかな決め事が終わり。続いて、各分担ごとでの話し合いに移った時のことであった。
「メイド服か……絶対、私似合わないだろうな……」
憂鬱な気分で、そう同じ調理班の仲の良いクラスメイトに溢すと。
「う~ん、似合わないってことはないと思うけど……確かに、千子っぽくないかもね」
そう言葉が返って来た。
やっぱり、他人の目から見ても私の柄ではない洋装なのだ。
その時、百瀬川さんが突然。顔を上げて、何かを言い掛けるのだが。
「千子はどっちかっていうと、執事とかのが似合いそう!」
と、友人が声を大にして言った。
その声は教室内に響き渡り。
「えっ、何々? 合田さん、執事やるの?」
「えっ! 良いんじゃない! 合田さん背高いし、絶対カッコイイと思う!」
「てか、私見たーい! 合田さんの執事服!」
と、女子達が沸き立ち。
「おっ、良いんじゃね!」
「合田。俺達にメイド服着させる羽目にしたんだから、お前は執事やれよな!」
「似合いそう似合いそう!」
と、男子達も悪ノリしだしたのだ。
「あー、でも確かに……メイドより、執事の方が――」
私もその方がありがたいと思い、皆の意見に賛同しようとした刹那。
「まっ――待って!」
鋭い……けれど、少し慌てた様子の声が響いた。その声に、楽しそうに盛り上がっていたクラスメイト達の声は静まり返り。声の主へと、皆の視線が集まる。
「あっ……皆メイドなのに、一人だけ執事って……おかしいと思うんだけど……」
いつもよりぎこちない様子で、百瀬川さんが言う。
「あー、そっか。確かに……」
百瀬川さんの言葉に、淡い期待が露と消えたかと思ったが。
「え~、でも。合田さんなら良くない?」
と、誰かが言い。
「そうそう! 合田さんの執事は需要あるっしょ!」
「逆に、一人だけ執事っていうのがカッコイイと思うし!」
再び沸き立つ女子達。
「そうだ! 合田が執事になるなら一部の男子も――」
この提案に乗じて、男子の少数がメイド服回避を目論むが。
「却下!」
女子達の声が綺麗に揃い、すぐさま棄却されてしまう。
「えっと……合田さんは? メイドと執事、どっちが良いのかな?」
若干、悪ノリで盛り上がる議題に。真面目な学級委員長が、真面目に私に訊ねてくる。
「えっ……と、出来れば、執事のが良いかな~」
そっちの方が、皆様へのお目汚しが少なくて済みそうなので。
私がそう答えると、視界の端に映っていた百瀬川さんの表情が一瞬。いつもより、強張った気がした。
「そっか! 本人が良くて、皆も賛成なら。合田さんは、執事の調理担当ってことで!」
委員長の言葉に、クラス一同はテンション高く同意する。
しかし、楽しく笑い合うクラスメイトの中で。百瀬川さんだけが一人、その美しい顔に暗い影を落として浮かない表情をしていたのだ。
「――私、百瀬川さんのこと怒らせちゃったかな……」
LHRでの出来事を一通り話し終えてから、私は隣を歩く七斗にそう溢す。
「なんで、お前が執事やることになって百瀬川がキレんだよ?」
「それは分からんが……」
「何か言われたワケじゃねーんだろ? 気にすんなよ、お前の考え過ぎ」
「えー、そうかな?」
「大体、百瀬川なら。なんか意見あったら、直接言うんじゃねーか?」
七斗の言葉に、私は疑問のこもった視線を送る。
「なんか、人伝に聞いたんだけどよォ。百瀬川、自分にしつこく言い寄ってきた先輩に。スゲー辛辣なこと言い捲って撃退したらしいってよ」
「そうなの!?」
女子の先輩だけじゃなくて、自分に好意のある男子の先輩にまで……小学校の頃の、あの幼気な小動物のようだった百瀬川さんは一体どこへ……。
七斗の話しによると、それは男子間で今地味に広がっている話なので。まだ女子の耳には入ってきていないらしい。
「先輩相手にンなことかます奴が、お前に文句あって言わねーとかありえねーだろ」
「まあ……確かに」
確かに百瀬川さんは今日、私に何か言ったわけではない。
言ったのは前に――。
“今の貴女とじゃ……恋人に、なれないの?”
思い出し、顔に熱が増していく。
結局、その後。百瀬川さんと二人きりになるタイミングも無く、私自身。あの時のことを、どう聞いたら良いのか分からないままなので。百瀬川さんの真意は不明なままだ。
「どうした?」
百瀬川さんとのことに思考が支配されていると、七斗が心配気に私の顔を覗き込む。
「えっ、あっ! ううん! 何でもない!」
私は意識を現実へと引き戻し、慌てて誤魔化の笑みを七斗に向けるのであった。




