第ニ章Ⅲ
クラスでの出し物が決定すると、今度は役割分担を決めることとなった。
まあ、役割とはいっても。当日はメインの役どころとなる給仕や宣伝をするメイドと、メニューを作る調理担当。
あと、当日に向けて。衣装を用意したり仕立てたり、教室内の装飾の作成などもあるが。そちらは、メイド組が行うこととなり。調理担当は、食材や調理機材の準備をすることと相成った。
「調理担当班は、メイド服着るのかな?」
「あー……どうする? 正直、裏方だから無しでも良い気がするけど……」
役割分担を決める前に、そんな議題が上がる。
正直、私は出来れば調理担当班になって、メイド服回避をしたかったので「無し」の方向で話が進んでくれることを願っていたが……。
「――それは、不平等が出てしまうかもしれないのでは?」
という百瀬川さんの声が、私の想いを打ち砕く。
そして、この件に関しては高石さん達も百瀬川さんの意見に賛成のようで。せっかくメイド喫茶をやるなら、可愛らしいメイド服を着てみたいが。あくまで“喫茶”であるので、調理担当が必要不可欠。なのに、大切な仕事である調理担当になってしまうとメイド服が着られない……となってしまうと、役割分担の人数に偏りが出てしまう可能性がある。
なので、今回の出し物では。「男女共に全員メイド服着用」ということで、話しが纏まってしまった……私にとっては、悲劇である。
「じゃあ、『接客と衣装担当』『接客と室内装飾担当』『調理担当』の三班にして。皆の仕事の分担を決めようか!」
再び委員長の仕切りの下、皆の分担が決まっていく。
私は当初の希望通りの調理担当班に配属が叶い――せめて人前にメイド服で出たくないので――、次にクラスメイト達から提案されるメニューの候補から。調理班で何をメニューに取り入れるのかを、翌日に考えることとなったのだが……。
「ちょっと、百瀬川さん! なんで、あなたが調理班なのよ!」
高石さんの声が響く。
「あなた、どう考えても。裏方じゃなくて、接客係をやるべきでしょ!?」
まあ、確かに……言いだしっぺだし、男子達は百瀬川さんのメイド姿に団体票を投じたわけで……となると、必然的に百瀬川さんは接客業務をする運びとなる。
「けど、調理班の人数の方が足らないんだから。問題なんて無いと思うんだけど?」
百瀬川さんは高石さんに怯むことなく平然と述べた。
確かに、接客係の方が人が集中してしまっていて。調理係希望者は、百瀬川さんを入れてギリギリの人数である。
「文句があるなら、貴女が調理班に代わりに入ってくれるのかしら?」
百瀬川さんにそう返され、高石さんは「ぐっ……!!」と口籠る。その様子に、男子達から微かに感嘆の声が上がった。
クラス女子の中心的で、華やかな立ち位置を好む高石さんが。自ら接客から裏方の調理班に転身することなどありえないと、クラス全員が分かっていたことなので。百瀬川さんの切り返しは大変的確だったのだ。
「なっ、なら……百瀬川さん、あなたは女子の部の調理担当。男子の部では、接客業務を兼任してよね!」
しかし、高石さんも負けじとそう反撃をした。
「あなたが言い出したメイド喫茶なんだから、それくらい当然だと思うんだけど!」
と、百瀬川さんへと詰め寄る高石さん。
「おい、高石。いくら何でも、それはひでーんじゃねーか?」
すると、上原が高石さんへと告げる。
「百瀬川も、空いた時間で遊びてーだろうし」
「何、あんた。百瀬川さんと文化祭回りたいの?」
「はぁ!? んなこと言ってねーだろ!!」
あっ……上原、百瀬川さんと文化祭回りたいんだ……。
「このメイド喫茶は、百瀬川さんのメイド姿の為に男子達の投票で決まったんだから。百瀬川さんに一番働いて貰わないと意味ないでしょ?」
「だからって、んな性格悪ィことしてんじゃねーよ。お前の程度が知られちまうぞ?」
バチバチと再び火花を散らす高石さんと上原。
「ちょっ、ちょっと落ち着い――」
見兼ねた委員長が制止を掛けるが、再び二人に鋭い睨みを向けられ。青い顔で閉口してしまう。
ちなみに、他のクラスメイト達はというと。女子達は高石さんに、男子達は上原に同調する者。関わり合いになるのが恐ろしくて、黙って事の成り行きを見守るしか出来ない者。この緊迫した状況に無関心で、黒板に落書きを始める副委員長といった様子であった。
「ねぇ、ちょっと。さっきから――」
と、ここで百瀬川さんが再び口を開くが。
「たっ、高石さん! 上原も! 一旦、ちょっと落ち着こうって!」
この一触即発の空気の中で、百瀬川さんが万一火に油を注ぐようなことを言ってしまったら彼女の立場が……それに、まずクラスが一致団結して文化祭に臨むどころか。分裂し、戦争が起こってしまう!
私は慌てて二人に声を掛ける。
「合田さん……」
「何だよ、合田。また突拍子のねー提案でもすんのか?」
「うるさい上原! とりあえず、一旦落ち着けっての!」
バトル漫画じゃないんだから、喧嘩して解決なんてありえないのだ。双方冷静になって、皆できちんと理性的に話し合いをしなければ。
「えっと……百瀬川さん」
私が百瀬川さんを呼ぶと、彼女はピクッと顔を上げ。私に「はい」と、声を紡ぐ。
「百瀬川さんは、調理班が良いんだよね?」
「はい」
真っ直ぐに澄んだ眼差しが、私に向けられて簡潔な肯定の返事を告げた。その瞳に熱を感じながら、続けて。
「じゃあ接客業務は、出来ればやりたくないとかは?」
「どちらでも大丈夫よ。不満があるなら、高石さんの要望通り。女子の部で調理、男子の部で接客で構わないし」
「ちょっと、何よその言い方!!」
「百瀬川、んな無理すんなって……」
百瀬川さんの言葉に、再び目くじらを立てる高石さんと心配気に声を掛ける上原。
うーん……それは、でも。上原の言う通り、確かに可哀そうだからな……。
「――前半の部と、後半の部の。半分づつの時間、働いて貰えば良いのでは?」
すると、前方から突然声が掛かる。クラス一同が視線を向けると、黒板にアンニュイな猫の絵を描いていた副委員長の姿が。
「えっと、副委員長……今のはどういう?」
戸惑った様子で委員長が尋ねる。
「百瀬川さんにずっとお店に出て貰わなくても、前半の部の開始から半分の時間。それから、後半の開始時間の半分後から終わりまで出て貰えば。二部両方共出て貰えるし、百瀬川さんの自由時間も確保出来ますよ」
副委員長は言いながら、黒板に文化祭の開始時間と終わり時間を書き始め横線を引き。その丁度、線の半分くらいの位置に印をつける。さらに四分の一に分割し、真ん中にある線を長細い丸で囲み『百瀬川さんの休憩時間』と書き加えた。
「なっ、なるほど……」
いまだに戸惑ったまま、委員長が溢す。
彼が困惑するのも当然だ。何故なら、私達のクラス副委員長は。成績は優秀なのだが、イマイチ何を考えているのか分からず。無口であまり積極的に前に出て何かをしようというタイプではない。けれど大人しく真面目な性格かというとそういうわけでもなく、マイペースかつ破天荒な行動で教員生徒達共に驚きの渦へと突然巻き込んだりするだ。
そんな彼女が、気まずい空気に包まれた教室内で意見を述べただけでも驚愕だというのに。さらに、現時点で一番的確かつ冷静な提案をするとは……激し過ぎる状況の変動に、クラスメイト一同の思考が追い付くのに必死で大変だった。
「うっ、うん! 副委員長の案、良いんじゃないかな!」
上擦った声で、委員長が言う。
「ま、まあ……それなら百瀬川の負担も少ねーか……」
そして上原は続けて。
「お前はどうなんだよ?」
と、高石さんを振り返った。
「別にっ、それで良いんじゃない!」
「はあ? お前な、誰が引っ掻き回してると――」
「まあまあ、落ち着けって上原!」
せっかく、副委員長のお陰で沈静化しそうだというのに。また二人がムキになってしまっては元も子もない。
「も、百瀬川さんも。副委員長の提案のシフトで大丈夫かな?」
てか、百瀬川さんの意思とかほぼガン無視だな……百瀬川さん、怒ってないだろうか?
「大丈夫」
尋ねた質問に、再び簡潔に肯定する百瀬川さん。その顔色と声音は、怒っているのか本当は不満を抱いているのか……それとも、悲しんだり辟易しているのかも窺うことは出来なかった。




