第ニ章Ⅱ
「――只今より! 我々、一年一組の文化祭出し物を決めたいと思う!」
午後のLHRにて、教卓に立つクラスメイトの男子が勢い良く言い放った。
彼は私達、一年一組の学級委員長で。この時間は、今後予定されている大きな学校行事。文化祭でやるクラスの出し物を決める会議と、その間のスケジュール決めに割り当てられていたのだ。
文化祭か~、まだ何も決まってないけど楽しみだな~。なんか、お祭りってだけでワクワクする!
「意見のある者、挙手!」
委員長がそう言うと、数名の手が上がり。続々と挙げられていくアイデアが、副委員長である女子生徒によって黒板に書き連ねられていく。
「ふむ……『お化け屋敷』『クレープ屋』『脱出ゲーム』『たこ焼き屋』……まあ王道だな。『大食い選手権』『激辛挑戦店』……なんか色物感強いな。『サウナ』……いや!! サウナは無理だろ!! 副委員長、書かなくて良いから!!」
などという事がありつつ、意見出しが一通り落ち着いたかに思われた時。
「あっ、百瀬川さんも意見ある?」
と、いう委員長の言葉に。真ん中列左側、一番後ろの席に座る百瀬川さんへと全クラスメイトの視線が集まった。
彼女は、小学生の頃から。あまりクラスでの行事ごとに積極的な方ではなかったので、私も驚いて振り返ると。百瀬川さんは真っ直ぐに右手を天に伸ばし、挙手をしていたのだ。
そして、委員長の促しにより。百瀬川さんは滑らかな動作で立ち上がり。
「メイド喫茶」
と、端的に告げた。
そして、教室の空気が凍った。
(えっ、メイド喫茶?)
(今、メイド喫茶って言った?)
クラスメイト達は、誰も何も言葉を発しはしなかった。だが、皆一様に同じことを思っていただろう。
(あの、いつも無口無表情無関心な百瀬川姫苺が……メイド喫茶って言った!?)
(なんで!? 着たいのメイド服!!)
(いや、そりゃあ百瀬川さんのメイド姿絶対可愛いけど!!)
(見たいけど!!)
無言の動揺は、皆の表情を見て激しいことが良く分かった。
私自身も例外ではなく、百瀬川さんからの意外な提案に疑問が渦巻き混乱してしまう。
「あっ、うん……良いね。そういえば、ありそうで無かったしね」
委員長も動揺した様子で告げる。その後方では、唯一冷静な表情を崩さなかった副委員長が淡々と黒板に『メイド喫茶』と記載していた。
「う、うん……もう、そろそろ何にするか決めようか」
予想外な出来事に委員長は先程までの勢いを取り戻せぬまま、多数決でクラスの出し物の決定へと取り掛かる。
結果は、メイド喫茶に投票が集まり。一位を獲得するに至った。
ちなみに私は、クレーブ屋に一票を投じたのだが。まあ、百瀬川さん提案のメイド喫茶ならばしょうがない。
男子人気の高い彼女の提案というだけで、男子達の票が入るのは明白であったし。その提案の内容が内容なだけに、「百瀬川さんのメイド姿が見たい……!」という欲望と願望がさらにそれを助長したのだろう。
これで、私達一年一組の文化祭での出し物が決定……かと思いきや。残念なことに、そう簡単にはいかなかった。
「委員長、納得出来ません!!」
クラスでも目立つタイプの女子――スクールカーストの上位中心人物――が、異議を申し立てたのだ。
それに続いて、他の女子達も委員長へと詰め寄り始める。
「これじゃあ、クラスの出し物じゃなくて。一人の生徒を引き立たせるためだけの舞台にしかならないじゃないですか!!」
「そんなのやりたくないし!!」
「多数決っていっても、クラスの過半数を男子が占めてるんだから。こんなの不平等よ!!」
等と、口々に女子達に責め立てられたじろぐ委員長。
「副委員長! 貴女はこれで良いの!?」
女子達の筆頭に立つ最初に不満を示した女子生徒が、黙って見ているだけの副委員長を自身の陣営へ引き込もうと。乱暴な口調で尋ねる。
「そうですね……」
彼女は血圧の低そうなテンションと声で。
「美味しいスイーツが食べられるなら、別に何でも良いです」
と、答えた。
「いや、副委員長……メイド喫茶であろうとなかろうと、我々は“食べる側”じゃなくて“作る側”だからね……」
委員長が困惑した様子で、副委員長へと告げる。
「とにかく!!」
自分の希望通りの返答を副委員長から得られず、さらに気が立ってしまった女子生徒が語気荒く言った。
「審議のやり直しを要求します!!」
そう強く彼女が言い放つ……が。
「うるせーぞ、女子」
男子の一人――こちらもスクールカースト上位者――が、かったるそうに声を出す。
「決まってからギャーギャー文句言ってんじゃねーよ」
男子生徒がそう言い、彼の周囲にいた男子達も批難の眼差しを女子達へと向ける。
「ふーん……上原、アンタはそんなに百瀬川さんのメイド服が見たいのね」
筆頭に立つ女子生徒が嫌味を込めて言う。
「高石。お前は、最初から比べられて見劣りすんのが嫌なだけだろ」
二人の間に、苛烈な火花がバチバチと燃え盛る。
「ちょっ、君たち落ち着いて……」
委員長が慌てて制止を掛けるが、二人に物凄い勢いで睨まれてしまい。「ヒィイイ!!」と悲鳴を小さく上げてから、成す術無しという様子で後退る。
「――ねえ」
すると、凛とした声を響かせて。百瀬川さんが立ち上がる。
「私の意見だから、反対ってことよね?」
そう言った百瀬川さんに、私は嫌な予感を感じた。
この前の先輩達みたいに、神経逆撫でするようなことを言って圧倒するつもりなんじゃ……。
「あっ――あの!」
それはマズイ!! この間の件は、あれで善しとなったとしても。今回はクラスでの催し物についての会議で、今百瀬川さんがさらに反感を買うような事態になったら。今後、彼女のクラスでの立ち位置が悪くなってしまう!!
「だっ、だったら! 百瀬川さんと同じシフトは、男子の女装メイドにしたら良いんじゃないかな!」
百瀬川さんを何とか守らなければ……そう思い、私は咄嗟にそう口走った。
暫しの沈黙が、教室内を包む。
「ぷっ……!」
それから、クラスの女子達の笑い声が響き渡る。
「あっ、合田さん……それ、最高!」
先程まで先頭に立って不満をぶちまけていた女子――高石さんが、お腹を抱えて笑いながら言う。
「えっ、うん! それなら、メイド喫茶でも良いんじゃない!」
高石さんの言葉に、他の女子達も「確かに!」「それなら女子と男子で仕事の分担も平等になるだろうし!」と、肯定的な声を上げる。
「合田……お前な……」
だが沸き立つ女子達に対して、男子一同の鋭い視線が私へと向けられてしまう。
「何余計な提案してくれてんだ、お前」
先程まで。高石さんと一触即発な雰囲気を醸し出していた男子――上原が私に言う。
「いや~、でもほら! これなら、メイド喫茶の提案通りそうだし!」
「お前、俺達の女装メイド喫茶なんて需要あるワケねーだろうが」
「そうかな? 私は興味あるよ!」
「知らねーよ!」
「まあまあ! これで、百瀬川さんのメイド姿が見れるなら安いもんでしょ!」
「安くはねーよ!」
などと上原は私に文句を言ってくるが、その口調は本気で批難しているワケではなく。恐らくだが、彼も他の男子達もこれで話が纏まるなら良いか……と、思い。私に直接不満を言うくらいで、提案に異議を申し立てるつもりは無いようだった。
尚且つ、口では乗り気でない様子でも。文化祭なのもあり、面白半分でやってみたい気持ちもあるようにもみえる。
「じゃあ、我がクラスでは。女子メイド達と、男子メイドと百瀬川さんによる二部制メイド喫茶ということで良いかな?」
委員長の声に、今度は誰も反対意見を出す人物は居らず。赤いチョークで丸印を付けていた『メイド喫茶』という項目の頭に、『二部制』と付け足され。私達、一年一組の文化祭での出し物が決定したのだった。




