第ニ章Ⅰ
百瀬川さんとキスを交わしてから、私が彼女の家に行くことは無くなった。
そして、中学校に入学すると。私と百瀬川さんは別のクラスになったのも手伝い、偶に顔を合わせるくらいで話すことも無くなっていった。
最初は……百瀬川さんは、私に何か言いたげな視線を何度か向けていたのだが。私はそれに、気が付いていないフリをしていたのだ。そしてそれが何度も折り重なり、私達は自然と疎遠になっていた。
「――よぉ」
百瀬川さんのことを考えながら、自宅の玄関を出ると。一人の男子が私へと気だるげに声を掛けてくる。
「あっ、七斗おはよ!」
彼は、隣の家に住んでいる大葉七斗。私とは所謂、幼馴染という関係性だ。
「何ボーっとしてんだよ。まだ寝惚けてんのか?」
「眠いは眠いけど、別に寝惚けてるワケじゃないし」
長い付き合いで腐れ縁な為、七斗とは双子の男兄弟みたいな感じである。
兄が二人に、同い年の気兼ねの要らない男の幼馴染が一人。こんな環境下にいたら、そりゃあ男っぽくなるよな……私。
「あっ、そういえば。七斗、あんた昔。百瀬川さんのこと好きだったよね?」
学校へ向かう為、最寄り駅へ七斗と共に歩き始めながら。私はふと、思い出したことを口走る。
「はあ? 何言ってんだお前。やっぱ、まだ寝惚けてんだろ」
「おい、誤魔化してんじゃねーぞ。昔、小学生の時。あんた、良く百瀬川さんのこと『きいちごー!』って揶揄ってたでしょーが!」
気になる女子に、小学生男子がイタズラなどのちょっかいを掛けて気を引こうとするなんて良くある話だ。それが百瀬川さんのような美少女ならば、そりゃあ男子は皆ちょっかい掛けたくなっても仕方が無い。
「……忘れた」
「ほー、へー、ふ~ん」
長年、七斗とつるんでいた私の勘が。それは虚偽であることを直感させる。
「その反応、クソうぜェぞ」
「うっせーよ」
七斗が相手だと、私は普段より数段男子っぽさが増してしまう。
「あんたが嘘つくのが悪いんじゃん」
「嘘じゃねーし」
「まあ、そーいう事にしといてやるよ」
「つーか……何で、急に百瀬川の話しなんか出すんだよ」
七斗の切り替えしに、私は心臓をドキリと跳ねさせる。
「えっ……いや、別に……その……」
「お前、アイツと今はもう仲良くねーじゃん」
「それは、その……昨日、たまたま久々にちょっと話して……」
流石にその時、「恋人になれないの?」なんて聞かれたとは言えないな……自分でも、百瀬川さんが言っている意味を理解出来てないし……。
「てか、“今はもう仲良くない”って。やっぱ、覚えてんじゃねーか!」
私は少しの誤魔化しも含めて、七斗へとそう噛み付いた。
しかし、七斗は私の言葉に。どこ吹く風と聞き流し、気にも止めないのであった。
***
七斗と登校した私は、お互いに部活の朝練へと向かう。
毎朝のルーティンを熟し、制服に着替えて――ちなみに私はスカートだけでは恥ずかしいので、ジャージのズボンをその下に穿きっぱなしにしている――自分のクラスの教室へと入る。
仲の良いクラスメイト達と挨拶を交わしながら、視界の端に。百瀬川さんの姿を捉える。
彼女は今、美しい双眸で読書をしている真っ最中であった。
その姿はとても絵になり、ただ姿勢正しく真剣な眼差しを本に向けているだけだというのに思わず魅入ってしまう。
百瀬川さんとは中学時代、運が良いのか悪いのか一度も同じクラスにならなかったのだが。高校一年で、三年振りに再び彼女とクラスメイトになった。
とはいえ……やはり、気軽に声を掛けられるわけもなく。話しをしたのは、昨日が本当に久しぶりである。
そんなことを考えていると、百瀬川さんがふと顔を上げ。私へと視線を向けてきた……気がした。
何となく、私は慌てて目線を逸らしてしまう。
罪悪感と疑問を胸に渦巻かせながら、予鈴の音に私は自分の席へと着き。心の中だけで、安堵の溜息を吐くのであった。




