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最終章Ⅴ

無事に化学準備室へノートを届けた私は、急いで教室へと戻ろうとしていた。

早くしないと、また百瀬川に声を掛けるタイミングを逃してしまう……!!


「――そんなに慌てて廊下を走ったら、危ないよ」


すると、私に優し気な声で注意が掛かる。


「副委員長……」

「やっほー、合田さん。さっき振り」

「ああ……さっきまで、一緒の教室に居たもんね……」

「そんなに慌ててどうしたの? もしかして、私にバレンタインのチョコをお届けに?」

「えっ!? いや……」


お届けしたいのは、副委員長じゃなくて……。


「ごっ、ごめん……本日はチョコの持ち合わせが無くて……明日か明後日のお渡しでも良いかな?」

「えっ、ホント? 合田さんのチョコ、すっごく嬉しい」

「と、いう訳で……私は――」

「なら、先払いで。合田さんに“お返し”をさせて貰えるかしら?」


突然の副委員長の申し出に、私は慌てて。


「いっ、良いよ!! そんなの別に!!」


と、遠慮を示すが。


「まあまあ、そう言わずに」


そう副委員長に腕を引っ張られて、押し切られてしまう。

早く百瀬川さんにチョコ渡したいのに……そう思いながら、副委員長に連行されて来たのは。化学準備室からそう遠くない位置にある、美術室であった。


「副委員長、コレはどういう……」

「合田さんに、特別に見せたい物があって」


戸惑う私に構わず、副委員長はイーゼルの上に布が被せられたキャンバスを一枚乗せる。

どういう意味なのか全く分からず、困惑していると。副委員長は、キャンバスに掛けられた布を取り去った。


「!」


真っ白だった亜麻の帆布はんぷには、既に絵が描かれており。それは、私に衝撃と驚愕を与えた。


「これ……」

「百瀬川さんが描いた絵。まだ、完成してないらしいんだけど」


そう副委員長が言うが、その絵は素人の私の目から見てもかなり描き込まれており。このままでも充分、作品として申し分のない輝きを放っていた。


「入部した頃から、真剣な顔と難しそうな顔を交互にさせて。ずーっと描き続けてるの」


そう言われて、私の胸に。じんわりと嬉しい気持ちが込み上げてくる。

百瀬川さんのキャンバス――そこには、部活をする私の姿が描かれていたのだ。

ソフトボールをピッチングする姿を、静止画の中で躍動的に表現し。空の色、土の色。私の肌や、部活着の色には幾重にも絵の具が重ねられているのが分かり。それが、複雑ながらも目を惹く彩りを醸し出していた。


「……てか、これ。勝手に私に見せても大丈夫なの?」


ふと我に返り、私は副委員長に訊ねる。


「多分、ダメ。きっと、凄く怒られる」

「だよね……」

「でも、絵は。他人に見せなければ価値を得られないから」


確かに……どんなに素晴らしい絵を描いても――。


「人の目に触れられなければ、それは最初から無かったのと同じになってしまう。何かそれって、ちょっと……“気持ち”や“想い”と似てるよね」


小さく微笑んだ副委員長の言葉は、きっと私へ助言をしてくれているんだろう……と、なんとなくそう感じてしまった。


「副委員長って……百瀬川さんと仲良かったんだね」

「仲が良いと断定して良いかは、良く分からないわ。クラスも部活も一緒で、何となくお互い楽だから一緒に居るって感じだし」

「それ、友達で良いと思うよ」


私が笑いながら言うと、副委員長は「そう?」と。きょとんと返す。


「なら――友達として、あの悩める乙女のこと。お願いしようかしら」


副委員長はそう、優しい眼差しで告げた。


「多分。あの子、教室で待ってると思うから。合田さんのこと」


続けられた言葉に私は。


「……ありがとうっ!」


そう言って、美術室を飛び出して行くのであった。

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