最終章Ⅳ
よし! 放課後こそは、絶対に百瀬川さんに声を掛けるぞ!! ……と、三度目の決意を固めた私であったが。
「オイ、千子。お前、何やってんだ?」
「見たら分かるだろ。提出された化学のノート、化学準備室に運んでんだよ」
なんで、今日に限って教科係の仕事押し付けられるんだよ!!
廊下で出くわした七斗に、私は恨みがましい視線を送った。
「俺を睨んだって仕方ねーだろ?」
「鬱憤は少し晴れる」
「人を八つ当たりの道具にすんな」
呆れた様子で言ってから。
「手伝ってやろーか?」
七斗はそう私に訊ねた。
「良いよ。アンタ、これから部活でしょ?」
「いや、それはお前もだろ?」
「私は同じクラスの子に、遅れるって伝言お願いしてあるから」
さっと運んできちゃうわ~、と言って。私はその場を後にした。
* * *
七斗が合田の背中を黙って見送っていると。
「七斗、どうしたんだ? んな所に突っ立って?」
と、上原が声を掛けてくる。
「いや、別に」
素っ気なくそう返すが、上原は合田の背中を目ざとく見つけて。
「なんだ~? 合田にチョコでも貰ってたのか?」
「貰ってねーよ」
「なんで? 今日、バレンタインじゃん。幼馴染特典で、友チョコくらい貰うだろ?」
「……今年は、多分。貰っても明日だな」
ここ最近、合田は何か悩んでいる様子であった。
七斗はそれが、恐らく百瀬川関連のことであるのには気が付いていたが。その一端を担っている可能性のある自分が、何と声を掛けたら良いのか……否、本当は。合田の口から、百瀬川の相談をされるのが怖かったのだ。
それで、七斗はずっと。合田の苦心に気が付きながら、彼女に寄り添うことが出来なかった。
「七斗はさ。いつになったら、合田に告んの?」
「……上原まで、和八みたいなこと言うんじゃねーよ」
「あっ、和八? 最近、メッチャ連絡取り合ってるぞ」
「そうか。ご愁傷様」
「んな冷たいこと言うなよ! 俺、アイツ結構好きだぜ」
明るく言う上原であったが、七斗は和八の善さを二割。悪さを八割熟知しているため、何も言えずに難しい表情をする。
「けどさ、実際。合田も文化祭以来、結構男子人気上がってきてるからヤバいぜ? 女子っぽくなくてメチャクチャ話しやすい上に、お菓子作りメッチャ上手くて女子力高い! ってさ」
「大して親しくもねー奴からモテたって、千子は靡きゃしねーよ」
「おっ、幼馴染は強気だな!」
「そうじゃねーよ……」
幼い頃からずっと、一番近くにいる男に全く靡いてくれないのだ。そんなの、分かり切った簡単な事であった。
「それに、アイツは変に真面目だから。告られても、簡単にお試しで付き合ったり出来ねーしな」
「へぇー。まあ、合田らしい気もするけどな。てか、そういう何でもかんでも恋愛に結び付けない所が。女子でも気軽に話せて、俺は好きだわ! ああ、勿論。ダチとしてだけど」
「わざわざ言わんでも分かってるっつーの」
溜め息交じりに、七斗は上原へとそう返す。
「けどさ、合田だってそれでも女子じゃん? その内、好きな奴出来て付き合ったりって可能性も無くはねーわけだからさ。そん時、七斗はそれで良いのかよ?」
「良かねーけど……」
けど……と、七斗は続けて。
「今すぐじゃなくても良いってのが、正直なところかな……」
そう告げた。
「何だそりゃ?」
「まぁ、その……なんつーか……」
上原の質問に、七斗は視線を少し落としながら。
「まだ……結婚出来る年って、ワケじゃねーから……今すぐに、アイツとどうこうならなくても良いっつーか……」
顔を赤くして、少し小さめな声で言われた台詞に。
「ブッ……ハッハッハッ!!」
と、上原は声を上げて笑い出した。
時は放課後、帰宅する生徒や部活に向かう生徒が廊下を行き交っていた。そんな中、上原の声が響き渡り、彼等は驚いて上原と七斗の方を振り返る。
「なっ……テメッ、笑ってんじゃねーよ!! つか、声デケェ!!」
「いやっ……だって!! お前、俺達高校生なのに……それは、重すぎだろ!!」
上原は収まらない笑いを堪えることなく、そう言った。
「うっせーな!! つーか、そういうお前はどうなんだよ!?」
「はっ?」
「高石と」
七斗の問いに、上原は「あー……」と言いながら。目尻に浮かんでいた笑い涙を拭った。
「別に。特に何も」
「チョコ貰ってねーの?」
「いや、さっき貰った。『友チョコの余りだからっっっ!!』って」
「……」
七斗は心の中で、「ホント、難儀な奴だな……高石って」と思う。
「上原は高石のこと、どう思ってんの?」
「んー……良く分かんねー」
「お前な……」
「良く分かんねーけど、俺。アイツのこと嫌いじゃねーからさ――」
上原は嬉しそうな笑みを浮かべて。
「ホワイトデーのお返しと一緒に、のんびり考えるわ!」
そう、言葉を続けるのだった。




