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最終章Ⅲ

よし! 今日は、絶対。百瀬川さんに声を掛けるぞ!

私は決意を胸に、学校へと登校。まずは朝、百瀬川さんに挨拶をしようと意気込むが……私より早くに教室に居た百瀬川さんは、一心不乱に読書に没頭しており。わざわざ挨拶をする為に声を掛けるのは、かなり躊躇われてしまった。


(あっ、朝は忙しそうだったし……ひっ、昼休み! 昼休みに、この間。銭谷さんがしてくれてみたいに、お昼ご飯に誘おう!)


気を取り直して、新たに決意を固め。私はそわそわとした気持ちで午前の授業を過ごす。

そして、いざ。昼休みになった瞬間。


(よし、行くぞ……あっ、でも待って!! 脈拍がヤバい!! 一旦、ちょっと落ち着いてから……)


と、深呼吸をする。

何度か息を吸い込んでは、吐き出して。ようやく、気持ちが少し落ち着いた頃。百瀬川さんへと声を掛けようと、彼女が居る席を振り返るが……。


「アレ?」


既に、百瀬川さんの姿はどこにも無かった。


「合田さん、どうしたの?」


百瀬川さんを探して、教室内をきょろきょろとしていると。クラスメイトの女子が、私へと声を掛ける。


「あっ、えっと……百瀬川さん、どこかな~って思って」

「百瀬川さん?」

「うん。席に居なくって……どこに行ったとか……」

「う~ん……ごめん、分かんないや」


だよね……私は本日、早速二回の決意をふいにしてしまい。肩を落として、溜息を溢すのであった。


  * * *


肩を落として、溜息を溢す合田の様子に。近くの席で、三人の女子と昼食を取る高石が視線を向けていた。しかし、彼女は特に合田に声を掛けず。内輪の話が盛り上がった際には、共に食事をする友人達へと顔を戻すのだった。

その頃、百瀬川はというと。副委員長と美術室に居た。


「なーんで、今日は美術室でお昼?」


副委員長は、三段の重箱を広げながら。菓子パンを二種類傍らに置き、向かいでお弁当を食べる百瀬川へと訊ねる。


「……何となく」

「今日、合田さん。百瀬川さんのこと、しょっちゅ見てたのに」


副委員長の言葉に、百瀬川の挙動はピクリと止まった。


「声、掛けようとしてたんじゃない?」


百瀬川は咀嚼していたおかずをしっかりと噛み砕いてから、ごくんと飲み込み。


「……声掛けて貰っても、何て返したら良いか分からない」


と、か細い声で返す。


「まだ声掛けて貰ってないのに?」

「心の準備が全然出来ない」

「そっか」


冷静に相槌を打ってから、副委員長はお茶を啜った。


「……こういう時、普通なんかアドバイスしてくれたりするものじゃないの?」

「アドバイス欲しいんだ」


少し微笑みを浮かべながら返された言葉に、百瀬川は「うっ……」とたじろぐ。


「悪いけど。そういうアドバイスが出来る程、私は経験豊富じゃないから」


副委員長はそっと、お茶の入った容器を机に置き。


「そういうのは私じゃなくて、恋愛経験豊富な人か……同じような境遇の人に求めた方が良いと思う」


そう諭すのであった。

しかし、百瀬川にそんな知人も友人もいるはず無く。


(……そんな人いたら、真っ先に相談してるよ)


と、昼食を食べ終わった後。沈んだ気持ちで図書室にて、時間を潰していた。

先の事情で、百瀬川はすぐに教室へと戻る気分になれなかったのだ。


「――ねぇ」


すると、小さな声が自身へと掛けられる。

振り返ると、そこには同じクラスの高石が立っていた。


「ちょっと……顔、貸してよ」


そう告げられて、百瀬川は少し逡巡するが。まあ、特に今やる事もないし……という適当な思いで、彼女に同行する事にした。

やって来たのは、人通りの殆ど無い廊下の踊り場であった。


「最近、合田さんと何かあった?」


到着した瞬間、高石は百瀬川にそう訊ねる。

訊ねられた質問に、百瀬川は目を丸くして表情だけで驚いた。


「なんで……?」

「さっき、合田さん。貴女のこと、探してたから」


やっぱり、今日。私に声を掛けようとしてたんだ……高石の告げた言葉に、百瀬川の胸がキュッと締め付けられる。


「なんで最近、合田さんのこと避けてるの?」

「……なんで、高石さんがそんなこと聞くの?」


質問を質問で返し、高石と百瀬川の間には。少々不穏な空気が流れ出す。


「……百瀬川さん、言ったでしょ」


ムッとした様子を見せていた高石だったが、気を取り直し。冷静な声音で。


「私に、“頑張って”って……」


そう言った。百瀬川は最初、何のことを言われているのか分からなかったが。


「だから、というか……アイツをクリスマスにアクアリウム誘えたの、その事があったからというか……一番、背中押されたというか……」


この台詞で、上原に対する想いのことだと理解した。


「私が貴女達のこと心配しちゃいけないのっっっ!?」


自分の気持ちを上手く言葉に纏められず、高石は半ばヤケっぱちな様子でそう声を荒げる。

そんな彼女の様子に、百瀬川は呆気に取られて言葉を失った。


「なっ、なんか言いなさいよ!!」


恥ずかしさのあまり、高石は顔を真っ赤にしながら叫ぶ。


「……いや、なんか」


いまだに呆然としながら、百瀬川は声を出す。

正直、彼女は高石の事が少し苦手であった。クラスの中心に立ち、いつも華やかな注目を受け。高圧的な物言いは、どこか百瀬川の叔母を想起させていたからだ。

けれど、文化祭の時。過ちを認め、自身にきちんと謝罪をしてくれ。そして、今は。親しい間柄な訳でも無い百瀬川と合田の事を心配し、恥しがりながらもこうして声を掛けてくれている。


「その、ありがとう……」


高石と叔母は、全然違う人間なのだ。

そんな単純で簡単なことを、百瀬川は彼女から温かい優しさと共に。今、教えられたのだった。


「……合田さんとの距離の取り方が分からなくなった?」


それから、百瀬川は副委員長に話したのと同じ内容を。高石へと話した。


「私は千子ちゃんが大事で、千子ちゃんを大切にしたいけど……私の“好き”が、一番千子ちゃんを苦しめるんじゃないかな……って」


百瀬川の言葉に、高石は「ふ~ん……」と言ってから。


「てかさ、百瀬川さんって。何でそんなに合田さんのこと、好きなの?」


と、直球ストレートな質問を投げつける。

百瀬川は、声こそ出さないが。表情で驚きをあらわにした。


「やっぱアレ? 合田さん、背が高くてカッコイイ系女子だから――」

「千子ちゃんは確かにとってもカッコイイけど、それだけじゃなくて女の子としてもとってもとっても可愛いから!!」


勢い良く高石に言い放つ百瀬川。

普段、見せることのない彼女の迫力に。高石は一瞬フリーズし。


「そっ……そう……」


暫くしてから、そう声を絞り出した。


「文化祭の時だって、本当は千子ちゃんにメイド服着て欲しかったのに……」

「待って! 貴女、それが目的でクラスの出し物メイド喫茶提案したの!?」

「高石さんや他の女子達が、執事服推すから!!」

「いや……でも、合田さん。執事服似合ってたでしょ?」

「すっごく良かった!!!!」

「……なら良いじゃない」

「そうね。ちゃんと、その後。千子ちゃんのメイドさんは私一人で堪能出来たし……」

「ちょっ、なっ……何があったのよ!?」


百瀬川の発言に、驚愕する高石であったが。これ以上、深掘りする勇気は出なかった。


「ってか……そんな事までしてて、何今更『距離感が分からない』とか。生温いこと言ってんのよ……」

「いや……それと、これとは……」

「全然別になってない!」


高石の言い分はもっともで、百瀬川は気まずげな表情で押し黙る。


「もう分かりやすいアプローチしまくってて、今さら怖気づいてんじゃないわよ! そんなの、合田さんに対しても失礼でしょ!?」


大切な人の名前を上げられた瞬間、百瀬川は目を見開いた。


「人には頑張ってって言っといて、百瀬川さんは試合放棄なんて。絶対許さないから!」


そんな彼女に高石は、強い口調でそう言い放つ。


「……うん。ありがとう、高石さん」

「べっ、別に……!! 貴女がウジウジしてるのが、イラついただけなんだからねっ!!」

「いや、さっき心配してるって言ってたでしょ……」


百瀬川が冷静に返すと、高石は再び顔を真っ赤にして声を荒げた。


「うっ、うるさい! もう、分かったなら。後で、合田さんに声掛けてあげなさいよ! 多分、百瀬川さんに今日渡したい物があると思うから!」

「今日? 渡したい物?」


高石の言葉の意味が分からず、百瀬川は首を傾げる。


「えっ、もしかして……今日、何の日か分かってないの?」


そんな百瀬川の様子に、高石は信じられない……という様子で言い。


「今日……今日は、えっと……」


本日の学校での予定、自身の誕生日、記念日。色々と脳内で検索をしてから。


「あっ……!」


百瀬川は、高石の言葉の意味に気が付くのであった。

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