最終章Ⅱ
銭谷さんと話したことで、私の気持ちは少し晴れ。今までとは違った視点から、私は百瀬川さんのことを考え始める。
とは言っても……新学期が開始してから大分、時間も経ってしまい。百瀬川さんと久しく言葉を交わしていない。
(今更、私から普通に接するのは図々しいかな……)
帰宅後、自室にて。ベッドに転がり、一人そう思い悩む。
百瀬川さんも、学校ではあまり私に積極的に話しかけてくれないし……まさか、話聞いちゃったのバレてる?
いや、あの後。驚いて、すぐに帰っちゃったからそんなはずは……。
(あっ、そういえば……)
色々と纏まらない事を考えていると、不意に。私はあることを思い出す。
そこで、一つだけ。真っ直ぐに、迷い無く。ある選択を決めるのであった。
* * *
「――百瀬川さん」
ある日の放課後、百瀬川は美術室にて。上の空であった意識を、自身の名を呼ぶ声に引き戻される。
「あっ……副委員長」
「手、止まってる。お腹空いたの?」
「……いや、副委員長じゃないんだから」
苦笑いを浮かべながら、百瀬川は隣でキャンバスを広げる副委員長に返す。
「じゃあ、合田さんの事だ」
「うわぁー……直球ストレート」
「隠してもないのに、良く言うね」
副委員長の言葉に、百瀬川は「えっ、バレバレだった?」と言い。副委員長は「うん、バレバレのスケスケ」と返答。
「……私はさ。千子ちゃんしか見えてなくて、自分の気持ちで手一杯で。千子ちゃんの気持ちとか、全然考えてなかったのかな……って」
そう吐き出した百瀬川に、副委員長は冷静な眼差しを向け。少し沈黙を置いてから。
「誰かに何か言われた?」
と、訊ねる。
「うん……まあ、その……ちょっと、ね」
それは、クリスマス。七斗と口論になってしまった時のこと――。
「千子ちゃんが、好き」
自分の想いをはっきりと七斗へ宣言した後のことであった。
「……お前がさ、千子のことを好きでも。別に構わねーよ」
百瀬川と七斗が気が付かぬうちに合田がやって来て、気付かれぬうちに去ってから。七斗が静かに言葉を紡いだ。
「百瀬川の気持ちを、俺がとやかく言う資格なんてねーし……」
けどな……と、七斗は続けて。
「千子の気持ち、考えたことあんのか?」
鋭い声で、そう告げた。
「千子ちゃんの、気持ち……?」
「百瀬川の言う通り、千子が俺の事。幼馴染以上に思ってねーのなんか、ずっと知ってる。だから俺は、今のままでいたいんだよ」
合田が、自身を家族のような存在としてしか見ていないことなど。もう、長い事。痛い程に知っていた。けれど、それを全部呑み込んだ上で。彼は彼女の傍に居続けているのだ。
「俺が千子に告っても、アイツ。そんな事、予想もしてねーだろうから。戸惑ってワケ分かんなくさせて困らせるだけだ。そんで、アイツと一緒に居られなくなるくらいなら……」
ずっと、恋人未満の関係で構わない。
それが、七斗の選択していたことであった。
「百瀬川が告っても、それって同じだと思うんだけど?」
百瀬川は、何も言わなかった。いや、言えなかった。
それは簡単に想像がつく事のはずなのに、考えないようにしていた事であったから。
「友達だと思ってた相手から、いきなり『好きだ』って言われても。正直、困らせるだけだろ」
異性の七斗が想いを伝えても戸惑わせてしまうであろうことに、同性である百瀬川が伝えたところで。彼女を苦しめてしまうかもしれない……その事を、百瀬川は七斗に突き付けられて初めて実感した。
「まあ……どうすんのか、どうしたいのかは百瀬川の自由だけどさ」
言いながら、七斗は百瀬川へと背中を向け。
「千子のこと傷つけるような真似したら、俺……ゼッテー許さねーから」
表情を見せぬまま、強い意思を感じる声を放つのだった。
(ってか、そんなの……私だって、絶対自分で自分のこと許さないし!!)
七斗との諍いを思い起こした百瀬川は、そう心の中で思いながら一人憤慨する。
「どうしたの? 眉間、凄い皺」
不思議そうに自身の顔を覗き込んで来た副委員長に、百瀬川は。
「ううん、何でもない」
と、眉間を指で擦りながら返した。
(でも、私……前科あるんだよな……)
小学生の頃、合田への想いが抑えられず。唇を奪ってしまった幼い時分。あの日から、合田との距離がギクシャクしてしまったのだ。
それから、去年。女子トイレにて……。
“今の貴女とじゃ……恋人に、なれないの?”
と、告白してしまっている。
(うぅ~……千子ちゃん目の前にすると、自分でも制御効かなくなっちゃうんだよな~)
合田の顔を見ると嬉しくなって、話しをしたら心が浮き立ち。少しでも触れることが出来たなら……この上ない幸福感に満たされてしまう。
(……もう、アイツの所為で!!)
けれど七斗に言われた事を皮切りに、合田とどう接したら良いのか分からなくなってしまい。百瀬川は心の中だけで、七斗への怒りを沸々と湧き上がらせるのであった。




