最終章Ⅰ
クリスマスからあっという間に時は経ち。私は慌ただしく年末を迎え、新年をコタツでごろごろと過ごしている内に。冬休みは終わりを迎え、新学期が始まってしまった。
“千子ちゃんが、好き”
その間、私はずっと。毎日、毎時間。百瀬川さんの事を考えていた。百瀬川さんが言った、あの言葉のことを……。
けれど、今だに。どうしたら良いのか……という答えを見つけられずにいたのだ。
それは新学期が始まってからもずっと変わらず、百瀬川さんの顔を見ると。あの時、勝手に聞いてしまった言葉が脳裏に過り。上手く話せなくなってしまっていた。
折角、クリスマス両日を一緒に過ごして。また、仲良くなれたと思ったのに……。
「――あっいーだちゃーん!」
憂鬱な気持ちで、全く頭に入っていなかった午前の授業を終えた私に。銭谷さんが陽気に声を掛けてくる。
「銭谷さん? どうしたの?」
「あんなあんな! 今日、天気良いし。一緒に屋上でお弁当、食べへん?」
それは、初めての予想外のお誘いであった。
けれどまあ、断る理由も特に無いか……と思い。私は普段、一緒に昼食を食べる友人に断ってから。銭谷さんと屋上へ上がる。
「合田ちゃん、百瀬川さんと何かあった?」
そして、屋上でお弁当を広げた瞬間に訊ねられた質問に。
「へっ!?」
私は思わず、変な声を出してしまった。
「なっ、何でっ!?」
慌ててそう返すと、銭谷さんは紙パックのジュースをちゅーっと吸ってから。
「ん~、まぁ。普通に、二人の様子が休み明けからぎこちないな~って。見てて分かるから?」
と、何てことない表情で言う。
「いや……別に、何かあったってワケでは――」
「百瀬川さんに告られたん?」
言葉を濁しながら、誤魔化すように飲み始めたお茶を。私は盛大に噴き出した。
「なっ、な……なっ!?」
もう思考と語彙力が追い付かず、ただただ驚愕の表情を銭谷さんへ向けると。
「まあ、こういうのは。第三者が口出すことやないから、何も言わないでおこう~って思っとったんやけど。百瀬川さんの合田ちゃんへの態度、あからさま過ぎてバレバレやもん~」
そう、苦笑しながら告げた。
「……銭谷さん、気が付いてたんだ」
「私以外にも、何人か気づいてると思うよ」
「うっ……」
「アッハッハッハ! まあまあ、合田ちゃんの気持ちやないんやし!」
いや、それでもなんか恥ずかしいって……。
「不躾だし、デリカシー無いな~って。自分でも思うけどさ……良かったら、私で良ければやけど。話し聞くで?」
銭谷さんは、普段携えている笑みを少し引っ込めて。
「合田ちゃん、最近。悩んでるんでしょ?」
と、優しい言葉を送ってくれた。
彼女はただ、私を心配して声を掛けてくれたのだ。銭谷さんとは、まだ。仲良くなってそんなに日が経っていないのに、最近ずっと上の空だった私の事を気に掛けてくれた……そう気が付いたら、私の胸に。じんわりと嬉しい気持ちが広がっていく。
文化祭の時もそうであったが、銭谷さんはマイペースな風を装いながらも周囲を凄く良く見ているなぁ。相変わらず、関西弁と標準語が混ざっているのが凄く気になるが。
「……本当に、何かあったってワケじゃ無いんだ。だから、告白もされてはなくって」
ただ、私が勝手に盗み聞きしてしまった事に。勝手に一人で悩んでるだけで……。
「百瀬川さんの気持ちは、私も気が付いてて……それで、自分の中で。どうしたら良いのか……とか、色々考えてるんだけど……」
銭谷さんには申し訳ないと思いつつ、百瀬川さんが私の居ない所で「好き」と言っていた事実は伏せて。私はそう吐露した。
「成程なぁ~……でも、告られてないなら。今すぐ答えを出さんでも良いんじゃない?」
「まあ、そうだけど……でも、気持ちの覚悟が欲しいっていうか……」
「けど、答えは出てへんのやろ? 合田ちゃんの中で」
「うっ……」
まあ、そうだけど……。
「けど……百瀬川さんの気持ちは多分、真剣だと思うから……私も、真剣に向き合って応えたいっていうか……」
否応、どちらにしろ。百瀬川さんの想いを蔑ろにするような答えを、彼女に向けたくなど無いのだ。
「合田ちゃん。もう、充分真剣に向き合ってると思うで」
すると、銭谷さんは。何気ない様子でそう告げた。
私は驚きながら、無言で彼女の顔を見上げる。
「そんな難しそうな顔で、毎日毎日悩んでるんでしょ?」
「まぁ……そう、だけど……」
でも……。
「でも……ずっと悩んでる癖に、全然。答えが出せなくて……」
「別に、“答えが出ない”って答えを出したってええんちゃう?」
銭谷さんは、再び私のことを驚かせた。
「えっ……でも……」
「別に、白黒はっきりさせるだけが答えやないやん! 世の中には、グレーもあるし。白にも黒にも、仰山種類があるんやで!」
いや、確かにそうかもだけど……。
「けど、それじゃあ……百瀬川さんに悪いし……」
「合田ちゃん」
いつもよりはっきりと、銭谷さんは私の名を呼んだ。
「合田ちゃん、さっきからずーっと。百瀬川さんの事ばっか気にしてるけど、合田ちゃんの気持ちはどうなの?」
えっ……私の、気持ち?
「一番大事なのは、自分の気持ちだよ。“百瀬川さんの為にどうしたいか”じゃなくて。合田ちゃんが、百瀬川さんとどうなりたい?」
私が、百瀬川さんと……。
「合田ちゃんはさ、他人に気を遣い過ぎなんだよ。文化祭の時も、女子達に気ィ遣って一人だけ執事の衣装引き受けちゃうし」
「えっ、いや。別に、アレは……私、メイド服似合わないから全然良かったし……てか、それ。銭谷さんには言われたくないし!」
成功を収めた文化祭で、一人泥を被ったのは誰だったと?
「私は、こう見えて好き勝手しとるで? 自分のやりたい事は我慢しないし」
そっ、そうなんだ……。
「合田ちゃんも、もっと我儘になってええんちゃう? 欲しいものとか、やりたい事とか。他人の事なんて気にせんで、自分がやりたいことやって――」
それから、銭谷さんは満面の笑顔を私へと向けて。
「後で、いっぱい恥ずかしがって後悔したらええやん! 私で良かったら、愚痴も懺悔も付き合うからさ!」
そう、明るく言ってくれたのであった。




