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第四章Ⅳ

「じゃあ、俺はそろそろ帰るわ」


ケーキを食べ終えた私達は、その後。トランプで色々なゲームをして遊んでいた。

そして、大分時間が経過した頃。七斗が時計を見て立ち上がったのだ。


「あっ、私もそろそろ……」


七斗につられるように、百瀬川さんも時計を見てから立ち上がる。


「あっ、じゃあ私。駅まで送って行くよ」


外は大分暗くなってるし、百瀬川さん一人じゃ危ないからね。


「いいや、千子! ここは、男の俺が百瀬川さんを送って行く」


しかし、私の申し出をはじめ兄ちゃんが遮った。


「……いや、一兄ちゃんに送らせる方が心配度が増すから却下で」

「却下!? 千子! それが兄に対しての物言いか!?」


いや……まあ、一兄ちゃんだし。


「千子だけだと、帰りが一人になっちゃうし。俺と千子で送りに行こうか?」


みつる兄ちゃんが紳士然りと――こういう所が、彼女居る所以ゆえんなんだろうな――提案するが。


「良いっスよ。俺が送って行きます」


もう一人の男子。七斗が、まさかの挙手をしたのだ。


「えっ、けど……七斗の家、隣じゃん?」

「男の俺が一人でほっつき歩いてたって問題ねーだろ? 兄貴達と千子は、後片付けとこの後の準備があんだし。俺が百瀬川送ってくから、そっちに集中しろ」


いや、けど……でも、一兄ちゃんとは違う意味で二人にするのが心配というか……。


「ありがとう、大葉君。じゃあ、申し訳ないんだけど。お言葉に甘えて、お願いしようかしら?」


笑顔で七斗の提案を承諾した百瀬川さんに、私は「えっ!?」と驚愕の声を漏らしてしまう。

だっ、大丈夫なのだろうか……いや、大丈夫では絶対無いような気がする……。

私は困惑と共に、どんどんと膨らんで行く不安を。胸の中で、グルグルと一人渦巻かせるのだった。


  * * *


合田家を後にした百瀬川と七斗は、何も言葉を交わすこと無く。ただ、一定の距離を保ちながら。最寄り駅への道を歩いていた。

当初、合田は二人の様子を心配して。自分も付いて行く、と言っていたのだが。二人に何だかんだと言い包められて、渋々ながらも送り出したのである。


「――それで、話しは何かしら?」


すると、百瀬川が貼り付けたような笑みを七斗に浮かべながら口火を切る。


「大葉君が私を送ってくれるなんて、何か私に言いたい事。しかも、千子ちゃんに聞かれたくないような話しでもしたいのかな……って思ったんだけど」


百瀬川の言葉に、七斗は少し前方を歩いていた足を止め。彼女を振り返った。


「お前さ……千子の事、好きなの?」


そして、訊ねられた質問に。百瀬川は一瞬、眉を寄せる。


「そっちこそ……千子ちゃんの事、どう思ってるの?」


しかし尚も笑みを浮かべながら、百瀬川は鋭い声で返す。


「俺は……」


七斗は言い掛けて、けれど百瀬川の質問に。言葉を紡ぐことは出来なかった。

苦い表情で黙り込む七斗に、百瀬川は溜め息を溢し。


「大葉君は、いつまでもそのままなのね……」


と、呆れた声を出した。


「小学校の頃から、ずっと千子ちゃんしか見てないクセに」


百瀬川の声と台詞は普段、合田に見せている姿とはかなり掛け離れたとても冷淡なものであった。


「私が千子ちゃんと一緒に居る時間が増えたら、私の事を『きいちご』って揶揄ってたけど。アレは私の気を惹きたかったんじゃなくて、私にちょっかいを出す事で()()()()()()構って欲しかっただけだもんね」


小学生の頃、七斗よりも百瀬川と良く遊ぶようになってしまった合田。彼女の気を惹きたくても、本人にちょっかいを出したところで。いつもの事か……と、軽くあしらわれてしまう。だから、その当時。合田が大切にしていた友人をターゲットにしたのだ。


「私より、ずっと前から千子ちゃんと一緒に居て……中学だって、私よりずっと近くに居て……」


百瀬川は、そんな七斗がずっと羨ましく。そして、同時にとても妬ましく思っていた。


「それでも、今の関係から進展させる気も度胸も無いなら。もう、千子ちゃんのことは諦めたら? 千子ちゃんも、大葉君のこと。幼馴染以上には思ってないみたいだし」


普段から合田以外の他人に興味が無い百瀬川であったが、七斗のことは悪い意味で特別に意識していたのだ。小学生の頃からずっと。


「……お前、本性はそんなに性格悪かったんだな」


七斗の台詞に、百瀬川はムッと表情を動かす。


「……私は別に。良い子でいたいなんて、思った事ない」


優しい父と母、家族のように気さくに接してくれる家政婦の三田村。身近な人間には恵まれていたが、百瀬川を取り巻く環境は。決して、苦労の無いものではなかった。

祖父母達は、自身を可愛がってくれる反面。母親の面影を見つけては落胆した様子を見せるし。母の妹である叔母に至っては、子供相手にも容赦の無い嫌味を誰も見ていない所で陰湿にぶつけてくる。

親戚達も、母と父。百瀬川自身への風当たりは強く、幼い頃はそれらがどういう事なのか理解出来ていなかったが。成長するにつれ、否応なく色んな事を学んでいってしまったのだ。

百瀬川は勘も鋭く、聡明で。その恵まれた才が、不幸にも彼女を子供のままではいさせてくれなかった。百瀬川は、自身を守る為に精神的に早く大人にならざるを得なかったのだ。

他人は勝手な事を言う。だから、誰かの言葉を何も考えずに鵜呑みにしてはいけない。何が正しくて、何が間違っているのかを、自身でしっかりと見極めていかなければならない……そんな事を思っているうちに、百瀬川は他人に心を開かなくなった。

大人を信用出来ない少女が、同年代の子供達に気を許せるはずもなく。彼女は友人を必要としなくなったのだ。けれど――。


「私が優しくして、大事にしたいのは……千子ちゃんだけだから」


合田千子、彼女に出逢った。

彼女は、素直で明るく。自分よりも他人の事ばかり優先してしまう、本当に優しい人だと思った。なにより、百瀬川が言われて一番嬉しい言葉をくれて。彼女が一番見て欲しい部分を見つけてくれたのだ。百瀬川は合田と接する度に、冷たく凍らせた硬い心をどんどんと溶かされていった。


「あなたみたいな意気地なしに、千子ちゃんは絶対に渡さない」


そして、一緒の時を過ごせば過ごす程に。


「私は――」


その想いは友愛を飛び越えて、速度を上げてとても大きく膨らんでしまったのだ。


「千子ちゃんが、好き」


百瀬川自身が、抑えきれない程に。


  * * *


――それは、聞きたかったけど……聞きたくない、言葉であった。


百瀬川さんと七斗に説得されて、自宅に残り。私は兄達と後片付けや、両親との夕飯の準備をしていたのだが。二人のことがどうしても気になってしまい、慌てて後を追いかけてしまった。

道に立ち尽くし、何やら真剣な表情で話をする二人に声を掛けられず。私はそっと静かに、声が聞こえる所まで近づいた。


「千子ちゃんが、好き」


ただ一言。明確に、はっきりと私の耳に聞こえてきた百瀬川さんの声は。一瞬、私の心臓を凍り付かせてから。一気に熱い血流を全身の隅々にまで行き渡らせた。


――百瀬川さんは、私の事が好き……でも、私は?


私は、百瀬川さんのことを……どう思っている?


“わからない”……その言葉だけが、頭の中をグルグルと駆け回り。私の思考回路から、決して出て行こうとしてはくれなかった。

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