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第四章Ⅰ

「はい! もしもし!?」


合田が百瀬川家を後にしてから、百瀬川姫苺は三田村の後片付けを手伝っていた。

それも一段落が着こうという頃、彼女のスマホが電話の着信を知らせる。画面に表示された発信元を見て、百瀬川は慌てて応答ボタンをタッチした。


「千子ちゃん、もうお家着いたの?」


合田から電話を掛けて貰える……しかも、別れてすぐにというのが嬉しく。同時に戸惑って、百瀬川はいつもより上擦った声で話してしまう。


「……そっか、無事に着いて良かった」


合田の返答に、百瀬川は心からそう返す。

すると、その後。合田の口から告げられた言葉に、百瀬川は息を呑んだ。


「いっ……」


気持ちが先に昂って、彼女は最初。上手く言葉を紡げなかったが。


「行きたいっ!」


そう強く言い切った。

そして、少し会話を交わしてから。二人の通話は終了する。


「千子ちゃん、何だって?」


三田村が笑顔で訊ねる。


「あ、明日……千子ちゃんの家でやるクリスマスパーティーに、誘って貰えて……」

「そっか、良かったね!」


百瀬川の少し恥ずかし気な、けれど嬉しそうな言葉に。三田村も嬉しそうな笑みを浮かべながら言う。


「今年のクリスマスは、一人じゃないね。いつも、私もお父さんも居なかったから寂しかったでしょ?」


三田村の問いかけに、しかし百瀬川は穏やかな表情で首を横に振る。


「パパは忙しいのに、毎年イヴの夕飯は絶対一緒にとってくれるし。三田村さんも、家族と過ごしたいのに私達に付き合って貰って……それだけで、全然充分で嬉しいです」


クリスマス当日が一人でも、それを補うに足りる程のものを二人に貰っていたのだ。

これ以上に何かを望むのは、我儘で高慢なことだと百瀬川は思っていた。

けれど――。


「明日も、千子ちゃんと一緒に居られる……」


百瀬川にとって、合田とクリスマスを過ごせるということ。さらには、合田から誘われたことは。この上ない幸せな出来事であった。


「姫苺ちゃん、本当に千子ちゃんのことが大好きなのね」


三田村は、何気なく。ただ見たまま、思ったままを百瀬川へと告げた。


「……はい」


その言葉に肯定する百瀬川。けれど、その声の温度と想いは。とても重く、熱く、強いものであり。それを知るのは、本人である百瀬川ただ一人のみであった。


  * * *


「お、お邪魔しますっ」


翌日のクリスマス。

最寄りの駅まで私が百瀬川さんを迎えに行き、彼女を自宅へと案内して招き入れると。百瀬川さんは、少し緊張した様子でそう挨拶した。


「そんな畏まらなくて大丈夫だよ」


ウチは百瀬川さんの家と違って、平凡な小さい一軒家ですので……。


「――あっ、千子。どこ行……」


すると、先に家に上がっていた七斗が玄関へとやって来る。

私に声を掛けた刹那、七斗は百瀬川さんを見て言葉を途切れさせた。


「百瀬川……」

「こんにちは、大葉君」


二人の視線と声はどこか冷たく、一瞬で重たい空気が周囲を覆い始めたことに私は戸惑う。


(だから、なんで二人はそんなに険悪な感じなの……!?)


疑問を内心で叫びながらも。


「あっ……あのね、七斗。昨日、私が百瀬川さんをウチに来ないって誘って……ほら、クリパは人数多い方が楽しいかな~って!」


取り繕うように、自分でもぎこちなさを覚える笑みを浮かべながら言う。


「ふーん、そう」

「えぇ。千子ちゃんにお呼ばれして、お言葉に甘えさせて貰ったの」


七斗は少し機嫌が悪そうな様子で言い、百瀬川さんは貼り付けたような笑みを浮かべるが。目の奥は全く笑っていなかった。


「あっ、あの――」


どうしようか……と、私が困惑していると。


「おい、お前ら玄関に突っ立って何してんだよ?」


私の上の兄、はじめ兄ちゃんが顔を見せる。


「七斗も千子も、早くリビングに……」


一兄ちゃんの言葉もまた、百瀬川さんを視界に捉えた瞬間に途切れてしまう。しかし、その反応は七斗とは全く逆なものであった。


「やあ、こんにちは! 君が千子のお友達の百瀬川さんだね? いや~、千子から話しは聞いてるよ! あっ、俺は千子の兄の合田一。射手座のA型で、彼女は現在絶賛募集中です! ホラホラ、そんな所に突っ立ってないで入って入って!」


と、だらしない表情を全く隠せない状態で。美人女子高生である百瀬川さんにデレデレとしながら、自宅に上がるよう促す。

……だから彼女出来ないんだよ、一兄ちゃん。

憐みすらも感じる実兄の姿を見て、私は心の中だけで無情なことを呟いた。


「まあ、とにかく。一兄ちゃんの言う通り、上がって上がって! ほら、七斗。そこ退いて!」


しかし、一兄ちゃんのお陰で場の空気は一変し。膠着こうちゃく状態からなんとか脱却することが叶う。

そこはありがとう、一兄ちゃん! 来年のクリスマスは彼女出来ると良いね!

ようやく私と百瀬川さんが靴を脱ぎ、室内へと上がった時、再び玄関の扉が開かれた。


「アレ? 千子、今帰ったのか? そちらは……」


丁度、出掛けていた二番目の兄が帰って来たのだ。


「あっ、おかえりみつる兄ちゃん。こちら、同じクラスの百瀬川さん」


十兄ちゃんに百瀬川さんを紹介してから。


「百瀬川さん、こっちが私の二番目の兄貴の十兄ちゃん」


と、今度は百瀬川さんに十兄ちゃんを紹介するのであった。


「初めまして、百瀬川姫苺です」

「どうも、合田十です。千子がいつもお世話になってます」


十兄ちゃんは一兄ちゃんとは違い、いつも冷静というか大人な言動と対応が出来る人なのだ。

だから彼女が出来たのだろう。


「あっ、チキン取りに行ってくれたんだよね? ありがとう、持つよ」

「私も手伝います!」


私と百瀬川さんが、十兄ちゃんの持つ手下げ袋へと手を伸ばし。品物を受け取る。


「おお、サンキュ」

「千子ちゃん、これは?」

「ウチのクリスマスメニューだよ」


我が合田家での伝統になりつつある、ファストフード店の大容量チキンパックセット。

十兄ちゃんは、クリスマス以前に予約しておいたこの商品を受け取りに行ってくれていたのだ。


「百瀬川さん、早速戦争だから覚悟しててね!」

「えっ、戦争? パーティーじゃなくて?」


私の雑な説明に、首を傾げる百瀬川さん。


「まあまあ、合田家流のクリパも。是非、体験してみて下さいな!」


そんな彼女に、私は少し意地の悪い口調で。悪戯っぽい笑みを浮かべるのであった。

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