第三章Ⅵ
「ようこそー! 千子ちゃん、久しぶりだねー!」
百瀬川さんの誘いを受け、私はかなり久しぶりに百瀬川家へと訪問した。
事前に百瀬川さんがお父さんに連絡をして、私が来ることの許可を取ってくれていたからか。百瀬川さんのお父さんは、玄関でクラッカーを鳴らして盛大に私を迎え入れてくれたのだ。
「どっ、どうも……お久しぶりです」
「ちょっと、パパ! 千子ちゃんビックリさせないでよ!」
百瀬川さんが少しだけ怒った様子で言うが、百瀬川さんのお父さんは。
「いやいや~。ビックリさせないと、サプライズにならないだろ?」
と、気にした様子も無く返す。
百瀬川さんのお父さんに盛大な出迎えをして貰った私達は、それからリビングへと通される。
百瀬川さんのお父さんはハーフで、美人な百瀬川さんのお父さんなだけあって見た目もシュッとしたカッコイイ外見をしており。霞みがかった空のような、少しくすんだ青の瞳が百瀬川さんと同じであった。
そしてリビングに到着すると。テーブルの上には、もう既に所狭しと豪勢なクリスマスディナーが並べられていたのだ。
(む、昔……一回クリスマスイヴに来た時もそうだったけど、相変わらず豪華だ……)
私の家のクリスマスディナーは、ファストフード店でお持ち帰りしたチキンの大容量お得パックを兄二人と七斗との争奪戦だというのに……。
「千子ちゃん~、久しぶり! すっかり大きくなって~!」
キッチンからローストビーフを持ってきて、テーブルへと並べる女性――百瀬川家の家政婦さんである、三田村さんが。笑顔で私に声を掛けてくれる。
三田村さんは、あの頃と全然変わらぬ見た目をしていて。確か、結婚されていてお子さんがいらっしゃると聞いていたのだが。そんな風には見えない若々しい、綺麗な女性のままであった。
「お久しぶりです。ご無沙汰しています」
私が頭を下げると、三田村さんは「そんな畏まらないで、座って座って!」と。席へ促してくれた。
「千子ちゃんは今、姫苺ちゃんと同じクラスなのよね?」
「はい」
「姫苺は、学校ではどんな様子なんだい?」
「ちょっと、パパ! 千子ちゃんに変なこと聞かないで!」
「だって……姫苺に聞いても教えてくれないから……」
「話す程のことがないだけ!」
お父さんの前での百瀬川さんは、学校に居る時や。私と居る時とは、また違った表情を咲かせていて。それがとても可愛くて、私はつい笑みを溢してしまう。
「学校での百瀬川さんは、とっても大人しくてカッコイイ美人さんです」
「ちょっ、千子ちゃん!?」
「何々? どういう事、千子ちゃん?」
「僕にも詳しく教えて貰えるかな?」
私の発言に、三田村さんと百瀬川さんのお父さんが興味津々で訊ねてくる。
「あのですね――」
私が悪戯っぽい笑みを浮かべて言葉を続けようとした刹那、百瀬川さんによって。私の口にチキンが詰め込まれた。
「千子ちゃん!! パパ達に余計なこと言っちゃダメ!!」
「んぇ~(え~)?」
チキンを口に入れられたまま、不満の声を漏らすが。滅多に見られない百瀬川さんの必死な表情に、私は再び笑ってしまい。仕方なく、彼女の要求に応えることにした。
それからも、歓談を交えながら豪勢なディナーを食べ。百瀬川家でのクリスマスパーティーは、楽しい時を刻んでいく。
「そろそろケーキにしましょうか」
三田村さんがそう言って、椅子から立ち上がり。キッチンへと向かって行く。
「あっ、私。手伝います!」
先程から、いきなり来た分際で。無遠慮に食べて飲んで喋りまくってばかりいるので、少しは何かお手伝いをしなければ……。
「アラ、良いのよそんな。座ってて」
「いえ、そういう訳には……」
「三田村さん、今年のケーキは何を作ったんだい?」
三田村さんに続いて、私もキッチンへお邪魔させて貰うと。百瀬川さんのお父さんが訊ねる。
「今年はですね、ラズベリーチョコのケーキにしたんです」
その瞬間、私の心臓がドクンと跳ね上がった。
ラズベリーチョコのケーキ……それは、私にとって。忘れられない、特別な物だったのだ。
「そういえば、千子ちゃん。ラズベリーチョコのお菓子、昔食べた時凄く気に入ってくれてたわよね」
「は、はい……」
特に、三田村さんの作ったお菓子は特別であった。
「……三田村さんが作ったラズベリーとチョコのお菓子、初めて食べた時すっごく美味しくて……自分でも、たまに似たようなお菓子を作ってみるんですけど。でも……全然、三田村さんみたいに美味しく出来ないんですよね……」
三田村さんの味にも、あの時のキスの味にも……私が作るラズベリーチョコのお菓子は、届くことは叶わなかった。
自分でラズベリーチョコのお菓子を作って、味を確かめる度。どうしても、私はあのファーストキスの味を思い出し。それと違うことを認識して、何故か落胆したりしていた。
きっとそれは……困惑し、自身の中でどうしたら良いのか分からない想い出にもかかわらず。あの時のラズベリーチョコの味が、私にとって世界で一番美味しいと感じた味だったからだろう。
「良かったら、レシピ教えてあげましょうか?」
「良いんですか!?」
「もちろん!」
明るい笑顔で答えてくれた三田村さんに、私の胸には嬉しさが込み上げてくる。
「ち、千子ちゃん!」
すると、百瀬川さんが私の名を呼び。私は彼女へと視線を向けた。
「お菓子作ったら、私にも食べさせて! 千子ちゃんの作ったお菓子、食べたい!」
「えっ、私の?」
「うん!」
百瀬川さんの声と表情は真剣で、真っ直ぐに見つめられると。どうしたら良いのか困ってしまう。
「あっ、あんまり私……全然、上手じゃないけど――」
「千子ちゃんのお菓子が良いの!」
うっ……そんな、はっきりと言われると。さらに困るし、恥ずかしい。
「じゃっ、じゃあ……上手に作れるようになっ――」
「折角だから、バレンタインに貰ったら良いんじゃないかい?」
突然、百瀬川さんのお父さんが言う。
えっ?
「パパ……それ、最高」
百瀬川さんは嬉しそうな顔で同意。
えっ!?
「アラ、良いんじゃない! 二か月もあったら、練習もきっと十分出来るわ!」
さらには三田村さんまでもが、その提案へと賛同してしまう。
えぇーっ!!
「い、や……その……」
バレンタインって、バレンタインってアレだよね!?
二月にある恋人達のイベント第二弾だよね!? アレ? 年明け最初のイベントだから第一弾? いや、もうどっちでも良いけど!!
私から百瀬川さんにチョコあげるって、それって良いのか!? なんか、あんまり良くないような気もす――。
「千子ちゃん」
私の名を呼ぶ百瀬川さんに、私は顔を上げた。
「楽しみにしてるね!」
頬をほんのり赤く染めながら、満面の笑顔で言う百瀬川さん。
くそー!! 可愛いー!! 絶対に拒否できない自信しかないっっっ!!!!
* * *
アクアリウムを見終わり、合田と百瀬川と別れた七斗と和八は。二人でファミレスへと移動していた。
「七斗さ~」
「何だよ?」
食事は食べ終わったものの、二人はドリンクバーで。もう彼是、一時間以上店内に居座っている。
というよりも、七斗は早く帰りたいのだが。和八がなかなか帰してくれないのだ。
「お前、いつになったら千子に告んの?」
テーブルに項垂れ、ストローを咥えてダラけた体勢の和八に突然尋ねられた質問。七斗は飲んでいたオレンジジュースを気管に入れてしまい、盛大に咽る。
「おい、大丈夫か!?」
「おまっ、いっ……いきなりっ、なんっ……だよっ!?」
咳込みながらも、そう返す。
「いやだってさ……」
和八は口を尖らせながら。
「お前、ガキの頃からずーっと千子のこと好きなのに。高校生になっても何も進展がないからさ~」
と、言い。少し落ち着いた七斗は、和八をギロッと睨んだ。
七斗に睨まれた和八は、「ヒィッ!!」と慄く。
「……ったく、自分の恋愛もロクにできねー癖に。他人のことに口出してんじゃねーよ」
「うっ!! 今のメッチャ刺さった……心が痛い……」
「一人で痛がってろ、バーカ」
テーブルに突っ伏す和八を放置し、七斗はオレンジジュースを飲み直す。
しかし、その表情は。先程までとは違い、少し暗く沈んだ影が差し込んでいたのであった。




