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第三章Ⅱ

美少女に、あんな風にお願いされたら断れるはずもなく……私はクリスマスイヴに、百瀬川さんとアクアリウム展に行く事を了承した。

そして、色々と思い悩みながらも時は待ってくれることはなく。あっという間に、日付は変わってしまうのであった。


「んだよ、千子。出掛けるのか?」


家を出ようとすると、一番上の兄が私に声を掛けてくる。


「まさか……お前もデートなのか!?」


すると、おののいた様子で訊ねられる。


「違う……友達と遊びに行くの」


そうだよね? 合ってるよね? 自分で言いつつ、半信半疑な思いが過る。


「そうか……良かった。お前にまで先越されたら、俺立ち直れねーもん……」


長兄がそう言うのは、次兄が本日。私よりも早くに、以前から交際している恋人さんとクリスマスイヴを過ごしに行ってしまったからだ。


「……はじめ兄ちゃんも、早く良い人見つけなよ」

「お前な……それが出来たら苦労はしねーんだよ。女の子は星の数ほどいてもな、星には手が届かないんだよ」

「それ、誰の言葉?」

「知らね、忘れた」


“星には手が届かない”か……。


「つーか、お前。友達と遊びに行くにしても可愛げのねー恰好だな?」

「うるさいなー、可愛い服似合わないから良いんだってば」

「この感じじゃ、当分彼氏の心配はなさそうだな」

「そうだね……」


そういうことをズケズケと妹に言ってるうちは、一兄ちゃんも当分彼女が出来る見込みは無さそうだな……と、思いつつ。出掛ける前に喧嘩をするのは避けたかったので、私は口には出さずに。


「もう行くわ。いってき~」


そう言って、玄関の扉を開いた。


「おう、いってら~!」


一兄ちゃんの声をバックに、私は冷えた空気を肌で感じ。少し怯みそうになりながら、百瀬川さんとの待ち合わせ場所へと歩みを進め始める。

“星には手が届かない”……なのに、私なんかが今日。一緒にクリスマスイヴという特別な日を過ごす相手は、一際美しい輝きを放つ星のような人だ。

百瀬川さんは、多分……私に友達以上の“好意”を抱いてくれているのであろう。

いつから? 恐らく、多分。小学生の頃から……。

何故、そうなるに至ったのかには全く心当たりが無いが。何か私が思わせぶりなことでもしてしまったんだろうか?


“この感じじゃ、当分()()の心配はなさそうだな”

“合田さーん! ねえねえ、私の()()になってよー!”


あっ――もしかして……。

さっき兄に言われたこと。そして、文化祭の日。冗談交じりにクラスの女子に言われたことが脳裏に蘇る。それから私は歩いていた横に丁度あったガラスへと視線を向け、反射して映し出される自分の姿を見た。

私の本日の恰好は、兄達のお下がりである少しサイズの大きな黒のパーカーに濃緑のコートを羽織り。母が買ってきてくれたセール品のジーンズに、プライベート用のスニーカーを履いた到底女子に見えないガサツな服装。


――百瀬川さんはもしかして……私が、女の子っぽくないから……それで。


そんなことをグルグルと考えながら、私は寒さにかじかみそうになるのを堪え。再び、足を進め始めるのであった。


  * * *


自宅の最寄り駅から電車に乗り、私は百瀬川さんと待ち合わせしていた駅へと辿り着く。

本日は休日、しかもクリスマスイヴなのもあり人が多く行き交っている。


(少し早かったかな?)


一応、遅れたら困ると思い早めに出たが。待ち合わせの予定より、十五分も早く着いてしまった。

とりあえず、百瀬川さんに着いたこと連絡しとこうか? いや、それで慌てさせたら悪いし……とりあえず、分かり易い場所で待とう――そう、思った刹那。

ホーム前方にある大きな時計の下にて。見覚えのある……けれど、いつもとは違う雰囲気で輝きを放つ人物の姿を見つけた。

それはパステルカラーのスカートに、白いオシャレで可愛いコートを纏う百瀬川さんであった。その姿は、同性の私から見てもとても可愛らしく。行き交う人達も、チラチラと百瀬川さんの方へと視線を向けているのが分かる。

すると、私の前方右斜めに。大学生くらいかと思われる二人組の男性が、百瀬川さんを見ながら何か話しているのを確認する。嫌な予感を過らせていると、彼らが百瀬川さんへと足を動かし始めた。私は慌てて駆け出し。


「も……百瀬川さん!」


と、声を上げる。


「あっ、千子ちゃん!」


百瀬川さんは嬉しそうに私に手を振った。


「はっ、早かったね……」

「えっ、あ……うん! すっごく楽しみで!」


くっ、可愛い……!!


「あっ、でもね! ついさっき着いたばっかりだからっ!」

「そ、そうなんだ……」


多分だけど、結構早く着いたんだろうな……。

そう思いながら、私は男性達へと視線を少し動かす。彼らは私が来て戸惑っているようであったが、少し話しをしてから再び私達の方へと歩み寄ろうとしてきた。


「いっ、行こうっか!」

「あっ、うん。でも――」


百瀬川さんが言い掛けた言葉を遮って、私は彼女の手を取り。引っ張りながら足早に歩き出す。


「ちっ、千子ちゃん? どうしたの?」


戸惑う百瀬川さんを引っ張り続け、私は駅の出口付近に着いてからようやく彼女の手を離して振り返った。


「ごっ、ごめんね……痛かった?」


私がそう訊ねると、百瀬川さんは私が掴んでしまっていた右手を左手で大事そうに包みながら首を振り。


「痛くはなかったけど……ちょっと」


そして、顔を赤らめながら。


「びっくり、した……」


と、少し嬉しそうに告げるのであった。

そんな百瀬川さんの様子を見て、私の顔にも熱が増していき。


「ごっ、ごめんね!! その、百瀬川さんのこと見てる男の人達が居て! ナンパかな~って、思って! それで、つい……」


慌てて説明をするが、焦り過ぎて言語がもうギコちない。


「そっか……」


けれど、私の拙すぎる説明を百瀬川さんは理解してくれたのか。そう言って、両手で私の手を包み。


「ありがとう」


と、満開の笑顔を向けてくれるのであった。


「さっきも思ったけど……千子ちゃんの手、温かいね」

「そっ、そうかな……?」


早鐘を打つ心臓と、百瀬川さんの言動に戸惑いながら。私は彼女の手の冷たさを感じ取る。

やっぱり、寒い中。私のこと待ってたんだろうな……。


「すっ、少し早く着いたし……こっ、コーヒー……あったかいコーヒーでも飲もっか!」


声を少し上擦らせながら、私は直ぐ傍にあったコーヒー専門のチェーン店を指してそう言うのであった。


 * * *


「私、このお店入ったの初めて……」

「そうなんだ。良くあるチェーン店だよ?」

「確かに良く見かけるけど、初めてで一人は……ちょっと、気が引けちゃって」

「ああ、そうだよね。オシャレなお店だし、ここのコーヒーの名前。呪文みたいなのあるし……」

「うん。だから、初めて一緒に行く人が千子ちゃんで。すっごく嬉しい!」

「えっ!?」


私と同じ種類のコーヒーを飲みながら、店内の席にてそんな会話をする私と百瀬川さん。

いっ、今のはどういう意味だ? やっぱり、そういう意味なのだろうか……。


「キャラメルとホイップ美味しい」


幸せそうに温かいコーヒーを飲む百瀬川さんに愛らしさを感じながらも、私の胸には疑問と困惑が渦巻いた。

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