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第ニ章Ⅹ

「合田さん!」


男子が着替えから戻り、本格的に片付けが行われ始めた一年一組の教室内。

そんな中、近くで作業をしていた女子達が私へと明るい声を掛ける。


「合田さんが昨日用意してくれたラズベリーチョコのムース、すっごく好評だったよ!」

「合田さんが用意してくれた他のメニューのお菓子も、お客さんメッチャ喜んでくれてたけど。そのムースは特に、食べた人皆すっごく喜んでた!」

「とっても美味しかったわ」


私に嬉しそうに言う女子達に交じって。副委員長は一人、一風変わった感想を述べる。


「副委員長……」


食べたんだ……と、私は思わず脱力してしまう。


「副委員長、メニューの摘まみ食い多すぎですよ!」

「副委員長が食べなかったら、売り上げもっと伸びてたのに!」


女子達にそう怒られるが、副委員長は気にした様子も無く。


「合田さん。是非、私のお嫁さんになって。ラズベリーチョコのムースだけじゃなく、それ以外の沢山のお菓子も私に作って食べさせて」


と、唐突に告げた。


「ちょっ、副委員長……」


この人、本当に食欲に忠実な人だな……と、思っていると。


「千子ちゃん」


百瀬川さんが私の名前を呼んだ。


「も、百瀬川さん? どうし――」

「家庭科室から借りてきた調理器具。洗い終わったから、戻しに行くの手伝って貰っても良い?」


私の言葉を遮り、今日は全然聞くことのなかった鋭い声で百瀬川さんはそう言った。


「うっ、うん。勿論……」


百瀬川さんの様子に疑問を抱きつつも、私は調理器具を抱えて。彼女と共に、家庭科室へと向かい始める。

廊下を歩いている間、私と百瀬川さんには再び沈黙が流れていた。

二人でお化け屋敷に行ったり、メイド喫茶の営業を一緒に頑張って。少しは距離が縮んだかも、と思っていたのだが……これでは、今朝メイド喫茶の宣伝をしていた時と全く同じ状態である。

一歩も前進していなかったのか……と、一人肩を落としているうちに。私と百瀬川さんは目的地へと早々に到着した。


「えっと、コレはこっちだよね? コレと、コレは……」


運んできた器具を元の位置へ戻していると。


――ガチャ


という音が、静かな家庭科室内に響いた。


「ん?」


疑問府を浮かべながら振り向くと、何故か百瀬川さんが入口に立っていたのだ。


「百瀬川さん? どうしたの?」


何気なく、そう訊ねると。


「ねぇ、千子ちゃん……お願いがあるの……」


と、言葉を紡いでから。私へと近づいて来て、百瀬川さんは続けて言った。


「今、此処で。私と、衣装交換をして欲しいの」


……。


「へ?」


ん? 待って待って。何、どういう事?


「百瀬川さん!? えっ!? どっ、どういう事!?」

「私、千子ちゃんのメイド姿が見たいの! だから、私と此処で。今だけで良いから、衣装を交換して欲しいの!」


いや……丁寧に説明されたけど、やっぱり良く分からんんんん!!


「も、百瀬川さん!! とっ、とりあえず落ち着こう!? まずは深呼吸! それから、私のメイド服を想像してみて? 絶対に似合っ――」

「絶対すっごく可愛いっっっ!!」


そう張り上げた百瀬川さんの声は、今まで見た事の無いテンションの高いものであった。


「いやっ、でも……ホラ! 早く戻らないと、皆に怒られちゃうし!」


何とかメイド服を……というか、百瀬川さんのムチャ振りを回避したくて。私は必死に何か脱却できそうな理由を探す。


「確かにそうね……」


あっ! 納得してくれた。


「あんまり……時間は掛けてられないね」


そう言うと、百瀬川さんはニコリと微笑み。突然私の腕を引っ張って体勢を崩してから、私の身体を家庭科室に設置されている机へと押し倒した。


「えっ!? ちょっ……ええぇぇぇ!?」

「じゃあ……私が着替えさせてあげるね、千子ちゃん」


そう言う彼女の笑顔は、まるで天使のようであった。しかし、今現在彼女が行おうとしているのは悪魔の所業。


「待ってー!! 分かった!! 分かったから!! メイド服着る、自分で着るからー!!」


そう必死で懇願すると、百瀬川さんは「えー」と少し不服そうな声を溢しながらも。私から身体を離してくれた。

いや、なんで不服なの!?

私はそう思いながらも声には出さず、とりあえず。百瀬川さんの要望に素直に従う旨を伝える。


「じゃっ、じゃあ……背中合わせで着替えよっか……」


女子同士なのに、なんで気を遣って着替えを行うやら……と、考えながらも。自身の着替えを百瀬川さんに見られるのは少し怖いし、百瀬川さんの着替えはなんか恐れ多くて見られないし……まあ、いっか。と、私は何となく納得した。

そういえば、小学生の時も――そう思ってから、その時にあった出来事を思い出す。

この状況は、あの時と。場所と衣装交換というのが相違点なだけで、私が可愛らしい服を百瀬川さんにお願いされて着るという点においては同じなのでは?


(と、いうことは……いや、でも。あれは、小学校の頃の話で……私達は今、高校生で……ん? いや、けど……)


などと頭の中で考えていると、ある事に気が付いた。

さっき、鳴った「ガチャッ」という音。あれは多分、家庭科室の鍵を閉めた音だ。


(あれ? これは、アレか? 私、なかなかのピンチ的な状況なのか?)


い、いやいやいやいや!! けど、相手は百瀬川さんで、可憐で華奢な女の子……あっ、でもさっき腕引っ張られた時。思ったよりも力強かったような……。

などと、思考をさらに巡らせる。すると、私の視界の端に。百瀬川さんが脱衣したメイド服がスッ、と差し出された。


(自分のこともアレだが、百瀬川さんの脱ぎたてのメイド服に袖を通すなんて……私、捕まらないだろうか?)


別の不安を頭に過らせながら、私も慌てて執事服を脱ぎ終え。百瀬川さんの方へと渡す。

百瀬川さんの温もりが残り――しかも、なんか良い匂いもする――、自分には絶対不似合いなフリルとリボンの可愛らしいデザインのメイド服に尻込みするが。あまり時間を掛けしまうと百瀬川さんが怖いので、意を決して。私は袖を通し始めた。


「――きっ、着れたよ!」


着替え終えた私は、背後に居る百瀬川さんに声を掛ける。


「私も、大丈夫」


そう返答され、私達はほぼ同時に振り向く。

執事の装いをした百瀬川さんは……なんというか、カッコイイとかの次元を超えて。とても美しかった。

“男装をした百瀬川さん”というより、“百瀬川さんの執事姿”というだけで。完成された作品のようである。


「百瀬川さん、執事も似合――」

「可愛い……」


吐息と共に、百瀬川さんが告げる。


「やっぱり、千子ちゃん。すごく似合ってるよ、メイド服」


そんな嬉しそうな笑みを浮かべられて言われると、どう反応したら良いのか分からない……。


「ねえ、千子ちゃん」


すると、百瀬川さんが私へと歩を進め始めた。私は何となく、本能的に危険を感じてしまい。一歩後退る。


「今だけ……私の――」


桜色に煌めく、百瀬川さんの美しい唇が紡ぐ言葉を。私は固唾を飲みながら注視して待つ。


「私だけの、メイドさんになって?」


そして、訪れた要望に。私の思考は再びショートを起こす。


「……えっ?」

「お願い! 今だけ! 五分で良いから!」


いつも冷静な百瀬川さんは、今。無邪気な少女のように、私に精一杯のお願いをしてきている。

その姿を見ていたら、先程まで感じていた緊張や恐怖が一気に和らいでしまい。


「ちょっとで良いなら、良いけど……無理なお願いは、聞けないからね?」


私は了承の返事をした。けど一応、最初に釘は刺しておく。

百瀬川さんは私のその言葉を聞くと、心の底から嬉しそうな表情をして。ほんのり頬に、紅色を差し込ませる。


「ありがとう!」


声を弾ませる百瀬川さんは。


「千子ちゃん、あのね……」


そう続けて。


「私に……膝枕、して?」


そう、少し恥ずかし気に。躊躇いながらお願いをした。

人の服脱がそうとしてきた娘が、膝枕に照れるって……良く分からなかったけど、百瀬川さんが可愛すぎてあまり深く考えることは出来なかった。


「わっ、私の膝で良ければ!」


運動部なので多分硬いですが! と、思いながら言うが。百瀬川さんは、再び嬉しそうに顔を綻ばせて。私の傍へと、跳ねるようにやって来る。

そんな彼女に胸を高鳴らせながら、私は家庭科室の壁に背中を預けるように座ると。


「ど、どうぞ……」


と、百瀬川さんに膝を提供するのだった。


「失礼します!」


言いながら、百瀬川さんは私の膝に頭を乗せ。ゴロンと寝っ転がる。


「硬くて痛くない?」

「全然。最高の寝心地!」


嬉しそうな声で、百瀬川さんが言う。


「……本当はね。千子ちゃんのメイド服が見たくって、文化祭にメイド喫茶を推したんだけど」

「えっ、そうだったの!?」

「千子ちゃんだけ違う衣装になって、すっごく残念で……でも、こうして今。メイドの千子ちゃんを私が独り占め出来てるなら、寧ろ良かった!」


百瀬川さんは、私の左手を取り。自身の頬に引き寄せて。


「カッコイイ千子ちゃんは、皆にも分けてあげても良いけど……可愛い千子ちゃんは、全部私だけのね?」


そう告げられた言葉に、私の顔には一気に熱が増す。

私は百瀬川さんに何も返答を出来ぬまま、彼女のしなやかな黒髪に右手を伸ばしかけて。すぐさま、ゆっくりと引っ込めた。


私だって、バカじゃない……。

ここまで言われてしまえば、百瀬川さんの私への想いは察しがついてしまう。

私の記憶に強烈に残って消えないあのキスの意味も――きっと、そういうことなのだろう……と。

本当は、ずっとその可能性を考えてはいた。けど、それに気づく度に。見てみ見ぬフリをし続けていたのだ。


“もしも百瀬川さんから、彼女の気持ちをはっきりと聞いた時……私は、彼女に何と返事をすれば良い?”


直視出来ずにいた課題に、私は今初めてちゃんと向き合った。でも――その答えは、やっぱり“判らない”であった。

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[良い点] バタッ(あまりの尊さに死人が出た音)
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