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第ニ章Ⅸ

その後も、私達一年一組のメイド喫茶は客足が途絶えることが無く。満員御礼で閉店を迎えた。

集客率は有難くも一位を得ることができ、私達が狙っていたクラス出店部門最優秀賞の栄光は見事。一年一組が手にすることが叶った……訳だが……。


「ちょっと!! 銭谷さん、どういう事!?」


そう銭谷さんに詰め寄るのは。勿論、クラス女子の中心人物である高石さんだ。


「ん? 何がや?」


きょとんとする銭谷さんに。


「とぼけないで!!」


と、高石さんは声をさらに荒げた。


「最優秀賞取ったら打ち上げ代、賞金代わりに全額出るって言ってたわよね!? でも――」


高石さんは言いながら、銭谷さんの前に“ある物”を提示する。


「貰ったのは、表彰盾とクラス全員分のボールペンだけだったんだけど!!」


そう。見事、最優秀賞に輝いた私達に贈呈されたのは。その栄誉を記載された表彰盾と、今年度の文化祭開催日の日付が記入された記念ボールペンのみであった。


「え~? そうだったけ? 言ったっけ~?」


あからさまにしらばっくれる銭谷さん。そんな彼女の態度に、怒りを沸々と湧き上がらせるクラスメイト一同。


「まあまあ! 今回、皆が頑張ってくれた黒字分の売り上げは。ぜーんぶ打ち上げ代に回せるんやから、結果嘘にはなってへんやろ?」

「そうだとしても! 騙された事実は変わらないのよ!」

「まっ、まあまあ……高石さん。皆も、ちょっと落ちいついて……てか、早く片付け済ませないと。後夜祭始まっちゃうよ?」


流石に見兼ねて、私が高石さんにそう告げる。


「合田さん! アナタはこれで良いの!?」

「良いって、何が?」

「銭谷さんは、アナタと百瀬川さんのことを最大限に利用して酷使して売り上げを上げたのよ!! ムカつかないの!?」


あ~、そっか。確かに。


「けど、頑張ったのは。私と百瀬川さんだけじゃなかったし……」


頑張っていたのは、皆同じであった。高石さんも上原も、委員長も副委員長も……あっ、副委員長はたまにメニューを摘まみ食いしてたけど。

皆が頑張ってくれたから、乗り越えられた文化祭だったのだ。それは、勿論――。


「銭谷さんも。率先して働いてくれてたし」


営業中、彼女の声が止む時は無かった。銭谷さんは、殆ど休む間も無く。お店の為に、声を大にして頑張り続けてくれていたのだ。


「それに、その……確かに、大変だったし疲れたけど。やっぱり、最優秀賞取れたのは嬉しいって思えたし……」


銭谷さんは「結果が全てとは言わないが」と、今朝言っていたが。いざ、結果を貰うと。やはり気持ちは浮わついてしまう。


「それに、何より――」


少し照れ臭いが……。


「皆で、一生懸命協力し合って頑張ったの……すっごく、楽しかったよ!」


本当に心から、私はそう思っていた。


「合田さん……」


高石さんがポツリと呟くと。


「――私も」


百瀬川さんが、私の傍までやって来る。


「楽しかった」


そして、笑みを浮かべながら。私に同意してくれた。


「――もう、良いんじゃね? 高石」


すると、上原が高石さんの頭にポンッと手を置きながら言う。


「功労者二人がそう言ってんだしさ。それに――」


上原はニカっと笑ってから。


「俺も、楽しかったわ!」


と、高石さんに告げるのだった。


「……って、そんな恰好でカッコつけられても吹くんだけど!」


上原に、そう返す高石さん。何故なら上原達男子は、いまだに女装メイドのままだったのだ。


「うをっ!! そうだった!!」


ちょっ、俺達先に着替えてくるわ! と言って、男子達は更衣出来る教室へと慌てて飛び出して行く。


「片付けあんだから、さっさと帰って来なさいよー!」


男子達の背中に向かって、そう叫ぶ高石さんの表情は。先程よりも、ずっと柔らかな印象を醸し出していた。


「……まあ、結果良ければ全て良し。って、ことにしてあげるわ」


あっ、けど……と、高石さんは続けて銭谷さんに。


「嘘ついて皆のこと利用した罰として、後片付けは五人分働いて貰うから」


そう冷淡に言い放ち、銭谷さんは「うげっ!!」と声を漏らすのであった。


  * * *


そして、男子達が戻ってくる前に。女子達で、先に片付けられる物を片付けている最中。


「そういえば、銭谷さん」


一緒に教室内に飾られた装飾を取り外していた銭谷さんに、私は何気なく声を掛けた。


「ん? どうしたの、合田さん?」

「銭谷さんは、どうして最優秀賞取りたかったの?」


本日、急に言い出したこと。それに、嘘を吐いてまで皆をやる気にさせたのには。何か、最優秀賞を取りたい訳でもあったのだろうか……そう思って、私は素直に彼女に疑問をぶつけてみた。


「あー、んー……正直、最優秀賞とかは別に。私もどうでも良かったんだよね~……」


えっ?


「ただ、衣装の試着会をした時。執事服を着た合田さんと、メイド服を着た百瀬川さんを見て。こんなに魅力的な二人に、裏方の仕事だけをさせるなんて宝の持ち腐れも良い所だ! って、思ったんだよね~」

「そっ、そんな……百瀬川さんはともかく、私は……」

「あはは! 合田さんのそういうところ、長所だとは思うけど。もう少し、強欲になった方が良いと思うよ」


言いながら、銭谷さんはチラリと高石さんを見て。


「高石ちゃんみたいにね」


と、悪戯っぽく言った。


「高石さん?」


なんで、高石さん?


「文化祭前、高石ちゃん。やたらと百瀬川さんに突っかかってたっしょ」

「う、うん……」

「アレ、自分の好きな人が百瀬川さんのこと好きなもんだから。ヤキモチ妬いて、八つ当たりしてただけなんよ」


えっ!? そうだったの!? てか、高石さんの好きな人って!?

百瀬川さんのこと好きな男子が多すぎて、全く分からん……!!


「だから、普通に『合田さんと百瀬川さんをメインにメイド喫茶を展開しよう!』なーんて言っても。高石ちゃんがムキになって、絶対話しがまとまらないと思ってさ」

「それで……文化祭当日に、いきなり最優秀賞を狙うって言い出したり。シフト変更を強行したんだ」

「あと男女別れての二部制メイド喫茶も、面白いは面白いけど。最後までクラスの男女が対立したまま終わったら、正直楽しくないやん?」

「まあ、確かに……」


銭谷さん、そんな事まで考えてたんだ……。


「けど、その所為で。銭谷さん、悪役みたいになっちゃったけど……」

「ま、嘘ついて皆のこと踊らせたんだから。それくらいの報いは当然やろ。私も自分のプロデュース力で、売り上げどれくらい伸ばせるのか試してみるのに皆を利用したのは事実やし」

「えっ、そんな思惑もあったの?」

「せやけどな、それを合田さん……それに、百瀬川さんが少し和らげてくれたんやで?」

「えっ……あっ」


さっき、皆に言ったことか……。


「合田さん、ありがとう」


銭谷さんは穏やかに顔を綻ばせ、私にそう告げた。


「いいえ! こちらこそ!」


楽しい文化祭を……ありがとう!


「……ところでさ」


まあ、それはそれとして。


「なんで銭谷さん、ちょいちょい中途半端に関西弁なの?」


私は気になっていた一つの疑問を、銭谷さんへと向ける。


「ああ、私。ご先祖様が関西人なんよ」

「あっ……そう、なんだ……」


その解答は正直答えになっていなかったが、銭谷さんとは前より少し仲良くなった。


  * * *


喫茶店のテーブルとして利用する机に飾られる造花や、テーブルクロスを片付けながら。百瀬川は、銭谷と話を弾ませる合田の姿を見詰めていた。


「――百瀬川さん」


すると、高石が彼女へと声を掛ける。


「何見てたの?」

「いえ、何も」

「そ、そう?」


明らかに視線がテーブルに向いていなかったことに、高石は疑問を感じるが。


「その……アナタに、言っておきたいことが……あって」


それよりも、自身の用件を済ませるのを優先することにした。


「文化祭、始まる前……準備の時とか……あなたに、嫌な態度取って……その……」


顔を赤らめ、たどたどしく言葉を紡いでから。高石は意を決したように。


「ごめんなさい!!」


と、はっきりとした声で頭を下げた。

その光景に、百瀬川は目を見開き。


「どうして急に?」


と、訊ねる。


「その……私、ずっと……あなたが他人とあまり関わろうとしないのは、他の女子達のことを見下してて。高慢な人だと思ってたの……」


けれど、本日。百瀬川は、どんな客に対してもサービス精神を忘れぬ接客で。店の売り上げに大きく貢献した。

今回のクラスの実績は、確かに百瀬川の美貌が大きな功績を上げていたのは間違いない。しかし、それだけではなく。彼女自身の頑張りを見せた結果も影響している。

高石は、最初こそ素直に認めることが出来なかったが。自身が疲れ始めた頃、自分よりもずっと休憩時間が少なく。人前に出ずっぱりの百瀬川が笑顔で接客しているのを見て、彼女のことを認めざるを得ないと……ようやく、そう思えたのだ。


「けど、そういう人じゃない……って、今回分かったから……」


だから、ごめんなさい……弱々しく続けられた言葉に。


「別に、気にしてない」


と、百瀬川は返した。


「ただ、私も貴女に。言いたいことがあったの」


そう続けて彼女は、高石の耳元へと顔を寄せ。


「――私、貴女の好きな人のこと。全然興味ないから」

「えっ!? なんっ……」


百瀬川の囁いた言葉に、高石は顔を真っ赤にして飛び退く。


「だから、私の事は気にしないで頑張って」

「ちょっ、頑張……って、えっ!?」


赤面したまま一人慌てふためく高石と、通常通りの平静な表情で彼女と話す百瀬川。そんな二人の姿に気が付いた合田と銭谷は。


「アレ? 百瀬川さんと高石さん、なんか楽しそうだね!」

「そうかな? 私には、高石ちゃんが楽しい生き物になってるようにしか見えへんで?」


と、独特な感想を交わすのであった。

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