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第ニ章Ⅷ

「じゃあ、七斗。行ってくるわ!」


合田千子は大葉七斗を振り返り、そう言った。

その刹那、七斗は百瀬川姫苺と目が合い。彼女に凍てついた視線を送られていたことに気が付く。


「おう、漏らすなよ!」

「するかっ!!」


揶揄い交じりの言葉を送り、合田と百瀬川が暗幕に入っていくのを見送ると。七斗はこっそりと溜息を溢し。


(やっぱなんか、俺。アイツ苦手なんだよなぁー……)


と、心の中で思うのであった。


  * * *


お化け屋敷へと本格的に足を踏み入れた私と百瀬川さんは、七斗に渡された懐中電灯で足元を照らしながら歩みを進めていた。


「もっ、百瀬川さ……ん……だっ、大丈夫だからねっ! 私が先に行って、ちゃんと危険を――」

「うがぁぁぁあああああ」

「ギャイヤァァァアアアアアア!!!!!!」


刹那、物陰から現れた落ち武者のお化けに。私は情けない声を響かせながら、百瀬川さんへと思わず抱き着いてしまう。


「あっ、あっ! ごっ、ごめんなさ――」


慌てて離れようとするが。


「大丈夫」


と、百瀬川さんは言い。


「私も……怖いから、くっ付いてても良い?」


彼女は私の左腕をギュっと抱きしめた。

百瀬川さんの身体が無遠慮に押し付けられて、恐怖とは別の動悸が胸を打ち始める。


「はっ、はひィ!! こんなんで良ければ、どうぞ!!」


若干パ二クりながら、私はそう返事をした。

その後も、お化けに扮装して襲い来る刺客達に。私は容赦無く脅かされ続け、最終目的地に到着した頃には。叫び過ぎて喉はカラカラになり、体力気力ともにヘトヘトであった。


「大丈夫?」


心配気に訊ねる百瀬川さんに、私は「大丈夫大丈夫!」と空元気で答える。

百瀬川さんの前だから、まだ気を張っていられるが。そうじゃなければ、私は今頃へばって倒れ込んでいただろう。

……いや、こんなおっかない場所で倒れたくはないな!!


「あの井戸にお札を張れば、ミッションコンプリートで終わりだよね!」


私は前方に設置された井戸――手作りであるはずなのに、妙にリアリティがあってなんか怖い――を指して言う。

井戸の側面には、既に数枚のお札が貼られており。どうやら、私達の先駆者達が貼った功績のようであった。

これで、この場所から解放される……!!


「うん。……お札、私が貼りに行こうか?」

「いや! 大丈夫だよ! 私、行くよ! 百瀬川さんは、ここで待ってて!」


こんな危険なミッション、百瀬川さんにやらせる訳にはいかない!

私は頑張って気持ちを落ち着けて、じりじりと少しづつ井戸へと近づいて行く。

井戸の設置されたエリアは妙な静けさに包まれていて、それが余計に恐怖心と焦燥感を仰いだ。

先程まで体験してきたお化け屋敷の性質上、そして人一人が入れそうな井戸がこれ見よがしに設置されているこの状態……何かが潜んでいるのは、まず間違いがない。

段々と近くなる井戸に、私の心臓はその鼓動を加速させていき。落ち着け……という、脳からの指令も一切承ってはくれなかった。

意を決し、私は勢いに任せて。お札を井戸の側面へと貼り付ける――すると。


――しや……。


なんか……声が聞こえてきた……。


――ちおし、や……。


続いて、井戸の縁に。指先を真っ赤に濡らした人間の手が掛かり。


「口惜し、や……」


そう言い、しとどに濡れて乱れた長い髪の奥から。全身凍り付くような眼光を放つ女性が、不気味でぎこちない動きで。井戸から顔を出したのだ。


「ヒギィヤアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


私は本日一番の悲鳴を轟かせ、百瀬川さんの手を取ると。一目散に出口へ向かって走り出す。

暫く無我夢中で疾走し、光が差し込む扉が見えてきてようやく落ち着きを取り戻した。

ゼィゼィ……と、息を切らせる私に。


「大丈夫?」


百瀬川さんは、何度目かも分からない心配を私に向けてくれた。


「だっ、大丈夫……!! ちょっ、ちょっとビックリして……で、慌てて走っちゃって!! あっ、ごめんね!! 百瀬川さんのこと引っ張っちゃって!!」


我を忘れて、私はつい。百瀬川さんの手を握っていたらしい……色々と申し訳ない……そう気恥ずかしい気持ちを抱きながら、彼女の手を離そうとするが。百瀬川さんは反対側の手で、私の手を捕まえた。


「……大丈夫」


ほんのり赤くなった頬で、彼女は続ける。


「嬉しかった……から」


本当に、そう思っているであろうことを感じさせる声音で言われ。私は、それにどう反応したら良いのか頭を混乱させた。


「自分も怖くて仕方なかったのに、私のこと……置いて行ったり、見捨てたりしなかった」


百瀬川さんの細くしなやかな両手が、私の掌を包む。


「千子ちゃんは……変わらないね」


そして、そっと自身の唇へと寄せていき。


「すっごくカッコ良くって……それに、とっても可愛い」


微かに私の爪に唇を触れさせながら、悪戯っぽい笑みを浮かべて。百瀬川さんはそう言った。


「っや……なっ、何言ってるの!? わっ、私なんて……おっ、女に生まれたのが間違いみたいな奴だよっ!! 可愛い要素なんて、ミジンコ一匹分も持ち合わせがないよっ!!」


訳の分からぬまま、考え無しに口を動かしてしまう私に。百瀬川さんは何か言葉を続けようとしたが。


「さっ! は、早く出よう! 私達も、お店そろそろ戻らないと銭谷さんに――」


刹那、出口付近の物陰から。何かが動いた気がした。

何だろう……と思い、違和感のあった場所を注視してしまう。すると……。


「此処は……私の家だぁぁぁあああああ!!」

「ひぎゃあああああああああああああああ!!!!!!」


青白い顔の女性が、鬼のような形相で包丁を片手に振り上げて。そう叫びながら、私の前へと飛び出して来たのだった。

再び悲鳴の自己ベストを塗り替えた私は、油断したところへの嬉しく無さ過ぎるサプライズに。情けなくも、その場に尻もちをついてへたり込んでしまう。


「フフッ……」


刹那、微かに聞こえた声に振り向いた。


「やっぱり、とっても可愛い……!」


そう、嬉しそうに。そして、楽しそうに告げた百瀬川さんの顔はこの上なく可愛らしく。


(とっても可愛いのは貴女ですよ……!!)


と、私は地面に座り込んだまま心の中で叫ぶのであった。


  * * *


百瀬川さんに支えられながら、私はやっとの思いで一年三組のお化け屋敷を後にした。

出口でへたり込んでしまった私は、立ち上がれるようになるまで少し時間を要してしまい。その間、様子を見に来た七斗に思う存分笑われてしまった。


(アイツめ……!! あとで覚えてろよ!!)


と、心の中で復讐を決意していると。自分達の教室前へと辿り着く。


「!」

「えっ……!!」


そして、私達は揃って目を見開いた。

一年一組の教室入口は、大行列を成していたのだ。


「あっ! ようやく帰って来たー!」


唖然とする私達に、列整備をしていた高石さんが声を掛ける。


「もう、待ってたんだからね! 早く教室入って! 仕事仕事!」


と、促され。私と百瀬川さんは教室へと押し込められてしまう。


「おっ! 帰って来たかー! 待っとったでぇ!」


関西弁モードの銭谷さんが、明るい声で私達を歓迎した。

教室……というより、店内は。外の行列が納得の繁盛ぶりで、客席は満席。働き手であるメイド達は慌ただしく室内を行ったり来たりし、客への接客に勤しんでいる。


「おっ待たせしましたー! 皆様、お待ちかねの主役二人の登場でーす!」


お店の盛り上がり具合に面食らっていると、銭谷さんが声高らかに言う。


「おぉー!!」

「待ってましたー!!」

「是非是非! 一緒にお写真お願いしますー!」


そして、銭谷さんの声に沸き立つお客さん達。

再び、自分の想像を超える光景に呆然としていると。


「――あっ、あの……!!」


おずおずとした声が掛けられる。


「あっ、君達はさっきの!」


顔を向けると、そこには最初に声を掛けた女子中学生二人組の姿があった。


「来てくれたんだね! ありがとう!」


自然と込み上げてきた嬉しさを、私はそのまま言葉に乗せる。


「いっ、いえっ! そんな……」

「私達も、楽しみで……!」


さらに嬉しいことを言ってくれる二人。すると、二人はどちらも緊張した面持ちで。


「あっ、あの!」

「一緒に、写真撮ってください!」


と、声を振り絞った。


「うん! もちろん!」


こんなんで良ければ喜んで! そう思いながら笑顔で頷くと。


「ありがとうございます!」

「あの……あと、出来れば……メイドさんも一緒に……」


女の子は伺うように、百瀬川さんの方を見やる。彼女は既に、写真撮影に入っていて。長蛇の列を、銭谷さんと一緒に捌いている最中であった。


「いっ、忙しそうですね……」

「すみません……出来れば、お二人と一緒に撮りたかったのですが……」


残念そうな二人に、私は「何とかしてあげたい!」という欲求が湧いてしまい……。


「ちょっと、待ってて!」


と言って、百瀬川さんの方へと歩み出す。


「あの!」


丁度、今から百瀬川さんとツーショットを撮ろうとしていた男性客――アキバ帰りのような出で立ちの太ったヲタファッションの人――へと声を掛ける。


「すみません……少し、彼女を貸して下さいませんか? あの娘達と、フォーショットを撮らせて欲しくて」


男性客にそう言うと、私は続けて「お願いします!」と頭を下げた。


「ちょっ、合田さん! お客様に失礼や――」


銭谷さんが私をたしなめようとするが、男性客が彼女をスッ……と、手で制すると。


「レディーファースト」


男性客はそう言って、親指をぐっと立ててくれた。


「ありがとうございます!」


再び深く頭を下げてお礼を言ってから、私は百瀬川の手を取る。


「百瀬川さん、来て!」


私がそう言うと。


「うん!」


百瀬川さんは、ほんのりと笑みを咲かせながら私に続いてくれるのだった。


「あっ、あなた達。さっきの」


女子中学生二人組の元へ百瀬川さんを連れて行くと、彼女は再び穏やかに笑い。


「来て下さったんですね。嬉しいです……おかえりなさいませ、お嬢様方」


と、少しスカートの裾を両手で上げながら会釈をした。


「ひえっ!!」

「そんにゃっ!!」


百瀬川さんの麗しさに、またまた言語を正確に話せなくなる二人。


「じゃあ、撮ろっか!」


そんな中、それでも私達四人は。最高の笑顔で写真を撮り、嬉しい思い出を一つ残すことに成功するのであった。

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