最終話 愉悦の退廃とどこからか現れた聖典
「在澤様! イカがなさいましたか!」
「館長、俺はイカ臭くなどない!」
「気のせいです!」
最近は何をしてもつまらない。村に出ても人はおらず、わずかに俺の仲間がちらほらと相手をしてくれるくらいだ。
俺は村々を蹂躙した。まさに聖典の通りにである。そして民衆の腕を折った。これもまた聖典の通りにである。
そして見回してみれば、民はもうだれ一人としてここにいない。活気のあった村はいつの間にか誰もいない寒村へと変貌していた。
寒村というのもおこがましい。ただの廃墟である。
周辺の村に略奪に向かったところで、焼き焦がす人もろくに居ない村が転がっているか、堅く城門を閉ざした都市がある程度である。
都市を攻めることは叶わない。俺はあまりにも無力だった…………
「どうしてこうなったのだ…………」
俺は内心嘆くが、部下達にその思いを察せられてはならないから、どうにかつまらないギャグを飛ばしてごまかす。
最近話す言葉はあまりにもくだらなくて下卑てつまらないものだ。まともな会話は無くなってしまった。
「髪は死んだ。」
by ニチャァ。俺がそう言えば、頭から何かの黒線がハラハラと地面に落ちる。
「これは! これこそは髪の意志!」
髪が地に落ちる。つまり、髪はここに生まれたのである。
『このハゲー! 違うだろーーーー!』などという子供はもうこの村にはいない。髪に逆らうものなどいないのだ。
「館長、俺は悟った。」
「突然何を?」
俺は館長にりんごを渡す。
「リリスとアダムは幸せになれず、アダムとイブもまた、最後に絶望という名の希望を得てしまった。」
賢い俺はその物語をなぞる。
考えれば簡単なことだ。
「箱の最期に残ったものは希望だが、一方でそれは絶望だとも言われる。だがつまりは絶望は希望だったのだ。」
「どいうことでしょうか?」
館長が問うが、知能2には難しい事だったかもしれない。
「絶望は希望ということは、つまり、絶望は希望という事なんだ。」
「なるほどしゅごい!」
館長は俺の言葉に感激の声を上げる。さすオレである。
「今のままではいけないと思います。だからこそ、俺たちは今のままではいけないと思っている。」
まさにセクシーな言葉だ。
「初心に戻れば簡単な話だった。『男の人は男の人同士で、女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの』という言葉は、髪の言葉よりも正しい言葉だったのではないか。」
人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった。そういう流れが人類においては当たり前として信じられてきた理である。
だが考えてみればわかる。なぜ人が子を産み、育て、そして死んでいったのか、それは子供に希望を託していたからであろう。
だが、希望を託すということは、つまり絶望を託すことだったのだ。
そう、子供がすべて幸せに生きていけるというわけではない。
現実の俺のように、生まれの出自から迫害されたやつも多いだろう。或いは、ニチャァとした俺とは異なるイケメンなどは、不幸にも女性たちに狩られる毎日なのが現実の理である。
人は思うように生きていけず、薄暗い部屋に引き籠る子供たちは枚挙にいとまはない。悲しい事だ。
人類はこの悲しむべき輪廻の鎖から解き放たれて、いずれニルヴァーナに向かわなければならないはずである。
それが唯一の幸せであり、そしてそれこそが唯一の幸せなのだ。
まるで高僧のような尊き俺の尊き言葉に、館長は頷き、そして悟りを得たかのように俺の前で平伏する。
またオレ何かやっちゃいました?
「つまり簡単なことだったのだ。」
俺は平伏する館長のケツに手を添えて、優しく彼を抱き起す。
「俺は、お前が、お前が、お前が好きだ! お前が欲しい! 館長!!!」
「っ…!!」
館長が顔を赤く染めながら、驚きの声を上げる。
「男の人っていつもそうですね……! 私たちのことなんだと思ってるんですか!?」
そしてそう続ける。愛いやつだな。そんな言葉を言いながらも、彼の尻尾はぶんぶん振り回されているのだから。
俺は彼の尻尾を上下に挿し入れしながら、彼に愛の言葉を囁く。好きだ、愛してる、と。
そう、簡単なことだったのだ。人類は子供に希望を託すからこそ、そこに絶望が産まれるのである。だったら、子供がいなければいい。
子供がいなければ、そこに希望は無く、そして絶望もない。そう考えてみれば、俺がやってきたことはまさに主の与えたもう人類への祝福である。
女子供を殺しつくして、世界の希望を失わせた。つまりそれは絶望を失わせたと同義である。だが、そんなことをしなくても人類は幸せになれたのだ。
『男の人は男の人同士で、女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの』
この言葉は、人類への祝福であった。この愛ならば、子供が産まれることはありえない。子供がいなければ希望は無く、そして絶望もない。
等しく人はすべて滅びるべきである。これが主のお考えであるに違いないのだ。
「在澤様、私も、愛してます…………」
館長が俺の胸板に押し付けられたその身をわずかによじりながら、俺の耳元に口を寄せて、そう、甘く囁く。
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「ちぃっ! 腐ってやがる、遅すぎたんだ!」
そう叫ぶのは、エンリルという神である。髪ではない。
「二人の叫びは非常に大きく、そしてまた彼らの罪はあまりにも重い。」
彼は後世に書かれた聖典にある言葉を発する。
「滅びよ。」
その言葉の直後、世界は大洪水に覆われる。その濁流はすべての村々を襲い、壊し、山を砕き、河を穿つ。世界は一面の海に覆われ、僅かに生き残る人々は、遠く、遥かに遠い新天地へと旅立っていったのだ。
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目の前に光が差す…………
朝か…………
記憶が混濁している…………
俺は長く夢を見ていたはずだ。何故か布団はびしょぬれだ。何故かは問うまい。俺は傍らで眠るチワワのケツを撫でる。
「おはよう。今日も愛してるよ。」
俺が優しく問いかけても、犬は一瞬驚いたようにビビッと震えてキャンキャンと吠えるだけで、何の言葉も発しはしない。当たり前だ。
今日も一日が始まる。何もないつまらない一日だ。俺はついていた電気を消す。
暗くてネチャネチャした部屋こそが快適だからだ。電気をつけて寝たから変な夢を見たのだろう。
電気を大切にね!
---完ケツ---