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第3話 魅惑的な嗚咽とどこからか現れた聖典

新しい朝は希望の朝だ。村落に女子供の叫び声が聞こえる、建物は炎に包まれる。一面のアカ。


アカ色は素晴らしい。この色は俺の存在をまさに認めてくれる唯一の色だ。この世のすべてはすべてアカに染まらなければならない。


俺はそのアカに星を添えたい衝動に駆られながら、今日も新しい村落を焼いて回る。


「館長、どうだね?」


俺は隣に文鎮する彼に問いかける。いや、兵を失ってからは多少は動いているから文鎮では無くなったのかもしれない。


「素晴らしい、素晴らしいですぞ! これこそ強者の在り方。軍人の在り方! 戦争が好きなものに与えられる唯一無二の悦びですぞ!」


俺が彼のケツを撫でながらそう問えば、彼はいつにもまして興奮したのか、そう捲し立てるのだ。


「素晴らしい、素晴らしいのですぞ! この世界はまさに祝福に満ち溢れている!」


今日の俺たちが始末したのは、子供100名余り、女230名余り、年寄り43名余りだ。


男は攻撃してはいない。なんでかわかるか?


当然のことだが、戦争とは、弱いものを蹂躙することがその理だからだ。強いものを叩くことはその本懐ではない。


それにだ、男を殺すなどとんでもない。彼らは寝所でこそ嬲るものである。彼らが突かれるたびに甘い声を上げることは、女子供をいたぶる時に聞こえる喚き声や呻き声と同じように甘美なものがある。


「村に火をかけろ!」


俺が部下達に命じる。汚物は消毒しなければならない。エライ人がそう言っていたのだから、それに殉じてこそ正しく清廉な生活が営めるのである。


かつて人類は土葬という風習を行っている地域が多かったが、近代では火葬が増えてきている。これが何故かといえば、死体をそのまま埋めてしまうとそれらによって土壌や水が汚染され、或いは腐って病原菌が蔓延するからである。


そういう理由があるため、火葬が推奨される地域が増えたのである。火葬してしまえば死体も小さくコンパクトになるし、既に火で有機物が消毒されているため、病気が流行るということも無い。


だからこそ、俺は村の建物に火をかけたのである。


「いいな! 死体は火葬せずに土葬してやれ!」


だが、伝統を重んじる俺は別だ。どうせこれは夢の世界なのだろう。どうして火葬する必要あるのだろうか。土葬は文化である。火葬は遺体に対する冒涜なのである。


優しいな、俺。


そうして遺体を埋める場所は畑や井戸の近くに命じる。亡くなってからも飢えや渇きに苦しまないで済むための配慮だ。


俺はおもむろに聖典を取り出す。まるで憑りつかれたかのように自然な動作でだ。


「髪は、遠く離れた強大な村々に対しても物事の道理を弁えさせるであろう。そして、彼らの持つ剣の刃は鍬に変わり、槍の矛先は刈込ばさみに変えなければならなくなるだろう。民は民に向かって剣を向けず、そしてもう戦い望まないのだ。」


つまりそういう事だ。俺はその聖典に従い、女子供の手を折って回る。考えてみれば簡単なことだ。


手があるからこそ民は民に剣を向けるのである。手が無ければそんなことは起きないのだ。


そんなこと、知能1の俺にかかればわからないはずがない。まさに根本的な解決方法である。昆布の卵的発想だ。


だが、村々で上がる美しい悲鳴の音楽を聴きながら、俺はふと物思いにふける。


「…………在澤様? どうかなさいましたか?」


館長が俺に問いかける。


「恋だな。」


「は?」


「何度も言わせるな! 恋だ!」


「なっ!? なんと!! それほどまでに私を愛してくださるなど、感激いたしました!」


「ちがう!」


「はっ?」


嬰児館長はそう言って頭に疑問符を浮かべる。どこから出したのか知らないが器用な奴だな。


「遠地に、シオン軍曹という可憐な乙女がいる。」


「聞いたことがあります。麗しの女性たちに薔薇を配ったことで知られる、ハスキーボイスの女性ですな。文筆家として知られていますが、その割に軍を率いてもそれなりに手ごわい、と。」


館長が述べる。まさにその通りだ。実は何度か戦場で見かけたのだが、俺の軍にだけは攻撃を加えず、他の部下達を刈り取っていくやつだった。


つまりこれは、愛。


「実は、既に告白したのだが、2度もフラれたのだ…………」


あれは悲しい出来事だった。戦場で俺は雄たけびを上げて彼女に告白したのだが、2度とも一蹴されてしまっている。


これほど愛し合っているというのにどういうことなのだろうか。ツンデレさんめ。ツンツンさんかもしれないが…………


だが、それはそれである。ストーカー行為は、男に許された最も男らしい行為である。


俺は彼女の情報を集めた。気の遠くなるような作業だったかもしれないが、文筆家である彼女の情報を集めるのは、意外と簡単である。


俺は彼女の書物を読み漁った。一字一句読み違えぬように、彼女の作品を総てである。彼女の作品は作りに甘いところはあるが、論文、小説、小物など含めて多才であった。


俺はみんなに宣伝したい衝動に駆られて、戦場でも皆に聞こえるように彼女の作品を天下に知らしめ、そして彼女の用いる小説のキャラクター名すら、俺のペットに名付けてしまうほどだった。


だが、彼女は俺に薔薇はくれぬ。ある時俺は言ってしまったのだ。女性にのみ薔薇を配るなど酷いではないか! と。


俺は、薔薇を貰えない嫉妬のあまり、こんなことを言ってしまった…………。


『男の人は男の人同士で、女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの』という、偉い人の言葉があったにもかかわらずだ。


しかし、魅力的な人の前では男もメスになってしまう。これは致し方のない事だろう。


『シオンの山で君に逢いたい。』


俺は彼女にそう手紙を送った。シオンという言葉は要塞という意味を持つらしい。まさに彼女らしい可憐な名前だ。あれから彼女と交わした言葉は、俺の罵詈雑言に対して、その仲間の女性を庇ったときだけである。


そして、俺は手元の手紙を見る。


「私こそがシオンに選ばれた石、貴い礎石だ。彼女との信頼関係は、決して終わるものではない。」


送り付けてきたのは、彼女と結婚したらしい石田恥部少輔という男だった。風の噂に聞けば、チビで下卑た男らしい。


俺の恋は終ったのだ。最後の晩餐をシオンの山で…………

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