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第2話 蠱惑的な呻きとどこからか現れた聖典

「在澤のおやびん、大変です!」


「誰だてめぇ?」


あれから数日、俺の部屋に押し入ってきた男を問いただす。もちろん俺に無礼を働いたから、襟首をつかんで床にたたきつけてからだ。


「痛い、止めて、助けて! そんなの卑怯だ!」


「わかった。」


確かに、いきなり攻撃したら卑怯だろう。とりあえずそいつを起こして500メートルほど外にぶん投げる。やり直しさせてやろうという俺の配慮だ。


「在澤様、失礼いたしました。大変な事態です。」


どこからか伸びている尻尾を股に挟みながら、館長が俺の前で平伏する。そう、そういう態度で良いんだよ。小物に許されているのはそういう態度だけだ。


「犬公方率いる軍勢に、私の軍が全滅させられました。」


「ほう?」


楽し気な話だ。館長という男は兵隊を陳列させるのが好きで、しこたま揃えているくせに何もしないことから、『文鎮』と蔑まれている。


そうはいってもその戦力自体はすさまじく、周辺地域でもトップクラスの兵力があったはずだった。


「どうしてそうなった?」


「はい。私が精鋭の指揮官達だけを集めて外の村を嬲りに行っていたところ、置き捨てていた本陣に強襲を受け、すべて…………」


「そいつはいけねぇな?」


「はい。私が油断しているところを攻撃するなど、軍人のやる事ではない卑怯なことです。軍人であれば、私には絶対に勝てない弱小戦力をもって、私を攻めることが正しい。もちろん、私が寝ていたり、トイレに行っていたり、遊びに行っていたり、女と遊んでいたり、仕事をしていたり、酒を飲んでいたりするときに、こうやって攻めてくることはいけない事です。絶対にです。私の大事な大事な大事な大事な大事な兵隊をやっつけてしまうなど、何が面白いのかわかりません。兵隊がやられるのは当然の事。当たり前の事なのです。あいつらは私をあざ笑いましたが、軍人の風上にも置けない。まさに畜生。名前からして畜生です。クソが。」


チワワのようにキャンキャンと吠える館長の声は、耳に心地よい。村はこうして活気あるべきものだからだ。


「よく言った。その通りだ。」


俺はそう頷く。


「では館長、お前はこれからはどうするんだ?」


「さよう。村に引き籠り、兵隊これくしょんをまた集めて、そして弱いものを蹂躙します。」


「一理ある。」


「その通りです。強いものが弱いものを蹂躙するのは道理であって、そして弱いものには一切興味はありません。俺は強いものにしか興味が無いんだ。」


「わかる。お前はまさに正しい。俺の意を汲んだ回答だ。」


「見てください。」


そういって、館長がいつの間にか連れてきた、やせ細って無力な女子供の腕がポキリと折られる。


部屋に劈く悲鳴は、壁に反射していつもよりも大きく響く。もだえ苦しみ床を転げまわる音もそうだ。


「……悲鳴が気持ちいい。」


つい俺はそう漏らす。じょぼじょぼじょぼ…………。


いや、そうではない。感涙したということだ。女子供の無力な者達が、こうしてもだえ苦しむ声と姿は、主の与えたたもう最上級の酒である。


「今こそ反撃の時。犬公方の領地はどちらにあるのだ!?」


俺は問いかける。やられたらやり返すしかない。それが男だ。


「東にあります!」


なるほど。


「俺は大陸の兵法を学んでいる。しっているか? 『声東撃西』という言葉を。」


「ど、どういうことでありましょうや?」


ふふん。馬鹿め。無知蒙昧なる畜生め。俺ほどの男になれば、この程度の事は常識である。


「いいか、声は東に撃つのは西に。つまり、はにはに、ということだ。」


「はて?」


「わからんのか! 敵が東にいるというのなら、西を攻撃する。これは古代から言われている常識であって、作戦なのだ。」


馬鹿には理解できないのであろう。これほどの軍略、知能1の俺でこそようやくわかるというものだ。


「素晴らしい! これは完璧な作戦ですな!」


館長は感激のあまり小便を漏らす。嬉ションである。俺のものと少しずつ混ざって、部屋には芳醇な香りが広がる。魅惑的で蠱惑的だ。


だが、今はそんなことを考えている場合ではない。


「兵を挙げよ!」


周辺の寒村に俺たちは号令をかける。集まってきたやつらは、俺たちと同じように、強者として弱者を嬲ることに快感を得る、まさに一騎当千のつわもの達である。


「仇を報いよ。」


俺は何者かに憑かれたかのように、聖典を片手にしてそう声を上げる。


「我らの髪、主が我らに相続し与えようとしてくれる全ての村や町では、息のあるものを一人も生かしておいてはいけない。つまり、すべての人々を、我らの髪、主が命じられたとおりに必ず聖絶しろ!」


「さあ進め! 罪人を聖絶せよ! あいつらを殲滅するまで戦い続けろ!」


「主は敵に容赦せず、完全に蹂躙して征服し、やつらを『硫黄で燃え滾る火の池』に放り込めと命じられたのだ!」


俺が雄たけびを上げる。


「イエス! イエス! イエス!」


「イエス! イエス! イエス!」


「イエス! イエス! イエス!」


軍営には同意の声が木霊する。素晴らしい。これほど素晴らしい光景がこの世にあったのだろうか。澄み渡る空は朝焼けに赤く、まさに血がしたたり落ちるほど、救いに満ちた風情がある。


「髪は死んだ!」


城門前にはそう叫ぶ子供たちがいる。ハゲを馬鹿にするのは、髪にも許されない悪魔の所業である。


心あるもの、良心のあるもの、知能の高いものならわかるだろう。それは絶対にあってはならない事だ。


世の中に許されるのは、有色の肌の者、異形の者、同性愛のもの、そういった歪なものであって、これらの者達がニチャァと笑う事こそが、世界の幸せである。


聖人をみればわかる。あの河童のような異形こそが正しく清い人の姿であって、これを貶めることは許されざることなのだ。


だからこそ、俺は手にした分厚く由緒ある聖典を片手に、とあるページを開くのだ。


「エリーシアがその道を上っていくと、村から子供たちが出てきて、彼を嘲笑した。『このハゲー! 違うだろー!』と。彼は子供たちをにらみつけ、髪の名によって彼らを呪うと、大熊が現れ42人の子供たちを引き裂いた。」


そこにはそう書かれている。つまりそういう事だ。


俺は、ふっさふさやぞ、と、言いたい気持ちを抑えて、書物に従い48人の子供たちを出兵前の生贄に捧げる。


アイドルみたいだな。偶像だから同じようなものだ。


そう、たいしたことはな、いサク、ッと子供たちを生贄に捧げ、俺たちは出兵したのであった。

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