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第七章

「起きたんだ……あ、もしかしてアレも演技だった?」

 近づいてきた俺たちに気づき、容赦ない疑いの言葉を吐く楓。

「やっぱオメェは殴られなきゃ分かんねぇみてぇだな——オイ楓ゴルァア‼︎」

「哲人やめて‼︎」

 楓に殴りかかろうとする哲人を、ノノンと足立さんが抑える。

「迫真の演技っすね哲人さん。それともアンタ達も騙されとるんですかい?」

「アスラ……テメェ覚えとけよ……」

 今にも哲人と一緒に暴れ出しそうな足立さんは、プルプルと震えながらアスラを睨んでいた。

 その眼光は、ノノンを貫いたガーゴイルのビームにも引け劣らないほどのものだった。

「おー怖い怖い。」

 小馬鹿にするような態度でさらに足立さんを煽るアスラ。

 隣では、まさに[一触即発]を絵に描いたような哲人と楓。

 そんな四人の姿を、少し後ろから心配そうな顔で見つめる馬風楽君と雷愛。

 この状況から察するに——

『馬風楽君と雷愛は、それぞれ一番信用している人について来た。』

『先導している過激派的存在が、楓とアスラ。』

 と言った感じだろう。

 緊張で乾く口を少し唾で潤し、俺は一歩前に出る。

 そして予定通り、四人に弁明を始めた。

「俺が寝ている間に起きた事は教えてもらったよ。正直、俺とフタツさんを疑うのも分かる……立場が違ければ、俺も同じ気持ちになったかもしれないし。」

「なんすか?説得しに来たんすか?往生際が悪いんすよ!アンタが[向こう側の人間]って事はもうバレてんすよ!」

 完全に俺を疑いきっている様子のアスラには、俺の声は最早届く気配すらない。

 しかしそんな事は想定内。

『立場が違ければ、俺も同じ気持ちになったかもしれない。』

 その言葉嘘はない。

 なら俺が信じてもらう方法——

 そんなもの……[行動で示す。]しかないのだ。

 俺はゆっくりと膝を落とす。

「お、おい!イカセ⁉︎」

 驚きを隠せない哲人が声をあげる。

 しかし俺は動きを止めない。

「お願いです。話だけでも聞いて下さい。」

 アスラ達に向かって、両手と(ひたい)を地面につける。

「イカセ!お前がそんな事する必要ねぇって——」

「お願いします。」

 頭を下げる俺を止めようとした足立さんの言葉を遮って、いつの間にか隣にいたフタツさんとノノンも、立ったまま深く頭を下げる。

 この世界に飛ばされてきたせいで、[元の世界から]どころか[この()から]さえ、消されてしまいかけたノノンと、信じてもらう為とはいえ、無罪を主張しながらも土下座する俺。

 そしてさっき俺たちに見せた、あの一笑もない真剣な表情を再び見せるフタツさん。

 そんな彼女の表情を目にした馬風楽君は、一体今どんな顔をしているのだろうか。

 頭を下げる俺たちを見て、雷愛はどんな顔をしているだろうか。

 視界ゼロの俺の耳に入ってきたのは、下駄が後ずさる音と——

「アスラ君。」

 反射的に声の方へ視線を上げた俺。

 そこには、アスラの背中に手を当てている馬風楽君の姿があった。

「馬風楽さん——」

「楓さんも……彼等の話を聞きましょう。」

 驚いた様子で振り返るアスラの言葉を遮り、馬風楽君は楓と目を合わす。

「何?僕に命令?」

 そう言って、馬風楽君と合っている目に力を込める楓。

 隣には、何か言いたそうな顔で馬風楽君を見つめるアスラ。

 しかしそんな二人の視線を受けても、一歩も引かない馬風楽君。

 …………

 不思議な威圧感のある馬風楽君の姿に圧倒されたのか、そこから二人は一切言葉を発さなかった。

「……ッチ。」

 バッ!

 楓は舌打ちを残し、後ろにいた雷愛の隣へと、アスラは馬風楽君の手を払い、数歩後ろへ下がった。

「界世君、立ってくだい。もう大丈夫ですから。竹ノ塚さん、フタツさんも。」

 そう話しながら、アスラとスイッチする形で前に出た馬風楽君は、今度は俺たちに向かって頭を下げた。

「貴方たちの誠意、自分には届きました。自分は貴方たちを信じます。一瞬でも不信感を抱いてしまった事……本当にすいませんでした。」

「ちょ⁉︎おい!馬風楽さん⁉︎オイ達を裏切るんすか⁉︎」

 後ろに下がっていたアスラが驚きの声を上げると、ゆっくり振り返った馬風楽君は、優しい声で意味深な事を言った。

「裏切る?……まさか。——僕は君の事も信じたい。だから信じさせてくれ。」

「は?……何すかそれ?どう言う事っすか⁉︎」

「さぁ……カイセイ君。貴方達の話を聞かせて下さい。」

「おい!無視してんじゃねぇぞ!」

 勢いよく馬風楽君の肩を掴み、怒鳴り声を上げたアスラ。

 馬風楽君は一瞬グラリと身体を揺らされたものの、落ち着いた様子で再び視線を[俺達へと]戻す。

 そして顔を合わせないまま、後ろにいるアスラに再び話し出した。

「アスラ君。後ろ向きで失礼します。そして、もう一度同じ事を言います…………『信じさせて下さい。』誰かを疑う事しかできない今の君をこれ以上見ていると……自分もそうなってしまいそうだ。でも自分は、そんな自分でいたくない。信じる相手は自分で決める。もう流されない。だから君の方は向かない。」

 馬風楽くんの言葉に、苛立ちを隠せないアスラ。

 身長二メートル近くもあるアスラが、血管を立てた腕をピキピキと震えさせ、小柄な馬風楽君の肩を握る姿に一同息を呑む。

「…………クソッ‼︎」

 ついに諦めたアスラは、握っていた手を大きく振り払い、再び馬風楽君の数歩後ろへと下がる。

「では改めて、[九人で]話し合いましょう。きっと何か考えがあるんですよね?リーダー。」

 そう言って俺に軽く笑って見せた馬風楽君は、少し震えていた。

 アスラを相手に、本当は怯えていたのだと、俺はこの時初めて気づいた。

「……ありがとうございます。馬風楽君。」


 こうしてようやく、九人全員での話し合いが始まることになった。

 俺は改めて『自分は何も知らない、アナウンス側の人間ではない。』という事を説明し、ノノンの気づいた[三つのワ]の話と、[最後のワ]の予想について話した。

 馬風楽君はたまに相槌を打ちながら、アスラと楓は終始疑いの眼差しを向けながら、それぞれ静かに話を聞いていた。

「なるほど……確かに今まで言っていたことの意味が分かりますね。」

「まぁこれは俺じゃなくて、ノノンが思いついた事なんですけどね。」

「いいよカイセイ!わざわざそんな事言わなくても。」

「流石竹ノ塚さん。僕よりずっと歳下なのに。」

「そんな事ないですよ……みんなのお陰です。」

 ありきたりな謙遜で照れ隠しをするノノン。

 隣では、何故か自慢げな足立さんとフタツさんがニコニコしていた。

「ってことで早速やろうぜ。これで元の世界に帰れりゃあ、俺達の疑いは晴れるし、テメェ等も帰れるんだから。文句ねぇだろ?」

「アスラ君、楓さん、雷愛ちゃんもいいですね?帰れる可能性があるんですから、協力してくれますね?」

 まだイライラしている哲人の提案に続いて、馬風楽君が二人に話を振った。

 しかし——

「は?何でオイ等がそんな根拠のない、むしろ騙される可能性の方が高そうな『やってみましょー』に付き合わされなきゃいけないんすか?こちとらそんなに暇じゃないんすよ!」

「却下。手を繋いで輪になる?きっとアナウンスが言ってた[異世界らしいもの]ってやつの続きだろ?魔法陣的なもの作って、またモンスターでも召喚するつもり?……雷愛はどう思う?」

「え?……あ……うん……そうかもしれない……ね。」

 アスラ、楓、雷愛は反対。協力しないと言うのだ。

「いい加減にしろアスラ!まだ分かんねぇのか⁉︎この中に裏切り者なんて居ねぇんだよ!」

「哲人さん!足立姐さん!逆に気づいて下さい!きっとアンタ等も騙されとるんですって!」

「もし騙されてたとしても、アーシはノノンを助けてくれたイカセとフタツさんだったら別にいい。後悔はしない。そう決めた。」

「ふーん。カッコイイね…………で?」

「楓……テメェは人を逆撫でる天才みてぇだなぁ⁉︎だったら望み通りブチギレてやるよぉお‼︎」

「哲人!やめろって!」

 再び言い争うアスラ、楓と哲人、足立さん。

 そしてまた殴りかかりそうになる哲人を、俺とノノンで必死に抑える。

「うーん……これじゃぁヘーコーセンだねぇ……困った困ったー。」

「なに呑気なこと言ってるんですか⁉︎……ってかなんかキャラ戻ってませんか⁉︎」

 いつも通りに戻っていたフタツさんに、驚いている馬風楽君。

「行こう雷愛、時間の無駄だ。」

 終わりの見えない不毛な言い争いが面倒になった楓は、雷愛を連れてこの場を離れようとした。

 しかしここで、雷愛が驚きの行動を見せたのだ。

「待て、楓よ……」

「ん?どうしたの雷愛?」

 振り向いて、雷愛の手を取る楓。

 すると彼女は、繋がれた楓の手を握り返して答えた。

「我はカイセイの提案……試してみるべきだと思うぞ?」

 雷愛がそう告げると、楓は今までに見た事のない驚いた顔で目を見開き、声を荒げた。

「雷愛⁉︎何を言ってるんだ⁉︎アイツらは僕達を騙してたんだぞ?さっきの話だって嘘に決まってるよ——」

「楓よ!何にそんなに怯えているのだ⁉︎彼奴等(あやつら)が嘘偽りのない話をしている事くらい、楓にだって分かるであろう⁉︎」

 焦った様子で雷愛を説得する楓だったが、雷愛は自分の判断を揺るがすどころか、逆に楓を説得し始めた。

「雷愛!この世界の方が僕達には合ってる!別に元の世界に帰る必要なんて無いんだよ⁉︎」

「何故今そんな話になるのだ⁉︎それに我は!元の世界に帰ると言いたであろう!馬風楽と、皆と、楓と約束したであろう!」

「約束なんてどうでもいい!……なぁ雷愛。分かってくれよ——」

 パンッ‼︎

 音ともに、楓の身体が大きく揺れる。

 楓の前にあったのは、平手を大きく振り切った足立さんの姿だった。

「ダセェよ……ダッセェんだよ楓‼︎雷愛ちゃんを理解してあげらんねぇ今のオメェに、隣にいる資格なんか無ぇよ!」

 赤く腫れた頬を押さえ、俯いたままの楓。

 足立さんのの言葉から数秒の沈黙。

「ふふ……ふふふふふ……イヒヒヒヒヒ……アーッハッハッハッハッハー‼︎……ははははははははははははははははははははははははははははははは……」

『全てが面倒臭そうで、常に太々(ふてぶて)しい。』

 そんな今までの態度からは想像もできない程、感情的で狂気的。

 更に全身から蒸気を上げる、肌の赤いエイリアンみたいな楓がそこにいた。

「か、楓……⁉︎」

 そばにいた雷愛は、腰を抜かして顔を青くしている。

「……おい糞スイーツ(笑)……僕が雷愛の……なんだって?——」

 明らかに様子がおかしくなった楓は、無意識に漏れ出るスキルで、両腕に水蛇を纏わせていた。

「楓!やめろ!落ち着け!」

「あぁん?……お前も僕に指図するの?」

 そう言って歪んだ目つきと、腕の蛇達を俺に向けた楓。

 しかし次の瞬間——

 キンッ!…………バラバラバラ!

 一瞬氷漬けになったその蛇たちは、すぐに砕け散り、変わり果てた姿になった。

「それ以上カイセイに近づいてみろ……次はお前が、そのミミズになるぞ。」

 楓に負けず劣らない狂気っぷりで、こちらに手を伸ばすノノンがそこにいた。

 目がヤバかった。本当に楓を殺しかねないと思った。

「へー。いい顔してるねぇ……そっちの方が僕は好きだよ。」

 新しい蛇を腕に巻きながら楓がそう笑いかけると、ノノンは無言で右腕全体を氷で覆った。

 最初に出てきたリザードマンみたいな爪をつけ、元の腕の五倍くらいの太さになった腕周り。

 [凶器その物]みたいな彼女の右腕は、まさに白虎の前足のそれだった。

「お、おい!ノノン!」

「おいおいおいおいアレはヤバいって!」

 後ろにいた足立さんと哲人が真っ青になっていた。

 そんな二人を見て俺も確信した。

『これはヤバい。』

 狂った楓は勿論だが、二人の反応から察するに、ノノンは相当ヤバい。

 というか何より、この状況が一番ヤバい。

 和解どころか、もはや収集がつかなくなっている。

「ノノン!俺は大丈夫だから!……楓!頼むからちょっとだけ落ち着いて——」

 間違いなく聞こえている音量で叫んだこの言葉も、彼女たちの耳には届いていないようだった。

『もう何を言っても届かない。』

 俺がそう悟りかけたとき——

 バチバチバチ!……パァァァン‼︎

「うっ!」

 厳つい音とともに、楓が崩れ落ちる。

「雷愛……」

 倒れる直前、楓はそう呟きながら雷愛の方に視線を送った。

 俺もラ雷愛の方に振り返ると、まだパチパチと音を立てる手の平を、しゃがんで地面に着ける彼女の姿があった。

 恐らく雷愛は、水のスキルを使う楓の体に、地面を通して電気を流したと思われる。

「ノノン!」

 すかさず足立さんがノノンに駆け寄り、彼女の体に勢いよく抱きついた。

 楓が戦闘不能になったことからか、足立さんに飛びつかれたショックからか、ノノンの目は正気を取り戻しているように見えた。

 そしてその姿を横目に、雷愛もゆっくりと楓に近づいて行き、倒れる彼の隣で身をかがめた。

「ごめんね楓……大丈夫?」

「う……ら、雷愛……なんで……」

「マフラ見てて思った……私も、ちゃんと自分で考えて、自分の意思で行動しなきゃって……」

「ら、雷愛……」

 二人の様子を見る限り、とりあえず楓の意識はあるようだし、『このままだと死に至る』ってわけでもなさそうだった。

 それに何かあったら、足立さんのスキルもある。

 錯乱状態だったと言ってもいい、ノノンと楓の落ち着いた様子を確認し、俺は再び問いかける。

「これで最後にする。だから頼む、聞いてくれ。これでダメなら諦めるから……」

 返事はしないものの、これ以上話の妨害をするつもりはなさそうな楓とアスラ。

 逆に馬風楽君と雷愛は、積極的に俺の話を聞く姿勢だった。

 順番に四人の表情を確認し、彼らの意思を汲み取った俺は、一息ついて[ずっと気になっていた事]を皆に話し出す。

「フタツさん。[さっきのやつ]もう一回聞いてもいいですか?」

「ん?[さっきの]って……何だっけ?」

 急に話を振られて、頭にハテナマークを浮かべるフタツさん。

「『どうしてフタツさんは、俺のスキルが時間を巻き戻す能力だって知ってるんですか?』ってやつです。」

「どうしてって、そりゃあ……君がスキルを使ったからだろ?」

「それは勿論そうなんですけど……俺のスキルって、(はた)から見ても[時間を巻き戻してる]って分かるような感じだったのかなぁ……って。」

 一瞬『ん?』って顔をしたフタツさんだったが、すぐに質問の意図を察したようで、目を閉じ、顎に手を当て、記憶と辿るような素振りを見せた。

 そして数秒後、再び目を開いた彼女はこう答えた。

「いや。そんな感じじゃなかったね……ちょっと違うけど、普通に考えれば足立ちゃんと同じ、回復系の能力に見えたと思うよ?」

 フタツさんの話に、マフラ君が続く。

「竹ノ塚さんを抱き上げた状態のカイセイ君たちが、ゆっくり光り出したと思ったら、カイセイ君がいきなり明後日の方向に歩き出して……慌ててみんなで横を並走してたら、ちょっとづつ竹ノ塚さんの傷が治っていくから……正直、『なにが起こってるんだろう?』って感じでした。」

 やっぱりそうか……

「ありがとうございます。因みに馬風楽君は、どうして俺のスキルが時間系だと思ったんですか?」

「え?えーっと自分は……うーん?なんでそう思ったんだっけ——」


「…………ぇで……」


 馬風楽君のスィンキングタイムを切り裂くように、掠れるほど小さい声を溢したのは、真っ青な顔で震えている雷愛だった。

 彼女の口から漏れた人名。

 それは間違いなく、他でもない……

 この瞬間も、弱々しく彼女の腕に抱かれる[彼]の名前だった。

「か……楓が……言い出した……」

 彼女のハッキリとしたその言葉に、全員の視線が集まる。

「か、楓……?」

「…………」

 雷愛の声に、表情の見えない彼は、口を開かなかった。

「ぐ、偶然だよね?——楓モノ知りだし、直感だよね?」

「…………」

 笑えていない目で、一生懸命口角を引き上げる雷愛。

「そうだよね?最初に雷愛がスキル使った時も、楓がやり方教えてくれたんだも——!」

 言いかけて雷愛は言葉を詰まらせた。

 再び急降下した口角と、見開いた瞳。

 その表情は、[何かに気づいてしまった]人間の顔だった……

「嘘……でしょ……?」

「…………」

「もしかして……最初っから全部……」

「…………」

「カイセイ達のこと……みんなにそう思い込ませてたの?」

 雷愛の言葉と、皆の視線に応えるようにして、ついに俯いていた顔をゆっくりと上げた楓。

 そしてそのまま空を見上げた彼の表情に、先程までの狂気はまるで無く、同時に[人間らしい生気]みたいなものも失われていた。

 [この反応が、何を意味するのか。]

 それは恐らく、この場にいた全員が直ぐに察したことだろう。

「楓……楓なのか?」

 やはり言葉を返さなかった楓だったが、[その無言が語る意味]を、雷愛はしっかりと理解した。

「なんでだよ……なんでこんな事したんだよ⁉︎…………なんで雷愛に何も話してくれなかったんだよ……」

 力の抜けた楓の身体を、泣き叫びながらグラグラと揺する雷愛。

 しかし数秒後には自身も崩れ落ち、楓の胸元を涙で濡らし始めた。

 そんな二人の姿を静かに見つめていた一同だったが、数分が経過した後、哲人が二人へ近づいていった。

「…………話せよ。知ってる事全部。」

 あらゆる感情を通り越したのか、珍しく冷静な哲人は、空を見上げたままの楓の顔を覗き込みながらそう言った。

 楓は瞬きもせず、意識を朦朧(もうろう)とさせていたが、辛うじて聞こえるレベルのボリュームで、淡々と言葉を漏らし始めた。

「…………僕はただ、雷愛の居場所を作ってあげたかった。雷愛がもっと、雷愛らしく生きられる世界に連れて来てあげたかった。雷愛の敵のいない、いつでも僕が守ってあげられる、二人ずっと一緒にいれる……ここがそんな世界になると思ってた…………でもそんなの必要なかった。そもそも雷愛はそんな世界望んでなかった。雷愛にまで嘘をついて、騙して、裏切って……そして結局、僕は雷愛さえも失う……もう僕には何も残っていない………………もう[僕達]の負けだ。」


 ⁉︎⁉︎⁉︎


 楓の最後の一言に、[ほぼ全員]が驚きの表情を見せた。

 雷愛は楓の胸で泣き続けており、時々楓の胸を、力の入らない拳でトントンと叩いていた。

「おい……『僕達』ってどういう事だ。」

 息を呑みながら、哲人が問題の一言について踏み込む。

 再び言葉を発さなくなった楓の姿は、最早生きているのかさえ曖昧(あいまい)な状態だった。

「最後の[ワ]。『手を繋いで輪になる。』なんて簡単過ぎるんじゃないか?ってずっと引っかかってた。」

 前置きもなく、突然話し始めるノノン。

「もしアナウンスの奴らの内通者がこの中にいたとしても、「手を繋いで輪になる。」なんて、そんな単純な事に反対し続けたら、きっと孤立して、その人自身が疑われ始めるのも時間の問題なはず。」

 ここまで聞いてピンと来たのか、馬風楽君が話に入る。

「じゃあ[僕達]ってのはやっぱり……」

 馬風楽君の方に軽く頷いて見せたノノンは、重い口調で続きを話す。

「内通者が[複数人]いる。それでいて、元の世界での知り合いを一緒に連れて来て、初対面のフリをすれば……」

「内通者が疑われる確率はグッと下がるし、誰かを黒幕に仕立て上げたりすることで、内部分裂を起こせば、[挑戦]のクリアを阻止、妨害する事もできる……って事か。」

 途中まで話して言葉を濁したノノンを、フタツさんが引き継ぐ形で話した。

「って事はなんだよ⁉︎アーシ等が分裂するとこまで計算されてたって事かよ⁉︎」

 驚きを隠せない足立さんが声を荒げる。

「でもそれだと、一つ目と二つ目の[ワ]は、何の意味も無かったって事ですか?」

 馬風楽君がした質問に、俺は答える。

「これはあくまでも俺の予想ですけど、恐らくアナウンスの奴らと内通者っていうのは、対等な立場ではないと思うんですよね。」

「……わかりやすく頼む。」

 哲人が難しそうな顔で俺に言う。

「多分、アナウンスの奴等が開催してるこのゲームみたいなものに連れてくる、[客引き]みたいな奴らがいるんだと思う。内通者が作ってるルールにしては、自分達には不利すぎるからね。」

 俺がそう話すと、ノノンが更に続ける。

「私もそう思ってた。だから[客引き]は、更に[共犯者]を作って、ゲームを有利に進めようとしたんだろうね。」

「……お、お前ら、そんなこと考えてたのかよ……」

 足立さんと哲人は驚きのあまり、幼馴染であるノノンを『全然知らない人を見る』みたいな目で見ていた。

「でも、どうしても分からない事があったの……」

 ノノンがそう言うと、久しぶりに聞く不気味で低い声が、俺たちの鼓膜を揺らした。

「[客引き]と[共犯者]の勝利条件……でっしゃろ?……ノノン姐さん。」

 そう言って、全員の視線を自ら集めた『彼』。

「そう。……でもさっきの(アイツ)の話で、それも分かったわ。」

 少し嫌な顔をしながら、顎を楓の方に振るノノン。

「[この世界に居続ける事]。それが目的であり、勝利条件。[この世界にいる限り、勝ち続けてる。]って事だったんだろ?」

 ノノンと俺がそう話す相手は、話し合いの雰囲気とは似合わない、ニヤニヤした表情でオドロオドロしいオーラを(まと)うハワイアンDQN——


 [神明明日良]だった。


「アッハッハッハッハー‼︎ホンマすごいですよアンタら‼︎…………そう。全部仰る通り。オイが、アンタらの言う[客引き]ですわ!……ほんで、楓さんを[共犯者]として誘ったのも、オイって訳っす……だからあんま楓さんを責めないであげて下さい。可哀想な人なんすよその人……オイみたいな奴に利用されちまう程、雷愛さんに執着してたんすからね……ハハハハハ——」

「なんでこんな事したんだ?お前にも楓みたいな理由があんのか?」

 まだかろうじて冷静さを保っている哲人が、アスラに尋ねる。

 するとアスラは、ニタついていた顔をシュッと引き締め、一瞬真面目な表情を見せた。

「アンタ等に詳しく話す気はねぇが、まぁ向こうの世界が嫌いで、ゲーム感覚でコッチに遊びに来てるってだけっすよ。」

「そんな理由にアーシ等を巻き込んだって事かよ……ノノンは死にかけたんだぞ⁉︎」

「やめてピンク……」

「ノノン‼︎お前は腹立たねぇのかよ⁉︎アイツのせいで——」

「……ありがとうピンク。私の為に怒ってくれて。でも私は大丈夫。それに今アイツを責めても、もう何にもならないから。」

 そう言って足立さんを抱きしめるノノン。溢れるような悔し涙を流す足立さん。

 そう。ノノンの言う通り、今更誰かを責めたところで、問題は何も解決はしないのだ。

「改めて言う。俺達は元の世界に帰りたい。だから協力してくれ……いや。無理矢理でもしてもらうよ。」

「おーおー。ホンマかっこよくなりましたねぇ、カイセイさん……そうだ!オイは前にもこの世界に来てるんで、いい事知ってるんすよ!『オイに辿り着いたご褒美』と言っては何ですが、教えてあげましょうか?」

「……いい事?」

 聞き返した俺の顔を見て、ニヤッと笑うアスラ。

「実はこのゲーム。条件は[全員]で達成すればいいんですよ……[九人]じゃなくて、[生き残ってる全員]でね……」

「お前⁉︎それって——」

「そう、お察しの通りっすわ。前にこの世界に来た時は[ワ]じゃなくて[キ]だったんすけど、その時もオイみたいな内通者が一人いたんすよ。んでソイツも、正体がバレたけど、元の世界に帰る事を最後まで拒み続けて……だからソイツ以外の参加者、元論(もちろん)その時はオイも含めて話し合いました。その結果、満場一致で[その方法]を使いましたわ……」

「どう言う意味だよ⁉︎ハッキリ言えよ!」

 理解出来ていない様子の足立さんが、アスラに怒鳴り散らす。

「足立姐さん、ホンマ馬鹿っすねぇ……だからつまり……『オイを殺して、必要なら楓さんも殺して、七人で帰ったらいいんですよ?』って言ってんすよ!」

 そう言って笑いながら楽しそうにしているアスラを見て、我慢していた哲人の堪忍袋の緒がついに切れた。

「そーかそーか……じゃあお望み通りぶっ殺してやるよ‼︎」

 哲人がスキルを使って自分の手をランスに変える。

 スキルを使うあたり、本気の殺意だったのだろう。

 しかし次の瞬間、哲人の前には氷の壁が立ちはだかった。

「やめて哲人。挑発に乗らないで。」

 同じくスキルを使って、哲人の行く手を阻むノノン。

「止めるなノノン‼︎死にたがってるんだ……お言葉に甘えさせてもらおうぜ‼︎」

 後半、若干の笑みを浮かべながら、氷の壁にランスを突き立てる哲人の表情は、完全に殺人鬼のソレだった。

「アイツの言ってる事、本当って確証はないよ!それに、哲人を人殺しにしたくない!これは私のエゴよ!文句ある⁉︎」

 珍しく感情的な説得をするノノン。

 恐らく哲人でさえも初めて見る、自分の望みを全面に出した、彼女らしくない感情的な態度。

 そんな幼馴染の姿を目にした哲人は、ゆっくり冷静を取り戻し、刃を収め、優しくノノンの肩を抱いた。

「悪かったノノン……サンキューな——」

「゛あぁぁぁあああ。いちいち[友情ゴッコ]がウゼェんすわ……」

 幼馴染同士の友情を一蹴(いっしゅう)するアスラに、俺は口調を強める。

「アスラ!最後通告だ……協力しろ。」

 そう言ってアスラを睨むと、サングラスの向こう側に瞳孔の開いた瞳が見えた。

 さっきの哲人のとは違う、サイコみたいな目だった。

 しかし俺は引かない。

 アスラは全身から炎を出せるが、俺の手からは何も出ない。

 だけど不思議と怖くなかった。

 振り向きはしなかったが、今俺の後ろには、幼馴染ズとフタツさん、馬風楽君が並んでいて、スキル片手に一緒にアスラを睨んでいる気がしたのだ。

 数秒の睨み合い、沈黙の末に、舌打ちをして目を逸らしたアスラが口を開く。

「あぁ怠ぃ……はいはい、協力しますよ。オイだってホントまだまだ死にたく無いっすからね。それに、一旦元の世界に帰って、また他の奴連れてココに戻ってくりゃいいだけだしな……」

 理由はともかく、意外にもあっさり了承したアスラは、(おもむろ)に楓に向かって手を振り出した。

「オーイ楓さん!どうですー?また一緒に来ませんか?今度もまた、雷愛ちゃん同伴で……アッハッハッハッハ——」

 そう言って、抜け殻のような楓に追撃をするアスラ。

「アスラ!お前って奴は!——」

 スパッ——

 アスラに掴み掛かろうとした俺の横。

 アスラの頬を掠めた超速の何か。

 それは切り裂くような音と共に突如現れた。

「…………黙れ。」

 そう言ってアスラの方に手を向けていたのは、ゴミを見るような目でアスラを睨む馬風楽君だった。

 多分、スキルを使ってソニックブームのようなものを放ったのだろう。

 この世界に来てアスラと一緒にいた時間が一番長かった馬風楽君。

 そんな彼ならではの[裏切られた悲しみ]みたいなものが、この一撃に込められている事を、俺は彼の怒りの表情から察した。

 アスラは静かに自分の頬を指でなぞり、手についた血を眺めた。

「チッ。ったく冗談の通じ無ぇ人達っすねぇ……あーかったるぃー……」

 そんな文句をブツブツと言っているアスラ。

「——雷愛ちゃん……」

 俺の少し後ろにいたフタツさんが、急に雷愛の名前を口にしたので、俺は慌てて雷愛の方へ視線を向けた。

 するとそこあったのは、楓に肩を貸しながらアスラを睨む雷愛の姿だった。

「…………絶対に許さない……お前……」

 堪えようとする努力は伺えた。

 しかし、それでも止められない涙が押し寄せて来ている彼女の瞳。

 そんな彼女の力強い立ち姿を見て、俺と同じく雷愛の方を見ていたアスラは、大きな溜息(ためいき)をつきながら、不貞腐(ふてくさ)れた態度になり、言い捨てた。

「……完全に興醒め(きょうざめ)っすわ。やるならとっととやりましょ。」


 雷愛の言葉と態度が最後のトリガーとなり、ようやく俺達は、当初の目的を果たすことになった。


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