第六章
どうやらこの世界には、朝も夜も、夏も冬も無いようで、ちょうどいい太陽と、過ごしやすい気温が保たれている。
時間が止まっているかのように、眠気も空腹も来ないこの世界で俺が目を覚ますのは、いったいこれが何度目になるのだろうか。
眠りに落ちる直前の景色。[ノノンの笑顔]を思い出し、なんだか『思い出し恥ずかしい。』みたいな気分になった俺は、頭を掻きながらゆっくりと上体を起こす。
「おはよう、カイセイ。」
目の前に本人がいた。
「わ⁉︎びっくりした‼︎お、おはようノノン……さ、先に起きてたんだね!」
想像していた笑顔の実物が目の前にあり、驚きと恥ずかしさで、耳まで焼けるように熱くなっていく自分の顔を、咄嗟に目を逸らしながら腕で隠した俺。
「起きたかイカセ!もう大丈夫なのか?」
「うん!寝たら元気になったよ。ありがとう哲人。」
「心配してたんだぞ!」
「足立さんもありがとう。」
「やるじゃないか少年!カッコよかったぞ!」
「あははははは……」
笑顔で隣にいてくれるノノン。心配してくれていた様子の哲人と足立さん。背中をバシバシと叩きながら笑いかけてくれるフタツさん……
[みんな]と迎えられるこの瞬間に幸せを感じながら、俺は[他のメンバー]を探す為、周りを見渡した。
そして俺が目にしたのは、[協力して一つの困難を乗り越えた直後のチーム]とは思えない、違和感あるギクシャクした雰囲気のメンバー達だった。
足立さん、哲人、ノノン、フタツさんの四人は俺のすぐ隣にいるのだが、馬風楽君、アスラ、楓、雷愛の四人は、少し離れたところでこちらの方を見ているだけ。目を覚ました俺に話しかけてくる素振りも無い。
別にチヤホヤされたい訳ではないが、何かリアクションがあってもいいものだろう。
馬風楽君とかなら、泣いて喜んでくれるかと少し期待していたのに……
肩透かしというか、単純に自分が恥ずかしい奴に思えてくる……
現状は把握できていないものの、微妙な雰囲気は感じとっている俺に気づいたのか、ノノンは重い口調で状況を説明し始める。
「実はね、カイセイが寝てる間に、またあのアナウンスが流れて『二つ目の[ワ]クリア!』って言われたの。」
「えっ⁉︎すごいじゃん!何がクリア条件だったの?」
俺が問いかけると、足立さんが答えてくれた。
「[セツワ]?なんかよく分かんねぇけど[ストーリー]とか言ってたよなアイツ?」
「[死者の蘇生。語り継がれる物語。]って言ってたね。」
足立さんもあまり理解できてないようで、直後にノノンの補足が入る。
「死者蘇生?遊○王的な?」
「よく分かんねぇけど、[イカセがノノンを生き返らせた事でクリアー!]って事みたいだぞ?」
「でもカイセー君のスキルは、『生き返らせる[死者蘇生]』って言うより『時間を巻き戻す[時の魔○師]』って感じだよね~」
哲人にはスルーされた俺の[遊○王ネタ]を、意外にもフタツさんが拾ってくれた。
遊○王ネタが通じる、ちょっと年上のお姉さん……
これは需要ありですな——って……ん?
「えっ、フタツさん?俺のスキルが時間を巻き戻す能力だって何で知ってるんですか?」
「あー……えっとねぇ……それはー……」
明らかに『ヤベェ。ヤッチマッタ。』みたいな顔で言葉を濁したフタツさんは、年下であるノノンに縋るような視線を向けた。
そしてその視線を受け取ったノノンは、さっき俺が感じた違和感の正体について話し始めたのだ。
「カイセイも、この変な空気に気づいたと思うんだけど……実は今、カイセイのスキルがキッカケで、ちょっと問題が起きてるの……」
「問題?」
気まずそうにノノンが話し始めた内容を、イライラした様子の足立さんが引き継ぐ。
「ふざんけんなって感じなんだよ!あっちの四人は、命懸けでノノンを助けたイカセとフタツさんを[アナウンスの奴らの仲間]呼ばわりしてんだよ!」
「は⁉︎仲間⁉︎なんで俺達が⁉︎」
驚きを隠せなかった俺に、ノノンが続ける。
「カイセイ。元の世界に帰してもらえる時[どこに戻されるか]を、アナウンスが説明してた事覚えてる?」
ノノンの質問返しに、焦る俺は一瞬記憶を辿り、すぐに言葉を返す。
「[元の時間の元の場所]だよ——あ……」
言いかけて俺は全てを察した。
「そーなんだよねー……厄介な事に、ウチのスキルと、カイセー君のスキルがあれば、それが出来ちゃうんじゃないか?って彼方さんは疑ってるわけ……」
「それで助けられたノノンも、幼馴染の俺達も、どうせグルなんだろ?って言い出したんだ……チクショウが!」
あまり真剣には見えないが、困った顔で話すフタツさんと、イライラを隠せない様子で怒鳴り散らす哲人。悔しそうな表情で地面を睨む足立さんに、悲しげな表情のノノン。
[これまでのあらすじ]を話し終えましたとばかりに、黙り込んでしまった四人と、言葉を返す事さえも忘れて立ち尽くす俺。
やっとスキルが開花し、『これで助けられっぱなしから脱却出来る!』
そう思った矢先の出来事。
『一緒に元の世界に帰ろう!』と協力してきた仲間から、疑われる苛立ち。
そしてそれを超える悲しさと悔しさの感情が、一気に俺の心を支配していくのが分かった。
…………
あぁ。頭が空になっていく。
まるで頭蓋骨の中に住み着いた寄生虫に、すごい勢いで脳を喰われているみたいだ。
「なんでこんな事に……」
掠れた声でこぼれる、ありきたりな言葉。
俺の酷い声を聞いてか、こちらに視線を向けたノノンの姿が視界の隅に映った。
するとノノンは驚いた様子を一瞬見せ、直後、ボロボロと大粒の涙を落とし始めた。
そして走り出し、俺に飛びつき、強く抱きしめ、声にならないような涙声で言った。
「カイセイ……顔が……」
フタツさん、哲人、足立さんも、その言葉に反応して俺の方を見る。
「……え?」
そう聞き返しながら俺は、覆い隠すように、自身の顔に両手を近づける。
そしてその手の平が顔に触れる直前、青ざめて行く哲人たちの表情が、指の隙間をすり抜けて目に入った。
「イカセ⁉︎お前……⁉︎」
震えていた。
というか、痙攣していた。
顔中の筋肉という筋肉が、一斉にピクピクと引き攣れ(ひきつれ)を起こし、気づけば手や膝もガタガタと震え、次の瞬間には力が抜けたように、ノノンに倒れかかってしまった。
俺は、これがスキルを使った反動なのだと直ぐに悟った。
そしてそれは、今俺にかかっている[ストレス負荷率]が、キャパシティ100%を大きく超えている事を表すには、十分すぎる症状だった。
そんな、あまりに酷い俺の姿を見た足立さんは、自身も顔をクシャクシャにし、涙を堪えて俯き、震える声で言った。
「なぁ……本当に九人じゃなきゃダメなのかよ?」
……
一瞬の間の後、フタツさんが質問の意図を確認する。
「それって『ウチ等だけで元の世界に帰れないか?』って事——」
「そうだよ!あんな奴らほっといて、俺等だけで帰れる方法考えようぜ!俺達をアナウンスの仲間だと思ってるなら、勝手に思わせときゃ良いんだよ!」
フタツさんの言葉の語尾をかき消すように、食い気味で声を張り上げる哲人。
強がって見せた哲人の目には、今にも溢れ返りそうな涙でいっぱいだった。
「多分、それは難しいと思う。」
自立できない俺をゆっくり地面に寝かせながら、そう言い切ったノノン。
「なんでだよノノン⁉︎」
「まぁまぁアダッチャン……どうしたのノノンちゃん?なんか思い当たることあるの?」
怒鳴る足立さんを宥めながら、いつもと少し雰囲気の違う、真剣なトーンのフタツさんがノノンに尋ねる。
「はい……ずっと考えてたんです。[アナウンスの言ってた事]——」
ノノンはそう言って辺りを見渡し、近くに落ちていた木の枝を拾った。
「もしかしたら、アナウンスの言ってる[ワ]って言うのは、こういう事なんじゃないかな?」
その場にしゃがみ、拾ってきた枝を使って地面に何かを書き始める。
「最初にアナウンスの言ってた[キョウワノワ]っていうのは、チームとかハーモニーとか言ってたのを考えると[協和の和(この字)]を当てるんだと思うの……だから私達がクリアした[ワ]っていうは、たぶん『和』なんじゃないかなって。」
『突破口が見えた。』
ノノンの言葉が耳に入って来た時、そんな直感が電撃の如く全身を貫いた。
気づけば、さっきまでのフラつきが嘘だったかのように、力いっぱい地面を蹴ってノノンの側に駆け寄っていた。
そしてノノンの隣にしゃがみ込み、地面に書かれたものを見つめた。
ズサッ‼︎
目の前からした音に顔を上げると、真剣な表情で円陣を組んでいる俺たち五人の姿があった。
哲人と足立さんだけでなく、いつもどこか不真面目に見えるフタツさんさえも、一笑もない真剣な表情で、ノノンの書いたものを見つめている。
「って事は二つ目の[ワ]は……」
「『ストーリー』って言ってたのを考えると、『セツワ』ってのは『説話』だろうね。」
今度はフタツさんが地面に文字を書く。そして『話』という字に丸をつけた。
「「おおお……」」
足立さんと哲人は、真面目な顔で謎を解くフタツさんに、憧れの眼差しを向けていた。その視線に気づいたフタツさんは、真面目だった顔を照れ臭そうにを緩めた。
「いやいや、そんな目で見ないでよ!これでもウチは、君達より幾つかは年上なんだぞ?それに……」
フタツさんはそう言いかけて、足立さん達に向けていた視線をノノンに移し、意味ありげな顔をした。
「え⁉︎ノノン⁉︎もしかして三つ目が分かってるの⁉︎」
「うーん……確証がある訳じゃないんだけど、『ワ』に当てる字を探したら[一番最初に出て来そうな字]が出てないのは不自然だなーって思ってたの。」
そう言いながらノノンは、円陣を組んでしゃがむ俺たち五人の膝の先を、枝で緩やかに繋いでみせた。
「…………『輪』か。」
ゴクリと、全員が息を呑んだ音が聞こえた。
「確かに、『九人で[ワ]を作れ!』って言われたら普通、[手を繋いで輪になって!]って意味だよな……」
哲人が悔しそうに言う。
「『ウチ等五人だけ』ってのが無理だってのは、そういう訳ね……」
フタツさんは頭をワシャワシャと掻き乱した。
…………
再びの間。
その長い時間、みんなそれぞれ色々なことを考えていたと思う。
[五人だけで帰れる他の可能性]
[自分達を疑っている向こうの四人のこと]
[他に考えられる[ワ]の意味]
[なぜ自分達がこんな目に遭わなければならないのか]
でも俺にとっては、[これ]以外を考える余地なんてなかった。
「帰れるかもしれない方法があるんだ……試さない手は無いよ。」
バッ!と、驚く四人の視線を集めたのは、他の誰でもない、この提案をしている俺である。
「俺が疑われてるのは分かってる。でも、もう一回ちゃんとみんなで話せないかな?……それに、たとえ俺の疑いが晴れなくても『元の世界に帰りたい。』っていう目的は向こうの四人も同じな訳だし、俺たちが今話してた事をちゃんと伝えれば、協力してくれるんじゃないかな?」
数秒の思考の末、最初にこの提案を受け入れてくれたのは……やっぱりノノンだった。
「そうだね。こうやってても何も解決しないし、もう一回みんなで冷静に話し合おうか!」
「かしこサブマーリン!……ふふふ、カイセイ君~。なんだか急に男前になったじゃないか~……さてはノノンちゃんのおかげだなぁ~?おいおい、どうなんだ~?そうなんだろ~?」
「ちょ!フタツさん痛いですって。」
またも俺の背中をバシバシと叩きながら、フタツさんも賛成の意思を示してくれる。
一方で足立さんと哲人は、あまり気乗りしていないようだった。
しかし、俺とノノン、フタツさんが立ち上がると、不服そうな顔で二人も立ち上がり、馬風楽君達の方に歩き出す俺達の後ろを、ブツブツと文句を言いながらも付いて来てくれた。
不満はあるものの、きっと『この状況を変えたい。』という気持ちは、二人も同じだったのだと思う。
こうして俺たちは、最後の戦いの予感を感じながら、[敵]とも[仲間]とも言える四人。
神明明日良、扇馬風楽、椿楓、舎人雷愛の元へと向かうのであった。