第四章
「雷愛ちゃん!そういえば、さっきの雷のやつ見てたよ!アレってもしかして、自分にも出来たりするのかな?」
「ふむ!然すれば馬風楽のスキルも、[我が]見極めてやろうぞ!……楓!」
「やっぱり僕なのね……じゃあ行くよ。」
すっかり仲良くなった様子の馬風楽君と雷愛は、楓を巻き込み、恒例になりつつあるウォーターボール試験に挑んでいた。
「やぁぁぁあああ‼︎」
楓の投げたウォーターボールに向かって伸ばした馬風楽君の手から出たのは[疾風]だった。
馬風楽君のスキルが直撃したウォーターボールは、空中で美しく弾け、薄く虹がかかった。
「おおお!なんか出たよ!」
「おお!風とは馬風楽さんらしい技っすね!よし!オイも試してみるっす!」
馬風楽君の作り出した虹に向かって片手を伸ばしたアスラの目は、サングラスの奥で閉じている事が微かに伺えた。
その姿は、さっきまでのヘラヘラしたアスラからは想像もできないほど真面目な人間に見えて、美しく見惚れるような立ち姿であった。
静かに、そして大きく息を吸ったアスラは、落ち着いた様子から一転し、撓る鞭のように身体動かし、突き出した手に全身の力を伝えた。
「だあああああああああああああああああああ‼︎!!」
ヴゥォォォァァァァァアアアアアアアアアアアア‼︎!!
明らかに力のコントロールを間違えた事は、誰が見ても分かっただろう。
アスラの手から放たれた轟火は、馬風楽君の虹どころか、その先数キロメートルの森までを焼き尽くし、その場にいた全員を凍りつかせた。
「……ア、アスラさーん?」
ガタガタと震えながら馬風楽君が声をかけると、カタカタと錆びついた機械のように振り返るアスラ。
どうやら本人も、目の前の事象に凍りついていたようだ。
「……ねぇ……あそこ……誰かいない?」
そう言って、放火の本人を含む全員が固まる中、顔を真っ青にして炎の上がる森を指さすノノン。
ノノンの指さす先には、メラメラと燃える木々。
そしてその中には、確かに女の人影があった。
「そういえばあのアナウンス[九人]って言ってたよね⁉︎」
「一、二、三、四……じゃああの人が最後の一人って事⁉︎」
「とんでもねぇ事しちまった!あの人が死んじまったら九人じゃ無くなっちまう![挑戦]が出来なくなっちまう!」
炎は勢いを弱めることなく見る見るうちに広がり、すぐに俺達が見た人影も飲み込んでしまった。
誰も動けないままその場に立ち尽し、このまま見殺しにしてしまうかと思った時——
「[挑戦]云々とかじゃねぇ!助けなきゃだろ⁉︎」
そう叫びながら炎に向かって走り出したのは、スキルで作り出した[鋼の甲羅]で自らを守る哲人だった。
「待って哲人‼︎危なすぎるよ‼︎」
「哲人‼︎テメェも死んじまうよ!」
「『も』じゃねぇ!見ただろ⁉︎アイツまだ死んでねぇよ‼︎」
足立さんとノノンが引き止めようと叫びかけるが、哲人は振り向く素振りも見せない。
「それに俺は……苦しんでる奴を見てみねぇフリするのは——もう御免なんだ‼︎」
「哲人ぉぉぉぉおおおおおおおお‼︎」
足立さんの叫び声が辺りに響く。
「チッ。あの馬鹿……はぁぁぁああああああ‼︎」
哲人の後ろ姿に舌打ちを飛ばしながら、ウォーターボールを生成していた楓は、炎の中で微かに見える哲人の背中に向かってそれを放った。
「楓君⁉︎何して——」
「君も‼︎」
楓の放ったハイ○ロポンプは[白蛇]へと姿を変え、舞い上がる炎を押し退けながら、哲人を全身を濡らし、守るように纏わりついた。
「え⁉︎……あ!そう言うことか!……やぁぁぁあああああ‼︎」
楓の呼びかけで、馬風楽君は思い出したように自身のスキルを放った。彼の生み出した[ユニコーン]の姿をした突風達は、哲人の進む道を拓き、更には走る哲人の追い風となった。
「助かるぜ二人とも!……うぉぉぉおおおおおおお‼︎!!」
そう言って哲人は、地獄絵図のような森に消えた九人目の人影をめざして、燃え盛る炎の中へ躊躇なく飛び込んで行った。
「行けぇぇぇえええ‼︎哲人ぉぉぉおおお‼︎」
哲人を応援する声が聞こえた。
それは、驚くべきことに他の誰でもない、俺自身の口から放たれものだった。
[何も出来ない自分への苛立ち——]
そんな気持ちが、俺の胸中に広がっていく。
しかし、そんな劣等感が覆い隠されるほど、『哲人のチカラになりたい』という純粋な気持ちが、声となって俺の喉から溢れ出していたのだった。
どのくらい時間が経っただろうか。
恐らく、実際には三分も経っていないのだろうが、哲人の無事を祈る俺達にとって、その数分は数時間のように長く感じられていた。
沈黙の中、炎の中に消えた哲人を見守る一同。泣きそうになりながら祈る、足立さんとノノン。
すると突然、空が闇に包まれた。
「なんだ⁉︎」
「何⁉︎雷愛ちゃんの雷⁉︎」
一同の視線が雷愛へと集まる。しかし驚いていたのは、彼女も同じだった。
「わ、我は何もしておらんぞ!」
「じゃあなんだよ⁉︎哲人は大丈夫なのかよ⁉︎」
暗くなった辺りを、勢いを増し続ける炎が照らしていた。
しかし『ゴオゴオ』と音を立てていた炎は、なんと次の瞬間、燃える森ごと姿を消したのだ。
周囲が突如、静寂に包まれる。
全員、目の前で何が起きたかを理解出来ていなかった。
「は……?哲……人は?」
「おい……森はどこ行ったんだよ?……アイツはどこ行ったんだよぉぉぉおおおお‼︎」
座り込み、地面を叩きつける足立さん。
彼女の泣き叫ぶ姿に、俺も膝から崩れ落ち、哲人の顔や声を脳裏に描こうとしたとき。
「う……るせぇ……よ……」
掠れるような哲人の声が聞こえた。
自分の頭の中から聞こえたかとも思ったその声は、確かに背後から聞こえた。
脊髄反射のように、声の方へ視線を向けると、今まで何も無かったはずの湖のほとりには、焼け焦げた木々と、肩を貸し合う、哲人と女性の姿があった。
「よかったぁぁぁあああ‼︎」
「哲人君……」
「チッ……馬鹿。」
哲人の無事を確認して気が抜けたのか、雷愛は声を上げて泣き出し、馬風楽君は腰を抜かしたように座り込み、楓はボソッと嫌味を呟いていた。
足立さんとノノンはというと、俺が哲人の方に振り向いた時には、もう既に哲人に飛びついて(飛び掛かって)いるところだった。
嬉し涙が止まらない二人と、ボロボロの哲人が抱き合う姿を見た俺は、さっき無意識に出た応援が『この光景を見たいと願った、自分の深層が出した声なんじゃないか?』とか思っちゃうロマンチストボーイに、一時的なキャラ変をしていたのだった。
泣きながら殴ったり、怒鳴りながら治療したり、足立さんがスキルを使って哲人を完治させるのには思ったより時間がかかっていた。
一方救出された女性は、哲人より一足先に治療が完了していた。
そして今は、永遠に流行る日は来ないラジオ番組[超絶!神明明日良の土下座タイム真っ最中!]……みたいな状況だった。
「本当にすんませんでした‼︎何て謝っても許してもらえるような事じゃねぇのは分かってるっす……でも信じてくれ!本当にわざとやった訳じゃないんです‼︎」
「………………」
アスラの誠心誠意の謝罪に、一切言葉を発しないその女性は、土下座するアスラの事を見下すように睨みつけて?いた。
しかし、すぐにアスラから目を逸らし、落ち着いた様子でギョロギョロと目を動かし、周りを見渡した。
「えっと……じ、自分の名前は扇馬風楽と言います。よろしくお願いいたします。」
「………………」
馬風楽君が、すごーく下手に出たコミュニケーションを試みるが、彼女はやはり口を開かず、それどころか馬風楽君の方を見る素振りさえ見せない。
「大丈夫だった?あなたはどうやってここに連れてこられたの?」
「………………」
ノノンがフレンドリーに声をかけるパターンも試してみるが、それも徒労に終わる。
やはりノノンの方を見る素振りもなく、誰の方を見るわけでもなく、ただ周りを見渡していた。
「か、楓……あ、アイツなんか怖いな……」
楓の背後に隠れてながら、小さく震える雷愛。
彼女がその女性に怯えているのは、『女の人が苦手だから』ということだけが理由ではないだろう。
もちろん、寡黙な彼女の態度や目つきには、俺も若干の不気味さを覚えていた。
しかし、そんなことが気にならなくなるくらい、彼女はとても[変わった風貌]をしていたのだ。
黒目や肌や髪の色素が非常に薄く、[華奢]と言うレベルを遥かに超えるガリガリの身体付き。その姿で言葉を発しない彼女を一言で表すなら[生気が薄い]という言葉がとてもしっくりくる。
しかし彼女の[変わった風貌]はそれだけではない。
その[生気が薄い]容姿をキャンパスにするかのように、なんと顔を含めた全身にタトゥーが入っているのだ。
更には、ピアスが全身の至る所に装備されており、なんとなく[死神]とか[悪魔]とか、怖いものを彷彿させるような見た目をしているのだ。
故に、彼女の容姿を見て怯える雷愛には、俺も非常に共感した。
ぶっちゃけ怖くて話しかけられなかったもん。
そう考えると馬風楽君すごい。流石二十二歳。
そんな事を考えているうちに、痴話喧嘩と怪我の治療を終えた哲人と足立さんが会話に入ってきた。
「いやー、馬風楽ッチ!さっきは助かったよ!ありがとな!」
「とんでもない!哲人君が無事で何よりだよ!ってか超かっこよかったよ哲人君!」
「馬風楽ッチ。あんま褒めちゃダメだよ。コイツ調子に乗るから。」
キラキラした顔の馬風楽君に、抑制を申請する足立さん。しかし馬風楽君からの素直な賞賛を受け取った哲人は、もう既に調子に乗っていた。
「いやーあんなの当然のことだぜ!……まぁあと、ついでに楓もありがとな——」
「僕が助けたかったのは[九人目]だ。お前じゃない。」
調子に乗った勢いで楓に話を振った哲人は、きっと音速でその行為を後悔をしたに違いない。お礼を食い気味に否定されて、嫌味を言われていた。
「んだと楓テメェ⁉︎」
「まぁまぁまぁ二人とも‼︎せっかく哲人さんも無事に戻って来れたんすから!喧嘩しないで下せぇよ。」
「「元はと言えばお前のせいだろ。」」
「サーセンした‼︎」
仲裁に入ったアスラは、楓と哲人のW正論ブーメランで返り討ちにあってしまった。
「まぁそれはともかく、なんでこの人しゃべらないわけ?」
足立さんが、みんなを代弁するような質問を、本人もいる目の前でハッキリと口にする。
「いや?さっき俺と話したぞ?」
「「「「え?」」」」
「な?フタツ?」
哲人が[フタツ]と呼んだ、特徴的な風貌の彼女に全員の視線が集まる。
「………………」
しかし、やっぱり彼女は口を開かない。
「なんだよフタツ!恥ずかしがり屋かお前?」
「………………」
「わかった!アレだろお前!人見知りってやつだろ?」
「………………」
哲人とフタツさん?の一方通行な会話を見かねて、俺は二人の間に入る。
「哲人。フタツさん?と話したって言ってたけど、何話したの?」
「いや普通に、フタツから名乗ってくれたから俺も名乗って、『ここどこ?』とか色々聞いてきたから『お前アナウンス聞こえてなかったのか⁉︎』って……でも周りがうるさかったせいか、全然声届かなくて『何?何?』みたいな感じになっちまったから、『とりあえず逃げるぞ!』って言って逃げて来ただけだぜ?…………なんで急に喋らなくなったんだ?」
彼女が喋らなくなったことを不思議がる哲人は、更に興味深いことを言った。
「だって、さっき燃えてたあそこ一帯の火を消して、ここまで瞬間移動させたのは、コイツのスキルなんだぜ?」
「「「「え?」」」」
再びみんなの視線が彼女に集まる。
「瞬間移動……ワープ……空間転移的能力……」
雷愛の呟いた独り言から、馬風楽君はある事を閃いてしまう。
「[転移能力]って……もしかして自分等がここに連れて来られた事と何か関係あるんじゃ……」
「なっ⁉︎——フタツ⁉︎お前なんか知ってんのか⁉︎」
哲人が大声を出しながらフタツさんの肩を掴んだ。
するとフタツさんは、この場にいた誰もが想像もしなかったであろうリアクションを返した。
「わ!びっくりした‼︎」
『『『『『え⁉︎喋った⁉︎⁉︎』』』』』
「なんか言った?——ん?……あーあーあー……あれ?……うわ⁉︎ウチ耳栓付けっぱじゃん⁉︎どーりでみんながパクパクしてるのに何にも聞こえないわけだよー!あっはっはっはっはー‼︎」
「「「「「………………」」」」」
想像から遥か彼方へとかけ離れていたフタツさんのリアクションに、哲人を除く全員が唖然としてしまった。しかしそんな事は気にする様子もなく、耳栓を取りながらフタツさんは話し続ける。
「ごめんごめん!なんかおかしいなーっとは思ってたんだけど、まさか耳栓取り忘れてたとは……ウチ寝る時は耳栓必須でねー。いやー面目ない!——んで君誰?今なんて言ってた?もっかい言って?」
「『誰?』ってお前……さっき火の中で話しただろ⁉︎」
「いやーだから耳栓で聞こえてなかったんだってー」
「『聞こえてなかった』ってお前……」
哲人とフタツさんは、唖然としている周りを置き去りにして話を続けていく。
どうやらフタツさんは、かなりアッケラカンとした性格をしているようで、会話の主導権を完全に奪われた哲人は、非常に話し辛そうにしていた。
「んで?何の話だったっけ?」
「そうだよフタツ!お前がさっきの能力で俺達をこの世界に連れて来たのか⁉︎」
フタツさんのペースに翻弄されながらも、ようやく核心に迫る一言を放てた哲人。
しかし——
「は?連れてきたって何?ってかこの世界って何?ってかてか、ここはどこなわけ?ってかてかってか天気良くてお日様もテッカテッカー!……なんつって。」
哲人、再び空回り。
「お前!しらばっくれようたって、そうは——」
「ってかウチ寝巻きじゃーん!ウチだけこんな格好とか恥ずかしいんだけど——っておやおや!君も大分恥ずかしい格好をしているじゃないか!仲間だね!」
「え⁉︎あ、えーっと……」
俺のジャージ姿を見て、勝手に親近感を覚えたフタツさんが、馴れ馴れしく話しかけてきた。
しかし、そんな恐ろしいほどのギャップに驚きを隠せなかった俺は、咄嗟にまともなリアクションが取れず、思いっきり動揺してしまった。
そんな俺の様子を見たフタツさんは、薄い眉を少し動かして不思議そうな顔をした後、何かを閃いたと言わんばかりに目を輝かせ、右の拳で左の手の平をポンッと叩いた。
「なるほどねー……さては君……ウチの身体に見惚れてしまっていたんだろぉ〜?そうだねぇ……この格好ならよく見えるだろう?……この美しい!ウチの!アートボディが‼︎」
「…………あー、えーっと……」
やっぱり動揺してしまった。しかし俺は悟った。
この人は多分[感覚派]だ『DQNを集めて異世界転生させる。』なんて大掛かりな計画を緻密に組んで……ってことが出来るタイプの人にはとても思えない。
横を見ると哲人も同じ事を思ったのか、彼女に向けていた疑いの眼差しを、呆れの視線に変えていた。
「それはそうとフタツさん。あなたはどうやって連れて来られたの?」
流石ノノン。持ち前の社交的な性格で、上手く話題をすり替え、俺を助けると同時に核心に滑り込んでいった。
「連れて来られた?どゆこと?」
「え?」
「これ夢でしょ?だってウチ、ちゃんと家で寝てたもん!ってかめっちゃビックリしたよ!気づいたら周りが燃えてて『どんな夢だよ⁉︎』って思ってたら、赤髪の彼が凄い形相でコッチに走ってくるし、火を振り払おうと思ったら手から何か出るし、かと思ったら今度は急に消えるし……」
どうやら彼女は本当に何も知らないようだ。
恐らく耳栓のせいで、あの爆音のチャイムもアナウンスも聞こえず、寝たままこの世界に連れてこられた挙句、アスラの起こした火災に巻き込まれたと言う事なのだろう。
ダラダラと悪夢について文句を言い続けていたフタツさんに、俺達はこの状況についてと、今わかっている事を教えてあげた。
はじめは「何言ってんのあんたらーwww」みたいな態度をしていたフタツさんだったが、真剣な表情で話す俺達を見て「ガチ?」とでも言いたそうな顔をして、目ん玉をおっ広げていた。
一通り話し終え、全員が改めて自己紹介を行った。
「ウチは一ツ家二!フタツって呼んでね!歳は二十歳。ご覧の通りウチは[オトナの女性]なのだよ!はっはっはっはっはー!」
状況はきちんと伝えたはずだが、事の深刻さはきちんと伝わらなかったのか?
はたまた意図的に深刻に考えるのをやめたのか?
フタツさんの愉快な自己紹介からは、不安そうな様子は伺えなかった。
キーンコーンカーンコーン
突然、聞き覚えのある爆音のチャイムが周囲に響く。
「これって⁉︎」
「間違いない……最初に鳴ってたのと同じもんすわ!」
ザーザーザー……
『[協力関係の構築]。即ち[ハーモニー]……領域上での形成を確認。』
古いテレビの砂嵐のようなノイズの後に聴こえたのは、初めに流れた胡散臭いアナウンスではなく、畏まった口調で話す、聞いた事のない機械のような声だった。
「ハーモニー?なんの事だ?——」
『おめでとぉぉぉおおおございますぅぅぅううう‼︎』
パンッ!パンパンッ!パンッ!
どこに設けられているのかわからないスピーカーの向こうから、俺達の疑問の声をかき消すようにテンション高く現れたのは、皮肉にも登場を期待してしまっていた、あの胡散臭いアナウンスの声と無数のクラッカー音であった。
『皆様が作り上げた記念すべき一つ目の[ワ]!それは[キョウワノワ]です!初対面の人も多い中、皆様は『元の世界に帰る。』という一つの目的を目指すチームとなりました!改めまして、おめでとうございまぁぁぁあああす‼︎』
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またアナウンスの後ろで拍手をしている音が聞こえる。心底馬鹿にされている気分だ。
「アーシ等を馬鹿にすんのもいい加減にしろよテメェ!」
「ハーモニーだかチームだかソーセージだかチーズだか……なんだか知らねぇけど、チャッチャとあと二個やっつけて、トットとこの挑戦とか言うの終わして、サッサと元の世界に帰ってやるかんな!」
お馴染みとなった、幼馴染ヤンキーズがアナウンスに怒鳴っている。
「これが例のアナウンスってやつ?なんだかわかんないけど、ウチ等はクリアしたのかね?」
「そうですよね。フタツさんはこのアナウンスを初めて聞くんでしたね。恐らくワを一つ作れたって事だと思うんですけど、[ワ]ってそう言う事だったのね……」
フタツさんとノノンの会話。ノノンは何か意味深な発言をしたかと思うと、顎に手を当て、何かを考え始めた。
『スキルを開花させ、モンスターを薙ぎ倒し、見事一つ目の[ワ]を作る事に成功した皆様に、私共からの細やかなお祝いといたしまして、ヒントをご用意させていただきました!一度しか言いませんので、お聞き逃しのないようお願いいたします!』
「何⁉︎」
「ヒントだって⁉︎」
皆がざわつく。
『それでは申し上げます!残る二つの[ワ]……その内の一つには、[全員のスキル]が必要となるでしょう‼︎』
[全員のスキル]?協力して何かをしろと言う事か?
『それでは引き続き、皆様の御健闘を心よりお祈りいたします!失礼いたしま——ブツッ』
相変わらず一方的で腹の立つアナウンスである。
振り返ると予想通り、足立さんと哲人がプンスカプンスカ頭から煙を出してアナウンスに怒鳴り散らしていた。
一方、二人の幼馴染とは対照的に、姿勢を一切変えず、固まったまま何かを考え続けているノノン。
「魔女の血族よ。先程から何を考えているのだ?」
「……えっ?ま、魔女?もしかして私のこと?」
「間違えるものか。赫眼に透き通る銀髪。汝は知らぬかもしれぬが、我と汝の祖先とは、七百年ほど前に魔力を交えた仲なのだぞ。ま、我は寛大だから、もう何とも思っておらぬがな。」
いつの間にかノノンの横に立っていた雷愛は、意味不明の呼び方でノノンに話しかけ、意味不明な話を展開していた。
しかし女性が苦手な雷愛にとって、それは精一杯のコミュニケーションだったのだろう。彼女の表情からは、少しの無理が窺えた。
また、後方には[はじめてのおつかい]を見守る父親みたいな表情で彼女を見つめる楓の姿があった。
そんな状況をすぐに察した様子のノノンは、驚くべき行動に出た。
「ククク……貴様が堕天使の眷属か……祖母から話には聞いているぞ。お互い昔の事は水に流して、仲良くしようではないか……」
そう言いながら、自身の銀髪を後方へ振り払い、細めた赤い瞳で雷愛の瞳を見つめるノノン。雷愛の目線に合わせて腰を曲げ、スッと右手を差し出す。
想像以上……と言うか、想像もしていなかったノリノリの返答をしたノノンに、雷愛はポカーンとした顔、楓は『コイツ……出来る。』みたいな顔をそれぞれしていた。
濡れた犬みたいに首を横に振り、すぐにキャラを取り戻した雷愛は更にこう続ける。
「そそそ、そうか。そ、そこまで言うなら仕方ない。我の力を貸してやろうぞ……ところで、先程『そう言うことだったのね』と言っていたが、何か分かったのか?」
差し出されたノノンの手を握りながら雷愛が尋ねると、ノノンは先程の難しい顔に戻った。
「そうね……ちょっと気づいた事があるんだけど聞いてくれる?」
ノノンがそう言って、話を始めようとしたその時——
「ギャァァァァァアアアアアア‼︎」
デジャブのように、嫌な鳴き声が辺りに響く。
声の方に視線を送ると、先程アスラが焼いた森の方から、体長2.5メートルはあるガーゴイルが出てきた。それも今度は三体。そしてモンスターのDQNテイストは今回も健在のようで、背中に漢字のような模様が入った特攻服を羽織っている。異世界語なのか、何と書いてあるか分からないその文字が、どうせロクな意味じゃないんだろうという、謎の確信を持つ俺であった。
「今度は雷愛ちゃんだけじゃない!自分も戦えます!」
「馬風楽さん。オイもお供します。」
「アスラはあんまヤリ過ぎんなよ?」
「ふははは‼︎汝等よ。せいぜい我の邪魔にならぬようにな!行くぞ楓!」
「はいはい、楽しそうだね雷愛。」
みんなが戦闘態勢に入る中、俺はと言うと——
「怪我したらアーシが治してやっかんな!安心して行って来い!」
「えっ、ノノンちゃん。コレってウチもなんかした方がいい感じ?全然訳わかってないんだけど?」
「フタツさんは、ピンクとカイセイと一緒にいて、何かあったらワープで逃げて下さい!」
……足立さんとフタツさんに挟まれて、何も出来ずにいるのであった。
本当に自分が情けなくて仕方なかった。
目尻に溜まる雫を落とさないように、戦場へ向かう六人の背中を見つめる俺。言葉の引き出し(ボキャブラリー)乏しく、『俺も輝きたい』なんて、いつかと同じ事を[呑気に]考えていた。
誰がなんと言おうと、それは[呑気]な考えだった。
だってそうだろ?
『この戦いで死人が出る』なんて知ってたら、俺だってもっとまともな事を真剣に考えていたさ。
なんとなく『このまま順調に行けば、すぐに元の世界に帰れるんじゃね?』『帰ったら最初に何しよっかなー。』なんて気を抜いていたのだ。
『本当に自分が情けなくて仕方なかった。』
その言葉——
俺が本当に心の底から感じるのは、この十数分後の事である。