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第三章

 そんなスキル体得のやりとりをしたりして、パーティーメンバーと交流を深めた俺達。

「おし!リーダー!これからどうする?」

 哲人が馴れ馴れしく肩を組んでくる。

「えっ⁉︎リーダー⁉︎俺⁉︎」

「イカセしかいねぇだろ。なぁみんな。」

 足立さんが哲人の提案に乗っかり、他のメンバーの同意を得ようとする。

「いやいやいやいや!絶対俺よりノノンとか楓の方が適任だよ!」

「馬鹿お前!楓に務まるわけねぇだろ!あんな面倒臭がりに!」

 哲人にそう言われたので、楓の方に視線を送ってみると、やはりあからさまに嫌な顔をしていた。ハッキリと『絶対拒否』って顔に書いてあったのが俺には確かに見えた。

「じゃあノノンは⁉︎」

「ほら、私達って三人でここに来たじゃない?楓は雷愛ちゃんと一緒に来たし、ここは中立のイカセが適任だと思うわ。」

「意義ナーシ。」

 ノノンが、トドメみたいな理屈っぽい理由を並べて来やがった。

 因みに足立さんは既に興味なさそうで、タバコ片手に、全然違う方を向きながらテキトーに便乗している。

 このギャルども……覚えとけよ……

「まぁ(うぬ)なら我も構わん!何かとやり易そうだしな!」

 ニヤリと雷愛が笑う。完全に俺を舐めている。

「ま、そーゆーことじゃん?ってかスキル使えない時点で戦闘は無理だし、作戦くらい考えたら?」

 楓さん。頼むからスキルの事でこれ以上俺の傷を(えぐ)らないで下さい……マジで落ち込んでるんです。

「よし!満場一致!さあイカセリーダー!どうしますか⁉︎」

 悪ノリして来た哲人を横目に『ここまで来たら、逃げる事の方が面倒だろう。』と諦めた俺。

「じゃあ一応考えてた事を話すね……」

 仕方なく、薄っすら考えていた事をみんなに共有する。

「あのアナウンスが流れた時あの場所にいた人で、まだ話しかけてないのは[あと二人]。だから二択しかないんだけど、個人的には[あそこに立ってた人]の方がいいかな?って感じなんだよね——」

「えっ⁉︎なんでよりにもよってアイツ⁉︎」

 俺がその人物を提案したのが意外だったのだろう。足立さんが驚きを見せた。

 しかし俺は、俺の名前を数分で忘れた彼女が、その男を覚えていたと言う事の方が、正直驚きだった。

 でも実際、彼女が俺の提案に驚くのも無理はない。その男と言うのは、不良ヘアの代名詞でもあるリーゼントヘアで革ジャンを羽織り、垂れ目型のサングラスをかけている……なんていう、何とも古典的な[不良]ファッションをしていたからだ。だからそんな奴に俺が自分から話しかけに行くというのが意外過ぎたのだろう。

 しかし俺には、その人を選んだ理由があった。

「あの人さっきのアナウンスの時、アナウンスに向かって話しかけてたんだよね。なんかその態度とか口調とかで、そんなに悪い人じゃないんじゃないかなーって……まぁ俺の勘だから、アテにしないで!」

 理由と言ってもほぼ勘。DQN五人相手に、途中で自信を無くす俺であった。

「まぁ頭空っぽのアーシよりは、イカセの勘のが絶対いいっしょ!」

「私もあの人いいと思うよ!」

「俺もお前の勘にかけるぜ!」

(うぬ)に一任だ!」

「ま、そーゆーことで。」

 しかし返答は予想外。ありがたい事に俺の提案はあっさり通ってくれた。ってか頭空っぽの自覚はあるんだね足立さん。

「じゃあ俺行ってくるね。」

「またイカセ一人で行く気?」

「うん。今度は相手も一人だし大丈夫だよ。逆に大勢で行ったら、向こうも怖いだろうしさ……」

 DQNが怖い、ビビリの俺だからこその意見。それでなくても、この見た目のメンバーを引き連れて来られたら怖いと思う。

「じゃあ今度はアーシだけついて行く!二人で行こうぜ!」

「ゔぇ……い、いやぁ……俺一人で大丈夫ですよ⁉︎」

 何故か足立さんが立候補して来た。

 俺だって本当は、『あんな怖そうな人に、一人で話しかけに行く』ってことにビビってる。だからその提案は、ありがたいんだけど……

「あ?一緒に行くって言ってんだろ?」

『だから!その威圧的な態度が逆効果になるって言ってんだろ⁉︎』という本心は——

「は、はい。ありがとうございます。」

 残念ながら言葉になって、俺の心を巣立って行く事はなかった。この後の事なんかどうでも良くなる程、今は目の前にいるギャルが怖かった。

「じゃ、じゃあ足立さんと二人で行ってきます……」

「おう!俺達は最後の獲物攻略の作戦会議をしておくぜ!」

 [獲物]とか言うなよ、物騒だな。

 なんて言うか『この二人は、本当に心底DQNなんだなぁ。』と改めて実感しながら、俺は足立さんと共に歩き始めた。


「さっきのリザードマンが来た時、確かこっちの方に走って行ったと思ったんですけどねぇ……」

 足立さんと二人で森の中に入った俺は、ターゲットの捜索をしていた。

「お!イカセ!アレじゃね!」

 足立さんがそう言って指さした方には、木に寄りかかって座っている、厳つい髪型と服装の人物がいた。

 服のせいもあるのか、非常にガタイがよく、哲人と同じくらいの身長——だと思ったんだけど……あれ?

 近づいてみると、意外とちっちゃ——いや⁉︎俺なんかより全然ちっちゃいぞ?

 男の情報について、先程の説明に捕足をするのであれば、アナウンスの際に一際目立っていた、(くだん)のバイク好きである。こんなところで一人座っているところを見ると、ボッチで飛ばされて来た、俺の同類である可能性が高いと見える。一緒に飛ばされてきたと言うバイクのミラーを大事そうに握りしめ、肩を落としている。

「あの……すいません。」

「わぁ!ビックリした!えっ……何ですか?」

 飛び上がるほど盛大にビックリした様子の男は、ご丁寧にサングラスを外して顔を上げてくれた。意外と声が高い。そしてかなり幼くみえる。年下だろうか?

「俺は飯塚界世といいます。こっちは足立さんです。」

「足立でーす。よろしくー。」

「は、はぁ……」

 [男]と言うよりは、[少年]と言う言葉が似合うその人物は、頭にハテナマークを浮かべ、疑いの眼差しを俺に向けている。

「実は俺も一人でここに飛ばされてきて、さっき出会ったこの人達と協力して、元の世界に帰ろうとしてるんですけど、よかったら俺達に協力してくれませんか?」

 素直に、包み隠さず、本当の事を告げる。逆に言えば、俺に出来るのはそれくらいしかないのだ。

 上手く話すとか、騙して丸め込むとか、そんな事が上手くできるタイプの人間ではない。ついでに言えば、異世界なのにスキルの一つも使えないのだ。ぴえん。

「……」

 俺が精一杯の作り笑いで、申し出た協力に、彼はキョトンとした顔をしてフリーズしてしまった。俺はそんなに酷い顔をしていただろうか?

「あ、あの——」

「う……うううわぁぁぁあああああん‼︎」

 泣き出した。思ったより小柄だったし、意外なくらい可愛い顔ではあったものの、リーゼントに革ジャン姿の男だ。そんな見た目の男が、バイクのミラーを手に、目の前で急に泣き出したのだ。正直だいぶ焦った。横にいた足立さんも動揺していたようで、すごい顔をして後退りをしていた。『ヤバい奴に声かけちゃったんじゃね?』と、目で訴えかけてくる足立さんがこの場を離れようと脚を上げた時、彼はやっとまともに話し始めた。

「ご、ごめんなさい、急に泣いたりして。じ、自分、ここに来てからずっと不安だったんで……声かけてもらって、なんか気が抜けちゃって……」

 予想外と言うべきなのか、顔的には予想通りと言うべきなのか……そんな性格をしているようだ。

「自分、今までずっとバイクが全てで、愛車が唯一の家族であり、友達であり、恋人だったんです。そんなバイクと決別した今。自分にはもう、生きてる意味もないのかなって……そんなふうに思ってたんです……」

「あ、あぁ……そうだったんですか……」

 なんか思ったより陰キャっぽいぞコイツ。

「そうですよね!戻ればいいんですよね!愛車(あいつ)もきっと、自分とこのミラーを待ってるはずですよね!」

 俺の手を握ってきた男の瞳は、涙と希望でキラッキラだった。その姿はまるで、転校で離れ離れになった好きな子との将来を語る、初心な十歳の少年のようだ。

「ソ、ソウデスヨ!俺達ト一緒ニ頑張リマショウ!」

 無理した前向き発言は、またカタコトになってしまう。顔は引き()ってるし、さぞ酷い演技だっただろう。しかし汚れなきこの少年には、そんな事を疑うという(すべ)はなかったに違いない。

「はい!ありがとうございます!あ、申し遅れました。自分、(おうぎ)馬風楽(まふら)と言います。大学四年で、今年二十二になります。よろしくお願いします。」

 まさかの年上⁉︎ウッソだろ⁉︎全然見えねぇ‼︎

 目ん(めんたま)が飛び出るかと思い、後ろにいる[美少女戦隊ヤンキーピンク]こと、足立さんに共感を求めようと振り返った俺。

 しかしそこにあったのは彼女の姿ではなく……桃色(ピンク)の葉っぱの木?

「くぅぅぅぅぅううううううううううう‼︎!!」

 ——木が叫び出した⁉︎

「うわぁぁああ‼︎」

 思わずひっくり返ってしまった俺。気づくと、先程とは違う意味の涙で目を輝かせている、童顔大学生馬風楽君と抱き合っていた。

「あれ?驚かせちまいましたか?すんません。」

 今度は木から手が⁉︎——と思ったがよく見ると、桃色の葉っぱだと思っていたのは[アフロヘア]で、木だと思っていたのは、ボロボロと大粒の涙を落とす、体長二メートル程もある巨漢だった。

 派手なサングラスをかけ、アロハシャツに短パンという、怪異に詳しそうなハワイアンスタイル。しかし何故か、サンダルではなく下駄を履いている。

 そんなハワイアンアフロは、抱き合っている俺たちに涙を(すす)りながら手を差し伸べてくれた。

「え、あ、えっと……?」

 さっきの馬風楽君のように、頭にハテナマークを浮かべながら、アフロの手を取る俺。

「オイの名前は神明(しんめい)明日良(あすら)って言います。盗み聞くつもりはなかったんすけど、二人の会話聞かしてもらいました。実はオイもバイク乗りなんす。昨日もチームで走っとって、家に帰ってた最中だったはずなんすけど、なんか気づいたらこんなとこに()って……」

「な、なるほど……」

 アスラと名乗る男は、『バイクで走っていた』と言うが、とてもヘルメットが被れる髪型には見えない。それにもし転んだら、こんな薄着姿では傷だらけになるに違いない……恐るべし[命知らずDQN]。

「いやぁ、扇さん。オイ、アンタの話に感動しちまってよぁ……オイも早く元の世界帰って、また愛車(アイツ)に会いてぇんすわ。だから今の話、オイも協力さしてくんねぇすか?」

「本当ですか⁉︎一緒に頑張って、元の世界に戻れたら、是非一緒に走りましょう!」

「いいんすか⁉︎[あの扇さん]と一緒に走れるなんて夢みてぇっすわ!」

「そんなそんな!僕なんて大した事ないですよ……それより、これからお互い愛車の為に頑張る仲間なんですから、自分の事は馬風楽って呼んで下さいよ!」

 なんだかよくわからんが、二人だけの世界に入ってしまった彼等に取り残され、孤立してしまった俺。ちなみに振り返ると、もうすっかりドン引きしている足立さんの姿があった。

「イ、イカセ……アーシ先にみんなのとこ戻ってっから……後はよろしくね……」

『これ以上ここにいたくない。』って顔に書いてあった。

 まぁ、あんな露骨に嫌な顔をする彼女を、無理にここにいさせるのは逆効果になりかねない。でも、ついてくると言ったのは彼女だ。一人で行くと言った俺を睨みつけてまで『行く』と言い張って聞かなかったくせに、いくらなんでも勝手すぎやしないか?これだからDQNは……

「ということで自分等、協力さしてもらいます!よろしくお願いします!」

 声の方を向くと、そこにはハワイアン巨人と物腰の低い少年(二十二歳)が立っていた。

 うむ。違和感極まりない絵面である。というか[今の足立さんとのやり取り]、もしかして聞こえていただろうか?

「こちらこそよろしくお願いします。というか、俺まだ高三ですし、タメ口で大丈夫ですよ?」

「そう?……じゃあ自分の事も馬風楽でいいよ!よろしくね!えーと……イカセ!」

『足立ぃぃぃいいい‼︎アイツまた俺の名前の誤情報だけ置いていきやがったぁぁぁあああ‼︎』

 心が叫びたがってるんだ。でも声にはならなかったんだ。本人がまだ近くにいるかも知れないんだ。聞こえたらと思うと……怖かったんだ。んだんだ。

「どうかした?」

「あ、あの。実は俺、本名は界世なんですよ。」

「あれ⁉︎ごめん!さっきの女の子がイカセって呼んでたから!最初に名前教えてもらった時はパニックだったから覚えてなくて!ほんとにごめん!」

「いえいえ。気にしないで下さい。実際イカセって呼ぶ人も多いんで……まぁ、どっちでもいいですよ?」

「えーと……じゃあ……どっちにしようかな……」

 足立さんのせいで、馬風楽君と変な気の遣い合いが発生してしまった。本当に迷惑なギャルである。

 [目の前の年下(俺)の呼び方]なんていう、そんなに重要な事でもないのに、真剣に悩み始めてしまった馬風楽君の横で、アスラが話し始める。

「便乗させてもらうっす。アスラって呼んで下せぇ。歳は十六っす。よろしくっす、カイセイさん!」

『お前は歳下なのかよ!老けてるな!』と、心の中で密かにツッコミを入れた俺。

「あ!じゃあアスラ君に合わせて、自分もカイセイ……君って呼ぶね!」

 四つ下の男の呼び方一つ自分で決められず、十六歳に便乗した挙句、呼び捨てにするのも躊躇(ためら)ってしまう。そんな馬風楽君のイメージは、さっき話しかける事にビビっていた俺が馬鹿みたいに思えてくるほど、[怖そう]のカケラもないものになっていた。

「こちらこそ。馬風楽君、アスラ。改めてよろしくお願いします。」

 こうして[合法ロリ]ならぬ[合法ショタ]・扇馬風楽と、胡散臭いハワイアン巨人・神明明日良が仲間になったのであった。


 みんなのところに戻ると、思わぬ巨人アフロを連れていたせいで、俺が絡まれていると勘違いした哲人が、アスラに怒鳴りかかってしまうという一場面があったが、暴力沙汰にはならずに済み、無事?新メンバーを引き合わせる運びとなった。

 俺はそんな哲人を見て『全くDQNという種族は、血の気が多くて敵わんわぁ……』と思いかけ、あることに気づいた。


『いや?DQNって結構、人それぞれだよなぁ?』


 確かに哲人や足立さんは、俺の持っている[DQNイメージ]そのまんまの性格だが、ノノンやアスラは比較的温厚である。楓と雷愛は[ヤンキー]とは違うちょっと特殊な感じだし、なんなら馬風楽君に関しては、血の気が多いどころか、外見以外にDQN要素が見つからないくらいである。


『ってかそもそも[DQN]って何だ?』


 改めて考えてみると、確かに俺もよく分かっていない。

 きっと楓や雷愛、何より俺までもが含まれていると言うことは[ヤンキー]や[不良]という括り(くくり)とは別なのだろう。

 多分ググれば[D:どうしようもない][Q:クズ][N:人間]とか出てくるのだろうが……それもちょっと違う気がする。

 っというか、そうだとしても俺が含まれることには断固納得できない!


『…………意外と外見とか第一印象だけで、他人(ひと)のことを勝手にカテゴライズしてたのは、俺もなのかもしれないなぁ……それも、自分もよく分かってない言葉で……』


 俺をDQN扱いしている奴らは許せない。

 でもDQNの意味はよく分かっていない。

 だけど他人のことはDQN扱いする。


 そんな俺に、何か言える権利があるだろうか?


 …………答えはもちろん[No]なのだ。




 そんな感じで、勝手に一人でちょっと反省した俺は、できるだけ曇りない目でメンバーを見つめ『……意外とみんながいい奴らに見えてきたよ。はは。』なんて考えていた。

 一方、誤解で怒鳴り散らされても、『誰か説明してあげてくれ~』と言わんばかりにヘラヘラした態度で笑っていたアスラは、哲人からの謝罪を受けていた。

「早とちってすまなかった!」

「気にしないで下せぇ!オイみたいな人種は、どーやっても誤解されやすい生きモンっすから。改めてよろしくっす!」

「お前いい奴だなアスラ!アーシは足立。よろしく!」

 何故か[異世界ヤンキーズ]こと、足立&西新井コンビに絶大な人気を誇るアスラ。

 ああいう性格がヤンキーには需要高いのか……『アスラ先輩!勉強になります!』

 因みに、[DQN]について考えを改めても、彼女達が[ヤンキー]であることは揺るぎのない事実だ。ここだけは譲れない。

 アスラには、是非ヤンキーに気に入られる(目をつけられない)方法を教えて欲しかったが、それよりも気になることがあったので、そっちだけ聞いてみる事にした。

「ねぇアスラ。さっき馬風楽君と話してた時、[あの扇さん]って言ってたけど、アスラは馬風楽君のこと知ってたの?」

 するとアスラは少し興奮した様子で、意気揚々と答えた。

「そうっすよ!バイク乗りで扇家()、特にこの[馬風楽さん]を知らん者はおらんすよ!」

「ちょ、ちょっとアスラ君!いいよ恥ずかしいからそういう事言わなくて!」

 ほー。馬風楽君の実家は有名なのか。『バイク乗りで』ってことは、バイク関係の何かなのだろう。まぁ本人が話して欲しくないなら、俺がこれ以上詮索することもあるま——

「えー!アーシ気になるー‼︎馬風楽ッチー、教えて欲しいなー。」

 馬風楽君の年齢は紹介したはずなのに、彼を[馬風楽ッチ]と呼ぶ足立さんは、彼が隠したそうな事情に食いついていた。

「いや、まぁ、別に嫌ってわけじゃ……」

「あ、すいません馬風楽さん……オイ余計なこと言ったすか?」

「ううん!大丈夫だよアスラ君!気にしないで。」

「じゃーいーじゃーん。教えてよー馬風楽ッチー。」

 足立さんと同じく、哲人も馴れ馴れしいアダ名とタメ口で馬風楽君に絡む。

「えー……うーん……でも自分で言うのはなんか照れくさいから、やっぱりアスラ君話してくれる?」

 アスラに説明を頼む[天然魔性少年・馬風楽君]の上目遣いは、男でも落としてしまいそうな可愛げを秘めていた。

 哲人はそれを見てちょっと反応していたが、楓の一件で学習したのだろう。すぐに顔をブルブルしていた。

 そんな馬風楽君の上目遣いをモロに食らいながらも、純粋に[頼られた事]を喜んでいるアスラ。

「任して下せぇ!でもなんか間違ってたら、随時訂正をお願ぇします!」

「わかった。よろしくね。」

 馬風楽君の笑顔は、ちょっと無理しているものにも見えたが、そんな事には気づく気配もないアスラは、彼の実家である扇家と、彼自身のことについて、まるで自慢話のようにウキウキで話してくれた。

 馬風楽君の両親[扇煙心(えんじん)]と[扇見楽(みら)]は、バイクの超有名チューニングパーツブランド[最終扇(さいしゅうおうぎ)-FINAL FOLDING FAN(ファイナルフォールディングファン)]、通称[FFF]というブランド及びショップの創立者にして、今もなお語り継がれる、伝説の走り屋だと言うこと。

 そして馬風楽君は、その二人の間に生まれた一人息子で、今は海外でも活躍する、プロのレーサーだと言うこと。

 アスラの話を、馬風楽君は照れ臭そうに黙って聞いていた。

 訂正しないところを見ると、おそらく全て事実なのだろう。

「でも実は、オイも一個気になってた事があるんすよ。」

「えっ?アスラ君が?自分についてですか?」

「はい。オイが写真で見た馬風楽さんは、今とは全然違う髪が——」

「いやぁぁぁああああ‼︎!」

 ここで初めて、馬風楽君の訂正?奇声?が入って来た。

 何をそんなに焦っているのか分からなかったが、相当焦っていたのだろう。

 アスラとみんなの間に体を割り込ませようとした勢いで、自分の足につまずき盛大に転んでしまった。

「ま、馬風楽さん!大丈夫ですか?」

「いててて……」

「あーあー、馬風楽ッチ。せっかくのリーゼントが砂だらけだぞー。」

 転んだ時に先が潰れてしまった、馬風楽君のリーゼントヘア。砂ボコリで真っ白になってしまったそれを、俺は善意で払ってあげようと優しくハタいた。すると——

 ズルッ……ボトッ。


 …………頭?


「うわぁぁぁああああ‼︎馬風楽ッチの頭が取れたぁぁぁああああ‼︎」

「えええええええ‼︎おおお俺そんなつもりじゃ‼︎!」

 優しくハタいたはずの馬風楽君の頭は、ボトリと音を立てて地面に落ちてしまった。

 俺とアスラ、足立さん、哲人、雷愛はパニックになった。

 俺が転がっていく馬風楽君の頭を全力で追いかけ出そうとしたその瞬間——

「あああ!取れちゃった!」

 頭とは逆の方。残された彼の体の方から声が聞こえた。

 青い顔で振り返ったパニックメンバーが見たのは、しっかりと首の生えている、サラサラのブロンズヘアーを(なび)かせるショタだった。

「……バレちゃったね。」

「こ、ここ、これじゃ‼︎これがオイの知ってる[扇馬風楽]さんじゃ‼︎」

「えっ⁉︎じゃあさっきのリーゼントは⁉︎」

「あぁ。実はアレはカツラで、これが地毛なんだ。びっくりさせてごめんね?」

 マジでびっくりした。一瞬、俺の異世界スキルは、コントロール出来ないほどの馬鹿力(ばかぢから)なのかと思ってしまった。

 今でも、スキルが目覚めない事は悲しいんだけど、今回に限っては覚醒しなくて良かったと本当に思った。

 ってか一切ビックリしてなかったみたいだけど、楓とノノンは何なの?すげぇ冷めた目で俺等のこと見てるんだけど?なんかアイツらズルくない?俺ら同い年のはずなんだけど?アイツらだけ羨ましいくらい大人びてね?

「ってなんでカツラなんか被ってたんだ?」

 珍しく哲人と考えが同じになった。

 そんな疑問を哲人が投げかけると、馬風楽君は少し俯いて、寂しそうな顔をした。

「……あー、馬風楽君?話したくないなら無理はしなくていいよ?」

 一応、俺はフォローを入れる。

 今後のことを考えると、ここで関係を悪化させたくないってのもあったし、普通に本心から『無理しないでほしい』という気持ちもあるフォローだった。

 決して『俺、気を遣える男だわー』とか、そんなことは思っていない。

「ううん、大丈夫。ありがとうカイセイ君。」

 馬風楽君は持っていたバイクのミラーを、胸の前でグッと握り直し、話し出した。

「アスラ君が話してくれた通り、自分はちょっとだけ名前の知れたレーサーをやってるんだ……いや、やってたんだ。」

「え、それって——」

「本当はね!レーサーなんかじゃなくて、昔の父さん達みたいに、ルールとか順位とかに(とら)われない、自由でワイルドな[走り屋]になりたかったんだ。でも時代的に、走り屋なんて普通の人からしたら迷惑なだけだし、FFFの名前が大きくなるほど、『自分勝手な行動で両親に迷惑をかけちゃいけない。』と思っていった……それにレースで有名になると、FFFの知名度も売り上げも上がったし、父さんと母さんもそれで嬉しそうにしてたんだ。だから『レーサーを辞めたい!走り屋になりたい!』なんて、母さん達には言い出せなくて……」

「そうじゃったんですか……」

「でも、なんでそれでリーゼントなん?『やっぱり走り屋になろう!』ってなったの?」

「うん。恥ずかしながらその通りなんだ。」

「なんかキッカケとかあったんですか?ちゃんとご両親に伝えられたとか?」

「ううん。結局[最後まで]本当の事は話せなかったよ。」

「最後まで?」

「うん……レースで海外にいた時にね……連絡が来たの……二人が事故で亡くなったって。」

 皆が絶句する中、俺は後悔していた。

 [誰かから何かを頼まれた時、本当は嫌でも断れない人]ってのが、世の中にはいる。

 (まさ)しく馬風楽君は、そのタイプに該当するのだ。

 そして俺たちはそれを、今までの馬風楽君との会話から察することは出来たはずだった。

 それなのに自分を[気を遣える奴]だなんて……そんなことが一瞬でも頭をよぎった自分が、俺は情けなくて仕方なかった。

 馬風楽君はさらに続ける。

「レースを辞退して、直ぐに帰国した。それで二人の遺体を見て、死因も聞いた……二人どんな格好してたと思う?……走り屋時代の格好してたんだよ……死因は事故死。二人乗りの単独事故だったらしいんだけど、もちろんヘルメットなんかしてないから、バイクから投げ出された時に、頭を強打したのが直接的な死因だったらしい。」

「そんな……」

「嘘だろ……」

「二人はFFFの事とか、世間体なんか全然気にしてなかったんだよ。死ぬまで自分達の道を貫いてた。『二人の迷惑になるかも』とか、自分が勝手に思い込んでただけだったんだ。だから自分も、[本当にやりたい事]をちゃんとやるって決めた。母さんの残してくれた単車と、父さんが死んだ時に着てたこの革ジャン。これで自分も走り屋になるって決めたんだ。さっきまでの黒髪リーゼントも、そんな父さんのライダースタイルだったんだ。だけど、ハーフだった母さんから継いだこの髪だけは、どうしても黒く染められなくて……」

 全員が言葉を失ったまま、沈黙の時間が流れた。

 馬風楽君はきっと、さっき会ったばかりの俺達なんかに、わざわざこんな辛い話なんかしたくなかったに違いない。しかし断れない性格故、身を裂くような思いで話してくれているのだろう。

 今の馬風楽君にかける言葉を、誰も見つけられないまま、時間だけが足早に去って行く。

 出会ってまだ間もない馬風楽君の悲しい過去に、まだ彼の事よく知らない俺たちがかける、安っぽい慰めの言葉なんて意味を持たないと、みんな気づいていたのだと思う。

「ごめんね!なんか暗い話になっちゃって!そういえばさっき、一人だった自分にカイセイ君が声をかけてくれた事。あの時は凄い怖かったけど、今はすごく嬉しかったって思ってるんだ。」

「嬉しい?」

「うん!大会とか練習で海外にいることも多かったから、学校に友達はいなかった。近づいてくる人も[レーサーとしての扇馬風楽]目当てで近づいてくる人ばかりだった。二人が死んじゃって塞ぎ込んだ自分は、レースもやめちゃったから、本当にずっと一人だった……今更学校にも通えないし、自分にはもう、今までみたいな名声もない。なのに、自分の事を一切知らないカイセイ君が、自分に声をかけてくれて、こうやって友達になってくれたこと。それが単純に嬉しかったんだ。自分の話を聞いて、泣きながら声をかけて来てくれたアスラ君の涙も、嬉しかったんだ。今こうやって自分なんかの話を、一緒に悲しんでくれるみんながいて、嬉しいんだ。今までこんな話……誰にも……話して……ごれながっだがらざ……」

 馬風楽君は、目尻に溜まっていた涙を、大粒にしてボトボトと落とし始めた。

「馬風楽君……」

「馬風楽さん。」

 すぐに涙を拭い始めた馬風楽君。お父さんの物だと言う、年季の入った皮のジャケットの袖が、彼の涙と感情を吸い込んでいく。

 一息ついて顔を上げた馬風楽君は、何かが吹っ切れたように爽やかな顔で話し始めた。

「自分の名前は扇馬風楽!自分には、元の世界に帰って[やらなきゃいけない事]がある!だからみんなと協力して、ちゃんと帰りたいと思ってる。改めて、よろしくお願いします‼︎」

 今までのイメージからは、想像できないほど(たくま)しい表情と声の馬風楽君は、そう言って深々と頭を一回下げた。

 そんな彼の言葉に、一番に返事をしたのは涙を流す雷愛だった。

「馬風楽!」

「ら、雷愛ちゃん……だっけ?」

「雷愛も一人ぼっちの気持ちわかるよ……雷愛のパパもママもいなくなっちゃって、学校には雷愛に嫌なことする奴らばっかりだったの……だから雷愛は、馬風楽と一緒だったと思うの。」

「雷愛ちゃん……」

 相槌を打つ馬風楽君の瞳には、再び涙が込み上げていた。

「学校にも行けなくて、パパとママもいなくなっちゃった時、親戚のおばさんが『一緒に住もう』って誘ってくれたの。その時雷愛は、凄く悲しくて寂しかったし、一人ぼっちになりたくなかった……だけどね雷愛、そのお誘い、断ったの。」

「……どうして?」

 少し俯きながら話していた雷愛は、馬風楽君の質問に『待ってました!』とばかりに勢いよく顔を上げ、大声で話を続けた。

「何故なら!我には[楓]がいたのだ‼︎」

 彼女の少し後ろにいた楓は、雷愛の放った言葉に、珍しく人間らしい驚きの表情を見せ、馬風楽君に熱弁を始めた雷愛の背中を静かに見つめていた。

「親を失い、孤独になる悲しさ……(うぬ)の気持ちは我にも理解が可能。しかし、我には楓がいたのだ!そして今!『信頼できる者が側にいる』……その事の意味を、我はこの世界に来て改めて実感しているのだ……」

「雷愛……」

 楓は、なんだか複雑そうな顔をして雷愛の話を聞いていた。

「だから馬風楽よ!これからは『我等』が、(うぬ)の側にいてやる!辛く悲しく、一人では這い上がって来れないような、深く(くろ)く暗い、地獄の闇の底に堕ちようとも!……我等が側にいてやる。そしてそんな絶望から、いつだって(うぬ)を救い出してやろうぞ!」

「……雷愛ちゃん。」

 馬風楽君は、再び堪えきれなくなった涙を、頬を伝わせ顎に溜めていた。

 雷愛の話を最後まで聞いていた楓は、彼女の横に並んで立ち、膝を曲げて視線の高さを合わせ、真剣な表情で話し始めた。

「雷愛。もう一回確認するよ……彼等と協力するって事は、元の世界に帰るって事だからね?」

「心配するな楓。我とてそんなに愚かでは無い。」

「本当に無理してあんな辛い世界に帰る必要はないんだよ?雷愛がこの世界に残りたいって言うなら、僕はずっと雷愛とこの世界で生きていく。例えこの世界に僕達二人しかいなくなったとしても関係ない。僕は雷愛がいれば何処(どこ)だっていい。雷愛の隣で生きて、死にたい。そう思ってるんだ。」

「楓……」

 真剣な顔で話す楓の話は、さながらプロポーズの言葉だった。

 流石の雷愛も、素の照れた表情で顔を紅らめていた。

「だから本当に無理することなんて無いんだよ?…………君の本心を教えてくれ。」

 耳まで赤い顔を隠すように俯き、足をクネクネしていた雷愛。

 数秒の沈黙の後、動きを止め、雷愛は口を開いた。

「楓。今まで一回もちゃんと伝えた事無かったけど……本当に感謝しています。今まで、いつもいつもいつも……本当にありがとうございました。」

「うん。こちらこそありがとう雷愛。」

「そしてこれからも——『元の世界に帰っても!』——盛大に迷惑をかけていくから覚悟しておけよぉぉぉおおお‼︎はははははははははは‼︎」

 突然の雷愛の大声にも関わらず、表情一つ変えなかった楓。しかし——

「……そっか…………君も大人になっていくんだね。」

 そう呟いた彼の瞳は、少し潤んでいたように見えた。

「「うわぁぁぁああああああああ‼︎!!」」

 号泣しながら走り出したのは、例の如く足立&西新井コンビ。

 足立さんは楓と雷愛。哲人は馬風楽君とアスラの肩に、それぞれ腕を回しながら号泣していた。

「ご゛めんな馬風楽っち!俺等がデリカシーのない事聞いたばっかりに!これからは俺等が一緒だぞ‼︎」

「雷愛ちゃんも辛かったね!これからはアーシ達も側に居るからね!楓も今までよくやったね‼︎」

 久しぶりに会ったお爺ちゃんお婆ちゃんみたいなテンションで絡む二人。ノノンはその様子を潤んだ瞳で見つめていたが、彼女が近づいて行ったのは……俺の方。そして笑顔でハンカチを差し出した。

「イカセも自分以外の事で、ちゃんと泣ける人なんだね。なんかちょっと安心した。」

「えっ?」

 ノノンに言われるまで気づかなかったが、どうやら俺は、ずっと泣いていたようだ。『もしここが南極だったら、顎には無数の氷柱(つらら)が出来ていただろう。』ってくらいの涙が、ボタボタと溢れていた。


 こうして馬風楽君と雷愛、楓の話を通して、少し心を近づけた俺達。

 この時の俺は、自分の知らなかった感情を掘り当ててしまった事による、驚きながらも暖かさのある心臓の高鳴りと、ノノンの貸してくれたハンカチの温もりで、きっと微熱を起こしていたに違いない。

 それは——


『なんだか太陽が、やたらと暑く感じる。』


 言葉で現すなら、これが一番しっくりくる。

 そんな不思議な気持ちだった。


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