第二章
「とりあえず何から始めるか!」
「はぁ?『やってやろうぜ!』とか言ったくせに、何も考えてないわけ?使えなー。」
「お前さっきからうるせぇんだよ!いちいち突っ掛かってくんなよ!イカセも何か言ってやってくれ!」
哲人の言葉に合わせて、足立さんの眼力がギロッと俺に向く。
「いやー……二人はホント仲良いねー(棒読み)」
俺は今、上手く笑えているだろうか?
「「仲良くねぇよ‼︎」」
いや、その台詞。[本当は仲が良い奴等の発言]世界大会があったら、百年くらい連続で日本代表になってる言葉の一つだから。
「コイツとはアレだよ!あの……腐れ縁ってやつだよ!」
「ピンク!お前バカだな!アレは緑って書いて縁って読むんだよ!ピンクやら緑やら、カラフルなヤツだなお前は!」
「哲人テメェ……ピンクって呼ぶんじゃねぇって言ってんだろ‼︎」
「うわっ!お前蹴るな!蹴るな‼︎おいイカセ!見てねぇで助けろ!」
哲人の言葉に合わせて、足立さんの眼力がギロッと俺に向く。(二回目)
頼むから俺に振らないでくれ。
「お、俺は、こんな可愛い幼馴染が二人もいる哲人が羨ましいよー(棒読み)」
俺は今、上手く笑えて……いないだろう。口角の微振動が、作り笑いの限界を俺にアラームしている。
「「可愛くねぇよ!」」
そう叫ぶ二人は、揃って顔を赤くしている。
間違いなくアンタらは仲がいいよ。俺がメーカー無料永久保証をつけてやるぜ。
「はぁ⁉︎確かにアーシは可愛くねぇ!でもなぁ!昔は散々アーシのこと可愛いって言ってたテメェに言われるとなんか腹立つんだよ‼︎」
「な⁉︎昔のことは関係ねぇだろ⁉︎ってか今も昔もそんな事言わねぇよ!」
「昔テメェが言ってたんだよ‼︎」
「言ってねぇーよ‼︎」
足立さんと哲人の痴話喧嘩は、ほぼ休むことなく繰り広げられている。まぁこの二人にとっては、これが平常運行なのだろう。
「イカセ君はこれからどうするべきだと思う?」
竹ノ塚さんは[はじめましての時]から、こうやってよく気さくに話しかけてきてくれている。
俺の『アウェイで気まずい』って本音は、きっと背中からだだ漏れているのだろう。こんな奴(俺)なんかにも気を遣ってくれているなんて……白ギャルも捨てたもんじゃないかもな。
「そうですね……あのアナウンス、『皆様で協力して』って言ってましたよね?とりあえず、さっき雷みたいなやつで俺を助けてくれた二人にお礼も言いたいので、声をかけに——って竹ノ塚さん?」
真剣に考えながら話していた俺を見て、竹ノ塚さんはクスクスと笑いはじめた。
「なんか俺おかしかったですか?」
「ごめんごめん!強制されたからとはいえ、哲人は[呼び捨てタメ口]になったのに、私には[苗字にさん付け敬語]のままなんだなー、って。」
「あー……あのまま敬語で話したら、また胸ぐらを掴まれそうでしたから……呼び捨てにしてるのも、結構無理してるんですよ?」
「ふふ。確かに、哲人ならやりかねないね。」
「やっぱり……」
竹ノ塚さんはどこか不思議だ。
見た目は俺の苦手なタイプそのものだし、たまに体から発せられるあの殺気じみた覇気が、自分にも向くかもしれないと思うと一緒にいるのが怖い相手なはずである。
しかしこの人は、外見ほど俺と違うタイプの人間ではない気がするのだ。
なんというか……上手く言えないのだが……[あんまDQNっぽくない]のだ。
腰は低いし、落ち着いているし、睨まないし?……とにかく優しいのである。
「私のことは[ノノン]って呼んでくれないの?」
「えっ⁉︎と、唐突ですね⁉︎あー……えーと…………今のままじゃダメですか?」
俺の返答が不満だったようで、一瞬口を尖らせる竹ノ塚さん。しかし直後に、何かを思いついたように明るい表情を見せ、俺の目の前まで歩いて来た。
すると彼女は、俺のジャージの襟を軽く摘み、その手を外側に90度ほど回して、ほのかに顔を赤らめながら話し出した。
「ノノン…………はい。」
訴えかけるように俺を見つめる竹ノ塚さん。
『私に続いて言ってごらん?』というやつだろうか?なんだその急な女王様キャラは?
っというか、そのちょっと襟を摘んでるのは、哲人の胸ぐらを掴むヤツの真似のつもりなのか?
さっきアイツに掴まれてたのに比べたら、全然怖くも何とも——
「ノ、ノノン——」
な⁉︎口が勝手に⁉︎
「これからよろしく…………はい。」
「これから、よろしく……お願い——」
「よろしく…………はい。」
「よ、よろしく。」
襟元を掴んでいるのとは反対の手で、俺の胸元に軽く触れた竹ノ塚さんは、更に続ける。
「私のこと、どー思ってる?」
俺は今、上手く笑えて——
「ねぇ?」
「は、はい!お、俺なんかに気を遣って話しかけてくれる優しい人だし……ずっと喧嘩してるあっちの二人よりも、もちろん俺なんかよりも、全然大人だし……あと……顔も、か、可愛いし……」
耳の温度異常と不整脈で、今にも卒倒しそうだ。
「ふぅぅぅん……」
ニヤニヤしながら俺を見上げる竹ノ塚さん。ごめんなさい。本当。もう勘弁して下さい。お願いします。
「そーんなふーに思ってくれてるんだぁー……」
そう言って、ぴょんっと一歩後ろに下がった竹ノ塚さんの表情は、『スッッッゲェ満足した‼︎』って感じに見えた。多分誰が見てもそう思うような顔だったと思う。よく漫画とかで見る『ツヤツヤー』って感じ。まさにあれだった。
「あ、あんた……ドSだろ……」
「そーんなことないよー?[イカセ]が可愛いだけ♪」
出会って間もないが、『この人は幸せな時、こうやって笑うのだろう。』と察した俺だった。
彼女の必殺ハレンチパンチ攻撃によって、俺の寿命と引き換えに、色んな意味で距離を縮めた俺と竹ノ塚さん、改め[ノノン]。
「ったく!お前と話してると疲れるわ!なぁイカセ——って何でお前そんなに顔赤いんだ?」
「い、いや!べべべ別に!」
足立さんと話していた哲人に、急に話を振られ動揺する俺。
そんな俺を、今ノノンがどんな目で見ているかなんて、直接確認するまでもなかった。
「ノノン?イカセと何話してたの?」
「ん~?知りたい~?——」
「こ、これからどうしましょう⁉︎」
足立さんの興味をシャットアウトするように俺は切り出した。
これ以上弱みを握られてたまるものか!
「そうだな!それを考えよう!」
「ねぇイカセ。さっきの提案、二人にも話してあげてよ?」
ノノンにそう言われた俺は、さっき言いかけた提案を、改めて三人にするのであった。
それは、先程リザードマンから俺を助けてくれた、[ライナ][カエデ]と呼び合っていた二人に、お礼を言う流れで協力を仰ぎにいく。というものである。
「私はいいと思うよ!初対面のイカセを助けてくれたって事は、きっと悪い人達じゃないと思うし!」
「アーシも意義ナーシ。」
「じゃあ早速声かけてくるね。」
美少女二人の賛成をもらった自分の提案に、少し自信と愛着を手に入れた俺は、意気揚々と振り返って歩き出した——
「いや、ちょっと待て。」
「ぐえぁっ!」
哲人に首根っこを掴まれ、ジャージの襟に首を絞められた。
「あ、すまんイカセ。つい癖で。」
どんな癖だよ。ってか普段は誰にやってんだよ。
「哲人。なんか気になるの?」
「だってよ、考えてみ?なんでアイツだけ、あんな技みたいなの使えるんだ?怪しいだろ絶対!」
「だーかーらー‼︎」
『だーかーらー』に合わせて、リズムのいい三連コンボを、哲人の背中に打ち込む足立さん。
「おい!何すんだ馬鹿!」
「馬鹿はお前だろ!学習しろよ!隠れるようなやましいことある奴が、あんな堂々と目立つことするかって、さっきイカセの時も同じこと話しただろ!」
「あっ……」
完全に忘れてたって顔してやがる。やっぱりコイツには[哲人]ではなく、[鉄人]がお似合いのようだ。頭の中にはきっと、[哲(才知)]の代わりに[鉄(金属)]が詰まっているに違いない。
「まぁでも、私もあの技みたいな物については気になってたんだ。だからそれも含めて、あの人達とは話してみたいじゃない?もしかしたらこの世界の事、何か知ってるかもしれないし!それにやっぱり、あんな状況で知らない人を助けるような人が、悪い人な訳ないと思うの。」
「ソウダヨ!哲人モ俺ヲ助ケテクレタジャナイカ。キット哲人ミタイナ良イ人達ダヨ。」
竹ノ塚さんの説得に上手く乗っかろうとしたが、俺らしくない発言過ぎて、何故かカタコトになってしまった。そしてそれが、あまりにも酷かったのだろう。足立さんに『お前マジか。』みたいな顔で二度見された。これは恥ずかしい。
「まぁ二人がそういう風に考えてんなら?俺も納得つーか?」
まんざらでも無さそうに照れている哲人。コイツも馬鹿で良かった。お陰で俺のカタコトが無駄にならずに済んだ。扱い易い奴で助かる。
「じゃあ行ってくるね。」
「じゃあ俺も行くわ。」
「え゛っ。」
訂正します。やっぱ扱い辛いわコイツ。
しかも哲人は、驚きのあまり漏れてしまった、俺のあからさまに嫌そうな声を聞き逃していなかった。
「あ?なんだよ?文句あんのか?別にいいだろ?」
あまり良くは無い。君を連れて行っても、問題が発生する可能性が上がるだけな気がするんだ俺は。脊髄が直感で『やめろ』と赤信号を出している。
「あー……でもー、アレじゃん?女性二人を残して行くのはちょっと危なくないかな?周りに怖そうな人も居たし?」
とりあえず適当な理由で、遠回しに断ってみようと試みる。すると哲人はグッと顔を近づけ、真剣な面持ちで言った。
「おいイカセ?よく考えろ……あの二人だぞ?」
近づけられた哲人の顔の横から、チラッと足立さん達の様子を見てみる。ノノンは話の内容を察しているようで、背中から例の白虎を出しながら『大丈夫よ。』と言っているように見えた。まったく恐ろしい人である。一方足立さんは、すでに話に興味がないらしく、新しいタバコに火をつけようとしていた。足を広げたヤンキー座りで、貧乏なおっさんのようにチャカチャカとライターを何度も擦っている。たまに小声で「チクショウ!」とか「なんでつかねぇんだ。」とかぶつぶつ言っている姿を見て、不覚にも俺は哲人の言葉に納得してしまった。
「だろ?」
「う、うん……確かにあの二人なら心配なさそうだね……」
他の理由!他の理由を探せ!動け俺の頭‼︎
「……そうだ!これから話しかけに行くのは女の子二人だよ?一人はかなり年下みたいだし。男二人で行くのは、向こうもちょっと警戒しちゃうんじゃないかな?」
「なるほど。それもそうか……」
よし!よくやったぞ俺!
「でもよー。雷を出せるような連中だぜ?下手したらウチの女二人より危なくねぇか?」
「ゔっ……」
なるほど。それもそうだ……あの状況で人を助けられる余裕のある美少女と、雷を操る少女。俺達なんかよりよっぽど強そうである。リザードマンにビビらない女二人が、人間の男二人にビビるはずがない。
「そうだよな。電気とか出せるみたいだし、尚更イカセ一人で行かせるのは心配だ!やっぱ俺も行くぜ!むしろナメられないようにしねぇとな‼︎」
あっ、これはもうひっくり返せないやつだ。
「『一人じゃイカセないぜ!』……なんつってな!」
哲人のつまらないダジャレに『もう勝手にしてくれ。』と諦めた俺であった。
「君達誰?男二人で、僕達になんの用?」
そんなこんなで、例の二人に声をかけに来た俺達だったが、やはり男二人で来たことにより、バッチバチに警戒されていた。
「いや!あの!俺達は怪しい者じゃないんです!」
語彙力も、コミュニケーション能力も低い俺からとっさに出てくる言葉は、ベタで逆効果なものばかりだった。
「ん?……おい楓。コイツは先程、汝が助けた男ではないか?」
先程の雷の少女の方は、俺の事を覚えていてくれたようだ。偉そうに大きな石の上で[カッコイイポーズ]をしている。
「そうなんです!さっきは唖然としてしまって、お二人にお礼を言いそびれてしまったので——」
「あぁ、さっきの……気にしないで。僕は助ける気なんてなかった。雷愛が君を巻き込んで、意図せず殺してしまわないよう、[邪魔なもの]を突き飛ばしただけだから。」
「あ、あははははは……さいですか……」
楓と呼ばれる美少女は、見た目は良いのに愛想は最悪だった。
『意図せず殺す』とか[邪魔なもの]って……流石に俺も傷つくぞ。
「男よ!我には盛大に感謝するが良いぞ!ワッハッハッハッハッハー‼︎」
雷愛と呼ばれている少女はそう言いながら、変わらず[カッコイイポーズ]のまま、石の上で高らかに笑っている。そんな石の上の雷愛さんを、何故か少し驚いた様子で、楓さんは見上げていた。
……なんかすごいコンビだなこの二人。
「俺の名前は、飯塚界世と言います。助けてくれて、本当にありがとうございました。」
「ふむ。我が名は雷愛‼︎雷を操る、地獄より出でし堕天使の末裔。良きに計らいたまえ、カイセーよ!」
そう言って、新たな[カッコイイポーズ]を取る雷愛さん。
あ、やっぱ厨二病だったんだこのチビッ子。
「そしてこっちの無愛想が楓だ!我が師にして、唯一の友達——じゃなくて、魂仲間だ!」
「雷愛。僕のことはいいから。」
横から面倒臭そうに楓さんが呟いている。
「よろしくお願いします。俺も連れを紹介します。」
ん?そういえば哲人がやけに静かだ。俺が罵倒されてた時も、怒鳴り込んでこなかったし。
「俺もさっき知り合ったばかりなんですけど、西新井哲人で——って哲人⁉︎」
振り向いた先にいたのは、別人と見間違えるほどに姿勢を良くし、耳まで真っ赤にしてカッチコチに固まっている哲人だった。
「どどどどうしたの⁉︎」
「ちょ!イカセ!」
ロボットみたいな動きの哲人は、俺の首に腕を回し、グルッと後ろを向かせた。そして二人に見えないように、小声で話し始めた。
「おいイカセ!相手がこんな美人だとは聞いてなかったぞ!……正直、俺のタイプど真ん中だ。」
いやいや何言っちゃってんのお前⁉︎
一方的にそう話した哲人は、バッと俺を投げ捨てて振り返り、再び姿勢を正して話し出した。
「自分は!西新井哲人といいます!か、楓さん!あなたのような美しい人に出会えて、じ、自分は光栄であります‼︎」
この状況で何考えてんだお前⁉︎馬鹿なの⁉︎死ぬの⁉︎
「キモい。死ね。」
「グハァ!」
楓さんに話を一蹴された上、リアルに一蹴りもらった哲人は、なぜかちょっと幸せそうな顔をしていた。
「んで。ただお礼言いに来たって訳じゃないでしょ?何かあんならさっさと話しなよ。」
どうやら俺の魂胆は、既に見透かされているようだ。
ここは素直に、本当の事を話そう。
「さっきのアナウンス、『皆様で協力して』って言ってましたよね。だから俺達、ここにいる人達みんなと知り合った方がいいんじゃないかと思って……お二人はさっき俺を助けてくれたので、悪い人じゃないんじゃないかと……それで最初はお二人に声をかけに行こうと、俺から提案しました。あと、さっき雷愛さんがやった、雷の事についてとかも聞きたくて……それで……」
素直に話すのはいいが、全然まとまってない、とっ散らかった話になってしまった。
「語彙力というか、文章力というか……君、話すの下手過ぎ。あと、見透かされてるってわかってから、開き直るの早過ぎ。雷愛のやったことも、その言い方だと僕等を疑ってると取られてもおかしくないよね?」
楓さんの毒舌無愛想が俺の心にダイレクトアタックを仕掛けてくる。ザクザクと胸を貫く言葉を並べた楓さんは、「はぁ。」と一言ため息をついてから雷愛さんの方を向き、めんどくさそうに口を開いた。
「雷愛。さっきの雷、どうやってやったの?だって。」
「ん?楓がやってみろって言うから、やってみたら本当に出た‼︎」
雷愛さんが、雲一つない快晴の笑顔で即答した。
「ま、そーゆーことなんで。雷愛、もう行こう。」
楓さんの言葉を聞いた雷愛さんは、少し名残惜しそうな顔をしてくれていたが、楓さんは後ろを向いて歩き出してしまった。
いやいやいや「やってみたら出た」って!さっぱり意味が分からん。ってか答えになってないだろ⁉︎
「ちょっと待って下さい!」
「もう話すことないから。」
「お願いです!協力してくれませんか⁉︎」
俺に後ろから叫ばれ、足を止めた楓さんは振り返ってこう言った。
「君たち。さっき女の子といたよね?」
その瞬間、石の上から降りようとしていた雷愛さんがビクッと飛び跳ねたのが見えた。
「[僕は]女が嫌いでね。まぁ男も嫌いなんだけど。とにかく群れるのは好きじゃない。僕は雷愛がいればそれでいいんだ。」
冷たい目だった。『雷愛さん以外の全人類に恨みがある。』そんな気持ちが、その目からは伝わってきた。少なくとも、『これ以上俺が何を話しても、楓さんを説得出来ない』と言う事は十分に理解出来た。
二人の協力はひとまず諦めて、足立さん達のところへ戻ろうかと思った時、雷愛さんが話し出した。
「楓。[私]は大丈夫だよ?」
その言葉に、楓さんは一瞬目を丸くした。
「ごめん雷愛!でも気にする事ないよ!僕も君と二人がいいんだ。」
さっきまでの無愛想からは想像できないほど優しく、雷愛さんの手を握りながら話す楓さん。
「楓はいつもそうやって甘やかすじゃん……まぁ、私もそれに甘えて来ちゃったんだけど……確かに私、女の子は苦手だけど……[異世界]なら大丈夫だよ!だって……ううん。」
小さく首を横に振り、少しニヤッとした雷愛さん。楓さんの手を振り払い、ピョンと後ろに飛び跳ねると、仁王立ちで腕を組み、大声で言った。
「なぜなら[我]は、[異世界]ならこれほどまでに強く、輝ける存在なのだから‼︎」
さっきと同じ、快晴の笑顔の雷愛さんは、組んでいた腕を大きく広げ、両手にバチバチと稲妻を纏わせて見せた。
「雷愛……」
「今度は我が、此奴等の師となりて、[この世界での戦い方]を教えてやろうぞ!」
見つめ合っている二人を見ると、何か訳ありな事は俺にも分かった。
人には、話したくない過去の一つや二つあるものだ。
ならば今この[異世界]と言う場所で『はじめまして』の俺が、そこに土足でズカズカと踏み込んで行くのは筋違いというものだろう。
きっと彼女達は、[前の世界での戦い]についての話をしているのだろうから。
バッ!っとフリルのスカート広げながら勢いよく振り返り、俺の方を向いた雷愛さんはこう続けた。
「我は女は嫌いだ!だが、我を覚醒させるキッカケを作った貴様は気に入ったぞ使者カイセー!貴様に免じて、我と我が師である楓は、貴様等に全面的に協力してやろうぞ!そして特別に、我の事を雷愛と呼ばせてやる!」
そう話す彼女の姿を見た楓さんは、心配そうだった顔を緩め、少し笑ったように見えた。
「ま、そーゆーことみたいなんで。僕は楓でよろしく。」
きっと俺の知らない雷愛さんの過去を乗り越えるキッカケが、俺とリザードマンの(物理的な)間にあったのだろう。
俺を庇い、その間に入った彼女は、きっと何かを掴んだんだと、俺はそう思った。
何はともあれ、二人が協力してくれることになった。
雷愛さんの言葉を借りるなら、俺は足立さん、ノノン、哲人を代表した[使者カイセー]なのである。使者としてのミッションはこれで完遂。大成功であろう。
「こちらこそ!改めてよろしく!雷愛!楓!」
それから、幸せそうな顔で倒れていた哲人を起こし、足立さんとノノンのところに戻ってきた俺達は、改めて楓と雷愛の事を、幼馴染三人組に紹介するのであった。楓は変わらない態度だったが、雷愛は先程より少し威勢がなかった。やはり女の子が嫌いと言っていたことと関係があるのだろう。
「わ、我の事は、雷愛と呼んでくれていいぞ!……です……」
「よろしくね!雷愛ちゃん、楓くん!」
「楓でいいよ。あと、雷愛は少し女が苦手なんだ。よろしく頼む。ノノン、ピンク。」
「雷愛ちゃんの事はわかったけど、アーシはピンクじゃなくて足立でよろしく……」
足立さんは、笑っているけど眉をピクピクさせているという、なんとも変な顔で自分の呼び名を訂正していた。
問題なく顔合わせが進んだのはきっと、ノノンと楓の落ち着いた態度が良かったのだろう。
でもどうしてノノンは、二人の名前を[ちゃん]と[くん]で使い分けたんだ?
「ところで雷愛ちゃんは、女の子苦手なんでしょ?なんで楓は大丈夫なの?」
ちょ⁉足立さん⁉︎いきなりそう言うこと聞く⁉︎
ってかそうか!この人はそう言うタイプか!ズカズカ人の心に入って行くタイプか!
「馬鹿。そんなの楓さんが[類稀なる美貌の持ち主]だからに決まってるだろ?」
このテンションの哲人は果てしなくウザいが、まぁ正直俺も気になっていた事だったので、ちょっと雷愛の返事が気になってしまった。
しかしそんな俺達の期待した返事の代わりに返ってきたのは、ノノンが放ったミサイルみたいな台詞だった。
「いや、楓くん……[男]じゃん。」
…………
「おい男。お前[哲人]とか言ったっけ?…………僕、お前の事嫌いだわ。」
楓は、あざ笑うような表情だった。
「「「ええええええええええええええ‼︎!!」」」
俺、哲人、足立さんが絶叫の声を上げていた。
えっ?マジ?男なの⁉︎
「テメェ騙しやがったなぁぁぁあああ!俺の純情な男心を弄びやがってぇぇぇえええ‼︎」
「えええ⁉︎楓、男なの⁉︎マジ⁉︎アーシも女の子だと思った!」
「私[楓くん]って言ってたじゃん!二人ともそこで気付こうよ!」
「楓は昔からよく間違われるよな。我といると、姉妹と間違われることも度々あったぞ。」
いやいや!ぶっちゃけどう見ても女よ?確かに胸はないけど、中世的な服装にこの顔立ちと髪型では、男と判別するのは困難だと思う。ってかなんでノノンはわかったんだ?
「え!じゃあ二人はどーゆー関係なの⁉︎付き合ってるの⁉︎ねぇねぇ!」
足立さんがグイグイで雷愛に詰め寄る。少し引いている雷愛を見かねて、楓が面倒臭そうに足立さんに答える。
「今は兄妹だよ……義理だけどね。」
「なーんだー。付き合ってるんじゃないんだー。」
足立さんは図太過ぎる。[今は]とか[義理の]ってのは、普通の人なら『やべ、地雷踏んだ……』ってなるとこだぞ⁉︎
「楓は我が師であり恩人だ!貴様にはやらんぞ!」
「大丈夫だよー雷愛ちゃん。アーシはもっと男らしいのがタイプだから♪」
「君みたいなタイプは、僕からも願い下げだよ。」
「えー!楓ひどーい!それどーゆー意味ー?」
俺は内心ヒヤヒヤしていたが、足立さんのコミュ力のお陰で、何とか重い雰囲気にはならずに事は済んだ。
「ってか雷愛ちゃん。さっきの雷のやつ、どうやってやったの?呪文?みたいなのを唱えてたみたいだけど?」
「ん?やってみたら出たから、我にもよく分からん!」
おい!さっき『此奴等の師に』とか言ってたよね⁉︎完全放棄じゃねぇか!
雷愛の無邪気な発言に、周囲の視線が楓に集まる。
『おい、お前保護者だろ?解説しろよ。』と言わんばかりの視線。楓はその視線の意味を察したのか、また面倒臭そうにため息をついていた。
「呪文は雷愛が勝手に言ってただけ。アナウンスの言ってた[異世界らしいもの]って言うのの一つが、きっと[異能力]なんだと思う。モンスターが出てきたから、もしかしてと思ってやってみたら……」
楓はダルそうに手を出し、掌の上に水の玉を出して見せた。
「すごーい‼︎アーシもやりたい!どうやってやんの⁉︎」
目をキラキラさせながら足立さんが飛びつく。
「なんかこう……グッ!とやると、勝手に出るのだ!汝もやってみるがよい。」
雷愛が俺の方に、稲妻を纏った手を出してきた。俺は見様見真似で右手を前に出し、グッ!と力を入れてみる。
………………
「何も起こらないわね。」
いやいやノノンさん。ちょっと待って下さいよ。これから本気出すとこなんですって。
俺は左手で右手首を支え、さらに全身の力を込める。
「はああああああああああああ‼︎‼︎」
………………
「イカセ、ダメじゃね?」
くそぉぉぉおおおお‼︎なんでだぁぁぁあああ‼︎俺の異能力デビューがぁぁぁあああ‼︎
普通こういうのって、俺みたいな立ち位置の奴は凄いのが出せるんじゃないの⁉︎
そんな俺を見て楓が一言——
「必死さが足りないんじゃない?」
『お前みたいな常にダルそうな奴に必死さについて語られたくないわ!』って声にして言ってやりたかった。
必死にはなっているのだが、力むばかりで一向に何も出せない俺を見かねて、楓はまたため息をついた。そして先程のものより、一回りも二回りも大きい水の玉を手の上に出しながらこう言った。
「実践的に試してみようか。」
直後楓は徐に直径一メートル程のウォーターボールを哲人めがけて全力投球した。
「ちょ⁉︎楓⁉︎テメェ‼︎」
そう叫びながら、哲人は咄嗟に両手を前に出した。すると哲人の足元から、彼をスッポリ覆うサイズの鉄のシールドが生えてきて、楓のウォーターボールから身を守ったのだ。
「おおー!哲人すごいじゃん!」
「お、おう。なんかよくわかんねぇけど、多分今のでコツは掴めたと思う。」
「アーシもやりたい!楓!アーシにも投げて!」
楓は言われた通り、足立さんにもウォーターボールを投げる。
「行っくぞぉぉお……おりゃぁぁぁあああ‼︎」
足立さんが勢いよく両手を前に出すと、手の平が明るく光り始めた。
「よっしゃあ!アーシにも出来——」
バシャァァォアアア‼︎
嫌な音がした数秒後、咄嗟に逸らしてしまった視線を彼女の方に戻すと、そこには想像通りの姿をした足立さんがいた。
「なんでアーシには防げないの⁉︎」
「光では、物理的な水は防げないってことかしら?」
「ハッハッハー!ピンクダッセェ!」
爆笑する哲人に腹を立てたビショビショの足立さんは、まだ微かに光っている両手で、化粧が崩れた顔を擦りながらズカズカと哲人に近づき、胸ぐらに掴みかかった。
「テメェ!自分はちょっと出来たからって、調子乗んなよ⁉︎」
「ハハハ!ってかお前化粧落ちて酷い顔に——ってアレ?」
「なんだよ哲人⁉︎アーシの顔がなんだって⁉︎」
「いや、さっき確かに化粧が崩れてたはずなんだけど……?」
「ピンク⁉︎化粧直ってるよ⁉︎」
「えっ?ガチ?」
確かに俺も見た。さっき顔を擦る前の足立さんの顔は、化粧が落ちて、黒い涙を流したみたいになっていたはずだ……しかし今の足立さんは、出会った時の顔のままである。
「恐らく汝の光の能力は[再生・回復]の能力なのだろう。ヒーリング……パーティーには必須要員ではないか。」
雷愛が丁寧な解説をしてくれる。
「ええー、回復専門かー。アーシも雷愛ちゃんみたいに敵をぶっ飛ばしたかったのに。」
俺だったら『戦場の最前線に出なくて済むぜ!』と歓喜するところだが、こればっかりは性格だろう。確かに足立さんにヒーリングを頼むのは、ちょっと勇気がいるしな。それに彼女は、戦場で敵にラリアットかましてる方が似合う気もする……ってかそんなことより俺は⁉︎
「楓。俺にもいいですか?」
楓は一瞬嫌そうな顔をしたが、明らかにさっきまでより小さいウォーターボールを、下投げで俺に投げてくれた。めっちゃ気遣われてる。
「うおおおおおおおおおおおお‼︎」
俺は今まで生きて来て、これほど必死になった事があっただろうか?ってくらい必死に両手を前に出した。そして——
バシャァァォアアア‼︎
「足立さん。すいません。乾かしてもらえますか。」
「無理すんなよイカセ。ドンマイドンマイ。」
足立さんはすっかり光を使いこなしているようで、自分の全身を乾かし、俺の事も乾かしてくれた。
「可哀想だが、汝には才能がないようだな。カイセーよ。」
雷愛は俺に哀れみの視線を送り、肩をポンっと叩いた。
いや!まだだ!まだノノンが残ってる!ノノンも出来なければ、まだギリギリ俺が凡人で、アイツらが天才ってことに——
「ごめんイカセ……」
謝るノノンの方に視線を送ると、BGM[レッ○イットゴー]で、高さ三メートル程の幻想的な氷の城を建設した、雪の女王の姿があった。
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎!!」
異世界の旅の中で、『俺も輝きたい。』と心から願った。