第九章
自分に言い渡された[罪と罰]について、数分が経過しても処理が追い付かない、俺の脳みそ(メインCPU)。
『因みにですが飯塚界世様。ご自身でももうお気づきかも知れませんが、貴方様のスキルは滞在中一度しか使えません。最強のスキル故の、パワーバランス調整が入っています。ご了承下さい。』
[今アナウンスが何か話した]と言うこと以上を理解できない程、まるで固まってしまったパソコンのような俺。
[タスクマネージャーから、実行中の思考を削除する。]なんて器用な事が出来るわけもなく、いくつものエラーをバックグラウンドで発生させていた。
「私が償います……」
そんな俺を差し置き、口を開いたのはノノンだった。
「ノノン⁉︎お前何言ってんだよ⁉︎」
「死んだのは私よ⁉︎どうしてカイセイが罰を受けなきゃいけないの⁉︎」
「だからって!…………そりゃあそうだけど……」
ノノンの言葉に反論する足立さんと哲人。
他のメンバーも驚いた様子ではあったが、何も言わずに——言えずにいた。
するとアナウンスは不謹慎にも、あのハイテンションに戻り、ノノンへ営業トークを始めた。
『本世界ではその辺り、柔軟なシステムをご用意しておりますよ!ペナルティの肩代わりは、[元の対象者からの要請ではなく、新たに請け負う方本人からの希望があった場合にのみ、元の対象者から一度だけ可能。]と定めております!もしよろしければコチラのシステムも御利用下さいませ!」
「…………じゃあ私、希望します。」
「待てよノノン![元の世界のものを含む]って事は、俺とピンクの事とかも全部って事だぞ⁉︎」
「ちっちゃい時からずっと一緒だった思い出も全部って事だよ⁉︎そんなのアーシは嫌だよ!」
ノノンの発言に対し、焦りを隠せない表情で説得を始める哲人と足立さん。
「嫌だよ……私だって嫌だよ‼︎二人との事なんか、絶対忘れたくない大事な思い出だよ!でも私があの時死んじゃってたら……二人の事を忘れちゃうどころか、二度と会う事すら出来なかったんだよ⁉︎なのに私を生き返らせたのが原因で、カイセイがそんな目に合うなんて……絶対おかしいでしょ⁉︎」
『本当は嫌だ。』
そんな気持ちを、素直な言葉にしながら、大量の涙にしながら、二人の説得に反論するノノン。
俺は今までの思考を一旦止めて顔を上げ、そんなやり取りをする三人を見つめた。
もちろん俺だって記憶を消されるのは嫌だ。
こんな人生でも、愛着のある記憶は沢山ある。
でもそれはきっと、ノノンのソレよりもずっと価値の低いものだと思うのだ……
こんな素敵な幼馴染関係と、華やかな陽キャラ生活。
何よりこの状況で、命の恩人とは言えど、俺みたいな奴の為に自分を犠牲にできる。
そんなノノンと言う女性の人間性を考えれば、俺よりもずっと[このまま生きて行く]ことが相応しい人間だって事は分かっている。
それでも恐怖心が渦巻く俺の全身は、ノノンを止める一言さえ絞り出せずにいたのだ。
強がりでも嘘でも、俺はそれを言い出せるような強い人間じゃなかったのだと知らしめられ、俯いた顔を上げられなかった。
そんな事が頭の中を巡っているうちに、ノノンはアナウンスの声がしていた方へ歩き出してしまった。
「「ノノン⁉︎——」」
「来ないで‼︎」
パキンッ!
振り払うような仕草と共に、追いかけて来た足立さんと哲人の足に、氷の足枷を作ったノノン。
「……ありがとう二人とも。今までの記憶は無くなっちゃうけど、私達は絶対また仲良くなれるから……新しい思い出いっぱい作ろうね!」
「ふざけんなよ!まだ……まだ話終わってねぇよ——」
「カイセイ!」
足立さんの叫び声を遮って、ノノンが呼んだのは俺の名前だった。
ビクンッ!と飛び上がる心臓と共に視線が上がり、久しぶりに目が合った俺とノノン。
「せっかく助けてもらったのに、その事も忘れちゃうなんて残念だな……でも私……それでもカイセイには、[竹ノ塚ノ音]の事を忘れないでいて欲しい。私がカイセイを忘れても、カイセイには私の事忘れないで欲しいの……」
「ノノン……」
その時ノノンは笑っていた。
全身に満ちているはずの恐怖を抑え込み、涙を堰き(せき)止め、そう言って俺に笑ってみせたのだ。
「……好きだったよ……カイセイ。」
「ノノン——」
やっと動いた俺の一歩も虚しく、再びスキルを使い、今度は自身と俺達の間を、高くて分厚い氷の壁で隔てたノノン。
「ノノン!待ってくれ!行かないでくれ!……俺もだ……俺も同じなんだよ!ノノンに忘れられるくらいなら、俺が忘れる!ノノンには俺の事忘れて欲しくないんだ!………………俺も好きだ……」
時間を巻き戻せたはずの俺が、『話すタイミングが一歩遅かった。』とはなんとも皮肉なものだ。
ノノンの作った冷たい氷の壁は、どんなに叩いてもビクともしない。
止まらない涙が、凍った地面に落ちては凍り、落ちては凍り、を繰り返す。
俺達のやり取りに無駄な気を利かせていたのか、一向に続報を伝えなかったアナウンスは、ここで再び話を始める。
『お話がまとまったようですね……それでは竹ノ塚ノ音様。飯塚界世様の[死者の蘇生行為]に対するペナルティ[元の世界のものを含む、全記憶消去]。こちらの肩代わりをすると言う事でよろしいですね?』
壁の向こう側で今、ノノンは一体どんな顔をしているだろうか?
怯えるノノンの表情を想像出来ない俺の頭の中は、この世界ではじめて顔を合わせた時の、ノノンの笑顔でいっぱいだった。
「ノノン……ノノン!…………ノノォォォオオオオオン‼︎!!」
ボバババァァァアアア‼︎
俺がノノンの名前を叫んだ途端、見覚えのある爆炎が俺の横掠め、氷の壁にバカデカイ風穴を開けた。
驚きのあまり唖然とする俺に、背後から足音が近づく。
「…………ホンマ。[友情ゴッコ]がウゼェんすわ……」
「ア……アスラ⁉︎」
「アスラ君⁉︎」
足音の方に振り返ると、煙の上がる掌を前に突き出しながら近づいて来るアスラがいた。
恐らくスキルの炎を使って、氷の壁を融解させたのだろう。
「[友情]とか[友達]とか、そーゆーの嫌いなんすよ……虫唾が走るっつうか……」
「お前⁉︎何して——」
「でもね……」
俺の声を遮ったアスラは、俺の隣まで歩いて来てこう言った。
「オイは[神]も[仏]も信じちゃいませんが、今のが[愛情ゴッコ]じゃない事は信じられましたよ。カイセイさん。」
そう言い残したアスラは、氷の壁に空いた穴の中へ入って行った。
俺はすぐにアスラを追いかけ、穴へ入ると、向こう側にいたノノンと目が合った。
そこには、さっき俺が想像出来なかった、恐怖に染まるノノンの表情があった。
俺は堪らなくなって、そのままアスラを追い越し、ノノンに飛び付いた。
「カイセイ⁉︎……なんで⁉︎」
「勝手な事するなよ‼︎………………また会えてよかった……」
俺に続いて、他のメンバーも穴を通ってこちら側にやって来る。
「「ノノン‼︎」」
勢いよく突っ込んできて、俺ごと抱きしめる足立さん、哲人、フタツさん。
最後の幸せを噛み締めるように抱き合う俺達の横で、アスラが大声で話し始めた。
「おいアナウンスの奴!聞こえてんだろ⁉︎」
『はい。神明明日良様。ペナルティを受ける覚悟は出来ましたでしょうか?』
「ああ!出来たよ!……無茶苦茶考えて、[オイなりの覚悟]を作って来たよ。」
『かしこまりました。それでは先に、貴方様のペナルティから実行させていただき——』
「でもよぉ‼︎これ以上……もうお前等の好きにはさせねぇ……」
アナウンスの声を遮り、そう話したアスラは徐に両手を広げ、こう叫んだ。
「カイセイさんのペナルティ——オイが請け負う‼︎元からある俺のペナルティと、カイセイさんのペナルティ……両方オイが受けてやるぜ‼︎」
「「「「——アスラ⁉︎⁉︎」」」」
それを聞いたアナウンスは、不思議そうな声で答えた。
『なるほど……もちろんそれは構いませんが、そうなるとアスラ様。貴方が背負うペナルティは、[記憶の消去]どころでは済まなくなってしまいますが、それでもよろしいのですか?』
「アスラ君⁉︎急に何言ってるんだよ⁉︎」
雷愛と二人で楓を支えていた馬風楽君は、焦った口調でアスラに叫びかける。
アスラは振り向かず、背中越しのまま話し始めた。
「オイなりに色々考えたんすよ……そしたらやっぱりこれが、一番いいエンディングなんすわ……あとこれは、オイのなりの[罪滅ぼし]でもあるんす……そんでもって[オイなりの覚悟]……要は[落とし前]ってやつなんすわ。」
『それでは神明明日良様。飯塚界世様の[死者の蘇生行為]に対するペナルティ[元の世界のものを含む、全記憶消去]。こちらの肩代わりをすると言う事でよろしいですね?』
「アスラ君待って!早まらないで!」
「やめろアスラ!もう一回ちゃんと話し合ってから——」
「もうアンタ等に考えさせる時間はやらねぇよ!……アンタ等もう十分良くやったって…………それに最後くらい……全部オイの好きにさして下せぇよ。」
そう言って、一歩前に踏み出すアスラ。
「待たせたなアナウンス!……『よろしいですね?』って聞きやがったよなぁ?……勿論よろしいですよ‼︎このまま執行しちまってくれ‼︎最後の頼みだ‼︎よろしく頼むぜ‼︎」
「待てよアスラ!——」
『かしこまりました。それではペナルティを執行いたします。』
「楽しかったですぜ皆さん…………特に馬風楽さん……ありがとうございまし——」
————
次の瞬間、そこにいたはずの男は消えていた。
二メートルの巨漢の姿どころか、サングラスも、下駄も、アフロも、アロハシャツも……
彼がそこにいた形跡は、何一つ残っていなかった。
「アスラ君……」
膝から崩れ落ちる馬風楽君。
未だに何が起きたのかを理解しきれず、ただ呆然のする俺達だったが、そんな時間に浸ることさえも許してくれないこの世界。
残されたメンバーを次に襲ったのは、突然の浮遊感だった。
「何々⁉︎何が起こってるの⁉︎」
「おい⁉︎今度はなんだよ⁉︎」
全員の身体が宙に浮き始め、反射的にお互いの手を取り合った俺達は、再び[輪]を作っていた。
そんなパニックになっている俺達に、再びアナウンスが語りかける。
『皆様お疲れ様でした‼︎[全ての]ペナルティ精算は終了いたしましたので、これより皆様をお約束通り[元の世界の元の場所]へお送りいたします‼︎尚、こちらからのアナウンスは、以上を持ちまして終了となります!今回は、本世界をご利用いただき、誠にありがとうございました!何方様も[お忘れもの]のないようにご注意下さいませ!またのご利用を、心よりお待ちしておりますぅぅぅううう‼︎それでは失礼いたしま——ブツッ』
そう言い残し、例の如く一方的に通信遮断したアナウンス。
その言葉から俺達は、この世界に残された時間があと僅かである事を悟り[忘れもの]を、それぞれの頭の中で探していた。
だが突然の事で頭が回らず、黙り込んでしまっていた俺達。
「ノノンちゃん!ペン持ってない⁉︎」
そんな沈黙の中、口を開いたのはフタツさんだった。
「えっ⁉︎ペンですか⁉︎」
「フタツさん!自分ありますよ!……はい!」
馬風楽君はバランスの取れない空中で、一生懸命お父さんから譲り受けたと言う革ジャンのポケットを漁り、取り出したペンをフタツさんに差し出した。
「サンキュー馬風楽君!」
そう言ってペンを受け取ったフタツさんは、受け取ったペンを口に咥え、徐に自分の服を引きちぎり出した。
「フタツさん!こんな時に何してんす——」
「ちょっと馬風楽君!これ持ってて!」
そう言いながら、ちぎった服の切れ端を馬風楽君におしつけるフタツさん。
「え⁉︎ちょ、ちょっと!」
訳も分からないまま、言われた通りそれを受け取った馬風楽君。
するとフタツさんは彼の反対の手を取り、無重力の中器用に彼の手の切れ端に近づいていき、そこに何かを書き始めた。
「フタツさん⁉︎」
「はい‼︎これ私のラインのID!元の世界帰ったら絶対連絡してね!」
「フ、フタツさん……」
「馬風楽君も早く書いて!」
「あ、はい!」
馬風楽君は言われた通り、今度はフタツさんの持つ切れ端に急いでペンを走らせる。
「はい!雷愛ちゃん!」
「へ⁉︎我もか⁉︎」
「勿論だよ!ほら!早く!」
馬風楽君の言葉に驚いた様子の雷愛だったが、彼に手を取られペンを渡されると、潤んだ瞳で一生懸命にペンを走らせた。
「はい!」
「うん!ありがとう!」
雷愛からペンを受け取ったノノンも、笑顔で雷愛の持つ服の切れ端に向かう。
「アーシと哲人はノノンから、楓は雷愛ちゃんから繋がれるからパスだ!」
「おうよ!俺達の繋がりの証だ‼︎」
「だからカイセイ!貴方が持ってて!」
「俺⁉︎俺でいいの⁉︎」
「他に誰がいるんですか?こーゆーのの担当は[リーダー]しかあり得ないでしょう?」
「任せたぞ!使者カイセ!」
「発案者メーレー……君が持ってなさい!」
「みんな…………わかった!任せてくれ‼︎」
俺のこの発言を待っていたかのようなタイミングで、みんなの足が少しずつ透け始めた。
「絶対…………絶対連絡する!だから元の世界でまた会おう!それで次に会う時は……[無理矢理集められたDQN同士]なんかじゃなくて、異能力なんて持ってない[好きで一緒にいる真人間同士]で!」
今俺の目に映っている[みんなが笑顔で見つめ合う]この時の光景を、俺は例えどんな[罪と罰]によって記憶を消されようとも、絶対に忘れる事はないと思った。
絶対に。
このワだけは。