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ゲームの女の子にπタッチしすぎて現実でもタッチしちゃった話

作者: 椥桁


 タンッ。


『ぴええ、ごめんなさあいい。ぼおーっとしてたら、ぶつかってしまいましたあ?』


 スッ。タンッ。


『今のは事故にしといてやる。……二度とやるなよ』


 スッ。タンタンッ。


『きゃっ。えっち~!』


 スッ。タンタンタタタンタタタタタンッ。


『もう。他の子にはこんなことしたら駄目ですよ』


「かあ~~~っ! やっぱサト姐に窘められてえなあ」


 一人しかいない薄暗い文芸部の部室で、可愛く艶めかしい少女の声に、私のおっさんのような声が混ざる。

 いや私も一応は少女なのだけど、どうやら父の遺伝子が強く出てしまっているようだった。

 だから、クラスメイトが騒ぐようなイケメン男子より可愛い女の子に私が惹かれてしまうのも、仕方のないことなのだ。


「文芸部部長、柴野(シバノ)(ユカリ)はここですわね!?」


 部室の扉が突如全開に開け放たれた。

 暗がりからでは廊下の蛍光灯が眩しくて、声の主はシルエットでしか判別できない。


「もしかしてサト姐かっ!?」


「誰ですの? それは」


 ぱちんぱちん、と扉横にある照明のスイッチが押されていく。


「わたくしは生徒会会計、緑原(ミドリバラ)(ユカリ)ですわ」


 点灯した蛍光灯の下、縦ロールにセットした髪を上下にびよんびよんと揺らしながら緑原は仁王立ちしていた。


「なんだあ……緑原かあ……」


「勝手に期待して勝手に落胆しないで下さいまし。ところで――」


 緑原が腕を組み直すと、縦ロールの髪と共に、二次元のサト姐に負けず劣らずな胸がふよんと揺れた。


「文芸部の活動が校内の風紀を乱す恐れがあるという触れ込みがまたありましたの。これより部活動の抜き打ち検査をさせていただきますわ」


 まずい。

 机の上には素人目でもゲーム起動中だとわかるスマートフォン。


「休部だけはどうかご勘弁を!」


 私は緑原に手を合わせる。

 ついでに神にも祈る。


「いいえ。問題があった場合は休部ではなく廃部ですわ」


 こちらへ歩み寄りながら答えた。

 くおー……誤魔化せなかったか……。


「さて本日の文芸部は学校の部室と部費をどのような有意義なことに使っているのかしら」


 嫌みたっぷりに私の目の前に立つ。


「そりゃあ文芸部だからね。最新文化の観察をしていたところですよ」


 虚勢を張りつつ緑原の下乳をチラ見しつつスマホを手の平で隠した。


「ではわたくしも拝見させていただきます」

「ああん」


 容易くスマホを抜き取られてしまう。


 おわった――


「……あら、かわいい絵」


 ……お? 予想外の反応。緑原がサト姐に見とれているこれはチャンス。


「その子の頭を撫でるようにタッチしてみなよ」


「こう、ですの?」


『もお~、私の方が年上なんですからね』


「絵が喋りましたわ! 絵が動きましたわ!!」


 子供のように目を輝かせて緑原がこちらを見た。


「そうそう最新の文化は凄いんだよ。次は手を触ってみ」


「はい!」


『もう……勘違いさせないで下さい』


「可愛いですわ!!」


「うん。可愛いよね。タッチするたびにセリフも変わるんだよ」


「も、もう少しこれお借りしていても」


「いいよ」


「ありがとうございます!」


 ふー。これで部活の件はうやむやにできそうだ。まさか緑原もサト姐に一目惚れするとは思いもしなかったな。サト姐、強し。可愛いし。

 緑原の顔は幸せそうに蕩けている。


 一難去った疲れから目線を落とせば、そこには横向きの白いテントが立派に張られていた。

 これをタップしたときのセリフ、聞いてみたいなあ……。


 下着で守られてなさそうな部分を予想して指で触ってみる。

 キャラクターによってはその僅かな差でもセリフが変わることがあるのだ。

 当然、隔てる布が少ないほどレアボイスを聴けることになる。


「ふあっ!?」


 なかなか艶やかな良い声を上げるじゃないか。と目を瞑って感慨に耽る。

 このままフリックしたときのセリフも聴いておくか。


 指を素早く動かそうとする。が。何か抵抗があって指先が動かない。

 おかしい。私のスマホの保護フィルムは3000円クラスのスムースタッチフィルム。何物も引っかかるわけがない。


 いや? 私のスマホは今は緑原が持っているだろう。


 じゃあ私が今触っているのは……


「ひ、ぐっ……」


 目を開けると私の指が緑原のに埋まっていた。


「あ。あー……これは、これは」


 廃部を免れた安心感と緑原の胸囲の吸引力に頭を乱され、目の前の景色をゲームの画面と勘違いしてしまっていた。

 緑原ののあまりの柔らかさに己の指を沈めていることにも気付けなかった。


「ん……ん……」


 緑原が後ずさりしながら部室のドアへ向かっていく。


「待ってくれこれは誤解なんだ!」


「いいえ、文芸部の破廉恥な活動内容はよくわかりましたわ! 貴女が他の生徒に手を出さないよう、このわたくしが入部して見張りますから、明日から覚悟しておきなさい!」


 部室の戸が閉められると、足音が駆けるような早さで遠ざかっていった。




 くんくん。

 指先はいい匂いが残っていた。

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