七平方メートルの星原
ベランダに座り込み、壁と天井に区切られた星原を見つめる。駐輪場の横にある電灯が消え、辺りは暗闇に包まれている。暗さに目が慣れてくると、先程までは姿を見せていなかったささやかな光が浮かび上がってくる。黒く塗られた空には、無数の宝石が瞬いていた。
この空の様子を的確に表すことが出来る言葉を探した結果、「星原」が一番適切であるような気がした。草原は草に覆われているように、星原は星で満ち溢れている。
私はこうして区切られた星原を眺めるのが好きだった。
心の中が空っぽになる。ような気がする。こうしているときは、面倒なことは何も考えなくて済む。
しかし、最近は、心の中に重りを抱えているかのような気持ちで星原の元に佇んでいる。
一人の女性が原因だった。彼女は、可憐で、人当たりがよく、真面目な、どうしようもなく魅力的な人だった。
大学の講義で、好きな作家を答える機会があった。私はそこで夏目漱石の名前を挙げた。その講義が終わったあと、彼女に話しかけられたのである。どうやら、彼女も夏目漱石が好きだったようだ。
その日から、何となく話すような間柄になった。
彼女の周りにはいつも誰かがいた。私とは大違いである。住む世界が違う人間のように見えた。
私とは釣り合わない。分かっている。しかし、話せば話すほど、彼女に魅入られていった。
言葉にならない想いが、私の胸に無数の穴を空けた。一体私が何をしたというのだろうか。常に頭の片隅には彼女がいた。まるで病のように。
この想いを沈める方法を、ただ一つ、知っている。
風化するまで待てば良いのだ。想いが寂れ、朽ち果てていくのを待てば良い。
そして、それがどれだけ苦しいことかも私は知っている。
会いたい。彼女に会いたい。
会って、彼女と肩を並べて、この歪に型どられた星原を見つめることが出来たのなら、どれだけ幸せだろうか。それ以外は何もいらない。それが、心からの願いだ。