7 決戦
ランドはカンタレルに〈冥府の霧〉についてたずねた。
「〈時の洞窟〉が口をあける大峡谷には、支流にそって分かれた谷がある。そのなかでも、霧深い谷のはざまを、村の人間はそう呼んでおる」
「ここはやつらの取引に応じましょう。リリアさんがその材料に使われたのは、彼女の正体が気づかれていない証拠です。リリアさんを助けるチャンスはあります」
ランドはそう主張した。
「罠に決まってるわあ。リリアさんを無事に返すわけないじゃない」
チビットがそう断言する。
「リリアさんを人質にとるなんて卑怯なんだなあ」
ゴーラがいきどおりをあらわにする。
ランドもチビットと同じ意見だ。こっちも策をめぐらしたほうがいい。
「〈ベルバレーラの玉〉はあいつらにとって重要な品のようです。簡単に渡してしまうのは得策ではありません。ガラスの偽物を用意しましょう」
「いかん」カンタレルがそくざに反対した。「そんなおかしなまねをするより、リリアを無事に取りもどすほうが大事だ」
――しかたない。ランドは依頼主の意向をのんだ。
リリアの命をにぎられている以上、やつらの指示にしたがうしかない。そう見せかけて、その裏をかくまでだ。ベルバレーラの居どころがつかめるかもしれないと前向きに考えよう。
ランドの一行が屋敷を出発したのは、正午の2時間ほど前だった。
今回はカンタレルも同行するという。〈ベルバレーラの玉〉はカンタレルがあずかると言いはってきかなかった。
ランドは、矢を補充した矢筒とコンポジットボウを装備する。ゴーラがウォーハンマーを背負って連なる。カンタレルが武器がわりのツルハシを持つ。その3人の上をチビットがぶんぶん飛びまわっている。
ランドはウインドミル湖につくと、そこから〈青い地底湖〉に抜けるルートをカンタレルに説明した。カンタレルは半信半疑の様子だ。
ランドは、まずは自分から足を水面に沈めた。チビットは、水に流されないよう、ランドのベルトの片側におさまっている。
カンタレルもランドにならって湖に入ってきた。
ゴーラはまだ水際でためらっている。それでもランドとカンタレルが湖に腰までつかって待っていると、しぶしぶついてきた。
ランドは〈青い地底湖〉に浮きあがった。岩のふちに手をかけて上がる。
つづいてカンタレルの顔が水面に突きだされた。40メートルの高さにふきぬける洞窟の内部を、いぶかしげな表情で見まわしている。
ゴーラはなかなか上がってこなかった。
また無限落下のループにとらわれたかとランドは心配になった。
〈時空の巨大樹〉は地底湖の空間の乱れをなおしたと言っていた。あるいは、巨大樹の体調がさらに悪化して、またもや上下の位置関係が混乱したか。だとしたら、そのうちゴーラが降ってくるはずだ。
ランドは、はるか洞窟の高みを見上げた。
しばらく待っていると、ざばあっ――と水しぶきをあげて、ゴーラの顔が湖面にのぞいた。不機嫌そうな顔つきで、のろのろ岸辺に上がってくる。
「湖に入ったとたん、いっきに湖底まで沈んだんだな。おいらは湖の底を歩き、その内側の壁をよじのぼって、ここまで来たんだな。ひと苦労だったんだな。もうこんな苦労はごめんなんだな」
〈青い地底湖〉には底があった。巨大樹の病状は悪化していないようだ。
〈時の洞窟〉から大峡谷に出ると、ここからはカンタレルが案内にたつ。
一行は渓流にそって進み、支流に折れて、いっそう狭い谷間に入った。左右にそびえる断崖が陽射しをさえぎり、濃い霧があたりをおおいはじめる。昼前だというのに、どんより薄暗くなった。
峡谷を進むにつれて霧は深くなっていく。視界は5メートルほどだろうか。4人の仲間がはぐれないよう注意する必要がある。
すると霧のなかに、黄色くあわい光がついた。
チビットが〈明かり〉の魔法をかけたのだ。その光は、霧にはねかえされる前方よりも周辺をとくに照らすもので、仲間がはぐれないよう配慮したのだろう。
ばさばさと羽音がして、霧のなかに黒い影が舞う。
チビットの光が届く範囲にあらわれたのはグレムリンだった。
「来たな。〈ベルバレーラの玉〉は持っているか」
そのえらそうな口調から、朝と同じグレムリンだとわかる。
「おれっちを出し抜こうたって無駄だからな。あの玉さえ渡せば、ジョセスタ嬢ちゃんは無事に返してやる。それはおれっちの尻尾にかけて保証する」
なにか言おうと踏みだしたカンタレルを、ランドは片手で制した。こいつの言葉になんの保証もないが、ここは黙ってしたがうふりだ。
カンタレルの顔つきから、くやしい気持ちがありありとわかった。
グレムリンが案内にたち、そのあとにゴーラ、カンタレル、ランドの順番で、霧深い渓谷を進む。チビットがゴーラの頭に座り、そこから発する光が、あたりをぼんやりまるく照らしている。
幅3メートルほどの岩場の道はごつごつとして歩きにくい。片側に切り立った崖がせまり、反対側の霧の向こうからは、静かなせせらぎが聞こえてくる。
「さあ、着いたぜ。ここが取引する場所の入り口だ」
深い霧のなかに見え隠れして、崖に突きだした岩だなの下に洞穴が口を開けていた。グレムリンの案内なしでは見落としていただろう。
「おれのうしろにぴったりついてきな。迷子になるぜ」
グレムリンは、光のほとんど差しこまない洞窟に、とまどいなく進んでいく。闇を見とおせる視力をもっているのだろう。
チビットの魔法の照明が、ぱっと明るく、より前方を照らすものとなった。道幅、高さ、ともに3メートルほどのせまいトンネルだ。
「まぶしいな。もっと明かりを落としてくれないか」
赤く輝く目をしばたたかせて、先を歩くグレムリンが文句をつけた。
――しかたない。ランドはチビットに目つきで伝え、明度を下げさせた。せまい洞窟はそれでも充分に見とおせた。
道はいくつも枝分かれしながら、ゆるい勾配で登っていく。
――このルートは峡谷の外に通じているのかもしれない。
ランドはそう思ったが、いままでたどってきた道すじはもう覚えていない。あの案内人はわざとまわり道をしているのではないかと疑念がうかんだ。
ようやく大きな洞窟に出たのは、2時間近く歩いたころだ。
そこは半径30メートルほどの、いびつな楕円形の空間だった。その中央に、見覚えのある大きな火おけが置かれ、さかんに炎をあげている。火おけの向こうには、さらに奥に続く洞穴がうかがえた。
ランドは、この光景が〈時空の巨大樹〉の足もとの水面に映し出されたものと同じかどうか記憶をさぐった。大きな違いはなさそうだ。もっとも洞窟内の様子はどれも似たり寄ったりで区別がつきにくい。
チビットの放つ光が届く天井の薄闇に、なにかがぶら下げられている。しだいに闇に慣れてきた目に、それが少女であると判別できた。
カンタレルの目が、ランドの視線を追う。
「リリ……」
「カンタレルさん」ランドは、その言葉をさえぎった。
リリアは、洞窟の真ん中に置かれた火おけの6メートルほど上空に吊り下げられていた。リリアを吊ったロープがのびる天井の暗がりには、無数の赤い光がまたたく。グレムリンが身をひそめているのだろう。
洞窟の天井から下がるロープとは別に、天井からななめ下方にのびるロープもある。その先がつながっているのは、岩壁に止められた滑車だ。
グレムリンがうす気味の悪い笑みをうかべて飛びたった。岩壁の滑車のハンドルにとりつくと、空中で羽ばたきながらそれを回しはじめる。
ロープに縛られたリリアが、火おけに向かって降りてきた。
「やめろ」カンタレルがたまらず大声をあげた。
炎をあげる火おけから3メートルの距離で、滑車の動きは止まった。
小さな体をふたつにおったリリアの横顔を、ゆらめく炎が照らしている。リリアは気をうしなっているようだ。
「さあ、〈ベルバレーラの玉〉を火おけのなかに入れるんだ。指示どおりにしなかったり、おれっちをだまそうとしたりしたら、玉の代わりにジョセスタ嬢ちゃんを炎のなかに落とすからな」
カンタレルが、玉をおさめた小箱をふところから取りだした。その表情には意を決した色がうかがえた。
「ゴーラが玉を受け渡しに行くんだ」
ランドはささやく。
「――それを炎のなかに入れるふりで、あの火おけをひっくり返せないか」
火おけをリリアの下からどかしたうえで、彼女の救出に入る。グレムリンがリリアを落下させようとしたら、その体を射抜くまでだ。
「わかったんだなあ。やってみるんだなあ」
ゴーラが玉を受けとろうとカンタレルに手をのばす。
「だめだ」グレムリンが制した。「その岩の化け物は信用できない。カンタレルが火おけまで玉を持って来い」
「玉はおれが渡す。なにより人質の命のほうが大切だ」
カンタレルがきっぱり言い、火おけに向かって歩きだした。
「あんたの主のベルバレーラはどうした。姿がないじゃないか」
ランドはグレムリンに話しかけ、時間かせぎにかかる。
「ベルバレーラさまは片目が見えないんだ。そんな不自由な姿をさらしたくない乙女心で、洞窟の奥にその身を隠しておられる」
――ベルバレーラは片目が見えない。
逆にあの玉には、見られているような薄気味悪さを何度もおぼえた。
――見られている。
ベルバレーラは、あの玉のありかをどうやって知ったのか。リリアがそれをカンタレルの屋敷に運び、小箱にしまったのがどうしてわかったのか。
自分自身の目でそれを見ていたとしたら――。
「そこで止まれ。取引がすむまで、それ以上近づくんじゃないぞ」
グレムリンの命令に、火おけの1メートル手前でカンタレルが足をとめた。
「まずは小箱を開けて、中身が本物かどうかを確認させるんだ。にせものをつかまそうなんて卑怯なまねはするんじゃないぞ」
カンタレルが箱から玉を取り出し、それを手のひらにのせてかざす。
玉の中心に赤く炎がひらめいた。
妖魔王をよみがえらせるのに要する期間が延びたのは――。
『ベルマルクさまを復活させるあなたが、その力をうしなったのが原因です。あなたは大切なものをなくしましたね』
〈炎の予言〉がランドの脳裏によみがえった。
「〈ベルバレーラの玉〉らしいな。いまいる場所から、その玉を火おけのなかに投げいれろ。慎重に狙って、まとを外すんじゃないぞ」
「だめだ」ランドは声をあげた。
はっと振りむいたカンタレルに、
「それはベルバレーラの目なんだ。ベルバレーラは片目をなくし、妖魔王の復活にようする期間が5年から15年にのびた。そのままなら、リリアさんが生んだ子供が13歳になるのに間にあうんです」
「うるさい。リリアの子供なんか知ったことか。おれにはいま目の前に吊るされているリリアのほうが大切なんだ」
「カンタレルさん」ランドは思わず大声になった。
人質がリリア本人だと知れば、やつらが彼女を無事に返すはずがない。それがわからないほどカンタレルは分別をうしなっているんだ。
カンタレルの手から玉が放たれる。
「カンタレルさん、だめだ」
ランドの叫びもむなしく、ベルバレーラの目玉が火おけのなかに消えた。
「そうかい、そうだったんだねえ。いままでずっとだまされていたよ」
しわがれた声がリリアから聞こえた。
リリアの垂れた髪がみるみる白くなっていく。頭をもたげたその顔には、しわがいくえにも刻まれる。雪白の前髪からのぞく片方の眼窩はうつろだった。
がららら――と滑車が回転して、妖婆が火おけに落ちた。
とたんに、すさまじい炎が渦巻き、洞窟のはるか高みにまでふきあがる。そこにひそむ無数のグレムリンの姿を照らしだした。
火おけのふちに、らんらんと両目を光らせたベルバレーラの顔がのぞいた。
「これでようやく目がそろったよ」
ランドは弓を構えて妖婆の顔めがけて矢を射た。
ベルバレーラのふたつの目から赤い閃光が放たれる。それが焦点をむすんで、ランドの矢を撃ちおとした。妖婆が勝ちほこった笑みをうかべる。。
ランドは思いがけない強敵に歯がみした。
ふいにベルバレーラが火おけから飛びだした。後方にトンボ返りをうって、火おけのうしろに立つ。とても老人とは思えない身のこなしだ。
まっ白い髪を背中にたらし、しわのよった茶色い肌に、ぎょろりとした目を光らせる。150センチほどの細い体に黒い衣をまとう。
「リリアをどうしようかねえ。念のために殺しておいたほうがいいんだろうねえ」
ベルバレーラが身をひるがえし、洞窟の奥に開いた穴に向かいだした。
ランドはすぐさま弓を構える。ベルバレーラとのあいだをへだてる大きな火おけが邪魔で、狙いが定められなかった。
「チビット、〈魔法の矢〉だ」
「わかってるって」チビットがゴーラの頭から飛びたった。
洞窟の天井に羽音の大音声が響いた。何十匹ものグレムリンがいっせいに急降下してくる。とても4人で迎え撃てる数ではない。
そのとき地面が大きくゆれた。また地震だ。いや、〈時空の巨大樹〉が『せき』の発作におそわれているんだ。
天井からの落石に、グレムリンが群れをみだして飛びかう。大きな音をたてて火おけが倒れ、炎のうずをまきちらす。ランドとチビット、カンタレルはしゃがんでゴーラのかげに隠れた。
がらがらと岩のくずれる音がする。洞窟内にはいくつも落盤のあとがあった。たびかさなる地震に、洞窟はもろくなっているのかもしれない。
ランドはじっとうずくまり、激しい揺れに耐えた。
ほどなく地震はおさまり、つぎは巨大樹の『くしゃみ』がくるかと身構える。しばらく待っていても突風は起きなかった。
静かに視線を上げる。洞窟の奥に開いていた穴が、くずれた岩でふさがれていた。そのそばで、ベルバレーラがいまいまげに足を踏みならしている。
「おまえたち、出口をふさいだ岩をみんなでどけるんだよ」
ベルバレーラの呼びかけに、グレムリンの群れが舞いおりてきた。
――そうはさせるか。ランドはゴーラの岩陰から飛びだした。弓で狙いをつけようとするものの、ベルバレーラの姿は群がるグレムリンに隠されている。
ベルバレーラがランドに気づいた。
「おろか者め。両目をとりもどしたわれの力を見せつけてやろうぞ」
ベルバレーラが両手を高く上げて、しなびた体をはって伸びあがる。とたんに妖婆の白髪が逆立ち、その背後から渦巻く炎の柱が立ちあがった。
8メートルの高みにのぼりつめた火柱がうねり、とぐろを巻いて、その姿を変えていく。頭上からもたげた巨大な鎌首に、顔の輪郭から飛びだすほど大きな目、細かな牙がのぞく口から炎の息がもれる。
「サラマンダーよ」チビットが叫んだ。
全長18メートルの大蛇をつつむ、ゆらめく炎の熱気がランドのもとまで伝わってくる。洞窟内の温度は急上昇していた。
「あいつらを叩きのめしてやるがいい」
ベルバレーラが、みずから呼びだした怪物に命じた。
ゴーラが、背負っていたウォーハンマーを取って構える。たのもしい幼児だ。しかし、いくらゴーラの怪力といえども――。
ゴーラがサラマンダーに突進していく。
「そいつはきっと通常の武器は通用しない。チビット――」
ランドは弓に〈増強魔法〉をたのむ。
「――えっ」巨大な鎌首の真下で、ゴーラが立ちどまった。
燃えさかる炎とともにサラマンダーの頭が急降下してきた。
「うへっ。もっと早く言ってほしいんだな」
逃げかえるゴーラのいた場所に、サラマンダーのあごが激突した。岩場がくだけて砕石がとび、地響きが洞窟を揺るがす。
サラマンダーが火煙をあげながらゆっくり頭をもたげた。
ランドは、魔力をおびた矢をその顔めがけて射た。それはサラマンダーの片目に突きささり、怪物の苦悶の咆哮が洞内をとどろかせる。
ランドは場所を移動しながら、つぎつぎ矢を命中させていく。これだけ大きな標的を外すランドではない。
サラマンダーが大きな頭をゆらしてランドを探している。あちこちから飛んでくる矢に、片目をふさがれた怪物は攻撃目標を定められないようだ。
ここで、ウォーハンマーを魔力で増強したゴーラが参戦する。
サラマンダーがその太い尻尾をふりまわした。さっと伏せたランドの頭上を、熱風をはらんだ巨大なむちが通りすぎる。
「うへっ」ゴーラに命中したらしい。
岩壁のくだける轟音とともに、グレムリンの悲鳴があがった。落石の撤去をしていたグレムリンを怪物の尻尾がなぎたおしたのだろう。
見上げると、そこには怒りをおびたサラマンダーの片目があった。
サラマンダーの鎌首が足もとの岩盤をくだいたのと、ランドが飛びのいたのとは、ほとんど同時だった。その衝撃でランドは岩場を転がり、くだけちった岩くずが頬をかすめる。
サラマンダーの渾身の一撃は、その頭を岩の割れ目に深くうずめた。怪物が首を引きぬくのに手間どり、尻尾の先端がむなしくのたうちまわる。
怪物の尻尾にはねとばされたゴーラが起きあがった。ウォーハンマーを手に、サラマンダーに突進していく。岩にうまった敵の後頭部に強打をくわえた。
すさまじい咆哮をあげて、サラマンダーが裂けめから頭を引き抜いた。
怒りくるったサラマンダーはやたらに攻撃を開始した。炎の息を吐きながら頭上高くもちあげた鎌首を、ろくに狙いを定めず振り下ろす。炎をあげる長い尻尾をところかまわず振りまわす。
サラマンダーのほえさけぶ声と、岩盤のくだける音、岩壁のくずれる音が洞窟内にとどろいた。そのなかに、グレムリンの悲鳴もまじる。
ランドは、敵が狙いを定められないよう移動をくりかえしながら、正確な射撃で相手の生命力をうばっていく。そこに、チビットの〈魔法の矢〉が上空から弧をえがいて命中する。
サラマンダーは完全に翻弄されていた。そのやみくもな攻撃はみずからの体力を無駄に消耗させる。外した一撃で怪物の頭部が岩盤にめりこむと、すかさずゴーラが強打をみまった。
サラマンダーはついに力尽きた。鎌首を岩場にうずめ、巨大なとぐろを巻いて力なく横たわる。その体からは、しゅーしゅーと湯気があがっている。洞内にこもった熱気はしだいにうすれていった。
カンタレルはツルハシを片手に後方の岩壁のそばに立ち尽くしている。とんでもない怪物の出現になすすべもなかったようだ。
「ええい、役立たずめ。もういいわい」
洞窟の反対側でベルバレーラが地団駄をふんだ。
ベルバレーラの背後の岩壁には出口の穴が開いていた。くずれた岩の撤去がすんだというより、暴れるサラマンダーがそれをなぎはらったのだろう。
穴の周囲にどけられた岩石のなかに、サラマンダーの攻撃の巻き添えをくったグレムリンが転がっている。生きのこったものは疲れきったありさまだ。
ベルバレーラが怪我をおった様子はない。仕える妖魔王の加護か、悪運の強い巫女だ――。ランドはくやしがった。
ベルバレーラが長い白髪をひるがえし、奥につづく穴へ姿を消した。
ランドもすぐさま妖婆のあとを追う。
サラマンダーの巻き添えにならなかったグレムリンの群れが立ちふさがった。
チビットの体が金色に輝き、四本の光のすじがはなたれる。それが弧をえがいて頭上からふりそそぐと、グレムリンが散りぢりになった。〈魔法の矢〉の標的になったグレムリンの悲鳴があがる。
前方に道が開けると、飛翔するチビットを先頭に、ランド、カンタレル、ゴーラと続いて、いっきに洞窟を駆けぬけた。
「すごいじゃないか。一度に何発も撃てるんだ」
ランドは、前を飛ぶチビットをほめた。
「あれは燃費が悪いのよねえ。あと一発分ぐらいしか魔力が残ってないわあ」
ベルバレーラが飛びこんだ洞窟は、幅2メートル半の急な登りになっていた。でこぼこの足場を、ランドはできるかぎりの速さで走る。背後からグレムリンらしき足音が、うつろにこだまする。
ランドは走りながらも、左右の岩肌に目を配っていた。
リリアを監禁できそうな横穴はない。ベルバレーラは人質をどこに隠しているんだ? それは、あの妖婆から聞きだすしかなさそうだ。
ランドの視線の先に、外の光が放射状にきらめきだした。
洞穴を抜けたとたん、「あっ」とランドは目がくらみそうになった。
ふいに視界が開けた。30メートルほど下の、峡谷のはざまに細い川すじが流れている。足もとで小石がくずれて落ちていった。
谷間を吹きぬける風が、ランドの髪をあおった。
ランドは、崖の中腹にテラス状にはりだした細い道に立っていた。左右にのびる道の一方は岩壁の角を折れてその先を見通せない。もう一方はゆるやかに下るつづらおりで、谷底まで続いているようだ。
「あのばばあはどうした。リリアはどこにいる?」
カンタレルとゴーラが洞窟から出てきてランドに追いついた。眼下に視線を落としたカンタレルが、その高さにぎょっと体をすくませる。
「うへえ。ここから落ちたら大変なんだなあ」
ゴーラが目をまるくする。運悪く、その下にいた人のほうが災難にちがいない。
つづらおりの崖道にベルバレーラの姿はない。岩壁の中腹をめぐる反対側の道を進んだのだろう。そのどこかにリリアは隠されているはずだ。
ランドの意見にカンタレルが賛成した。
そのとき、洞窟の出入り口からグレムリンの顔がのぞいた。空を飛べる敵に、外に出てこられたらやっかいだ。
「ゴーラとカンタレルさんは、やつらが洞窟から出てこられないよう、その出口でふせいでください。ベルバレーラは、ぼくとチビットで追います」
そう2人にたのんで、ランドは先を急ぐ。
岩壁の角をまがって、崖道は大きく弧をえがいてのびている。幅1メートルに満たない道はせまく、その片側は30メートルの絶壁だ。ランドは足もとに注意をはらいながら、できるかぎり急いだ。
「ばばあがいたわ。崖の上に向かって、なにかしゃべってる」
先を飛ぶチビットが報告してきた。
40メートル先の崖道に、真っ白い髪をなびかせたベルバレーラが背中を向けている。4メートルほど上に突きだした岩だなに話しかけているようだ。その声は谷間の風にかきけされて聞こえない。
岩だなのふちから少女の顔がのぞいた。
――リリアだ。ランドは目を見開いた。
ベルバレーラは、リリアが自力では下りられない崖の高みに隔離したのだ。そこに向かった目的はリリアの抹殺にちがいない。
続