悪くない提案だ
「わふん! わふん!」
ポメ子が僕と戯れている。
至福の時間……
世界には僕とポメ子だけ……
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」
ふと、地味子のパグ太の事が頭に浮かんだ。
あいつも中々、可愛いわんこだったな……
……今度、2匹の撮影会を提案してみるか?
どうせ散歩したら会うしね。
「お兄ちゃん! ちょっと話し聞いてるの!」
うるさいな……
せっかくの僕の大事な時間を……
「ああ……」
適当に返事をしておけば大丈夫だろう。
妹はお風呂上がりで、薄いパジャマを着ている。
上気して赤くなっているその顔は、客観的に見てとても可愛いだろう。
小声で呟く妹。
「……もう……全然見てくれない……私のクラスで人気者なのにな……」
「ん? なんだって?」
「え!? な、何でもないわよ! ちょ、ちょっと気持ち悪い目で見ないでよ! このキモオタお兄ちゃん!」
……訳すと新しく買ったパジャマをちゃんと見て褒めて、でいいのか?
僕と遊んでいたポメ子は疲れたらしく、寝床へトコトコ歩きだした。
僕も部屋に戻って、本でも見るかな……
いや、今日こそ小説を書いてみよう。
何事も挑戦だ!
少し気分がウキウキしてきた。
僕は立ち上がって妹を一瞥した。
「な、何よ……キモいって言われてムカついたの? マジ勘弁、い、一緒の空間にいたくないわよ。マジ出てって欲しいわ……」
頬をリスみたいに膨らませながら、僕に文句を言う妹。
僕は妹の提案を深く考えた。
なるほど……家を出ていく……悪くない……いや、名案だ! どうせ両親は放任だ。自分で貯めたお金も少しはある。妹の面倒は両親が見ればいい。ポメ子は絶対連れていく……となると一軒家を借りるか? 名義は親父にして……
京子の家は近所だ。幼馴染だから住所は知られている。
あいつがランク学園に編入してしまったから、これから面倒な事が起こるだろう。
誰にも知られてない場所。
最高じゃないか!
……だが、生活費が無いか……ポメ子時間があるからアルバイトはしたくない。
僕の現金収入はランクポイントでもらえる3万円くらいだ……
……仕方ない、地味子と相談してランクを上げていいか聞いてみるか。確か上位は20万〜100万もらってるはずだ。
よし、小説を書きながら計画を立てよう!
僕は珍しく上機嫌で妹の頭を撫でた。
「ふふ、中々いい事教えてくれたな。ありがとな。あ、パジャマ似合ってるぞ」
「ふ、ふえ!? き、キモいから……や、や、や……」
「安心しろ、ちゃんと出ていくからな」
「お、お兄ちゃん? な、何言ってるの?」
僕は妹に手を振って、自分の部屋に向かった。
「新堂くんはさ〜、私といつもゲームしていたんだよ! ……私の部屋でね!」
クラスの女子達が姦しい……
編入2日目にして、すでにクラスの上位カーストの地位を得ている京子。
超余裕の表情だ。
……この学園はそんなに甘くないけどな。
神埼さんが般若のような顔をして京子を睨みつけている。
僕との思い出を語る京子が気に食わないらしい。
でも、同じグループだから円滑に進めるために我慢しているのがわかる。
「今度のランク試験なんだろな?」
「一年の頃の大食い試験には参ったよな〜」
「あれだぜ、去年の2年生はバトルロイヤルがあったらしいぞ」
「無人島でサバイバルも聞いたよ?」
この学校に入学できただけで、かなり優秀な人間だ。
勉強だけではなく、特殊な技能を持っている生徒は多い。
……でも、世間と同じ環境を作るため、明らかに駄目な生徒も意図的に入れている。
例えば、今黒板で卑猥な落書きを書いているぽっちゃり男子。
あいつは自分よりも弱いものには強く、強いものにはヘコヘコする。
自己保身が一番大事。言葉だけはカッコつける。行動はしない。女子の目線を気にしている。イケメンに嫉妬する。
とまあ、こんな感じで特別枠もいるんだよね。
京子の話しがヒートアップしていた。
「それで〜、放課後呼び出されたのよ! そしたら私に一番大事な物をくれたのよ〜」
「「「きゃ〜〜〜〜!!」」」
京子は僕の方をチラチラ見てくる。
神埼さんが席を立ち上がろうとした。
――頭が痛くなってきた。
僕と京子は幼馴染だった。
幼稚園の頃からいつも一緒だった。
思春期特有の変な遠慮もなく、僕らはいつも一緒に遊んでいた。
好きだった……と思う。
今となってはよくわからない。
京子のあの言葉は一生忘れないだろう。
あいつは僕の呼び出しのあと、僕に見せつけるように次々と彼氏を作っていった。
サッカー部のイケメン。野球部のエース。テニス部のライジング。
付き合っては3日間で捨て、次々と彼氏を乗りかえていった。
あいつは僕が距離を取ったのが、ムカついたみたいだ。
自分の思い通りにならない。
それがあいつにとって我慢ならない。
神埼さんが京子に近づいた。
「ちょっと、京子さん? 今は特別HRの時間よ。グループで親睦を深め、今後の方向性を話し合う必要があるのよ? あなたの恋バナは後にして」
京子は面倒くさそうに手をフリフリした。
「はぁ〜、萎えるわ〜。ていうか、神埼さん嫉妬してるの? 私が新堂と仲良かったからさ〜」
「ば、馬鹿な事を言うな! わ、私は新堂に助けられて……あれは新堂だったはずだ……」
「はぁ……私はあいつと手を繋いで学校行っていたわ」
「くっ!?」
うん、意外と仲良く会話してるね。
僕は二人の会話をシャットダウンして地味子と向かいあった。
「……」
「……」
二人とも気配を消している。
うん? なんだろう。地味子の表情が浮かない? 悩みがあるみたいな感じだ。
「どうした?」
「……ランクを上げたい。お金必要になったの」
……好都合だ。
「俺も上げたい。お金が必要になった」
地味子の目が光った。
「……それだけじゃないの。一人暮らしをしようと思っているの」
「……奇遇だな。俺も昨日妹から提案があって、家を出ようと思っている。なるべく早く行動したい」
「……」
「……」
「ポメ子のために一軒家を借りたい」
「パグ太のために一軒家を借りたい」
最大のメリットを考えろ。
こいつは僕と境遇が似ている。
あの変態兄がいる。
多分それ以外にも変態に付きまとわれているかも知れない。
一人で一軒屋を借りて、家具や生活必需品を買ったら貯金が尽きる。
もし、二人で借りたら、お金の節約がかなりできる。
次のランクポイントによる現金支給は一月先だ。
今からランクを上げても、反映は再来月だ。
生きるためにはお金が必要だ。
こいつがどんだけ金があるかわからない。
でも悩んでいるってことは問題があるはずだ。
僕はサラッと地味子に言った
「黒井。一緒に一軒家借りるぞ」
「了解」
いつもどおりの返事だ。
気負いもなく、建前も無い。
簡潔でわかりやすい返事だ。
「……第一回パグ太家会議をするわ」
「おい、ポメ子家だろ?」
「……」
「……」
「「パグポメ家会議だ」」
僕らはクラスの隅で気配を消して、着々と一軒家計画を進めていった。
二人は即決即断だ。
迷うことはほとんどない。
こっそり教室を出て、屋上へ向かった。
スマホを駆使して、親を説得、親を使って物件準備、備品の発注、根回し、ネットバンキング決済、等々、迅速に行動した。
やがて特別HRも終わり放課後となった。
隠れながら一緒に会議しながら帰ることにした。
「こんなところか?」
「……うん、問題ないの」
これで大体引っ越しする準備は整った。
僕らは達成感があった。
初めての二人の共同作業。
とても他人とは思えないコンビネーション。
思わず僕たちは小さく手を叩きあった。
そのまま、分かれ道で別々の道を歩き始めた。
30メートルほど歩いたところで、一度だけ振り返る。
――地味子も振り返っていた。
目が合う。
僕は珍しく手を大きく振って別れを告げた。
地味子も見えなくなるまで手を振ってくれた。
……僕は思わず表情を緩めていたようだ。
通りのお店のガラスにうつる僕の顔は、ほんの少しだけ笑顔になっていた。