しつこいよね
僕の目の前で綺麗なお尻がフリフリ揺れている……
スカートに包まれた魅惑的な曲線美と白い美脚が眩しい……と他の男子は思ってるだろう。
僕の席の近くで、友達とダベっていた近藤君はガン見で大興奮だ。
「おうふ……お、お尻………プリプリ……」
いやワケわからないよ。
彼が変態なのは知ってたけどさ……
お尻と一緒に見覚えがあるポニーテールがゆらゆら揺れている。
くそ……何でこうなった……
僕は朝のHRの悪夢を思い出してしまった……
無事、グループ分けが終了した翌日のホームルーム前。
生徒達はグループ同士で固まって騒いでいた。
三枝先生がゆっくりと教室へ入ってきた。
「……グループで固まっているな? そのままでいい」
いつもの緩い雰囲気が無い?
腐ってもランク学園の先生。
知識も人生経験も生徒の遥か上を行く存在。
……そのせいで婚期遅れちゃったんだよね。
先生は僕らを見渡してため息を吐いた。
威圧感が半端無い。
生徒達に緊張が走る。
自然と教室は静かになった。
先生は教壇に移動して机を叩いた。
暴力的な音が響く。
「……私は失望したぞ。……まさか、私のクラスから脱落者が出るとはな……」
口調がいつもよりも数段キツイ。
ランク学園は担任が3年間変わらない。
この一年間で初めて聞いた刺々しい口調。
先生は僕の隣の席の生徒を指差した。
「……田崎。ランクポイント低下により退学だ。荷物をまとめて出ていけ」
冷たい口調でいい放った。
「え、え!? な、なんで! ぼ、僕、成績は中の上ですよ!?」
先生は手に持っていた書類を読み上げた。
「……小学校の体育館を盗撮、リコーダーを窃盗、違法アップロードに手を染める。まだまだあるぞ?」
田崎君は青い顔をして冷や汗をダラダラ垂らしていた。
「ち、違う! そ、そんな事してない! 横暴だ! ねえ? みんな信じてよ! 無実だよ!」
先生はタブレットを再生した。
『むふー! たまらんですぞ! やはり愛でるなら10歳児にかぎりますなぁ……』
「あ、ああ……め、愛でてるだけなのに……」
唇をぷるぷる震えさせて俯く田崎君……
なんかの病気じゃないかっていうぐらい顔色がやばい。
「ランクポイントは成績だけじゃない。学園の不利益になる行為を働いたら減点される……まあ、犯罪者はうちの学園にいらん。消えろ」
屈強な警備員が教室に入ってきて、田崎を拘束した。
田崎の叫び声が響く……
田崎グループの仲間達が呆けた顔で立ち尽くしていた。
「あ、ああ、うちのグループのリーダーが……」
「僕たちは4人でロリーズだったのに……」
「むふっ! 邪魔な奴が消えたでこざる。拙者がリーダー!」
先生の雰囲気がいきなり変わった。
表情が柔らかくなる。
「さて……うん、みんな! おはよー! クラスの仲間が減っちゃったけど心配しないで! クズはこの学園にいらないから!」
生徒達は黙ったままだ。
「あれー、今日は静かだね〜? 先生は今夜、合コンだからウキウキだよ! あ、そうか! 君たち2年生になったばっかりだもんね? 1年生の頃は優しくしてあげたんだよ? 2年生になってからが本番だよ! 退学にならない様に気をつけてね! ……適当にやってる生徒もポイント落ちるからね?」
先生は一瞬だけ僕を見た。
――ブラックリスト。詳細はわからない……流石に中卒になるのは勘弁だ。気を引き締めていこう。
少し余裕を取り戻した生徒から質問が放たれる。
「せ、先生……グループ分けが終わったと思いますが……少なくなったグループはどうなりますか?」
「お、いい質問だね。……心配しないで! この学園は優秀で個性的な生徒の補充は常に行っているよ! へい! 転校生カモン!」
――その時、地味子が誰にも気づかれずに動いていた。
あいつ、なにしてるんだ?
誰も気が付いていない……
神埼グループのリア充女子生徒に耳打ちをしている。
教室に女子生徒が入ってきたので、地味子の観察を止めた。
多分、僕と先生しか気づいていなかっただろう。
僕は改めて転校生を見たら驚いた。
――なんでここにいるんだよ!
だからこの前、学園の近くにいたのか!
そこには幼馴染だった京子がいた……
短い制服を着こなし、ポニーテールとスカートをなびかせてその場でターンする京子……
「みんなーー! こんにちはーー! 大竹京子です! この学園に編入するために頑張って勉強とグラドル活動してました! 念願かなって京子嬉しいです〜」
男子生徒に手をふる京子。
……僕はその笑顔を見て寒気がした。悪夢が蘇りそうになる……
男子生徒達が騒ぎ始めた。
「お、おい、あれグラドルのキョーコちゃんだよね!?」
「俺大ファンだよ!」
「やっべー、可愛いすぎじゃね……神埼さんとどっちが可愛い?」
「おい、バカ! 殺されるぞ!」
先生が手を叩く。
一瞬で生徒達は静かになった。
「はーい、静かにしてね〜。京子ちゃんは人数が足りてないグループに入ってもらいます! えーと、足りてないのは……ロリーズのクズ共と……新堂君のグループね? 京子ちゃんどっちがいい?」
京子は教室を見渡すふりをする。僕で視線を止めて、口を手で押さえて驚いた表情をした。
あざとすぎてヤバい。
「え、あ、嘘……新……堂? 私、わたしだよ、京子だよ!」
京子は僕の方へ向かって来やがった。
――クラスで円滑に過ごすためには邪険にしてはいけない……別に邪険にしてもいいじゃないと思う自分もいる……どうしよう……
僕はとりあえず相撲部の巨漢のクラスメイトの陰に隠れた。
横から顔を出す。
「……久しぶり」
京子はぷりぷりしている。
「ん、もう! 照れないでね……あんなに中学時代は仲が良かったのに……」
思わせぶりなセリフに神埼さんの表情が変わった。
京子が先生に何か言おうとした時、リア充女子生徒が被せて大声で発言をした。
「先生ーー! 私」
「先生! わ、私、どうしてもロリーズに、は、入りたいです!! どうしてもです! だから大竹さんは私がいた神埼さんグループがいいと思います!」
クラスメイト全員驚いた。
リア充グループの比較的地味めな女の子。
まさかのロリーズへの移籍宣言。
先生はしばし悩んだ。
「うーん、書類の訂正はまだ大丈夫だからいいけど……」
リア充女子生徒が京子に抱きついて大声を上げた。
「ムギュ……」
「え!? 大竹さんも女子のグループがいいんだね! 良かった! 大竹さんありがとう!!」
リア充女が京子を無理やり神埼グループへ押し込む。
「よし、それじゃあ京子さんは神埼グループで書いておくね! もうこれ以上変更できないからね! このまま学校で処理するから! 仲良くしてね」
地味子がリア充女子からそっと離れたのを確認した。
先生が教室から去って行った。
というわけで京子がクラスメイトになってしまった……
あいつは時間があれば、僕の近くに来て、自分の身体をアピールしている。
――いまさら僕になんの用だよ? 僕はお前のせいで女子を信用できなくなった……
今も僕の目の前でお尻をフリフリしている。
僕はそれを無視して離れた席にいる地味子と視線を交わす。
――ありがとう、という気持ちを込めて軽く手を上げる僕。
――問題ない、と言っているように手を軽く振る地味子。
京子のアピールを無視して、僕らは音もなく、クラスの誰にも気づかれずに席を立った。
「……黒井。助かった」
「あの女が入ったら私も困る……」
「リア充女子は大丈夫か?」
女子は嫌いだけど、嫌なことを押し付けるのは好きじゃない。
多分、地味子ならわかってくれているだろう。
「あの子は……神埼が好きじゃない。……隠れオタクだから丁度良い」
なるほど……あっちも好都合だったのか。
僕らはランクについて話をすることにした。
「面倒な事になったな。……退学する気は?」
「無い」
「僕も無い」
……当たり前だ。こんないい学校はない。ランクポイントで現金が支給される。授業料もタダみたいなものだ。
――というか、地味子と話すと、言葉以上にこっちの考えている事が伝わる。話しやすい。
僕らが今後の事を話そうとした時、突然、学校裏に男が姿を現した。
「おお、麗しの美心! 探し回ってやっと出会えたぞ! もう離さない……さあ、俺の胸に飛び込んで来い!」
髪をきっちり七三に分けてメガネをかけたクールボーイ。
その見た目で生徒達からは『風紀委員の王子』と言われている。
――こいつは生徒会長とトップを争う、黒井誠心だ。……様子がおかしいぞ?
地味子はほんの少しだけ眉尻を下げた。
――あ、こいつすごく嫌がっている。こいつの事が嫌なのか?
僕は自然と地味子の前に出た。
「……なんだ貴様? 俺と美心との大切な時間を邪魔するのか? というか貴様は美心とどんな関係だ? こんな人気がない学校裏に美心を連れ込んで……死にたいのか?」
いきなり黒井誠心の身体がぶれた。
常人では見えない速度の拳が僕の眉間に襲いかかろうとした。
――はぁ、ありえなくない? いきなり暴力振るうなんて。
僕は手の平で拳を受け止める。
ガッチリ掴んだその拳を離さない。
二人の力が拮抗する。
黒井誠心がそのまま拳を開いて僕の腕を取って、関節をキメに来た。
――こんなもんか?
僕は身体を宙返りして関節技を外した。
黒井誠心は表情を変えた。
「……貴様、ただの泥棒猫じゃないな……美心……離れろ」
地味子はスタスタと黒井誠心に近づいた。
「……兄さん。二度と話しかけないで下さい」
黒井誠心が絶望の顔をしてその場に崩れ落ちた。
「うおぉぉぉ……俺の……俺の美心が……」
僕らはうなだれる黒井誠心を無視して、そそくさと教室へ戻ろうとした。
地味子と視線があう。
「……ありがと。……地味男、あ、新堂」
「大したことない、地味子……いや、黒井」
ほんの少しだけ地味子の口角が上がった。
微笑とも言えない笑顔。
そんな地味子の笑顔はとても印象的だった。